土木の風景

from civil engineers 築土構木、土木技術は社会生活の基盤をささえています。

ブータンの風景(2) no.475

***** ブータンの風景・後半の記事です。


内容・項目は次の通りです。
6.ブータンの建築物
7.ブータン王国の政治と経済
8.山道ばかりの道路
9.ホテル事情
10.おわりに


6.ブータンの建築物
どこへ行っても「ゾン」ばかりです。「ゾン」とはチベット文化圏の城塞建築様式で地方行政庁舎として利用されたりブータン仏教の布教の場として使われています。
ゾンの中は、行政の出務室や僧侶の住居が四方を取り囲み回廊となっています。

写真-19
[ 写真―19 パロ・ゾン(パロ) ]


写真-20
[ 写真―20 プナカ・ゾン(プナカ) ]



7.ブータン王国の政治と経済

ブータン王国の政治は、議院内閣制を執っていますが、国の重要案件は国王と高僧の二人で“ゾン“で話し合って決めており、国民の不満は少ないと現地ガイドが話していました。
経済的には、豊富な水量の河川と高低差で発電された電力をインドに輸出しています。その他これといった産業や地下資源等は少なく、経済的には豊かな国ではありません。
ブータンは、日本と気候風土が似ており松茸が有名です、以前は、「ポー・シャモ(男根・キノコ)」といって山道で見かけても蹴っ飛ばしていたようですが、日本に需要があることが判り「サンゲ・シャモ(釈迦・キノコ)」と呼ばれ宝物となり100%が日本に輸出されているとのことです。7月から9月の収穫時期には、パロとティンプーの道路に露店が出て、「まつたけ街道」とよばれています。トレッキングに来た観光客などに評判のようです。
残念ながら、私たちは季節が違っていたので、土産物屋さんの乾燥松茸しか入手できませんでした。

写真-12
写真―12 まつたけ街道の露店 ]


写真-13
[ 写真―13 乾燥ブータンまつたけ ]



8.山道ばかりの道路

ブータンは、殺生を忌嫌う国で道路には野良犬や野良牛が至る所に寝転がっています。川魚を取ることも山にトンネルを掘ることも嫌われます。
鉄道がありませんので車利用しかありません、くねくねと山間を走り、峠を越えて移動します。
峠からは、晴れていればヒマラヤ山脈が眺望できるそうですが、残念ながら今回は見ることが出来ませんでした。
山岳道路を移動する車を見ると、大型バスなどは見かけません、屋根に旅行者のバックを載せた中型のバンを多く見かけました。

写真-14
[ 写真―14 ド・チュラ峠のヒマラヤ眺望の看板 ]


写真-15
[ 写真―15 屋根にバッグを載せたバン ]



9.ホテル事情

観光に重点を置いているため、ホテルや従業員の雰囲気も良く、治安面の不安は全く感じませんでした。
ホテルは、公共料金制度となっており、料金も食事等のサービスも統一されホテル間の競争はありません、ブータンの料理はエマ料理(トウガラシ)が中心です、主食のご飯の上に刺激的辛さのエマをのせて食べます。
パロ、ティンプー、プナカの四つ星ホテルを利用しましたが、インドから「製品として輸入されたチキン」を使ったカレーの他は唐辛子の効いたベジタブルばかりで、中長期滞在の日本人には辛いものがあるでしょう。
自国では殺生しないが、食材製品として肉や魚をインドから輸入しており、若干の矛盾も感じました。

写真-16
[ 写真―16 バンガロータイプのホテル(パロ) ]


写真-17
[ 写真―17 ホテルの従業員(パロ) ]


写真-18
[ 写真―18 土産物屋さんのとうがらし(パロ) ]



10.おわりに

物欲に汚染された一部の現代人から見ると、不便なことや魚肉等の食材に乏しく美味しいものが少なく、レジャーやエンターテイメントからも程遠いブータンですが、生活環境を取り巻く時間が“まったり“と流れているように感じました。
2%成長を希求する国の100年後の姿は想像できませんが、地球環境が破壊されていなければブータン王国の100年後はイメージできそうです。

