大賞
『軍馬の帰還』(銀峰さん)
優秀賞
『矢』(ユメさん)
『ムグッチョ、ムグッチョ お前の頭に火がついた むぐれ~ば 直る』
(よっちゃんさん)
佳作
『吉田爺』(Flackさん)
『光の穴』(夜猿さん)
『猫である』(不狼児さん)
『ガス室』(クジラマクさん)
『薫糖』(田辺さん)
愉しませてもらいました賞
『マンゴープリン・オルタナティヴ』(不狼児さん):加門七海・選
『祖父のカセットテープ』(黒 史郎さん):福澤徹三・選
『カオリちゃん』(惰 門出さん):東 雅夫・選

◎“怪談夏祭り”の様相を呈した盛り上がり

東 今回は応募数倍増を受けて、それぞれ候補作を20篇前後、事前にお選びいただいたわけですが、まずは全体の印象から聞かせてください。

加門  今回、候補作を見て何にびっくりしたって、私と福澤さんが選んだ作品でダブっているものがほとんどない! その間を接着剤のように東さんがつないでるという(笑)。

東 俺はボンドかセメダインかよ! でも、確かにこうして見ると(別掲の候補作リストを参照)、嗜好の違いがよく出ていますよね。

福澤 全体の水準は前回にもまして高いんじゃないかと思います。候補作を選ぶのに迷いに迷いました。内容的には文芸色の強い作品が増えていて、実話怪談系のフォーマットのものがすくないのは意外な感じでした。

東 怪談文芸、怪談文芸と、お念仏みたいにアピールしてきた成果ですかね(笑)。

加門 選ぶのは本当に難しかったです。私は候補作を選ぶために、自分で第三次審査までやったんですよ(笑)。

東 それは凄い。

加門 で、自分のなかの第一次、第二次までで落としたものを福澤さんが上げてくださったりしているので、差は本当に微妙だったなと実感しました。読み直すたびに、迷ってしまいましたから。本当に今回は水準が底上げされましたね。ゆえに、選者としてどうかなとは思うんですけど、最終的には自分の好みで残さざるを得ない部分が出てきてしまった。だから、公正なものになったのかどうかは、ちょっとクエスチョンです。すいません。
 それと、水準は上がったんですが、突き抜けたものは少なかった。前回は文句なく大賞が決まりましたけど、今回はそうはいきそうにないですね。逆に言えば、前回の大賞に応募作全体の水準が近づいたともいえると思いますけど。

東 私も同感ですね、格段に底上げがされたなという印象を持ちました。前回の入選水準が今回の標準――それくらいのレベルアップはしていると思います。まあ、応募総数が増えたのも一因かも知れませんが、そのあたり、前回の選考会で、加門さんから一人の方が大量に投稿することについて苦言が呈されましたけど、今回はいかがですか?

加門 諦めました(笑)。この怪談大賞は新人作家の登竜門というタイプの賞ではない。夏のお祭り的な感覚でとらえればいいんだな、とね。

福澤 怪談夏祭りか、それは言い得て妙ですね。

加門 ただ、大量投稿の方の作品を読んでいると、自分で自分の投稿作を潰している人がいると思いましたね。私は最初はなるべく、投稿者のお名前を見ないで作品を読むようにしているんですが、これ似ているな? と思うと同じ方だったり。100編のなかにひとつ個性的なものがあったら目立つけど、20もあったらありきたりに感じてしまう。損をしているんじゃないかと思いました。

東 たしかに、たくさん投稿された方の作品が最終選考に残っているかというと、意外とそうでもない。その一方で、複数投稿することによって個性をアピールできて、得をしたなと感じられる人もある。要は、作品の方向性と程度問題ですかね?

加門 大量に投稿された方、たとえば言之葉亭さんとか矢内りんごさんの作品を読んでいて思ったのは、文庫版『文藝百物語』の加門七海状態?(笑) 人の怪談を聞いているうちに、そうそう、そういえばこういうこともあってさ、と触発されて話したくなってる、という感じが見えてきた。ねえねえ、実は私もねって……(笑)。その感覚がよくわかったから、だから、お祭りだと思ったんです。ワイワイとみんなで楽しむ感じ。

東 それは基本的には良いことですよね。怪談会をオフラインでやったときと同じような現象が起こっている。それはこれからも歓迎したいと思います。応募作をリアルタイムでブログ公開する賞でなければありえない展開ですから。
 もうひとつ、先ほど福澤さんから、今回は文芸系が多かったというお話がありましたが、これまた大いに歓迎すべき傾向だと私は思っていて、〈新耳袋〉や〈「超」怖い話〉といった既存の定番シリーズとは異なる、新しい怪談の形というものが、ここから見えてくるのではないかという手応えを感じています。
 では、それぞれの候補作を選ぶ基準について一言ずつお願いします。

福澤 あえて一般的な語りの作品を中心に選びました。極端に文芸色の強いものはどう評価していいか迷うところもありまして、準候補に入れています。

加門 最初、ちょっとでも琴線に触れたもの、これは嫌いだけど上手いよな、とかもね(笑)。ともかくどこかに引っかかったものを上げてったら、全部で78作品にもなってしまった。そこから46まで絞って、最終的にどう絞ろうかと思ったときに、ふと、怖いものを選ぼうと思ったんです。怪談はやっぱり“怖い”ということが肝要だろうと思ったので。ところが、怖いもの、という基準にしたらガタっと数が減っちゃった。なのでまた、文芸系で佳いものとか、話として巧いものという物差しを使って選び直しました。毎回、言っていることですけど、怪談大賞なのに、怖い作品、少ないですね。

東 誰もが怖いと感じるような作品を書くってのは、それだけ至難の業なのでしょうね。私の場合は、文芸的に卓越していたり、斬新な試みをしている作品は積極評価しようということが、ひとつ。それともう一点は、素人臭いというと言葉は悪いですが、いかにも書き慣れていないのが分かるけれど、丁寧に、一生懸命に、自分なりの言葉を模索して、自分が表現したい世界を書いている人の作品にも一定の評価を与えたい。そんなところでしょうか。

◎いよいよ選考開始!

