土木の風景

from civil engineers 築土構木、土木技術は社会生活の基盤をささえています。

勝浦大沢海岸・おせんころがし no.471

久しぶりに寄ってみました。勝浦市西方の海岸です。
小さな小さな漁港があり、小さい部落があります、大沢地区です。

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まずは現在の風景を・・・。

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この海岸は「おせんころがし」として有名です。
海蝕崖と海食棚が発達した地形で昔は交通の難所であったとか。しかし、明治時代の古地図(迅速測図・明治16年作)を見て驚きました。大昔の街道であったと思っていたのですが、大澤村へ通ずる当時の道は山越えで谷筋に下る一本の道しかありません。おせんころがしの道もありません。

村へ入るのは牛馬か歩きしかなさそうです。

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そこで、ウィキペディアの記事を見ながら過去と現在のおせんころがしを確認してみます。

***「おせんころがし」ウィキペディア記事
古くは、房総東往還の難所と知られていたが、1929年(昭和4年)、おせんころがしの部分を小湊トンネルなどで結ぶ鉄道(現在の外房線)が開通した。その後、おせんころがしの部分をおせんころがしトンネル、境川トンネルで結ぶ国道128号の新道も完成し、現在は崖の中腹にある小道が残るのみとなっている。なお、現在この小道に通ずる道はバリケードでふさがれており、ガードレール等も存在しない。そのため、滑落等非常に危険であり、踏破は勧められない。***

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***江戸時代までは、房総半島の東側の集落(東條、小湊、興津、勝浦)は千葉より放射状に結ばれ、海岸沿いに進む道は間道程度に過ぎず、主要街道としては整備されなかった。
明治時代に入ると、波の高い太平洋側は海運が発達せず、早くから海岸沿いを結ぶ道が整備された。具体的な開通時期ははっきりとはしないが、おおよそ明治10年代頃であると思われる。***

・・・・ということで、古地図製作前後の頃に崖の道が作られたと推察することが出来ます。迅速測図の現地測量の時はおせんころがしの街道は未だなかったらしい。

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上の古図を見ると大澤村が陸の孤島のようなたたずまいに見えます。そして、おもしろいことに海食棚のあちらこちらに岩礁や島が見えています。現在の風景では島らしいのは一箇所(雀島)、その他の岩礁もほとんど水没しています。古地図と現在ではほぼ133年の時間経過があります。波浪の浸食作用はものすごいものがあります。

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なお、ウィキペディア記事おまけです。
***1952年(昭和27年)に一家3人の殺人事件であるおせんころがし殺人事件(現場は小湊町内)が発生し、被害者がこの崖から投げ落とされた。なおこの時までに、内陸をトンネルで貫き、ショートカットする新道が完成していた。
昭和40年代に、現在の国道である新道が完成し、おせんころがしは交通の難所ではなくなった。***
・・・ということでおせんころがしの道は80数年間使われたことになりそうです。
なお、おせんころがしはこの一帯の「海蝕崖の連続区間」を呼称するという説が有力のようです。

よろしければ、おせんころがし関連の記事です。

http://blog.livedoor.jp/ynakamura1/archives/52941476.html 土のうた
http://blog.livedoor.jp/gijutunohiroba/archives/51899749.html no.437
http://blog.livedoor.jp/gijutunohiroba/archives/51732716.html no.330
http://blog.livedoor.jp/gijutunohiroba/archives/51078047.html no.166
http://yamaiga.com/road/r128_osen/main.html 平沼義之氏記事


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千葉県水道局北総浄水場・・配水塔 no.470


千葉県の北総台地に広がる千葉ニュータウンは新しい街です。
多摩や千里ニュータウンに似て、計画的に造られた新都市で、鉄道も新設されています。

ニュータウン

 

領域は白井市、船橋市、印西市にまたがる広大なエリアです(1,930ha)。
1966(昭和41)年千葉県が事業主体となって始まり、2014(平成26)年に完了しています。
新しい街といいましたが、すでに48年、半世紀が過ぎていることになる訳です。
ただし、まだまだ未処分用地が膨大に残っており、これからも変貌を遂げるはずです。