一生を過すタームで考えると、ブータンの人々の精神面も含めた幸福度は、先進国の人々に勝るとも劣らないように思いました。

写真-21
[ 写真―21 学校帰りの学童(パロ) ]


国民生活、公衆衛生、交通インフラ等の向上のための技術支援の要望がJICA等に出されているようですが日本方式を押し付けるのではなくブータンの文化を尊重し、支援を継続していくことを望みたいと思います。

ホテル内ではWi-Fiが使え、世界中の情勢が(どこかの国と違って)制限なく入手できます。グローバル化の波に汚染されず、ブータン特有の文化が継承されることを期待したいと思いました。
(Oct.2017  水道特派員  M.N)

  <土木の風景TOPへ>  <土木の風景分類TOPへ>

続きを読む

ブータンの風景(1) no.474

2017年11月に水道特派員(M.N)さんがブータン王国を視察してきた報告です。
二回に分けてアップします。文章、写真は全て水道特派員さんによります。

今回は次の5項目です。
1.ブータンの概要
2.パロ国際空港
3.仏教文化
4.GNH;国民総幸福量
5.尊敬される日本人

それでは前半をどうぞ。

1.ブータンの概要

図-1
[ 図―1 ブータンの位置 google map より ]

図-2
[ 図―2 ブータンの地図 google map より ]

butan

 


ブータン王国は、図―1のようにインド、中国に挟まれた、九州よりやや小さな面積の小国です。人口は、80万人弱で全土を山、谷、川が支配し平野がありません。

2011年11月ブータン国王夫妻が来日され、「東北大災害に見舞われた最悪の状況下にあり、無秩序、大混乱、悲嘆をもたらす事態を、日本国民の素晴らしい資質を示され、静かな尊厳、自信、規律、心の強さで対処されました・・・」と国王の心のこもったスピーチが、多くの日本人の心を掴み、ブータン国王夫妻やブータン王国の好感度を一層高くさせました。

パロから首都ティンプーと古都プナカを廻り、日本と全く違った価値観のブータン王国の風景を少し見てきました。


2.パロ国際空港

平地がほとんどないブータンでは、パロ空港が唯一の空の玄関口です。パロ川に沿ってやっと作
られた一本の滑走路に山間を抜けながらの着陸にはパイロットの高い技術が求められます。機内の
窓から見ると主翼と山の稜線が20mぐらいに見え、左右に機体を振り稜線への接触を避けながらの
着陸でスリル満点どころではありません。

写真-1
[ 写真―1 着陸時、主翼のすぐ向こうに山の稜線が見えます ]

 

写真-2

[ 写真―2 パロ国際空港に到着しました ]

 

写真-3
[ 写真―3 パロ国際空港 ]

空港

 

 

3.仏教文化

ブータンは、チベット仏教を国教としています、色々なところに、「マニ車」といわれる円筒状の仏具があり、一回廻すとお経を一回読んだことになるため、市民は、色々なところにあるマニ車を廻しています。

写真-4
[ 写真―4 マニ車を廻す市民(パロ) ]

 

写真-5
[ 写真―5 大きなマニ車もあります(パロ) ]

 

4.GNH:国民総幸福量

グローバル世界では、GDP(国民総生産量)を指標とした市場経済でその国の豊かさを競っていますが、ブータンでは採用されていません、国の豊かさと国民の幸福は同一ではないため、GNH(国民総幸福量 Gross National Happiness)を国の指標と考えています。
学校、病院、電気、水道など一般国民用は無料となっており、生活をしていく上で、現状への不満や将来への不安を感じている国民は少ないようです。日本のように差別化し、他を押しのけて儲けようと云うような競争や国民の貧富の格差もあまり感じられませんでした。

写真-6
[ 写真―6 首都ティンプー ]