東 それでは選考に入らせていただきます。まず、選考委員のお二人が、それぞれチェックされた作品を挙げてください。

◎福澤徹三・選
■候補作
『煙猫』(KIJISUKEさん)
『ずぶ濡れの女、ブラウン管を舐める』(クジラマクさん)
『出目金』(興田さん)
『祖父のカセットテープ』(黒 史郎さん)
『心臓カテーテル室で』(やまぐち はなこさん)
『淳くんの匣』(ガリコのパピコさん)
『生ゴムマニア』(クジラマクさん)
『ガス室』(クジラマクさん)
『電話』(とちみさん)
『猫である』(不狼児さん)
『ムグッチョ、ムグッチョ お前の頭に火がついた むぐれば 直る』(よっちゃんさん)
『茉莉花』(我妻俊樹さん)
『吉田爺』(Flackさん)
『赤い着物の女の子』(尚休さん)
『食堂にて』(斜 斤さん)
『料理屋』(沢井良太さん)
『泣き石』(YASUKOさん)
『アメリカ人』(斜 斤さん)
『休憩室』(ぬくてるさん)
『「怖い話」のメール』(GIMAさん)
『とある民宿にて』(料理男さん)
■準候補作
『いこうよ、いこうよ』(久遠平太郎さん)
『墓参り』(モモははさん)
『東京駅の質問』(ガリコのパピコさん)
『世話』(とちみさん)
『シミ』(料理男さん)
『マユミ』(料理男さん)
『霊感少女3』(岡野皆人さん)
『足切り女』(ヒデ丸さん)
『秘密基地』(炭酸水さん)
『漆黒のトンネル』(乱地獄さん)
『呪いと毒』(銀峰さん)
『薫糖』(田辺さん)
『火傷と根付』(矢内りんごさん)
『恩人』(茗さん)
『腕相撲』(小鳥さん)
『ブラキアの夜気』(小栗四海さん)
『軍馬の帰還』(銀峰さん)
『矢』(ユメさん)
『ボコバキ』(澁澤和宏さん)
■愉しませてもらいました賞候補
『ご時世』(カイロさん)
『鳥打帽の男』(ぬくてるさん)


◎加門七海さん選
■候補作
『明け方にみた夢』(樋口摩琴さん)
『矢』(ユメさん)
『火傷』(グリーンドルフィンさん)
『軍馬の帰還』(銀峰さん)
『光の穴』(夜猿さん)
『吉田爺』(Flackさん)
『おかえり』(かんころんさん)
『もう一人』(料理男さん)
『山中にて』(言之葉亭さん)
『あめ玉』(田辺さん)
『田んぼ』(じがさん)
『新幹線』(T.Kさん)
『換気扇』(鼓囃子さん)
『んんーげっげ』(有坂さん)
『マンゴープリン・オルタナティヴ』(不狼児さん)
■準候補作
『日々のつみかさね』(金魚屋さん)
『神を見る人』(林不木さん)
『何もできなくて、ごめんなさい。』(Mory。さん)
『スプリンター』(言之葉亭さん)
『お化けの学校』(田辺さん)
『さんぽ』(粟根のりこさん)
『つめたい飲み物』(吉野あやさん)
■愉しませてもらいました賞候補(上記とかぶってます)
『日々のつみかさね』(金魚屋さん)
『神を見る人』(林不木さん)
『さんぽ』(粟根のりこさん)
『マンゴープリン・オルタナティヴ』(不狼児さん)
『つめたい飲み物』(吉野あやさん)


◎東 雅夫・選
■候補作
『ムグッチョ、ムグッチョ……』(よっちゃんさん)
『東京駅の質問』(ガリコのパピコさん)
『真夜中の散歩』(藁人さん)
『軍馬の帰還』(銀峰さん)
『半券』(じがさん)
『猫である』(不狼児さん)
『階段』(言之葉亭さん)
『薫糖』(田辺さん)
『矢』(ユメさん)
『光の穴』(夜猿さん)
『カーテンの丈』(カイロさん)
『ガス室』(クジラマクさん)
『連鎖』(加楽幽さん)
『吉田爺』(Flackさん)
『ひどいところ』(金魚屋さん)
『兄』(アメさん)
『山手線は廻りつづける』(向井野 海絵さん)
『休憩室』(ぬくてるさん)
『食堂にて』(斜 斤さん)
『茉莉花』(我妻俊樹さん)
■準候補作
『テスト』(みかげさん)
『二人乗り』(穂美月さん)
『白壁』(えつさん)
『修学旅行写真』(有坂さん)
『視野の隅に』(矢内りんごさん)
■愉しませてもらいました賞候補(上記とかぶってます)
『選択肢』(田辺さん)
『カオリちゃん』(惰 門出さん)
『熾烈な生存競争』(ヒモロギさん)

→第4回ビーケーワン怪談大賞ブログ
*すべての作品をお読みいただけます。右下に検索窓があるので、作品名で検索してみてください。


東 では、まず候補作と準候補の中から、3人のうち2人以上が推している作品をリストアップしてみましょうか。

『吉田爺』(Flackさん)
『矢』(ユメさん)
『軍馬の帰還』(銀峰さん)
『茉莉花』(我妻俊樹さん)
『光の穴』(夜猿さん)
『猫である』(不狼児さん)
『東京駅の質問』(ガリコのパピコさん)
『ガス室』(クジラマクさん)
『食堂にて』(斜 斤さん)
『薫糖』(田辺さん)
『休憩室』(ぬくてるさん)
『ムグッチョ、ムグッチョ お前の頭に火がついた むぐれ~ば 直る』(よっちゃんさん)

東 こうしてみると、私と福澤さんが共通して選んでいる作品が多いですね。

加門 今回、私だけ違う方向に走ってるような気がして悲しかったわ(笑)。自分の見識を疑ってしまった(笑)。

東 いや、いかにも加門さんだなあ、という感じのセレクションで納得しましたよ。私と福澤さんだって、一方は文芸寄り、一方は実話寄りの姿勢で選んでいるわけで。選者が3人いるのに、一方向に偏ってしまっては面白くないですしね。
 福澤さんは、他に気になる作品はありますか?

