musicbyrycooder初めてライ・クーダーを意識して聴いたのは、1982年だったと思います。『The Slide Area』がリリースされてしばらく経った頃、貸しレコード屋で借りて聞きました。その数年前からパイオニアのカーコンポ、ロンサム・カー・ボーイのCMにライの音楽が使われて、本人もCMに出演していたのですけど、それほど意識していませんでした。でも、CMで使われていた「Go Home Girl」などの曲は耳に残っていて、のちにレコードを聴いたときにすぐに思い出すことができました。それはさておき、第一印象では少しとっつきにくさを感じた『The Slide Area』も、繰り返し聴くうちに好きになり、他のアルバム数枚も借りてきて、自分は「ライ・クーダー・ファン」になっていくわけですが、ライ・クーダー本人の方は本格的に「映画音楽の時代」に突入し、待てど暮らせどオリジナル・アルバムが出ない状況が続きます。1985年になって、一部広告などで「ライ・クーダーの最高傑作」と謳われていたサントラ『Paris,Texas』がリリースされます。これも第一印象は肩透かしでした。このころにはすでに2枚出ていたサントラ『The Long Riders』と『The Border』にも親しんでいたのですけど、その雰囲気を期待して耳にすると、非常にミニマムな編成で歌ものはハリー・ディーン・スタントンの歌う1曲しかないし。しかし、このアルバムも繰り返し聴くうちに、いかに素晴らしい作品かということに気づいていきます。学生だったので、映画の方は封切りは我慢して二番館で見ました。若かったので映像の美しさに強く惹かれつつも、最初はあまりピンとこなかったけど、今では大好きな作品です。翌年には『Crossroads』と『Blue City』という二枚のサントラが切られ愛聴しました。そんなわけで、ライの「映画音楽の時代」には結構思い入れがあります。

1994年には、以前レビューしたようにCMソングにもなった「River Rescue」のリリースに合わせ、ヨーロッパ編集のベスト盤が出ましたが、翌1995年に、映画音楽のサントラ『music by Ry Cooder』がリリースされました。このアルバムが出る少し前までは、レコード会社を越えてベスト盤が出ることなんてほとんどなかったと思いますが、このアルバムはMCAから出た『The Border』、コロムビアから出た『Geronimo』からも選曲されている2枚組で、ライ・クーダーの映画音楽の素晴らしさをまとめて味わえる好編集盤です。

このアルバムには、ライともっとも多くの映画を作ってきたウォルター・ヒルとライ・クーダー本人のライナーが掲載されています。当時の日本盤には、おそらく適訳が掲載されていると思うのですが、自分は輸入盤を買ってしまいましたので、ここで拙い訳ですが、自分の訳で紹介したいと思います。

「ライ・クーダーは単なる映画作曲家ではない。単なるギター・プレイヤーでも、ロック・シンガーでも、フォーク・シンガーでも、ブルーズのコレクターでもないし、エキゾチック、またはあまり知られていない文化における音楽スタイルの単なる実験者でもない。彼は、その全てを合わせた上の高みにいる。それに加え、偉大でユニークなアメリカ人のアーティストなのだ。彼の仕事に繰り返し現れるパターン、ムード、態度は明らかに彼独自のものだ。彼の映画音楽について以下のようなことが言える。それは映画音楽における伝統的な手法ではない。彼の音楽は強調するのではなく、包み込むようなもので、雰囲気を高めるほどには瞬間を盛り上げることはしない。物語を囲み、足りない情報を提供し、出来事よりむしろムードを擁護する。個人的には、私が監督した8本の映画でライをパートナーにするという幸運を得た。私に対する彼の忍耐強さはいつも素晴らしいものだが、その見返りとして、私に向けられる彼の静かなユーモアと一見困惑したようにみえる冷静さに対し、深く感謝している。  ウォルター・ヒル」

「この音楽について、私には二つの主要な「思い」がある。一つは、私が知っている音楽の90%については、現場で学んだものということだ。そして、私が知っている唯一の方法である、完全に直感的で探求的なスタイルでアイデアやサウンドを練り上げる機会と励ましを得られたことに感謝している。私を映画の音楽監督に抜擢してくれた人々が、その過程を信頼し、勇気を持って進んでくれたことに感謝している。
 二つ目は、16年以上にわたる仕事を振り返って聴いてみると、これらの音楽が、レコーディンクに来訪しとても美しい演奏をしてくれたすべてのミュージシャンの芸術性と献身的な感覚に溢れていることに改めて気づかされた。私は誇りを持って、彼ら仲間たちに再び感謝の意を表する。私の最大の謝意を、ジム・ケルトナー、ジム・ディッキンソン、ヴァン・ダイク・パークス、デヴィッド・リンドレー、ミルト・ホランド、そしてジャック・ニッチェに捧げる。これらの音楽はリー・ハーシュバーグ、アレン・サイズ、マーク・エテル、ラリー・ハーシュ、そしてマイケル・マニングの偉大なる技術と理解によって録音された。
 そして、レズリー・モリスとベニー・アンドリュースの努力と忍耐に謝意を表する。  1995年 ライ・クーダー」