首都

 

写真-7

[ 写真―7 クエンセルポダンの大仏(ティンプー) ]

 

写真-8

[ 写真―8 仏教徒(クエンセルポダン) ]


5.尊敬される日本人

ブータンはインドへの依存度が高く、通貨ニュルタムとインドルピーが等価となっており、街中ではルピーがそのまま使えます。JICA事務所長の話を聞くとブータンが二番目に頼っている国は日本だそうです。農業、都市計画、教育、医療、上下水等多くの支援要望が寄せられているとのことでした。

現地ガイドの話では、学校で教えられるため、植物学者の西岡京治先生を知らないブータン国民はいないそうです。植物学者西岡京治氏は、1964年から農業指導者として28年間に渡ってブータンの農業振興に尽力され、1980年には国王から爵位である「ダショー」を授かっています。残念ながら、1992年59歳の若さでブータンで死去され、非常に珍しいことですが国葬として弔われたそうです(ブータンでは、火葬はしますが一般的に葬儀やお墓はありません)。
ブータン国王夫妻は、2011年来日時に西岡里子夫人に面会され謝意を表されたとのことです。
パロからプナカを車で移動しましたが、車窓からは西岡先生が指導したと思われる小さな棚田を沢山見ることができました。
建設省次官との面談では、都市計画、上下水処理等に西岡氏のようなブータンに見合った技術支援を日本に求めており、第二の西岡先生の出現を期待しているようでした。

写真-9
[ 写真―9 JICAブータン事務所(ティンプー) ]

 

写真-10
[ 写真―10 建設省(ティンプー) ]

 

写真-11
[ 写真―11 棚田 ]

***** 後半は次回の記事となります。

<土木の風景TOPへ>  <土木の風景分類TOPへ>

続きを読む

施設劣化 no.473

本年もよろしくお願い申し上げます。

オリンピック関連の建設ラッシュも華やかでよろしいのですが、社会のインフラは厳しい局面を迎えています。国、都道府県、市町村など少ない予算の中で施設の長寿命化、維持管理補修、改修・・・大変なご苦労をされています。
事故や災害があれば市民の関心は高まりますが、施設の劣化は目に見えないところで進行しています。

新しいパリパリの施設は目にも付き、頼もしいものです。
下の写真は両総用水栗山川統合機場です。平成26年に供用開始、ピカピカの新鋭機場であります。

丘の上まで揚水し、そこから灌漑用水を配水する方式です。

2015-02-18005


27d67765


c68deff8


ec4b4608

なお、関連記事は下記の通りです。

http://blog.livedoor.jp/gijutunohiroba/archives/51890277.html no.432 栗山川統合機場(篠本新井地区)

http://blog.livedoor.jp/gijutunohiroba/archives/51584023.html no.291 栗山川1
http://blog.livedoor.jp/gijutunohiroba/archives/51612046.html no.293 栗山川2

新しい施設は良いものですが、30年、40年を経過してきますと劣化が進行し、不具合も多くなります。近年は建設することだけではなく、維持管理を前提とした設計思想が多くなっているように感じています。


さて、今の時代は新設の施設が年々減少し、維持管理の方に予算はシフトしています。このことは随分前から言われてきたことですが、小規模の予算と人材不足の市町村では対応できかねているというのが実情です。

下の写真です。
ある地方自治体が管理している河川に建設された、小さな水門を見てください。この小河川には多くの水門が存在し、劣化の状況は似たようなものです。

19029



外見は問題ないように見える施設もかくのごとし。

19037


19012


19022


20027


20023


20012


21-2007


21-2005


19023


塗装などの維持管理をしっかりやっていれば、ここまで劣化しないはずですが・・・管理者は土地改良区;地元の農家です。予算もなく、動いていれば良しとしてきています。
40年以上経過して不具合や劣化状況が目に付くようになってきたものです。