福澤 『心臓カテーテル室で』(やまぐち はなこさん)はどうでしょう? それほど怖いってわけじゃないですけど、純粋なレポートという感じでリアリティがあった。『出目金』(興田さん)は誰も選ばないだろうと思いつつ選んだんですが(笑)。この後味の悪さが好みです。

東 『心臓……』は、私も好感を持ちました。子供が走り回るのがポイントかな。

加門 『出目金』(興田さん)と『生ゴムマニア』(クジラマクさん)は福澤さんが選びそう、と思ってましたよ。

福澤 『出目金』は弟が飼っていた出目金の目がつぶされるところを「感情が感じられない不思議な視線」で見るところが怖い。

加門 私は個人的にとても気に入ったのが『マンゴープリン・オルタナティヴ』(不狼児さん)。

東  空海と北朝鮮を強引に結びつけちゃう話ですね(笑)。

加門 私、これ、すごいと思ったんですよ。この迫力は何だろう? と(笑)。800字という文字数の中に、平安時代からから2000年代までが詰め込まれているスケールがまず、すごい。地理的にも元、北朝鮮、高野山と広がるし、アイテムも横浜ベイスターズから、テロ、即身仏、弾道ミサイル、放射能とあって。それらがすべてマンゴープリンひとつに集約されていく。その迫力は、ちょっと他にないなって思ったんです。

東 私も最初は候補に選んでいたのですが、怪談大賞の趣旨からすると、不狼児さんの場合、他にも優れた作品があったので……。

加門 『マンゴープリン・オルタナティヴ』は未来への不安という感じにおいて、ある意味、実話怪談かなと思ったんですが(笑)。
 あと、ストレートな話だけど、気持ち悪かったのが『んんーげっげ』(有坂さん)。どこにでもある怪談なんだけど、「んんーげっげ」っていう言葉の使いかたが上手い。

東  私は『修学旅行写真』(有坂さん)のほうを入れてますが、これもありがちなネタだけれど、「親指が外側を向いてたんだ」という一点で、怪談としてのツボを上手く突いている感じがします。
 他に私が印象に残ったのは『山手線は廻りつづける』(向井野海絵さん)。文芸サイドからの怪談へのアプローチの一典型というべき、文体で読ませるタイプの作品ですね。ビーケーワン怪談大賞の場合は、こういう作品もアリじゃないかなと思いました。同じような意味で、『カオリちゃん』(惰門出さん)の試みにも注目したい。本格的な怪談詩の試み(笑)。必ずしも成功しているとは云いがたいけれど、こうした方向性は大切にしていきたいと思います。

福澤 『ブラキアの夜気』(小栗四海さん)や『ボコバキ』(澁澤和宏さん)も近いものがありますね。

東  そうですね。『ブラキアの夜気』もちょっと気になりました。独特な雰囲気がありますね。『ボコバキ』も「ボコバキ」という擬音語一発で(笑)、強烈に印象に残る。

加門 私も『ボコバキ』は気になったんだけど、リアリティとしてどうか、と。つまりね、猫は食べても美味くないんですよ(笑)。漢方薬にはしますけどね。食べた人、数人知ってるんですけど、すごくクセがあるそうです。

東  は、はあ……(汗)。福澤さんが挙げている『祖父のカセットテープ』(黒 史郎さん)はどうですか? 祖父の遺品のカセット・テープが出てきて、わけがわからないことをしゃべったのが録音されているという話ですが。

加門 黒史郎さんも投稿数が多いほうですが、惜しい作品が多かったですね。

東  この方は、それこそ「これぞ」という作品に絞って投稿したほうが良かったのかもしれないですね。『赤い口の女の子』(黒 史郎さん)なんて前半は、同じネタで怪談文学賞に応募しました、という前置きじゃないですか。果たして計算ずくの技巧なのか、素でやってるのか(笑)。

加門 東さんへの個人的なメールかと思った(笑)。

東 では、ここまでに挙がったものを最終候補作にして、1作品ずつ検討していきたいと思います。


★『吉田爺』(Flackさん)
加門 3人全員が候補に入れたのはこの作品だけ。じゃあ、この作品が大賞でいいかというと、ちょっと躊躇しますね。

福澤 怖さという点では、それほどでもないんですけどね。

加門 超常的なところはない。サイコホラーとも言い難いけど。

東  すべて実話です、といわれても不自然ではない。

加門 たしかに、このお爺さんはドキっとさせられる存在ですけどね。どこまでわかってるんだろう、っていう。

東  書き方を変えたら、老人問題とか福祉問題の裏話にしかならないかも。

加門 福祉裏話(笑)。

東  それを怪談的に書いたことによって、絶妙の効果を上げている。Flackさんはこの1作しか出していないので得をしているところもあるかもしれませんね。

加門 「比較にならない“良い笑顔”だったからだ。」っていうところが気持ち悪いんですよ。


★『矢』(ユメさん)
加門 美しい話だと思いました。

東  文章が際立って巧いですね。

加門 「細い靴音を鳴らして」とか「抜いた矢の長さ分だけ女の影はのびのびて」とか、言葉の使い方が上手い。イメージもきれいです。

東  他の作品も読みたいな……と思ったら、ユメさんはこの作品だけだった(笑)。

加門 「上等な矢」という抑えた表現も、すごくいい。詳しく説明しない分、イメージが広がりますね。

福澤 ぼくのメモだと「内田百閒*風」って書いてますね。(* ひゃっけん=門構えに月)