このアルバムが出た時のプロモーション用にライのインタビューと曲の一部が収録されたプロモーション用のCDがあり、先日紹介した五十嵐正さんの『ライ・クーダー アルバム・ガイド&アーカイブス』にインタビューの翻訳が掲載されています。ここでは1960年代のスタジオ・ミュージシャン時代にさかのぼって、ライと映画音楽の関わりが語られています。最初はジャック・ニッチェが請け負ってきた映画『Candy』のサントラの仕事だったようです。アール・パーマー、ドクター・ジョン、バディ・エモンズらと共に、ハウリン・ウルフのブルーズ曲などを演奏したようですが、監督が気に入らず、結局デイヴ・グルーシンが制作した音楽に差し替えられてしまったようです。このあたりの情報が正確に伝えられず、”『Candy』のサントラにライが参加している”という記事が雑誌などに掲載され、自分もサントラ盤を買いましたが、このインタビューが紹介されたおかげて真相が判明しました。それにしても、オクラ入りになったジャック・ニッチェの『Candy』の音源、なんとか陽の目を見させられないものでしょうかね。大きく脱線してしまいましたが、このインタビューで、ライは映画音楽についてとても重要なことを語っています。

「僕は学校には行ってないし、訓練を受けていないから、映画のスコアを教える科学は持ち合わせていない。つまり幾何学を教えたりするようには作曲を教えたりできない。つまり、手段として持っていない。だから、自分自身の内面、つまり人間としての内面的な風景を持ち、それを引き出して用いた方がいい。僕はこれらの映画音楽を手がけながら、新たな状況に出会うたびに限界を越えようと挑むことで学んできた。自分で新しいものを発明したなければならないとわかる。楽器を変えて新しいものを作らなければならない。」

「だから、まず映画を見せられる。自分がつながりを感じる映画であってほしいと望む。つまり、何よりもまずこの映画が好きかどうか。2秒くらいでわかる。いいですよ、やってみましょう。それから、音楽を加える場所を探し、地質学のようにいくつかの地層を見つけ、その中に自分も入っていく。それは或る登場人物かもしれないし、或る場所かもしれない。というのは、手がかりを見つけなくちゃならないから。何も聞こえないときもある。時にはそんなに簡単じゃない。」

ここに、ライが映画音楽を作る際の哲学が表されています。まさに映画は「総合芸術」。どのような音楽を加えるか、で印象が大きく変わってしまいます。アメリカの市井の音楽に通暁しているだけでなく、世界各地の音楽にも深い興味を示すライに白羽の矢が立つのは当然といえば当然でしょう。同じ時期、ランディ・ニューマンも映画音楽家として大活躍します。彼の場合は伯父のアルフレッドが高名な映画音楽家であり、「訓練を受けている」という違いがありますが、一時期オリジナルのアルバムよりも映画音楽が「生業」となっている点、そして19世紀から20世紀初頭のドラマにリアルな音楽を提供できるとい点では共通しています。

このアルバムの選曲については、先のインタビューでは次のように語っています。

「これらの映画全部から選べというの? ご冗談でしょ? と思った。どれを残す? どれを使う? どれを外す? 結局息子のワキームが僕のらちがあかないのをみて、数本のテープのコピーを作ってくれた。それで、これは興味深いと思える曲順が聞こえてきた。まったく新しい聴き方ができたんだ。」

このアンソロジーのプロデューサー・クレジットにライとホアキムのクーダー父子が記されているのはそういう理由だったんですね。ホアキムはまだ18歳でしたが、このアルバムがおそらくプロデューサー・デビューなんでしょう。ちなみにサンクス・クレジットには、ワーナーのレニー・ワロンカーやモー・オースティンの名前もあります。

このアルバムで初出となったのは映画『サザン・コンフォート』から、「Theme From Southern Comfort」、「Swamp Walk」、「Canoes Upstream」の3曲。そして、映画『ストリート・オブ・ファイヤー』から「Bomber Bash」で、計4曲です。この2つの映画は、映画音楽としてのサントラは切られなかったので、ここでしか聴けない貴重な音源となっています。ちなみに「Theme From Southern Comfort」は、1989〜1990年頃、日本で放映されたアーリー・タイムズのCMで、ギブソンのロイ・スメック・モデルで再現されていました。これらの曲だけでなく、クーダー父子の選曲を楽しむためにも、このアルバムは必携です。ライ・クーダーは先のインタビューの締めくくりにこんなことを語っています。

「みなさんはこれらの音楽を手に入れたら、ドライブに出かけるといいと思うよ。それが僕の提案だね。ハイウェイ395号線でも、どこでもあなたがいるところを走らせて。ちょっとしたクルーズに出かけて、ただ耳を傾けてみてほしい。」