維持補修や改修を市町村がすべて行うには力(予算)不足です・・・国や県の補助が必要です。ただ、全てを・・・というわけにも行かないので、優先順位を付けなければなりません。
そこで、劣化状況の実態調査が盛んに行われています。施設のランク付けが重要になるわけです。

人口減少、高齢化の進行・・・、これから先も予算の確保は非常に困難です。知恵を絞り、事故が発生しないような長寿命化計画案とその実施をお願いいたしたいものです。

   <土木の風景TOPへ>  <土木の風景分類TOPへ>

続きを読む

謹賀新年 30 松江城

謹賀新年

昨年中はありがとうございました。
本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

IMGP1470

 

 

IMGP1473

 

 

IMGP1479

 

 

IMGP1500

 

 

IMGP1509

(photo by shitara)         

 <土木の風景TOPへ>  <土木の風景分類TOPへ>

続きを読む

三島ダム

農業用ダムの補修工事が進行しています。
農水省のストックマネジメント事業による洪水吐きのコンクリート補修です。

見学会下見で久しぶりに来てみました。
このダム周辺は千葉県立清和県民の森に含まれるエリアとなっています。

8005

 

8000

詳細記事は 2013/1/28の記事(no.380)にありますので
余裕のある方はどうぞ。


http://blog.livedoor.jp/gijutunohiroba/archives/51797873.html

  <土木の風景TOPへ>  <土木の風景分類TOPへ>

続きを読む

夷隅川鉄橋 no.472

 古い写真を調べていたら古い鉄橋が見つかりました。
 アップしようとしてそのままになっていたものです。現在は使われていませんが、しっかりしているように見えます。

2015-06-05040



 この鉄橋は1996(平成8)年に外房線の複線化に伴いルートが変更になったことにより使われなくなっています。


sinnkyuu



2015-06-05042



2015-06-05041



 
 建設時代は明治32(1899)年だそうです。
 何と!118年前になります。
 
 橋脚と橋台の堅牢さが良く分かります。明治の人たちの仕事ぶりはやはりすごいです。 この時代の立派な橋脚は多く残っていますが、湊川鉄橋と小糸川鉄橋を記事にしていましたので代表的な橋脚を紹介します。
 
 上の写真が湊川鉄橋橋脚、使われていません。下の写真が小糸川鉄橋、こちらは未だ現役です。

湊川鉄橋橋脚
996609ee



小糸川鉄橋
5b010b71


 参考記事です。
 http://blog.livedoor.jp/gijutunohiroba/archives/51428232.html 湊川鉄橋

 
http://blog.livedoor.jp/gijutunohiroba/archives/51263640.html 小糸川鉄橋

  <土木の風景TOPへ>  <土木の風景分類TOPへ>

勝浦大沢海岸・おせんころがし no.471

久しぶりに寄ってみました。勝浦市西方の海岸です。
小さな小さな漁港があり、小さい部落があります、大沢地区です。

tikei

 

 

osen

 

まずは現在の風景を・・・。

12003

 

12001

 

12004

 

 

12005

 

12002

 

 

12006

 

12008

 

 

12010

 

12011

 


この海岸は「おせんころがし」として有名です。
海蝕崖と海食棚が発達した地形で昔は交通の難所であったとか。しかし、明治時代の古地図(迅速測図・明治16年作)を見て驚きました。大昔の街道であったと思っていたのですが、大澤村へ通ずる当時の道は山越えで谷筋に下る一本の道しかありません。おせんころがしの道もありません。

村へ入るのは牛馬か歩きしかなさそうです。

hikaku2

 

そこで、ウィキペディアの記事を見ながら過去と現在のおせんころがしを確認してみます。

***「おせんころがし」ウィキペディア記事
古くは、房総東往還の難所と知られていたが、1929年(昭和4年)、おせんころがしの部分を小湊トンネルなどで結ぶ鉄道(現在の外房線)が開通した。その後、おせんころがしの部分をおせんころがしトンネル、境川トンネルで結ぶ国道128号の新道も完成し、現在は崖の中腹にある小道が残るのみとなっている。なお、現在この小道に通ずる道はバリケードでふさがれており、ガードレール等も存在しない。そのため、滑落等非常に危険であり、踏破は勧められない。***

osenkorogasi

 

a8a21e23

 

b2dc16ee

 

