土木の風景

from civil engineers 築土構木、土木技術は社会生活の基盤をささえています。

2007年09月

聖橋 no.118

聖橋大学側すりつけ部聖橋

 

 

 

 

 東京お茶の水は神田川の谷とJR駅、地下鉄駅が交差し、道路は高い面にある。
 この神田川を渡るのが有名な「聖橋」である。
 
 建設は昭和2年、躍進日本を背負う気概が充満していた(設計者の名前も残り、土木屋にとって)良い時代である。川の交通もあった時代で、下から見上げて美しい景観を目標としたようである。

遠景

 

 建設当時の写真や概要についてはウィキペディアに詳しいが、この橋が都民に親しまれ、今もって現役というのが素晴らしい。JR御茶ノ水駅に立つと、「下から見上げるという設計意図」がよく分かる。
 
 こうした重厚な存在感を示す、鉄筋コンクリートアーチ橋を造ろうというロマンも気概も・・・予算もない、現代の土木屋・・・、ため息をついているのかも知れない。

レインボーブリッジ

 本四連絡橋、大都会に掛かる長大吊り橋は現代技術の粋を集めた構造物だ。これはこれで美しい・・・、が、景観の中にとけ込む美しさではない。あくまでも、人間の自己主張が優先しているようだ。
 
 なお、長大吊り橋の建造技術は高度なものだが、時代が変わると建設案件が無くなり技術の保持・伝承が困難になってくる。10年、20年すると日本ではこういう大型の橋を造れないという時代が来るのかも知れない。それも時代といえばそうだが、考えてしまう今日この頃である。

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山が消える・・no.117

 千葉県富津市、君津市、木更津市は山砂採取の本場である。
 大都市東京を控え、建設用砂の大供給地である。

やま3やま

 

 

 

 千葉県内房地区の山地は古い方から、新第三系の市宿層、第四系洪積世の長南層、万田野層、長浜層及び成田層群下部;地蔵堂層、藪層などが連続し、良質の山砂を産出する。
 特に市宿層、長南層は細かい粒子が少なく良質の砂層である。
 
 写真の場所は、君津市・市宿地区の遠景、近景であり、自然状態を思い起こせないくらいに山容の変化は大きい。山が消える・・・というのは大昔の炭坑町であったことだが、千葉県では本当の山が消える。
 
 ダンプ街道という言葉から有名になったものだが、近隣道路の現状はダンプに遠慮しながら走る・・・というのが普通である。
 
 自然を破壊し、公害をまき散らす、そして産業廃棄物が都会から集まってくる・・・良いことは一つもないように見える。しかし、物事は一面だけから見るべきではないし、表と裏、長所短所、いろいろな角度から見て判断すべきである。
 
 千葉県の砂は大都会の発展に欠くことが出来ないし、羽田空港の拡張(ハブ空港としての世界的戦略)にも必要とされているものだ。都市の発展をとるか、停滞をとるか・・・、オーバーな表現になるが文明の宿命のようなジレンマがある。
 また、山砂採取は千葉県の重要な産業でもあり、多くの生活を支えているものである。

やま2

 この辺に関する詳細な記述は「山が消えた」佐久間充氏(岩波)にあり、中国新聞のサイトにも関連記事がある。中国地方瀬戸内は海底の砂採取で大きな問題を起こしている。
 
 いずれも自然破壊で公害を流しているという議論が強い。確かにその一面は真実である、が、都市生活者は自己の快適な暮らしがそうした底辺産業の恩恵を受けていることをまったく忘れているか無知である。
 田舎に出て不便な生活をすれば分かることも、都市にしか住まない人間には理解できないことである。
 
 そもそも人間が存在すること自体が自然破壊なのであることを再認識する必要があるのではないのか。快適な暮らしをしようと思えば必ず自然を破壊する。
 
 そうなると、江戸時代のような閉鎖循環の社会を作ればよいのか、これも暴論である。世界がこれだけ狭くなった地球で、閉鎖社会を作ることは不可能であり、世界的な競争社会で生きるしかないのである。
 
 そこで考えなければならないことは、調和のある開発が出来ないものか、そのためにはどうしなければならないのか、個々の当事者が個別に議論するのではなく、国家的あるいは広域のプロジェクトとして広範な議論を行うことではないかと思う。
 