東  この息の長い文体は、吉田健一風でもありますね。百閒や吉健の文体って、安易に模倣しても悲惨な結果になるだけなのですが(笑)、この方はちゃんと自分のものにして、自分なりの世界を提示している。扱われているテーマも、日本的怪談の王道をゆくものですしね。とても感心させられました。


★『軍馬の帰還』(銀峰さん)
東  銀峰さんの作品は他に『呪いと毒』と『魚怪』があって、どれを採るかちょっと迷いました。おそらく作風からして御年配の方なんじゃないかと思いますが……もしも十代だったら、天才かも(笑)。

加門 私は東北の人間じゃないんで、はっきりとは言い切れませんけど、方言を上手に使っていると思いました。最初の「まっこ、けえってきた」の一言で、見事に地域色を出している。動物好きとしてはたまらない話ですね。マジ泣きしましたから(笑)。

東  泣いたのかよ!(笑)

加門 馬でもなんでも動物が好きな人にはたまらん話ですよ、実際(笑)。飼い主側の切なさや馬のいじらしさがよく出ている。

福澤 これもきれいなお話ですよね。怖さはないけれど、なんともいえない温かさがある。ちょっとした短篇のような読後感がありますね。

加門 戦地で亡くなった人が帰ってきたとか、このテの話は実話として沢山伝わっているんですけどね。「沢山の馬を率いて来たような気持ちになった」っていうところで泣けて泣けて(笑)。

東  戦争にまつわる怪談話の定型を、兵士ではなく馬を主役にしたことで、新鮮なものとしてリクリエイトしている。中国ネタの『魚怪』も凡手の技ではないですし、『呪いと毒』のディティールも一読忘れがたいものがありました。


★『茉莉花』(我妻俊樹さん)
東  前回の大賞受賞者の我妻俊樹さん。どうしても昨年度の受賞作『歌舞伎』と較べられてしまうというハンデがあると思いますが。今回はこれ1本だけの投稿ですね。

福澤 確かに前回の応募作がどれもすばらしかっただけに、今回はちょっと遠慮がちに感じます。

加門 やはり前回の『歌舞伎』のインパクトと比べると、巧みさという点でも少し劣りましたね。ほかの投稿作品の水準が上がったせいもあると思うけど、印象が薄かった。

福澤 ラストがちょっとおとなしすぎるような。

東  短篇小説的な読み方をした場合、ひとつの世界を、巧くまとめあげて提示している。そのセンスに非凡なものがあるなと思って推しました。


★『光の穴』(夜猿さん)
福澤 すごくストレートな怪談ですね。

東  心霊スポットにグループで出かけていって怪異に遭うという話が目につきましたが、そのなかでは、これが突出していた。

加門 実際にこの状況に身をおいたら、すごく怖いだろうなと思います。この話はまず、きちんと怖い話として成立しているという良さがありますね。

東  実際にそういう体験があるとか!?

加門 うっ(笑)。えー、私の体験としては、夜、某ヤバイ土地を歩いているとき、気づいたら話をしていた相手がいなかったということがありましたけど。

東  人間消失!?

加門 それが、ひどい話でね。後ろを歩いていた連れが、場所のあまりの怖さに途中で逃げちゃったんですよ。私はそれに気づかないで、前を見たまま、話し続けていたんです。受け答えもちゃんと成立していたんですよ。なのに「だよね」って言って、ふっと振り返ったら誰もいない。真っ暗で……。うわー! 私、誰と話してたの!? って。いや、私の話はどうでもいいんですが(笑)、この話を読んだとき、ちょっと、そのときのことを思い出したのは確かです。

東  「光は7つ、8つ、どんどん増えていく」……光の数で切迫感を出すあたりの書きぶりが上手ですね。

加門 上手いし怖いし。短篇怪談としては上出来だと思いました。


★『猫である』(不狼児さん)
東  不狼児さんには、このほかにも加門さんが推薦した『マンゴープリン・オルタナティヴ』とか、いろいろ強烈な作品がありますね。

加門 どれも『マンゴープリン・オルタナティヴ』には、かなうまいと思ったんですけど(笑)。

東  でも、あれを怪談と呼んでいいかは、さすがに微妙でしょ。

加門 はいはい……。

東  なぜか、この応募作だけ旧かな遣いなんですよね。ふだん純文学系の作品を書いている方なんじゃないかと思うような作風です。他にもエロチックな『祭の夜』とか……。

加門 印象に残る作品群でしたね。

東  文体というものに意識的である姿勢は大いに評価したいと思います。私が『猫である』を採ったのは、今回投稿された動物ものの中でも、常套を脱しているというか、面白いアイディアがあったからで。「人間の魂は鼠よりちつぽけなので、猫が弄ぶのに持つて来ひなのださうだ」というあたり、嗚呼、文学してなあ~って(笑)。

福澤 芥川っぽいというか、あの時代を意識されて書かれたんだと思いますが、上手いですね。


★『東京駅の質問』(ガリコのパピコさん)
東  これは都市伝説風の話ですが、実際にあるんですか? こういう都市伝説。

福澤 聞いたことはないですが、ありそうな気がするところがいいですね。

加門 聞いたことない。オリジナルかな。私が候補に残さなかったのは、都市伝説にはありがちですけど、悪い答えをした当事者は全員消えているはずなのに、なんでその詳細が伝わるんだ、という疑問が湧いてしまったからです。純然たる噂話として読めば面白い話だと思いましたけど。