さて、そのニュータウンの東方面に千葉県水道局の北総浄水場があります。
給水区域は船橋市、習志野市、市川市、浦安市、千葉ニュータウン、成田ニュータウン、成田国際空港だそうです。利根川が水源です。

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北総浄水場

 


そんなニュータウンの幹線道路沿いに広大な敷地と、目立つ建造物・配水塔が見えます。

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この形はなぜ出来たのでしょうか・・・、多くの人が頭をひねっています。
ライトアップでもすると観光地とまでは行きませんが、評判を呼ぶことはできそうです。施設の性格上、ライトアップはしていません。
 
 なお、千葉県の水道の概要図を水道局ホームページより拝借しました。

 

県営水道

 

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【千葉県水道局解説】
千葉県営水道は昭和9年に創設され、現在では5ヶ所の浄水場から千葉市をはじめとする県内の10市1町2村に給水しています。
北総浄水場は、新東京国際空港、千葉・成田ニュータウンに給水するため、昭和45年に北総地区水道事業として建設が始められ、昭和50年から稼動しています。水源は利根川の表流水に求め、1日に約13万m3の水道水をつくり出しています。

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富士山五合目

知人が行ってきたので写真を拝借。
また、yahooからも航空写真を拝借しました。

世界に有名な日本の富士山、観光客もここ(五合目)までは来るそうです。山頂まで登る人達が年間30万人といいますから、ご来光の時間には山頂付近で大変な混雑になります。

個人的には何十年も前に登山しましたが、もうその体力はありません。
知人と同じく五合目が良いところです(笑い)。

とは言いながら五合目でも標高2,000mに近いのですから高原の気分を味わうことができます。

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景色の中に多くの人が見えます。
知人によると中華(中国)の人達とか・・・昔は外国人はほとんどいませんでした。


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やはり人が写っていない写真が欲しい残暑の候・・・です。

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屏風ヶ浦の魅力

千葉県東部、旭市飯岡から銚子方面に連なる海岸線です。
夏の間、訪れては如何でしょうか。

荒々しい姿は天候の悪いとき・・・好天気の時も素晴らしい景観が迫ってきます。

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興味がおありの方へ道案内を・・・。

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屏風ヶ浦

 

 

なお、平成21年(2009)8月におもしろい現象に遭遇しましたので紹介します。
屏風ヶ浦の大地へ向けて海の霧が断崖を這い上がっている姿でした。

普段の屏風ヶ浦はこんな姿です。

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その日の海霧は海上から台地面に這い上っています。
陸上に上がるとスっと消える・・・そんなに長い時間ではなかったような・・・。

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参考記事はこちらにあります。なお、写真は拡大できます。
「荒れる犬吠埼」

http://blog.livedoor.jp/ynakamura1/archives/52416737.html


風ヶ浦 びょうぶがうら  <大百科全書より>
千葉県北東部、銚子(ちようし)市名洗(なあらい)から飯岡(いいおか)町刑部岬(ぎようぶざき)に至る海食崖(がい)。高さ40〜50メートルの断崖が10キロにわたって続き、雄大な海岸景観を呈し、イギリスのドーバー海峡に臨む白亜の断崖に対比される。第三紀凝灰質泥岩に第四紀砂質の成田層が重なり、最上部は関東ローム層が堆積(たいせき)し、赤褐色の地層の配置が鮮明である。太平洋の荒波を直接受けて海岸侵食が著しく、年平均70センチの割合で海岸線が後退し、現在消波ブロック投入による護岸工事が行われている。断崖上は平坦(へいたん)になっておりキャベツ畑が広がり、犬吠埼(いぬぼうさき)とを結ぶ銚子有料道路も通じる。渡海(とかい)神社境内のタブ、シイ、ツバキなど常緑広葉樹の極相林は県指定天然記念物である。水郷筑波(すいごうつくば)国定公園の一部。〈山村順次〉【地】2万5千分の1地形図「銚子」「旭(あさひ)」

