今日はとても(雨が降る中)涼しい一日となりました。「秋だなぁ」そう感じます。


秋吹く風を表す(俳句の)季語には、「秋風」、「爽籟(そうらい)」、「色なき風」、「初嵐」などがあるんだとか。すべて同じ秋に吹く風のことなんですが、微妙にその意味が違うんですね。

 
①「秋風」とは、文字通り秋吹く風。身にも心にも何か哀れを誘われる風。
 
②「爽籟」の「籟(らい)」とは、風が物に触れて発する音のこと。「秋風」が体感に訴える季語であるのに対し、「爽籟」は聴覚に訴える季語。
 
③「初嵐」とは、秋のはじめころに吹く(その風で、にわかに秋の到来を感じるような)やや強い風。
 
④「色なき風」とは、無色透明のすべてを晒すような寂しい風。華やかな色も艶もないイメージ。陰陽五行思想において、秋の色が「白」であるのが由来だとか。


私が特に心惹かれるのが「色なき風」という言葉。風に色彩を見ていただなんて…。古来日本人の感性の素晴らしさに心打たれます。
※ちなみに「香り」についても、日本人はそれを嗅ぐことを「聞香(もんこう)」、つまり「香りを聞く」と表現しました。(本来)色なきものに色を見、音(声)なきものに音(声)を聞く感性を、日本人は持っていたんですね。


命芽吹く春、ギラギラと太陽の照りつける夏とは異なり、秋は確かに、無色透明な、寂寥感を漂わせる季節でもあります。そんな秋が深まり、それと共に次第に透き通っていくようにも感じられる風を、昔の日本人は「色なき風」と名付けた…。


澄みきった風は、全てを見透かすかのような透明な風。そんな「色なき風」に吹かれることで(自身の)心の内の曇りまでをも取り払い、本当の自分を見つめ直す機会を、秋という季節に私たちは持ったのかも…しれませんね。


「物思へば 色なき風もなかりけり 身にしむ秋のこころならひに」 (源雅実)


≪訳≫
物を思いながら身にしみる透き通った風に吹かれ、それを眺めれば、風にも色が現れ、秋の習慣として、心が動かされます。