***江戸時代までは、房総半島の東側の集落(東條、小湊、興津、勝浦)は千葉より放射状に結ばれ、海岸沿いに進む道は間道程度に過ぎず、主要街道としては整備されなかった。
明治時代に入ると、波の高い太平洋側は海運が発達せず、早くから海岸沿いを結ぶ道が整備された。具体的な開通時期ははっきりとはしないが、おおよそ明治10年代頃であると思われる。***

・・・・ということで、古地図製作前後の頃に崖の道が作られたと推察することが出来ます。迅速測図の現地測量の時はおせんころがしの街道は未だなかったらしい。

hikaku3

 

上の古図を見ると大澤村が陸の孤島のようなたたずまいに見えます。そして、おもしろいことに海食棚のあちらこちらに岩礁や島が見えています。現在の風景では島らしいのは一箇所(雀島)、その他の岩礁もほとんど水没しています。古地図と現在ではほぼ133年の時間経過があります。波浪の浸食作用はものすごいものがあります。

hikaku

 

なお、ウィキペディア記事おまけです。
***1952年(昭和27年)に一家3人の殺人事件であるおせんころがし殺人事件(現場は小湊町内)が発生し、被害者がこの崖から投げ落とされた。なおこの時までに、内陸をトンネルで貫き、ショートカットする新道が完成していた。
昭和40年代に、現在の国道である新道が完成し、おせんころがしは交通の難所ではなくなった。***
・・・ということでおせんころがしの道は80数年間使われたことになりそうです。
なお、おせんころがしはこの一帯の「海蝕崖の連続区間」を呼称するという説が有力のようです。

よろしければ、おせんころがし関連の記事です。

http://blog.livedoor.jp/ynakamura1/archives/52941476.html 土のうた
http://blog.livedoor.jp/gijutunohiroba/archives/51899749.html no.437
http://blog.livedoor.jp/gijutunohiroba/archives/51732716.html no.330
http://blog.livedoor.jp/gijutunohiroba/archives/51078047.html no.166
http://yamaiga.com/road/r128_osen/main.html 平沼義之氏記事


<土木の風景TOPへ>  <土木の風景分類TOPへ>

 

続きを読む

千葉県水道局北総浄水場・・配水塔 no.470


千葉県の北総台地に広がる千葉ニュータウンは新しい街です。
多摩や千里ニュータウンに似て、計画的に造られた新都市で、鉄道も新設されています。

ニュータウン

 

領域は白井市、船橋市、印西市にまたがる広大なエリアです(1,930ha)。
1966(昭和41)年千葉県が事業主体となって始まり、2014(平成26)年に完了しています。
新しい街といいましたが、すでに48年、半世紀が過ぎていることになる訳です。
ただし、まだまだ未処分用地が膨大に残っており、これからも変貌を遂げるはずです。

さて、そのニュータウンの東方面に千葉県水道局の北総浄水場があります。
給水区域は船橋市、習志野市、市川市、浦安市、千葉ニュータウン、成田ニュータウン、成田国際空港だそうです。利根川が水源です。

795c216b

 

北総浄水場

 


そんなニュータウンの幹線道路沿いに広大な敷地と、目立つ建造物・配水塔が見えます。

6515cd2e

 

6-11

 

 

6-10

 

 

6-9

 

 

7d8d49c2

 


この形はなぜ出来たのでしょうか・・・、多くの人が頭をひねっています。
ライトアップでもすると観光地とまでは行きませんが、評判を呼ぶことはできそうです。施設の性格上、ライトアップはしていません。
 
 なお、千葉県の水道の概要図を水道局ホームページより拝借しました。

 

