ポムポムプリンの優しさに胸を打たれた。

時はバレンタイン前に遡る。

大好きな子にチョコをもらえるか気にしているポムポムプリン

オシャレもする。 皆のためにお菓子も作り、せわしないポムポムプリン。 なんだかんだでチョコをもらえて、皆にお菓子も配るポムポムプリン。 幸せの一時。 寝てる間にお菓子を食われる。 お菓子食べ過ぎて、腹を壊した奴らを心配するポムポムプリン。 皆を心配して星に願うポムポムプリン。(優しい) 皆を心配してお腹に優しいおかゆを作るポムポムプリン。(優しい) 謝罪を受けるが、それ以上に皆の回復を喜ぶポムポムプリンさん。

・・・正直泣きそうになった。

本当に見習いたい姿勢だ。
優しくて、過ちを許せる寛容性は心底見習いたい。
尊敬の念を隠せない。

あまりに感動して今日は受付のパートさんを捕まえて、この一連の流れを説明した。


いつかカピバラになりたいと最近思うようになっている。

特に衝撃的だったのはこの動画だ。



他のカピバラが入っている風呂に無理やり入って、風呂から追い出す形になってる。

しかし、カピバラはここで争いにならない。


本当うまそうにセロリを食う。


他の動物にも馴染む。

カピバラの包容力は天井知らず。動物界のお釈迦さま的存在のカピバラに集まる動物たち

目から鱗。目が覚めるとはこの事だ。

憧れ以上に尊敬の念を感じる。

今日は会社の人が弁当箱持って帰らなかったので、洗っておいて下の画像を送っておいた。



割と弁当箱置いて帰る人が多いので、たまに洗ったりしている。

実はこの妖怪には悲しい真実がある。

かつて山奥で一人でホテルを営む男がいた。
食器洗いとかの人件費は実は一番浮かせれる所だと知っていた男は、
洗い物がたまったら、即座に洗い物をした。

とにかく早く洗わないと次の日に帰るお客さんの請求書が作る時間がなくなるからだ。

来る日も来る日も男は洗い物をしていた。

数をこなすことで上達した頃、ある日、兼務していた旅館にヘルプで洗い物をした。

周りのパートさんは男の手並みを見て褒め称えた。

「すごいはやい!」「このひとてなれている!」

しかし男は褒められても嬉しくなかった。

別に洗い物がうまくなる為に山奥のホテルにいるわけではないからだ。
全ては会社のため、人件費削減のため、男は洗い物を続けたのだ・・・・


祖母の通夜、葬儀、火葬、納骨まで一通り終わり、遺品整理も終わった。
喪主は東京の叔母夫婦だったが、やはり地方で動くには車社会の為、
足になるという部分では自分も貢献はできた。

密葬にするような形であったため、親戚も4組だけの10人ちょっとだったが、
家族関係が前妻やら後妻などでごちゃごちゃしているので、少ないほうが楽だった。

曾孫の声が聞こえてきて、少しだけ騒がしい反面、
静かにおっさんたちに送られるより、子供達の声があって救いがあった気がする。

今日2月15日は母の誕生日なのだが、昨日母方の祖母が亡くなった。
亡くなった時は、人前もあったので泣きはしなかったが、
仕事中にふとした拍子に色々と思い出が蘇る。

祖母は3年くらい前から認知症が進み、ボケていた。
亡くなった自分の父を生きてると思い、「今日はお父さんこないのか?」と
言われるたびに「今日は仕事だ」「今日はパチンコ行ってる」と返したりしていた。

後半はボケが進み、自分の事も孫なのか。息子なのかもわからなくなっていたが、
ボケながら祖母に言われたことは「体格いいけど、相撲やってるのか?」と聞いてくるから
「相撲やってるよ。どすこいどすこい」と返すと「相撲は危ない」と怒られて(?)いた。
もう少し痩せないと健康に良くないと案じてくれていた。

・・・・
91歳で亡くなったので、数え歳で93歳として扱われる。
58歳で亡くなった父に比べれば大往生だ。

父が亡くなった時は、「自分が死んでしまえばよかったのに」と言っていたが、それから10年よく生きた。

父も自分の母親が自殺していた為、母方の祖母に優しくしていた。
父が死んでからわかるが、父は負い目を持って生きていた。
自分の母親を死なせてしまい、どうしようもない気持ちを祖母に向けていた。

だから祖母もボケてからも父の事を覚えていた。

そんな事にまた、亡くなってから気づく。

いつも亡くなってから気づく。

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