gerrydemoジェリー・ゴーフィンといえば、キャロル・キングの最初の夫で、彼女と組んで1950年代から60年代にかけてキラ星のごとき名曲を多数ヒットチャートに送り込んだ作詞家として、つとに有名です。ところが、彼はボブ・ディランを聴いてショックを受け、自分が書いた曲なんて全く意味はない、と自身のヒットレコードを叩き割った、というようなエピソードもあります。60年代末にはキャロルと離婚。キャロルはThe Cityを経てシンガー・ソングライターとしての道を歩みはじめ1971年に『Tapestry』の大ヒットで二度目の成功を手にし多数のヒット・アルバムを手がけていることは、これをご覧になっている方ならみなさんご存知でしょう。今年4月にはジェームズ・テイラーと二人での来日公演もありました。一方、ジェリーの方が現在までにリリースしたアルバムは、1973年の『It Ain't Exactly Entertainment』と1995年の『Back Room Blood』のたった二組だけ。この両方かボブ・ディランの影響を強く受けたものとなっています。『It Ain't Exactly Entertainment』は「これは全くエンターテイメントではありません」というタイトル。かつてヒット・ポップスを量産した自分の過去を否定し、新しい道を歩いていくことを決意したものでしょう。作詞はジェリー自身ですが作曲のパートナーとしてキーボード弾きのバリー・ゴールドバーグと組み、彼がスタジオ・ミュージジャンをつとめていたアラバマ州マスル・ショールズ・スタジオでレコーディングされた2枚組アルバムです。アデルファイというメリーランド州のマイナー・レーベルからリリースされたこともあってか、ほとんど話題にならないまま忘れ去られ、1970年代末頃には「幻の名盤」として、高値で流通するようになります。自分も正規盤を見かけたときは1万円以上の値がついており、長く耳にすることができませんでした。内容は、もう最高の一言で、数あるスワンプ系のアルバムの中でもかなり質の高い一枚です。

その幻の名盤に、さらに幻のアウトテイクを収めた11曲入りのアセテート盤が存在していたことは、『Home Sweet Home』なるスワンプ・ロックにめっぽう強いホームページで知りました。おそらく少数の関係者のみに配られたレコードだったのでしょう。それをCD化してくれるなんて、このところの快挙と言える再発を続けているBig Binkさんですが、これに勝る快挙はないと思います。アセテート盤からおこしたものなので、音質は今ひとつですけれど、内容たるや素晴らしいものがあります。『It Ain't Exactly Entertainment』とダブっているのは、3曲のみ、残り8曲のほとんどは未発表曲。それが高い水準の曲ばかりなんですよ。当時、彼はバリー・ゴールドバーグとのコンビで創作上の高みに達していたことがよくわかります。

1曲目「Don't Wait Too Long」がはじまった瞬間から胸が躍ります。泥臭いロックンロール。軽くひずんだギター、転がるピアノ、美しい三声の女性コーラス。そしてスワンピーなボーカル。実際の声量とかわかりませんけど、上手いなぁと聴きほれてしまいます。2曲目は『It Ain't Exactly Entertainment』の冒頭に収録されていた「Down On The Street」。そちらの方ではわざとしゃがれ声にしてディランを意識した歌い方なんですが、デモ盤の方はスワンプ色あふれる力強い歌声です。3曲目に早くも名曲「It's Not The Spotlight」が登場です。アセテート盤だけあってアコギの音がちょっとばかりつぶれ気味ですが、バックの演奏は正規盤とそうかわりません。でも、ボーカルはやはり大きく違い、こちらの方が力の入った歌い方になっています。「C'mon Little Dixie」も1曲目に似たごきげんなロックンロール。サビ前で突然転調する構成も面白いです。間奏のギターはエディ・ヒントンでしょうか。「Ludella」は、かつて自身がてがけた60年代のヒットチューンを彷彿とさせる三連のバラード。ジニー・グリーンらもバック・コーラスもそれ風。こういう曲調も彼のソロ作ではかつて聴いたことがありません。けっこうソウルフルでいい感じだと思います。

「Ghost Story」は、マスル・ショールズ勢お得意のファンキーなナンバー。ジェリーさんもかなり健闘して黒っぽい声で歌っています。「I've Got To Use My Imagination」は翌年のバリー・ゴールドバーグのソロでもとりあげられていたグラディス・ナイト&ザ・ピップスへの提供曲。バリーの弱々しいボーカルに比べれば、ジェリーの方がぐっと迫力があります。そして8曲目は問題のバラード・ナンバー「Baby, I'm Afraid You Lost It」。ジェリーは一切歌っておらず、女性のリード・ボーカルが歌います。歌詞は「あなたを愛することを止めるのは、簡単なことではなかった。わたしがあなたに言い続けたのは、たったひとつ。けれど、あなたはけしてそれをしようとはしなかった。ねぇ、あなた、なんとかしてそれをやり続けてほしいの。わたしはかつてあなたをとても愛した。けれど今は愛していない。わたしはあなたに、それを失ってほしくない。わたしはできることはすべてやった。でも、それはよくないことだった。わたしはあなたに、それを失ってほしくない。」というような歌詞。詞はゴフィン、曲はゴールドバーグなんでしょうけど、まさにキャロル・キングに歌わせたらぴったりくるような内容だし曲調も彼女風です。日本盤アルバムのライナーなど、これ゜を歌っているのはキャロルだというふれこみなのですが、個人的にはなんとなく違う感触がしますけど、いかがでしょうか。

続く9曲目「I'm Calling」もバラード。とっても出来のいい美しいソウルフルなバラードです。さらに10曲目「Lady Night」もメロウなバラード系。マスル・ショールズのスタジオ・メンも職人技で曲を盛り上げています。いゃあ、なごみます。アルバムのラストは「What Am I Doing Here」。これも『It Ain't Exactly Entertainment』収録の作品ですが、デモ盤の方はとっても素直な歌い方。このままで何も問題ないと思うのですが、それほどまでに彼はディランになりたかったのでしょうか。

よく考えてみると、このデモ盤に収録されている8曲は、とってもいい曲ばかりなのですが、楽しいロックンロールあり、美しいバラードありで「エンターテイメント」だったためにはずされたのではないでしょうか。ゴールドバーグとタッグを組み、マスル・ショールズのスタジオにこもって25曲を録音した彼ですが、ある段階でかつての自己を否定し、エンターテイメントに背を向けて生きて行くことを決意したのでしょう。『It Ain't Exactly Entertainment』はどちらかというとブルーズ色やカントリー色の強い曲が目立ちますが、このデモ盤はロックンロールやソウル・バラード系の曲が多いようです。一応気に入った曲を録音してはみたけれど、かつて自分が手がけたヒット・ポップスに近いところから切っていって、最終的に仕上がったものを『It Ain't Exactly Entertainment』という形で世に問うたのだと思います。いずれ、『It Ain't Exactly Entertainment』についてもじっくり語りたいと思います。