東  それは確かに反論できないツッコミですよね(笑)。一種のコントみたいな感じで、絵柄が浮かんでくる作品でした。百閒の名作『東京日記』なんかにも一脈通じるような「丸ノ内、山ノ内、風のうち」という呪文めく語感が面白いし。耳について離れませんね。

福澤 ラストにもうちょっと何かが起きて欲しかった。あと、もうひとつ外国人もので『アメリカ人』(斜 斤さん)というのもありましたね。あれも奇妙な味で面白かった。

東  ガリコのパピコさんでは、もうひとつ『淳くんの匣』を福澤さんが挙げていらっしゃいますね。

福澤 ラストはちょっとありがちな感じですけど、作品の水準は高いと思います。


★『祖父のカセットテープ』(黒 史郎さん)
福澤 実話怪談的な怖さがある作品です。イメージを喚起するだけで、意味がわから
ないところが怖い。

東  結局、テープの中身が勝負の話ですよね。

福澤 「(その後、お経みたいな言葉)」あたりの描写にリアリティを感じます。必要以上に怖がらせようとしていないのも好みです。「なにがそんなに「おっかねぇ」のか」は最後までわからない。ふつうに考えたら、おじいちゃんはボケたのかな? とも思いますが(笑)。

加門 それをなぜ、わざわざカセットテープに録って残しておいたのか。不気味な感じはしますよね。

★『ずぶ濡れの女、ブラウン管を舐める』(クジラマクさん)
★『生ゴムマニア』(クジラマクさん)
★『ガス室』(クジラマクさん)
福澤 クジラマクさんの三点セットですね。『生ゴムマニア』はけっこう怖い話だと思いますけど、ああいうオチは最近一般的になってきたのかな。

加門 最後の「済」の使い方が、前回の我妻俊樹さんの『浄霊中』にちょっと似ているかな、と思っちゃって。

福澤 都市伝説系の話にも似たようなパターンがありますね。最後になにかメッセージが残るというのは。

東  『ガス室』のモニターに映るもののチョイスが巧妙だな、と。ちょっと『リング』のビデオテープを思わせる。

加門 『ガス室』は、私は逆にくどいって思ってしまったんです。

東  『ずぶ濡れの女、ブラウン管を舐める』は、タイトルがちょっと村上春樹風で、なかなか(笑)。

加門 この作品、最終候補の手前までは残してたんですよ。ただ、こうレベルが高くなってくると、申し訳ないけど、アラを探して落とすしかない。それで「数ヶ月間、ずぶ濡れ女の訪問は続いた。」──警察行けよって(笑)。そこでちょっと引いたかな。

東  そのへんの整合性は重要ですよね。怪談としてのリアリティーを保証する部分ですから。800字という制約があるだけに、読者に少しでも不審や矛盾の念を意識させちゃうと苦しい。

福澤 『生ゴムマニア』は「目の前をバランスを崩した750ccの単車が走り去る。」みたいに現在形で書かないで、自身の体験談か、誰かに聞いた話として書いたほうが怖いと思います。『ガス室』も「Sさんは困った顔になり呟く。」だと、雰囲気が変わってしまう。ここは小説的な描写は避けて、聞き書きっぽくしたほうが怖さが伝わると思います。

東  センスはある方だと思うので、あとは文章の書き方を工夫してもらえると、ぐんと良くなると思う。惜しいですね。

★『心臓カテーテル室で』(やまぐちはなこさん)
東  病院がらみの投稿は幾つかあって、これもまあ、わりとよくあるタイプの話なんですけどね。

福澤 純粋に体験談的な書き方をしているところがよかったですね。本当に医療の現場にいる人なのかも、と思わせてくれる。

加門 ディテールがしっかりしてますね。でも、やはり、ありがちすぎるかな。同じスタンダードなら『光の穴』のほうが出来がいい。
 それと、「いけないのでしょうか。」って聞かれちゃったとき、「そんなことないです」って答えそうになって、あれれ? って(笑)。こうやって読み手に尋ねたり、話を託すスタイルも、最近、結構、多いですよね。

★『食堂にて』(斜斤さん)
東  これもありがちな話ではあるんだけど、店員の女性が、後ろ向きに出てくるところでドキっとする。それと幕切れのイメージね。

福澤 好みの話なんですが、「図太い棒状のモノ」というところがすこしイメージしづらかったですね。

加門 『「超」怖い話』に似たような話があったような……って思ったんですけど。

東  いかにも『「超」怖い話』に出てきそうな話ではありますね。同じ斜斤さんの『アメリカ人』も、そう。印象には残るんだけど、もう一歩、突き抜けたものがなかった。

★『んんーげっげ』(有坂さん)
★『修学旅行写真』(有坂さん)
東  どちらを採るかは好みの問題かも。ユニークなのは『んんーげっげ』ですけどね。

加門 さっきも言いましたけど、「んんーげっげ」の使い方が上手い。単純に、あんな声が聞こえて首が飛んできたら絶叫もんだよと思って。状況を想像したとき、かなり怖かった。

東  先ほど指摘したように一発芸的な運びが上手な方なので、題材をもう一工夫されたら、期待できる書き手になるんじゃないかと思います。


★『山手線は廻りつづける』(向井野 海絵さん)
福澤 非常にまとまっているんですが、この系統のものって、パターンをつかめば割に書きやすいと思うんです。そのへんがすこし気になるところです。

加門 タイトルを見て読み始めたとき、気持ちの悪いメリーゴーランド的な物語をイメージしました。で、これは面白そうと思ったんですが、結局、池袋までの短い間の話になってしまっていたのが、なんとも残念。山手線なら山手線で、もっと円周的なエンドレスな恐怖が欲しかったな。タイトルで失敗した例ですね。あと“溶ける”と“廻る”で、怪談とは関係ないけど、『ちびくろサンボ』を思い出しました。