県営水道

 

県営水道2
【千葉県水道局解説】
千葉県営水道は昭和9年に創設され、現在では5ヶ所の浄水場から千葉市をはじめとする県内の10市1町2村に給水しています。
北総浄水場は、新東京国際空港、千葉・成田ニュータウンに給水するため、昭和45年に北総地区水道事業として建設が始められ、昭和50年から稼動しています。水源は利根川の表流水に求め、1日に約13万m3の水道水をつくり出しています。

<土木の風景TOPへ>  <土木の風景分類TOPへ>

続きを読む

富士山五合目

知人が行ってきたので写真を拝借。
また、yahooからも航空写真を拝借しました。

世界に有名な日本の富士山、観光客もここ(五合目)までは来るそうです。山頂まで登る人達が年間30万人といいますから、ご来光の時間には山頂付近で大変な混雑になります。

個人的には何十年も前に登山しましたが、もうその体力はありません。
知人と同じく五合目が良いところです(笑い)。

とは言いながら五合目でも標高2,000mに近いのですから高原の気分を味わうことができます。

IMGP1268



IMGP1303

景色の中に多くの人が見えます。
知人によると中華(中国)の人達とか・・・昔は外国人はほとんどいませんでした。


fuji3



IMGP1265



IMGP1308



やはり人が写っていない写真が欲しい残暑の候・・・です。

fuji



fuji2



IMGP1278


<土木の風景TOPへ>  <土木の風景分類TOPへ>

続きを読む

屏風ヶ浦の魅力

千葉県東部、旭市飯岡から銚子方面に連なる海岸線です。
夏の間、訪れては如何でしょうか。

荒々しい姿は天候の悪いとき・・・好天気の時も素晴らしい景観が迫ってきます。

8016

 

 

8017

 


興味がおありの方へ道案内を・・・。

8015

 

 

屏風ヶ浦2

 

屏風ヶ浦

 

 

なお、平成21年(2009)8月におもしろい現象に遭遇しましたので紹介します。
屏風ヶ浦の大地へ向けて海の霧が断崖を這い上がっている姿でした。

普段の屏風ヶ浦はこんな姿です。

a808fd41

 

その日の海霧は海上から台地面に這い上っています。
陸上に上がるとスっと消える・・・そんなに長い時間ではなかったような・・・。

05 039

 

 

05 041

 

 

05 040

 

参考記事はこちらにあります。なお、写真は拡大できます。
「荒れる犬吠埼」

http://blog.livedoor.jp/ynakamura1/archives/52416737.html


風ヶ浦 びょうぶがうら  <大百科全書より>
千葉県北東部、銚子(ちようし)市名洗(なあらい)から飯岡(いいおか)町刑部岬(ぎようぶざき)に至る海食崖(がい)。高さ40〜50メートルの断崖が10キロにわたって続き、雄大な海岸景観を呈し、イギリスのドーバー海峡に臨む白亜の断崖に対比される。第三紀凝灰質泥岩に第四紀砂質の成田層が重なり、最上部は関東ローム層が堆積(たいせき)し、赤褐色の地層の配置が鮮明である。太平洋の荒波を直接受けて海岸侵食が著しく、年平均70センチの割合で海岸線が後退し、現在消波ブロック投入による護岸工事が行われている。断崖上は平坦(へいたん)になっておりキャベツ畑が広がり、犬吠埼(いぬぼうさき)とを結ぶ銚子有料道路も通じる。渡海(とかい)神社境内のタブ、シイ、ツバキなど常緑広葉樹の極相林は県指定天然記念物である。水郷筑波(すいごうつくば)国定公園の一部。〈山村順次〉【地】2万5千分の1地形図「銚子」「旭(あさひ)」

  <土木の風景TOPへ>  <土木の風景分類TOPへ>

 

続きを読む
Recent Comments
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

QRコード
QRコード
Archives
  • ライブドアブログ