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散水スプリンクラー no.469

暑中お見舞い申し上げます。

酷暑の季節です。
関東地方は37度を超えるような気温があり、梅雨はどこへやら・・・。

千葉県北総地方は台地地形で乾燥気味です。
水がありませんから真夏の散水は必須、畑地かんがいが発達しています。
散水の形式は色々です。

ノズル式、水勢でノズルが回転して平均的な散水を行う形です。

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上の作物はサトイモです。
八街地方などは大産地ですが、台地の乾燥地に比較的湿地を好むサトイモ(熱帯のタロイモが仲間らしい)を作付けしているのが個人的には不思議に思うのです。

畑地かんがい(北総中央用水)が大産地を生んでいるようです。
大元の水源は利根川となります。系統図は農水省より拝借。

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また、こちらの散水形式はパイプ式、細かい穴が無数に空けられて優しい散水になっています。葉物野菜の苗でしょうか。

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なお、この時期の代表的な花を並べてみました。
タイサンボク、ノウゼンカズラ、ノカンゾウ、ヤブカンゾウ です。

タイサンボク

 

 

 

ノウゼンカズラ

 

 

 

ノカンゾウ

 

 

 

ヤブカンゾウ

 

サトイモ  <大百科全書より>
〔里芋〕 【学】Colocasia antiquorum Schott var. esculenta Engl.
(大図鑑 P247参照)
サトイモ科の多年草。農業上は、近縁の別種ハスイモ(蓮芋)C. gigantea Hook. F.を含めてサトイモ類として扱われる。茎はほとんど伸びず、地中にあり、肥大して球茎(いも)となる。葉は一株に7〜8枚生じ、長さ1〜1.5メートルの葉柄を直立する。葉柄は無毛で、緑色の系統と赤紫色の系統があり、ずいきと称し、食用とする。
葉身は盾形、卵形あるいは心臓形で、長さ50センチ、幅30センチ、表面は滑らかで蝋(ろう)質を分泌し、よく水をはじく。花は普通は咲かないが、高温の年の秋にはまれに咲く。葉柄の間から花茎を出し、長さ25〜30センチ、幅6センチほどの黄色の仏炎ほう(ぶつえんほう)に包まれた花をつける。花は長さ12センチほどの肉穂花序につき、基部には雌花を多くつけ、その上部に雄花が、さらにその上部に無性花がつき、その先端には細長い舌状の付器がある。
サトイモは収穫対象によって大きく次のように分けられる。(1)子いもが親いもから容易に離れ、子いも、孫いもを収穫する。土垂(どたれ)、石川早生(わせ)、えぐ芋などがあり、普通、サトイモというとこれをさす。(2)子いもは親いもと分離しにくく、親いもも収穫する。唐芋(とうのいも)、八頭(やつがしら)など。(3)子いもが少なく、主として親いもを収穫する。赤芽(あかめ)、海老芋(えびいも)など。(4)もっぱら葉柄を収穫する。ハスイモは葉柄にえぐ味がなく、葉柄専用種として扱われる。
〔栽培〕芽を出させた種いもを、4〜5月中旬に畑に植える。初期は生育が遅く、雑草防除がたいせつである。夏に入って子いもができてからは土寄せをし、土が乾かないように敷き藁(わら)をするとよい。収穫期は、早生品種は8〜9月、晩生(おくて)品種は11月中旬である。
栽培方法は畑作が主であるが、沖縄、奄美(あまみ)大島などには、太平洋諸島のタロイモ栽培に似た水田栽培がいまも残っている。また、本州にも水田や湿地に栽培される例があり、水芋(みずいも)、田芋(たいも)といわれ、焼畑栽培もわずかに山間地で行われている。これらは古代の栽培方式の名残(なごり)ではないかとみられている。沖縄から青森まで栽培されるが、関東、東海、南九州に生産が多い。サトイモは自家消費が多く、年生産約30万トン(1992)のうち出荷量は約6割程度である。県別生産量では千葉、宮崎、鹿児島、岐阜、愛知、静岡、熊本、埼玉、茨城の各県などが多い。〈星川清親〉