東  作者の意図としては、どんどん広がっていく話で、ぐるっと回るっていう暗示をタイトルで与えたかったんでしょうね。

加門 ところが、イメージさせようとしていたものよりも、作品の世界が狭かった。

福澤 向井野さんの『喰人樹』もタイトルで損をしているような気がしましたね。

加門 タイトルが凝りすぎなのかな。

東  いわゆる実話怪談的な発想とは違ったところから、怪談執筆に向かっているという意欲を感じさせますね。文章はかなり達者な方なので、怪談としての方向性に配慮して、今後も書き続けてほしいと思います。あ、それからタイトルとね(笑)。

★『薫糖』(田辺さん)
東  田辺さんは初登場組ですが、全部で18編も投稿していて、しかも当たり外れの差が一番大きかった(笑)。書くこと自体に、まだあまり習熟していない印象を受けますね。にもかかわらず、どの作品にも妙に惹きつけられるイメージがありましたね。

福澤 どの作品も独特な味わいがありますね。

東  呪いに飴を使うって、実際にあるんですか、加門さん?

加門 なぜ、私に振る(笑)。いや、聞いたことはないですね。だから、創作だとは思うんですけど。私もこれを残すか残さないかギリギリまで迷って……。飴って溶かすと、熱いし、つくと落ちないんですよ。火ぶくれになるし、水で冷やしても固まって落ちない。その飴でやるグロテスクさ、熱さ、痛さは伝わってきましたね。あれ? 何で落としたんだろう(笑)。

東  加門さんは『お化けの学校』(田辺さん)を入れているんですよね。

加門 ああ、そうか。ほかを挙げたんですね。『お化けの学校』は笑えるという点で面白かったです、単純に。このあたりの選択はもう、好みだけの問題ですね。

東  私は『選択肢』(田辺さん)も面白かった。ただの冗談話ではあるけれど、いまどきの実話怪談の特性を踏まえて、一種の風刺にもなっているかなあ、と。

加門 私も『選択肢』か『お化けの学校』かで悩んだんです。ただ、『選択肢』には「おかっぱの女の子」が入っていないのが(笑)。

東  ……そ、それは御自分に引きつけすぎでわ!?

加門 どこが!?(笑) だって「おかっぱの女の子」が出る怪談って実際、すごく多いでしょ? 田辺さんはたくさん投稿されていますけど、印象に残る話が多かったですね。作風もバラエティに富んでいて、怪談に詳しい方なんじゃないかと思いました。

福澤 加門さんは『あめ玉』(田辺さん)も入れていますね。ぼくも迷ったんです。

加門 『あめ玉』は最後の「ひぃ、見てんと助けてぇや。」が効いてます。上手い! って思いました。

東  単純に文芸系とも呼びがたい、不思議な未知数の魅力を感じさせる書き手ですね。今後どういう方向に伸びていくのかわかりませんが、怪談大賞的には注目していきたい一人だと思います。

★『泣き石』(YASUKOさん)
東  さっきは話題に出ませんでしたが『泣き石』(YASUKOさん)も挙げておきたいですね。

加門 これ、気になりましたね。箱庭的な恐怖。

福澤 机の引き出しの中に石を並べているのって、想像すると不気味ですね。

加門 ある意味、よくある話ではありますよね。石から煙が出るとか、水入り瑪瑙の中で魚が泳ぐとか。でも、そういうものと比べても面白かったです。ただ、「音は息子の部屋の方から聴こえてくるようです。」の後に、「しかも学習机の引き出しの中から。」と続くことに齟齬を感じちゃったんです。瞬間移動してるんですね。だったら前の文を「息子の部屋から聴こえてきた」とかにして、もう部屋に入っちゃっていることにすればよかった。何回も読み返していたら、そこが引っかかってきちゃったんですよ。惜しい。


★『休憩室』(ぬくてるさん)
東  ぬくてるさんは前回も佳作に入っていますね。『休憩室』は、私と福澤さんが選んでいます。

福澤 インパクトは薄いんですが、文章はこなれていると思います。

東  安定して落ち着いた書きぶりの方ですね。きちんと自分の言いたいことを伝えている。

福澤 ただ、この枚数では「メグ・ライアン」はいらないと思います。特になにかを喚起するわけでもないし、伏線でもない。ほかにも独特ではあるけれど微妙な表現が目立ちます。それがいい方向で全開になっているのが『鳥打帽の男』(ぬくてるさん)。こっちは全開でいいんですよ。イモ欽トリオが出てこようと何が出てこようと問題ない。非常に楽しい作品です。

東  メグ・ライアンもそうだし、「モーター音は恐竜の断末魔」とか、一歩間違えるとすべりそうな比喩を(笑)果敢に使う方ですよね。

加門 自分でそういうギリギリな比喩を探して、楽しんで書いている感じですね。

福澤 紋切り型にならないようにしている努力は大いに買えますが。だけど、「ポケットに入れていたあのバナナは、誰か食べたんだろうか…。」──食べないだろうって(笑)。

加門 思った。食べないよ(笑)。

福澤 そんなことを考えること自体がちょっと変(笑)。さっきのメグ・ライアンにしても、「ここで働く者たちの年収の何倍ほどの報酬を得たのだろうか」とか、やっぱり視点が独特ですね。

★『ムグッチョ、ムグッチョ お前の頭に火がついた むぐれ~ば 直る』(よっちゃんさん)
福澤 「ムグッチョ」って カイツブリのことなんですね。調べました。

加門 このタイトル、歌なんですよ?

東  そんなに人口に膾炙している歌なの?

