土木の風景

from civil engineers 築土構木、土木技術は社会生活の基盤をささえています。

皐月の風景 野生のフジ

 五月はとても気持ちの良い季節です。
 連休中の農作業、水田は田植えが終わっています。

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 さて、フジが満開です・・・・もちろん野生のフジであります。

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 いつものことですが人工林のスギやヒノキは手入れが不足、フジが大繁殖しています。あちらこちらで見られる風景です。
 運転の皆さんは、お気を付けください。

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つれあい 有明スミレ

 人もそうですが、植物との長い付き合いもあります。
 学生時代の目黒区あたりは、まだ畑がありました。世田谷区はもっと多かったと思います。そんな時代、畑の隅に咲いていた小さなスミレを空き缶に植えました。そのスミレを窓の側に置いたのが付き合いの始まりです。
 
 何度も何度も引越をして、その都度持ち歩いたものでした。
 
 千葉に定着し、庭が出来ると地植えをして空き缶から解放しました。するとどうでしょう、あちらこちらに拡散、繁殖し今では毎年小さな花を咲かせています。暗かった(?)青春時代からの相棒的な連れ合いであります。そろそろ半世紀ですが、代を重ね、今でも小さく可憐な花を咲かせています。

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 今では草取りでも、草刈りでも、この連れ合いは大事にされています。
 昔、ブログ仲間に名前を教えていただきました。
 
 その名を有明スミレと言います。
 大都会東京・目黒出身のスミレであります。

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千葉城(亥鼻城)に思いを


    千鉱エンジニアリング(株) 技師長 木村正美

 春といえば桜です。 桜は、日本人になじみが深く、日本で最も 有名な花の一つです。桜の開花予報が出ると春を間近に感じ、つぼみが膨らみ始めるといつ開花宣言が出るのか、いつ満開になるのかわくわくします。
 
千葉市の桜の名所といえば、中央区の亥鼻公園が有名です。現在の亥鼻公園は、千葉城と呼ばれる外観が城郭のような郷土博物館が隣接している小高い丘の上の公園です。ソメイヨシノが咲く桜のシーズンには「千葉城さくら祭り」が例年開催されており、夜桜のライトアップや屋台などお祭りの雰囲気を味わうことができます。
今年も桜を楽しみたくて亥鼻公園を訪れました。階段を登り桜に映える千葉城に近づくにつれ千葉城はどんな城だったか、往時はどうだったのか、千葉城の歴史について触れてみたいとの衝動が湧きました。


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千葉県の諸藩
 千葉県を代表する武将と言えば、桓武平氏の血を継ぐ千葉氏と安房の統治者となった里見氏です。しかし、徳川家康が江戸幕府を開くと、江戸に近いことから大大名は置かれず、幕府領、諸大名領、旗本領、寺社領が複雑に配置されました。

 幕末では、老中を輩出した佐倉藩堀田氏(11万石)を筆頭に関宿藩久世氏(4.8万石)、久留里藩黒田氏(3万石)、大多喜藩松平氏(2万石)など17藩が配置されていました。
明治以降、1871年(明治4年)の廃藩置県により、上総・安房は木更津県、下総は印旛県となり、その後1873年(明治6年)に両県が統合し千葉県が発足しました。


千葉氏と千葉城(亥鼻城)
平安時代後期、1126年(大治元年)、「桓武天皇(かんむてんのう)」の血を引く子孫、常重(つねしげ)が、千葉市緑区大椎町の「大椎城(おおじいじょう)」から中央区亥鼻付近に移転し、千葉城(亥鼻城)を築城して初めて「千葉」と名乗りました。これをもって千葉のまちとしての歴史が始まったとされています。

常重の息子である「千葉常胤(ちばつねたね)」は、1180年(治承4年)の石橋山合戦で敗北した「源頼朝(みなもとのよりとも)」が安房国(あわのくに)まで逃亡してきた際に千葉城(亥鼻城)へ迎え入れ支援しました。その後、千葉常胤は鎌倉幕府の樹立に大きな功績を残したことから、地方豪族であった立場から大御家人まで出世し、安房・下総国を中心に栄華を誇り一大文化圏を形成しました。さらに、奥州(東北地方)や九州にも所領を増やすことで勢力を拡大させ、武蔵千葉氏や九州千葉氏などの千葉氏分家も生まれます。