〔起源と伝播〕2倍体と3倍体があり、多くは3倍体であるが、3倍体の起源は明らかではない。いずれも匍匐(ほふく)枝の先に子いもをつける野生型があり、インド、中国、東南アジアに広く分布する。この野生型は日本にもみられる。起源地についてはインド説、インドとマレーシア説およびインドネシア説があり、沼地または多雨林地域の起源で、アジアにおけるイネの灌漑(かんがい)栽培の先駆者である。少なくともインドで紀元前3000年には栽培型が成立し、東南アジア、中国および日本を含む東アジア、さらに太平洋の島々に前1000年ころには伝播(でんぱ)した。中国では前100年に重要な作物としての記録がある。前1000年から後500年ころのアラビア、東部地中海およびエジプトへの民族大移動によって西方に伝播し、東アフリカ海岸、さらに西アフリカに達し、17世紀ころにカリブ海および熱帯アメリカに伝播した。しかしヨーロッパでは普及しなかった。
日本への渡来の経路は不詳であるが、現在自生する野生型は、縄文時代中期に半栽培の原始型のサトイモが導入され、各地に伝播したときの逸出植物であろう。サトイモは古くから農耕儀礼や儀礼食に多く用いられ、イネの渡来よりも古いとも推定されている。なお、ハスイモは2倍体種のみで、ジャワからビルマにかけて自生しているので、それらの地域が起源地である。〈田中正武〉
〔食品〕サトイモのいもの可食部100グラム中には、炭水化物12.8グラム、タンパク質2.6グラム、脂質0.2グラムを含み、熱量は60キロカロリーである。小粒のいもを皮付きのまま塩ゆでしたものを衣(きぬ)かつぎといい、皮をむいて丸ごと食べるほか、含め煮、いも雑煮、いも汁、田楽(でんがく)など料理法は多様である。京都名物の芋棒は、エビイモ(海老芋)をボウダラと煮たものである。ずいき(葉柄)は品種によりシュウ酸を多く含み、えぐ味が強く、そのままでは調理できないものがあるが、十分乾燥することでえぐ味が消え、これを水にもどして調理する。干したずいき100グラム中には、炭水化物63.7グラム、タンパク質8.6グラム、脂質0.4グラムを含み、熱量は252キロカロリーである。ずいきは嗜好(しこう)的食品で、ゆでて和(あ)え物、含め煮、みそ汁の実などに調理する。塊茎を高温多湿の暗いところで発芽させた葉柄は芽芋(めいも)とよばれ、白色で歯切れもよく、汁の実などにされる。〈星川清親〉
〔民俗〕日本で古くから栽培されていたサトイモは全国でつくられ、九州や四国の山間部では主食の一部にもなっていたほど重要な作物である。単にイモ、エグイモ、イヘツイモ(『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』)ともよばれていたが、湿気を好む性質があり、田でも畑でも栽培されたことから、タイモ、ハタイモとよぶ所もある。普通は子芋を茹(ゆ)でたり、煮たり焼いたりして食べるが、茎を食用にする所もある。正月の雑煮にはなくてはならない食物であり、また「餅(もち)無し正月」の習俗を伝える地域(全国的にみられるが)では餅の代用にもされた。正月にオカンとよぶダイコンとサトイモを煮たものを年神に供える所や、九州の山村では正月の神棚にサトイモを供えるなど、神祭りにはサトイモがなければ収まらないとする考えが日本人にはあった。旧暦8月15日の満月の晩を「芋名月」とか「十五夜」といって、サトイモを供える風習は全国に広く分布する。鳥取県東伯(とうはく)郡ではこれを「芋誕生」とよび、サトイモを初めて掘る日としていた。十五夜はサトイモの収穫儀礼であったらしい。滋賀県蒲生(がもう)郡日野(ひの)町中山では、9月1日に東谷、西谷の両集落がそれぞれ持ち寄ったサトイモの長さを神前で競い合い、年占(としうら)をする「芋くらべ祭」が行われる。〈湯川洋司〉

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ホイールローダーそして竹害 no.468

6月、公共工事の発注も多くなってきました。
官公庁の人事異動を終え、体制が整って発注が本格化するのは5月連休明けから始まります。
世の中の景気は良くなっていると聞きますが、皆様は如何でしょうか・・・。
力強い景気回復をお願いしたいものです。

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千葉市郊外のへんぴな場所に資材置き場があります。廃材などを仮置きしたり移動したりとホイールローダーが動いていました。