加門 さあ。でも、私はカイツブリ見ると歌いますもん(笑)。この鳥は大体、この1フレーズを歌っている間に潜って、魚を獲って水面に出てくるんですよ。私、この作品読んでもそこばっかりに気をとられちゃって。で、どう活かすのかなと思っていたら、あまり関係なかった、と。

福澤 民話的な話ですが、語りも自然で上手い。ただタイトルは再考の余地があると思います。

加門 河童とかにしなかったところがいいですね。

東 この方は『夜寒のあやかし』で、第一回の優秀賞を獲られていますね。今回もやはり、叙述に独特なリズムがあって、川辺の妖しい情景にぐんぐん引きつけられてゆく迫力を感じました。そうした表現力の逞しさがあるから、かなり唐突な幕切れも活きてくるんですね。


◎いよいよ大賞ほか入選作品決定!

東 では最終候補を絞っていきたいと思います。ちょっと収拾がつかない感じもしますので、『吉田爺』『矢』『軍馬の帰還』の3作品以外に、お二人と私がそれぞれ1作品ずつを最終候補に残して、その6作品のなかから大賞・優秀賞を決めていきたいと思います。

福澤 『ムグッチョ、ムグッチョ お前の頭に火がついた むぐれ~ば 直る』(よっちゃんさん)ですね。

加門 じゃあ、私は『光の穴』(夜猿さん)。

東  そうきたか(笑)。どうしようかな? そうすると、あとは『猫である』『ガス室』『薫糖』…………(長考に入る)…………これは本当に難しい。比較しようがないんですよね。お二人は他に、どうしても推したい作品はありますか?

福澤 クジラマクさんには何かあげたいと思いますけどね。

加門 最後まで迷ったのは『薫糖』ですね。

東  では、私が『猫である』を推す形にして、6+2篇の中から上位3作品を選びましょうか。順位を無理やりつけて、ベストスリーを選んでもらって集計してみましょう。

福澤 1位『ムグッチョ、ムグッチョ お前の頭に火がついた むぐれ~ば 直る』、2位『吉田爺』、3位……ムチャクチャ迷うんですけど『ガス室』。

加門 1位『軍馬の帰還』、2位『矢』、3位『吉田爺』です。

東  私は1位『矢』、2位『軍馬の帰還』、3位『ムグッチョ、ムグッチョ お前の頭に火がついた むぐれ~ば 直る』です。
 ということは……。

加門 バラバラじゃん!(笑)

東  見事に割れましたねー。では、ベストスリーを1位3点、2位2点、3位1点のポイント制にして加算してみましょう。

『軍馬の帰還』5
『矢』5
『ムグッチョ、ムグッチョ お前の頭に火がついた むぐれ~ば 直る』4
『吉田爺』3
『ガス室』1

東  『軍馬の帰還』と『矢』が同点ですね。

加門 じゃあ、どちらもベストスリーに入れていなかった福澤さんに決めてもらいましょうか。

福澤 この2つだったら、『軍馬の帰還』ですね。

加門 決定ですね。おめでとうございます。

東  これはまさに「鼻の差」というか(笑)僅差の判定になりましたね。

大賞:
『軍馬の帰還』(銀峰さん)

優秀賞:
『矢』(ユメさん)
『ムグッチョ、ムグッチョ お前の頭に火がついた むぐれ~ば 直る』(よっちゃんさん)

佳作:
『吉田爺』(Flackさん)
『光の穴』(夜猿さん)
『猫である』(不狼児さん)
『ガス室』(クジラマクさん)
『薫糖』(田辺さん)


◎惜しくも選外になった気になる作品

東 選外になった作品の中で気になったものについて話していきましょう。

加門 『明け方にみた夢』(樋口摩琴さん)。経験したことのある人にはすごく辛い話。ちょっとした虫の知らせとか、現実的にわかってしまった辛い未来とか、そういうことを経験したかどうかで受け止め方が変わると思いました。私は幸か不幸か経験しているので、きつかった。胸につかえながらも誰にも言えない気持ちとか、すごくよく伝わってきた。重苦しい、胸に迫るお話でしたね。

東  真摯な説得力がありましたね。実話かなって思わせる。

加門 好きな話というよりも辛い話として読みましたね。
 あと、グリーンドルフィンさんの作品。私は『火傷』を候補にしましたが、ほかにも推したいものが沢山ありました。

東  ストレートに怖い話ですよね。独特な軽みが魅力だと思います。私が推したいのは金魚屋さんの『ひどいところ』(金魚屋さん)。あたりまえの話なんだけど、平明な言葉を大切に扱って、ひたむきに書いている良さがある。

加門 なかなか、いい話でしたよね。この方の作品では『日々のつみかさね』(金魚屋さん)とかも面白かった。侍が怒って追いかけてくる。いい味出してます。

東  金魚屋さんは全体に詰めが甘いので、もう少し構成に配慮をすると、もっと上にくるような気がしますね。『カーテンの丈』(カイロさん)なんかもそうですけど、ありがちな話なんだけど、きちんと自分の言葉と視点で書くことで、抒情を漂わせる方向もアリだと思います。

加門 『換気扇』(鼓囃子)。なんでもない話なんだけど、日常的な生活感がよく出てて、実際、その場にいたらかなり怖いだろうなと思いましたね。
 『おかえり』(かんころんさん)も好きでした。『換気扇』同様、生活感の出し方がいい。夏の昼下がりという空気の描き方がうまいです。
 『神を見る人』(林不木さん)。正直、文章に難があって読んでいて何が何だかわからないんだけど。作品全体から匂いたつ不快感というか、猥雑さが面白かったです。

