2011年05月09日

蝙蝠の嘴

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僕が、手のひらに『輝く石』を持っていたとします。
とても綺麗な、うんと透き通った石です。
僕がそれをそっと手のひらで隠し、『これは宝石です。』と言ったら、どうでしょうか?
皆さんは僕の手のひらにある『輝く石』を見て、間違いなく『宝石』だと信じてくれますか?

もしかしたらガラス玉かもしれませんね。

もしかしたらあめ玉かもしれませんね。

手で隠したときにすり替えたかもしれませんね。



では、この『輝く石』ですが、皆さんはどうしたら『宝石』だと信じて頂けますか?

もう一度見てみたら、わかりますか?

触ってみたら、わかりますか?

宝石商を立ち会わせて、鑑定をしてもらいますか?

例を挙げたら、キリがありません。

それは『確証を得る』という事は、いかに『情報』を集めて『自分を納得させるか』という一点に絞られるからです。



人って、そうなんですね。どこまで進化しても『情報』という『抽象的なもの物事』を『自己完結』によって無理矢理にまとめています。

先ほどの宝石の話もそうですが…

では、これではどうでしょう。

見た目は宝石と寸分違わぬ『ガラス玉』かもしれません。

硬度や障り心地が全く同じ『ガラス玉』かもしれません。

宝石商すら判断を間違える程の『ガラス玉』かもしれない。

その宝石商すら偽物かもしれない。

そう疑うと、それこそキリがありませんw
結局は様々な『情報』を調べた上で、『これは宝石だ』という『曖昧な確証』が『事実』として受け入れられちゃってるんです。

『事実』ではなく、あくまで『自己完結における事実』なんです。

そうして考えると、最近の問題として提示されている「原発問題」って『自己完結における事実』の
悪い側面が浮き彫りになってる最たる例だと思うんですよね。

曖昧で、抽象的な表現で締めくくられる政府の対応。

まくしたてちゃうメディア。

おばさんの情報網みたく広がる風評被害。

人が、情報を散らかしてそこから適当に汲み取り、『知ったような気になってしまう』という事実が
この結果なっちゃったんじゃないのかなぁ…と。

ようは物事を『具体化』して伝える方法が必要なんだとおもうんですよ。
いきなり信じ込むのでは無くて、『情報を集めて、限りなく正解に近い事実へ繋げる行動』を起こすべきだと思うんです。

綺麗ごと言っちゃってますが、僕自身そこまで真剣に取り組んではいないのがお恥ずかしい限り。

でも、僕の場合、『正解に近い事実』を探すより、結果的に『今後どうすれば良いか』を真意に思考した方が懸命なんじゃないかって思ったり。

放射能に怯えた所で、結果的に目先の生活が見えないと僕は生きて行けないわけですし。

だからこそ、風評もなにも気にせずに日々暮らす事が重要かなと。

なにせ、『自己完結における事実』ですから。
僕自身が曖昧な『事実』を知った所で結局はそれは『事実』じゃない。

要は怯えずに社会を動かし続けるという事が大事なんだと思うんです。

社会が停滞すれば、それだけ問題も大きくなる訳ですから。

先ほどの話に戻りますが、僕は『ガラス玉』だろうが、『宝石』だろうが、『綺麗であればそれでよし』なんだと思います。

『綺麗ななにか』という事実こそ、見た瞬間にわかる『直接的なイメージ』だから。

『地震問題』だろうが、『原発問題』だろうが…要は『日本のピンチ』だという『共通の事実』があれば、取るべき行動の答えは自然と導き出されるんじゃないでしょうか。


早く復興してくれるといいな。じゃなく。

早く復興させてやるぜ!!位の勢いで仕事すれば、結果的に結びつくと勝手に思っていたり





…さて、また今宵も駄文を少々。


ではおやすみなさい。






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2011年04月01日

点と、纒



一年経ちました。

『僕』が『僕』を見限って丁度一年が経ちました。

『僕』が『僕』を救いだして一年が経ちました。

色々なモノを得て。


その倍位色々なモノを失って…。


ですが、結論としては、『僕は成長できた』んじゃないでしょうか?

緩やかな『退化』と共に、『進化』出来たんじゃないでしょうか?

難しいことを、考えていたくはないんです。

でも、知識や雑学は、僕の脳みそにコンコンと溢れてきます。


困った。これは困った。


…ので、心の隅にある言葉を、またボチボチ呟いていこうと思います。

『求めてくれていなくても、求めているから吐き出す。』



僕の見本市は、本日開店します。





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2010年03月15日

縮小された自己。

山

窓から見えるその存在は、

聴こえない音を響かせて、


重く、


重く、


ただ重く。


そして、僕は。

自分の存在の『小ささ』と『圧縮率』を理解した。



そう、
自分のちっぽけな存在を悟った後、


『迷い』は、『活力』に変わる。




 

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