ウィキペディアによると「ホイールローダーは、トラクターショベルのうち、車輪で走行するものである。タイヤドーザーとも称呼されている。」ということで、力は弱いがフットワークの良い建設機械です。

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さて、このヤードの奥には山林が広がっています。
杉林です・・・、いや、「杉林だった」と言うべきでしょうか。

全国的に問題となっている竹害(竹による山林被害)がそこにありました。
何度も記事にしています。

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いずれはこの杉が消滅します。
人の手が入らないこうした山林が増えているのです。

食材や竹材としての市場が成り立たなくなったことや農家の高齢化、また農業離れの実態などが原因です。
孟宗竹のタケノコはおいしいのですが・・・。


なお最後におまけ、6月に咲く栗の花をどうぞ。
芳香を放つ雄花と、栗の実になる雌花です。

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ホイールローダー (ウィキペディア記事)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC

竹害 (ウィキペディア記事)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E5%AE%B3

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三島スカイウオーク no.467

日本一長い歩行者用吊り橋だそうです(拡大できます)。
径間400m。

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2017/6/10(土)の撮影です。
谷の深さは70.6m。

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公式ホームページ
http://mishima-skywalk.jp/

ウィキペディア記事
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AE%B1%E6%A0%B9%E8%A5%BF%E9%BA%93%E3%83%BB%E4%B8%89%E5%B3%B6%E5%A4%A7%E5%90%8A%E6%A9%8B

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人工知能のこれからと建設コンサルタント

人工知能のこれからと建設コンサルタント

私は東大の同窓会である東京銀杏会の幹事を務めており、本年のトップフォーラムを担当致しました。トップフォーラムとは、年に1回、時宜のテーマで、トップの方をお招きして、講演とディスカッションをするものです。本年は3月4日に、「人工知能のこれからと人類の未来」をテーマとして開催しました。

基調講演をお願いした甘利俊一氏(理化学研究所脳科学総合研究センター脳数理研究チーム特別顧問ならびにシニアチームリーダー、東大名誉教授)は、「人工知能の歴史と現状、そして未来への展望」という標題で話されました。現在は深層学習(ディープラーニング)を契機とした第3次人工知能ブームに突入しており、パターン認識や囲碁・将棋では人間以上の識別能力をもつに至っていることが述べられました。ただ人間の脳と違うのは、人間の意識では予測(先付け)と後付けのdual dynamicsになっているのに対して、深層学習では後付けを欠いている点にあると述べられました。社会への影響としては、格差の拡大と人類の家畜化を指摘されました。未来社会での政治経済社会制度の崩壊を人工知能が助けるのかどうかが課題であるとまとめられました。

コーディネーターをお願いした松尾豊氏(東大グローバル消費インテリジェンス寄付講座共同代表特任准教授、産業技術総合研究所AIセンター企画チーム長)は、「人工知能は人間を超えるか−ディープラーニングの先にあるもの」と題して講演されました。今後の日本のAI(人工知能)の方針として、眼を持った機械を実現し、(生物が急速に進化・分化した)カンブリア爆発に匹敵する大変革をもたらしたいと述べられました。現在のカメラは目の網膜のようなイメージセンサーとしての役割しか果たしておりませんが、その後段に脳の大脳皮質の第1次視覚野に相当するものを、ディープラーニングを用いて設けようという構想です。この部分については、英国ARM社のSpiNNakerコンピュータで対応する予定のようです。現状の日本の人工知能は決して世界の最先端というわけではなく、米国などに差をつけられているのですが、このようにハードの部分では外国の力を借り、その運用ソフトの面で勝負しようという方針のようです。日本は生産技術分野では世界のトップクラスですので、人工知能のこの分野での応用では勝てるかもしれないということです。

ここでディープラーニングという言葉が頻繁にでてきましたが、ここで定義しますと(フリーライブラリで学ぶ機械学習入門−堅田洋資他著、蟒和システム参照)、深いNeural Network(NN)+(機械)学習のことです。前段は隠れ層が2層以上のNNで、NNはパーセプトロンを積み上げたものです。学習で重みを更新して予測精度を向上させます。後段では、大量のデータを用いるなど様々な手法を駆使して、NNの重みの学習を行うものです。