東  ちょっと諸星大二郎っぽいと思いましたね。

加門 慎重に読み返さないと、よくわからなかったんですけどね(笑)。

東  『半券』(じがさん)も生活感みたいなものが巧く出ていて印象に残る。呪文みたいな断片が効果的。作中に出てくる『ビアス選集③幽霊Ⅰ』は、実際に東京書籍から刊行されていて、古参のホラー好きには懐かしい本です。ちょっと異様なたたずまいの本なので、ああいう半券がはさまっていてもおかしくない雰囲気があるんだ(笑)。

加門 いかにも、東さん的なツボですねえ。

福澤 とちみさんの『世話』、『電話』も印象に残りました。あとは『料理屋』(沢井良太さん)。怖さはさほどないけど、雰囲気はすごくいい。

東  『墓参り』(モモははさん)も心に残る話ですね。『明け方にみた夢』にちょっと似ていて、肉親の情がしんみりと伝わってきます。

福澤 『墓参り』は準候補にあげたんですが、途中でちょっと話者がわかりづらくなっているところがあるんですよね。あと、ラストをもうすこし怖くできなかったかなと。

加門 私も『墓参り』は気になった作品。でも、もっと単純な話にしてもよかったかもしれない。

福澤 モモははさんは『泣かない』もありましたが、これはタイトルがミスマッチな感じがします。

加門 『山手線~』もそうだけど、タイトルとの齟齬で惜しいな、という人が何人かいた。タイトルのインパクトでずいぶん違いますね。


◎「愉しませてもらいました賞」決定!

東 「愉しませてもらいました賞」は今年から新設した賞です。どういう趣旨かというと、技巧とか方向性とかでちょっと難あり、なんだけど、強烈に印象に残る作品を、選考委員がそれぞれ個人的に顕彰しようという(笑)。怪談の定義とか完成度にばかりこだわるのでは、気軽に応募できないでしょうしね。1人1作品でお願いします。

加門 私は『マンゴープリン・オルタナティヴ』にあげたいです。ほんと、読んでてワクワクしました。怪談じゃないけど(笑)。

東  私は『カオリちゃん』>にしましょう。こういうアプローチもありなんだよ、とアピールする意味で。

福澤 ぼくは『祖父のカセットテープ』で。個人的にはかなり怖さを感じましたので。

東  これですべての賞が決定しました。

◎次回へ向けて一言

東 では、次回へ向けて一言ずつお願いします。

福澤 毎回言ってますが、とにかく怖い話が読みたいですね。みなさん技巧的な部分では、ほんとうに水準が高いと思うんですけど、怪談である以上、やはり怖さも追求していただきたいなと。

加門 と言いながら『軍馬の帰還』が大賞なんですけど(笑)。

福澤 やっぱり技巧にも目が行っちゃうんですよね。銀峰さんはほんとうに上手いし。

加門 そのへんが難しいですね。最高なのは、上手くて怖いことなんですが、その次となるとどうしても、怖くなくても上手い人という感じになってしまう。
 怖さというものを考えるとき、自分の身に起こったらどうかな、と一度引きつけてみることも大事なんじゃないかと思うんですよ。
 今回、怖いという点で作品をふるいにかけたとき、私は怖がらせようとして失敗している作品と共に「こんなことは虚構にしてもありえない」と思った作品は外しました。けど、「ありえなくてもあったら怖い!」というものは、かなり上位につけました。推敲する中で、頭の中だけで考えないで、自分にとってリアルなものをもう一度検討してみるのは大事だと思います。

東  募集期間中から繰りかえしてきたように、俳句とか短歌と同じような感覚で、怪談文芸執筆を気軽に実践し、それを発表して、みんなでワイワイ愉しもうという本賞の狙いが受け入れていただけているようなのは、本当に嬉しいし、心強いことですね。800字で怪談を書くという制約の中で、これだけ多彩でハイレベルな応募作が寄せられたことを、私は誇りに思います。これからも「怪談」というジャンルの既成概念を覆したり、その可能性を広げるような意欲作を、もっともっと読ませてください。
 それはそうと今回は、矢内りんごさん、言之葉亭さんなど、大量投稿をしてくださった方の一部が、結果的に選外になってしまいましたね。

加門 残念でしたね。矢内さんの場合は、霊能者とか“わかる”人が出てくる話が結構あったんですけど、怪談でそういう人が出てくると決め打ちになってしまう場合がある。800字だと、それがマイナスになってしまったような気がします。

東  矢内さんのようなタイプの方は、がんばって1冊、単著をまとめてみることを考えられてもよいのではないかと思います。いろいろ面白そうな抽斗を持っている方だし。

加門 ああ、長編はいいかもしれない。個性持ってますからね。

福澤 ぼくは準候補に矢内さんの『火傷と根付』を挙げていたんですが、この方はエッセイ的な書き方の作品に面白いものが多かったように感じます。

加門 私もギリギリまで残しておいたものが沢山あるんですよ。

東  言之葉亭さんも、『階段』など、とても洒脱なセンスを感じさせて、力のある書き手だと思います。ちょっと器用貧乏気味なところがあって損をしていますね。

加門 うん。全体的にもったいなかった。

福澤 前回たくさん投稿いただいた入り江わにさん(今回は『熱帯夜』、『蛞蝓』)は?

東  前回に較べると上達されていると思います。ただ、『「超」怖い話』的な定型にハマってしまった弊を感じますね。

加門 「新耳袋」的、「超怖い話」的、と分類されてしまうようになると辛いですね。

東  いきなりは無理かもしれないけど、次回は『「超」怖い話』的な定型を打破するような作品を期待したいと思います。

加門 回を重ねると、レギュラーの方々のスキルアップが見て取れるのは面白いですね。

東  では、次回のビーケーワン怪談大賞で、応募者たちのさらなる成長ぶりを実感できることを心から願いつつ、選考会を終了したいと思います。関係者の皆さん、応募者の皆さん、本当にお疲れさまでした!