室町時代に入っても千葉氏は繁栄していましたが、1455年(康正元年)の足利氏の対立から生まれた長享の大乱に関連して、1456年(康正2年)には千葉氏側でも内乱が発生し、重臣であった「原胤房」(はらたねふさ)たちが千葉城(亥鼻城)を急襲し落城させます。千葉氏16代当主の「千葉胤直(ちばたねなお)」たちは落城前に千葉城(亥鼻城)から抵抗しますが、敗戦し自刃しました。千葉氏宗家が滅亡した戦いの中で、千葉城(亥鼻城)は炎上します。
その後、千葉氏宗家の家督と千葉城(亥鼻城)は千葉氏の流れをくむ「馬加康胤」(まくわりやすたね)へと継がれ、康胤の孫である「千葉輔胤(ちばすけたね)」が当主の時代に千葉城(亥鼻城)は廃城となりました。
康胤(やすたね)は、文明年間(1469年―87年)に千葉から佐倉(印旛郡酒々井町、佐倉市)に移り、千葉輔胤(ちばすけたね)が本佐倉城を築きました。

やがて、千葉氏は関東の覇者、小田原城を本拠とする後北条氏の配下に入りますが、1590年(天正18年)豊臣秀吉の小田原征伐によって、名門・千葉氏は滅亡しました。



現在の千葉城と亥鼻公園
 現在の千葉城は、千葉氏の居城跡地に建てられた4層5階建て、天守閣造りの「千葉市郷土博物館」です。千葉市郷土博物館は、1967年(昭和42年)に開館した「千葉市郷土館」をリニューアルし、1983年(昭和58年)4月にオープンしました。
 館内には、千葉氏に関する研究と千葉市の歴史を主なテーマとして、火縄銃、鎧、日本刀など、様々な文化財や民俗資料、歴史資料が展示されています。本館は、中世期における千葉城の天守を模した、いわゆる「模擬天守」で、1階は季節展示室と講座室、2階は企画展示室、3・4階は常設展示室、5階は展示室と展望室があり、千葉の市街地を一望できるようになっています。
 また、見どころは、かつて「石橋山の戦い」によって房総に逃げてきた源頼朝を支援し、鎌倉幕府の成立に大きく貢献した千葉常胤(ちばつねたね)の彫刻や絵巻物などです。

亥鼻公園は、かつて千葉城(亥鼻城)が位置した亥鼻の丘一帯を占める公園であり、市民の憩いの場として親しまれています。公園にはソメイヨシノが約100本あり、毎春、千葉城さくら祭りが開催されています。期間中には提灯が点灯し、夜桜や千葉城のライトアップと桜のコラボレーションを楽しむことがでます。

 大和橋方面から亥鼻公園に向かうと、入り口に「お茶の水」があります。お茶の水は数々の伝承を残す泉で、その脇には小さな不動堂があります。 
千葉常胤は、千葉城に立ち寄った源頼朝にこの水で茶を献じたという伝説が残っています。また徳川家康が鷹狩りの際に立ち寄りこの湧き水を賞して以来、人が飲むことを許さなかったという伝承もあります。現在は湧き水も絶えてその痕跡を留めるのみになっています。 


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おわりに
 千葉城はどんな城だったのか。単純な思いで少し調べてみましたが、調べるにつれ、歴史的背景や城を舞台とした物語など新鮮な刺激を受けました。
 城には、城にまつわる出来事や背景や歴史、城の美しさや造形の意味を知る芸術性、城の周りに広がる緑豊かな景観など様々な魅力があります。
「お城めぐり」の方は、多いと聞きます。本当に城は、奥が深いと感じました。私も引き込まれそうです。

参考文献  刀剣ワールド、駅探 ほか

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早春の外房海岸

 早春の季節と相成りました。太平洋岸の外房地区は春の気配が濃厚です。
 ただし、急崖の法枠工は、まだまだ冬景色であります。
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 海岸の風はまだ冷たいですが、海の色は少し明るいように見えます。
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 そして、海岸・護岸の足下を見ると、可憐な色が目に付きました。
 小さいですが、他の野草の中でいち早く開花しています、スミレです。
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 市街地の中でもスミレはこういう場所が大好きです。町を歩くとき、足下に気をつけていただければスミレに遭えるかも知れません。
 
 スミレより早く開花するのがホトケノザです。畦や野原では群落を作りますので早春の花代表のようなものです。市街地でもよく見られますので、こちらも足下をどうぞ。
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 なお、
 雪国はまだ厳しい気候のようです、
 猛吹雪を見るに付け北国のご苦労が偲ばれます。
 房総から北国の方々にお見舞いを申し上げます。

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角が取れる 丸くなる

 慣用句に角が取れる、丸くなる・・・というのがあります。
 何からきているのでしょうか。
 
 次の二枚の写真は同じ種類の樹木です。
 その名をヒイラギと言います。


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 何が違うのでしょうか。
 
 とげとげの鋭い方が若いヒイラギです。
 少し丸みを帯びた葉の方は成木に近いヒイラギです。
 
 なぜ変化するのでしょうか。
 理由があります。
 
 幼木は背丈が低く、食害を受けやすいのでとげを鋭くして身を守る必要があります。それに対して、成木は高くなり食害を受けにくくなります。このため、わざわざ鋭いとげを作る必要もなくなります。
 ということで、大木のヒイラギの葉は丸くなってしまいます。
 