早稲田大学政治経済学術院教授の若田部昌澄氏は、「期待を実現し、不安に備える:第2次機械時代の経済社会構想」という標題で、講演されました。現状ではAIの影響は、期待も不安も誇張されているようであり、当面は特に(人手不足の)日本にとって福音たりうるが、経済格差の拡大等に対し将来の備えが大事である。(負の所得税等)ベーシック・インカムなどを導入していく必要があると指摘されました。

作家で法政大学国際文化学部教授の島田雅彦氏は、「人工知能雑感」という標題で講演なさいました。人工知能がどんどん広がっていくと、人類には何もやることがなくなる?人工知能のペットとして養ってもらうか、野生化してイノシシや野犬や山猫みたいに暮らしていくことになる。後者は自給自足のきつい労働が待っているし、前者の場合には生産活動からは解放されるが退屈極まりない。しかし、遊んで暮らすことに馴れているホモ・ルーデンスや手作業や職人気質を好むスローライフ実践者は今まで通りの暮らしを続ければよい。このような人工知能のdystopiaを描かれました。

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このように人工知能の社会に与える影響は、特に長期的には大きなものがあるようですが、はたして本当だろうか疑う方もあろうかと思います。現状の人工知能ができること、できないことについて、ヤフーCSOの安宅和人氏がまとめられております(知性の核心は知覚にある、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2017年5月号)ので、紹介したいと思います。
『知的生産の本質は、何らかのイシュー(いま置かれた局面で白黒をはっきりすべき論点)にケリをつけること、答えを出すことにある。こうした課題解決には二通りある。一つが病気を治し健康にするようなタイプの課題解決(タイプA)。もう一つが、あるべき姿(ゴールイメージ)からして定める必要があるタイプの課題解決(タイプB)である。

タイプAの課題解決の場合、あるべき姿は明快であり、この場合で言えば健常状態である。ありうる原因を頻度と深刻さからチェックし、ロジックツリー的に原因を絞りこんでいく。おそらく世の中の課題解決の9割以上がこのタイプで、「ギャップフィル型の課題解決」と呼ぶことができる。
タイプBの課題解決の場合、そもそもゴールや目指すべき姿の見極めから、課題解決を始めなければならない。これは「ビジョン設定型の課題解決」と言われる。さらに、仮にそのような姿が見えたとしても、どのようにしたらそこにたどり着けるか自体も明確な答えが簡単には見つからない。このタイプの課題解決は、世の中の課題解決の1割もあるかどうかであると思われる。
現状の人工知能が対処できそうなのはタイプAに限られ、タイプBこそが、AI×データの時代に人間に求められる真の課題である。』

建設コンサルタントの業務はタイプBではないかと思われますが、タイプA的な部分も少なからずあるように思われ、そうした部分はしだいに人工知能に蚕食されると思われます。

では、遠い将来はどうなるのだろうか?
AI研究の世界的権威であるレイ・カーツワイル氏は、2045年に「シンギュラリティ−」(技術的特異点)が起きると予言しています。人間の知能を上回るAIが誕生する時であり、AIみずからがさらに優秀なAIをつくり、進化を続けていくものです。もっとも有望なアプローチは、人間の脳のニューラルネットワークのアルゴリズムをベースにして、学習能力を持たせる技術です。その技術開発の壁は相当に高く、2045年までに可能になるとはなかなか思えないが、理論的にはいつか達成可能であるとされています。こうなると、タイプBの課題も人工知能が対処できるようになり、人間の優位性も危うくなります。建設コンサルタントも引退して、ベーシック・インカムをもらいながら、ホモ・ルーデンスとしてスローライフを楽しむということになる?

レイ・カーツワイル氏は、さらに先の進歩も予測しています。いずれは、コンピュータを人間の脳に接続できるようになり、脳の中にある記憶・考え方・性格・技能もすべてデジタルデータ化でき、それをAIにインストールすることも可能で、人間のコピーAIが実現できると言っています。それを搭載したロボットはコピー元の人間と同じ人格を持ち、思考し、行動する、と考えています。

しかし以上の点については、今日の脳科学ではまだ人間の「意識」や「質感(クオリア)」を解明できておらず、AIにどう実現するのか全く分かっていないから、これが人間の脳に残された最後の砦かもしれないという主張があります(前野隆司、「心の質感」が創造性の源泉になる、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2017年5月号)。人工知能でタイプBの問題の解決を図るには、その前に人間の意識や質感(クオリア)を解明し人工知能にビルトインすることが不可欠であるとされ、したがって当面、タイプBの問題は人工知能では対応できそうにないと言われています。この考え方でいけば、建設コンサルタントも、タイプBの業務で生き残っていけそうです。

いずれにしても、えらい時代になってきたようであり、こんな時代を生き抜く建設コンサルタントの課題は重いのかもしれません。
                                        2017.4.28 水谷潤太郎(千鉱E)

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荒れる山林 NO.466

千葉市近郊の里山です。
昔は杉が整然と林立していたものでしたが、荒れた山が多くなりました。

近郊の農家も高齢化が進み、放置された畑が太陽光発電の施設に変化しています。
時代と言えばそうですが、複雑な心境にさせられます。

農業を継ごうという若い人も少なく、林地の手入れなどできない相談なのでしょう。
日当たりの良い林縁部を雑木が占領して杉は後ずさりをする構図です。

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少しだけ奥に入ると倒木が多くなります。

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元気なのは野生のアケビとハエでした。

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暗い気持ちで終わるのは後味悪し・・・そこで、元気な林業の復活について一言。


最近の林業は機械化が進み、昔のような過酷な労働からは解放されつつあるそうです。大きな機械で杉の根元をつかみ、そのまま切断して所定の場所に寝かせられるのです。枝払いやカットも運搬も機械でできます。(→高性能林業機械)

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林野庁より拝借

 

従事者に聞くと「昔と違うわい!」ということのようです。

若い人が戻っていると聞けばとてもうれしい気持ちになります。
サラリーマンのような社員を抱えた山の会社・・・、明るい笑顔が林業の将来を想像させます。

国内産の杉や檜が加工技術も含めて競争力を増しているそうです。九州南部では高級材として韓国当たりへの輸出も盛んだとか。林業の復活は最近の日本に明るい話題を提供してくれています。

やはり、どのような組織にも若い人が入ってこなければ組織の未来はありませんです。

最後の一枚はメンテナンスの良く効いた東京電力送電鉄塔です。
荒れた山林を睥睨しています。
湾岸で発電した電気を大東京に送る重要な施設なのです。

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とんび岩 no.465

銚子漁港の南端部、黒生地区にとんび岩という奇岩があります。
鳥のトンビに似ているから付けられたそうです。

2040



2039


上の写真の黒っぽい岩も、いかにも古そうに見えます。
一体、いつ頃の時代でしょうか。

地質図naviで調べてみますとK1(190)=中生代・白亜紀前期となり、約1億〜1億4600万年前の時代です。また、付近に観察されるすべすべした黒い岩は溶岩の固まったものとか・・・古銅輝石安山岩というそうです。

カモメが群れていますので見にくいですが、礫岩と黒い岩とは明らかに違います。

2034

 

 

 


k1-2


k1



2041



なお、犬吠埼付近の愛宕山にはもっと古い、中生代・ジュラ紀(1億6100万年〜2億年)の岩石が観察され、昔は石切場でした(今はお寺さんになっています)。

愛宕山



さて、おまけは海岸に群れるカモメたちです。
のんびりとした時間が過ぎてゆきます・・・。

2037



2038




2036


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古銅輝石 こどうきせき <大百科全書より>
bronzite
斜方輝石の1種で、頑火(がんか)輝石のやや鉄を多く含む変種。柱状結晶で、安山岩や玄武岩中に斑晶(はんしよう)としてよく産する。結晶表面や劈開(へきかい)面が青銅(ブロンズ)色にみえることがあるため、この英名がつけられた。〈松原 聰〉

あんざん‐がん【安山岩】 <広辞苑より>
(もとアンデス山系で発見され、andesite に由来する) 火山岩の一。暗灰色で緻密。斜長石・角閃石・黒雲母・輝石などを含み、板状・柱状等の節理がある。広く土木・建築に使用。

https://gbank.gsj.jp/geonavi/geonavi.php 地質図navi


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