 慣用句にありますように、年齢を重ね余裕が生まれると、人間角が取れて丸くなるものであります・・・が、ヒイラギの大木にはなかなかお目にかかれません。見かけたらすごくラッキーです。ヒイラギは生け垣によく使われますが、背丈を制限されていますから、いつまでもとげとげです。
 
 現代の生きにくい社会にいる我々も、生け垣のヒイラギと同じようにストレスを抱えたままなのかも知れませんね。
 

山火事

 岩手県の山火事は大変な惨事となりました。
 地元の方々にお見舞いを申し上げます。
 
 乾燥した日が続き、強風の影響で瞬く間に燃焼域が拡大したようです。早期の沈火と降雨を願うばかりです。これは、太平洋側の地方にも同じ条件があります。火の始末は十二分にお願いしたいものであります。
 
 
 さて、ここは千葉市郊外、
 冬枯れの田園、田んぼの畦などには枯れ草が残っています。
 風のない日に、複数人で管理をしながら火を付ける・・・基本中の基本です、ここでは上手に燃やしています。

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 炎の中にあったであろう草の株がしっかり残っています。
 植物も偉いものであります。

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冬枯れの里山

 2月、日本全国を寒波が襲い、雪国は大変です。豪雪ですからご苦労は尽きませんです。ただ、太平洋側は晴天が続いて乾燥し、畑の多い地方は大変な砂嵐が舞っています。もう少しの辛抱です。
 
 北総台地の里山風景はかくの通りであります。
 春を待っています。

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犬吠埼遊歩道

 犬吠埼灯台の海岸沿いに遊歩道があります。荒波に洗われる箇所では寸断されているところもあります。広場に設置されている案内板とyahooの地形図は次の通りです。


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 案内板と地形図は南北が逆になっています。案内板の上側が南部になります。
 北側の海岸は弓ヶ浜に続き、比較的平坦です。
 
 今回は南側の遊歩道を奥まで歩いてみました(遊歩道は途中で切れています)。
 まずは海岸に降りる途中に温暖な気候を示すアシタバが自生しています(クセはありますが、人によっては大好きな山菜であります)。

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 海岸に降りて、遊歩道から見える風景です。

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 釣り人がいます。


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 そして、犬吠埼はジオパーク、国指定の天然記念物があります。
 白亜紀の堆積物です。地層が古く、千葉県ではここだけに見られます。

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 最後に白亜の灯台に一礼して帰路につきました。

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斜面崩壊と獣害

 過疎化が進む山村では山林の手入れが出来なくなっています。
 下の写真のような斜面崩壊(典型的な円弧滑り)はよく見かけます。
 何の対策もしておりません。祠も倒れたままです。

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 また、人間と動物の境界域が崩れつつあります。昔の里山が消えつつあるからでしょうか、昨今は動物に勢いがあるようです。
 
 房総でも、イノシシ、サル、キョン、シカ等が増えているとか。
 人家の庭先まで堂々?と出てきます。
 イノシシは夜間ですが、キョンなどは昼間に出てきます。住民にとっては迷惑千万の獣害であります。しかし、彼ら動物に言わせると、「元々ここらは我らの住み処だった!」となりましょうか。
 地元の猟師さんも高齢化と人数減少が課題となっています。これは、全国的な問題でしょうが、熊などの猛獣が生息する地方は深刻であります。
 
 東北のまたぎの話を聞きますと、自然を敬い、命を大切にするということに関しては「気迫」を感じます。自然との向き合い方が真剣です。反面、都市住民の自然保護はやはり軽さを感じます。
 人間と野生動物、上手な棲み分けが出来ないものでしょうか。
 
 
 なお、房総でよく見るワナは鉄製であります。
 ははは、どの地方も同じでありましたか。


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鴨川漁港の一風景 ロープ

 南房総の鴨川地区は温暖な地方です。
 鴨川シーワールドあり、亀田病院あり、サーフィンも良し、最近は高級な老人ホームが海岸の高台にあります。富裕層に人気だそうです。
 さて、鴨川の砂浜の南部、河口に鴨川漁港があります。
 
 お昼時、人気の無い場内と裏手をのんびりと歩きました。
 
 まずは気になる空の上、いつもたくさんのトンビが舞っています。

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 気候温暖のあかしはアロエです。海岸のいろいろなところに自生しています。


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 そして、漁港の端の方に置かれたロープが目に付きました。
 種類の多さに感心し、また、より方も違っていますね〜。
 用途によって使い分けているのでしょうが、漁師さん達のプロの技を想起させます。

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