 日本国内で山砂を採取できなくなった時、国外から採取搬入してくることは目に見えている。日本国内の自然が守られればよいのか、そんな狭い思想では、所詮自己中心のつまらない社会にしかならないはずだ。

やま4

 追記。
 消えた山を追跡した自然保護団体がどれくらいあるだろうか・・・。大きな穴に湧水が溜まり、自然が豊かな場所になったところもあり、また、植林をしている山もたくさんある。
 
 地球規模で見た環境破壊は、大都会こそがその元凶である。地質の長い時間軸を考えれば山が消えるのは一瞬である。そっとしておけば緑が回復し、自然環境が戻ってくるはずである。
 その事の理解のもと、如何に公害を出さず環境に易しい工法を採用するのか、その手法をこそ現代社会の我々は問われているのである。
 
 地質の時間スケールを笑うことは簡単だが、政治・経済にもぜひ採り入れてもらいたい「長期的な視点」である。
 
 なお追記。
 『 公害問題でご苦労されている地元の方々には、異論があろうと思いますが、大局を見た議論ですのでご容赦をお願いいたします。』

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秋葉原今昔 no.116

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 大いに変貌する秋葉原・・・
 秋葉原が好きな人は多いはず・・・。
 
 土木屋も、ITが必須らしいから、部品を求めて秋葉原・・という人もいるかも知れない。

同業が集積するというのは競合を含めて皆が努力をするわけで、集客力も抜群となる。この街の変化対応力はオタク族まで惹きつけ、何ともたくましい。

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 土木の世界で秋葉原の真似を出来ればすごいことだが、
 ・・・
 沈黙。

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斜面崩壊(2) no.115

 斜面崩壊のうち、最も一般的に発生するタイプに円弧滑りがある。
 地盤の剪断力や粘着力が低下した場合に円弧状に崩壊するもので、下の図のような模式となる。

円弧滑りの考え方分割法

 

 

 

 円弧状の線上に作用する土の重さと抵抗力(剪断力、粘着力)のバランスによって破壊するかどうかの判断をするものである。しかし、実際に滑る模式的な現場は意外に少ないものである。

円弧滑り模式

 この写真は、昨年のもので、大雨のあとに滑った切り土断面である。崩壊後、道路を開放すべく土を除いているので、崩壊直後の姿からは変化している。それでも、比較的良好な事例かも知れない。
 
 盛土工事において、この円弧滑りの解析(安定計算)は必須の検討事項であり、往々にして基礎地盤と盛土破壊をすることが多い。土木屋にとっては常識的な話しだが、意外や意外、滑った生の現場を知らない人も多いのである。

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斜面崩壊(1) no.114

 斜面崩壊には、多種多様な形がある。
 まず、一連の写真は斜面崩落、一番単純な事例である。

崩落崩落2

 

 

 

 泥岩や砂岩の上に表層土が形成され、それが雨水に因ったりして崩落するものだ。泥岩砂岩地山そのものの風化による崩落もあり、地震時は危険である。
崩落3崩落4

 

 

 

  最後の写真のように、はげ落ちたあとはつるつるで、また永〜い時間が掛かって風化、再び表層土形成がなされる。
 その時間軸、人間とは大分違う・・・。
 
 なおまた、植物による作用も見逃せない。斜面を被うことによる風化崩落の防止があり、斜面防護工の大事な手法である。土木にとっての必須工法と言える。

倒木

 ただし、定期的維持管理がない場合は、左の写真に見るように樹木そのものの倒壊を招き、大きく斜面崩壊を起こすことになる。
 
 樹木の根は表層部から地山の岩に入り込むが、硬すぎる岩には入りきらない。そこで、斜面表層部に根を張ることになるが、地上部が大きくなりすぎた樹木はいつの日か倒れることになる。
 
 このため、法面に樹木が繁茂するのも一定の限界があることになる。樹種やのり勾配、地質土質によっていろいろだ・・・。
 そして、その場所がどこにあるのか、それが維持管理には重要なり。

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大山千枚田 鴨川 no.113

 真夏の写真でご容赦。<→大山千枚田
 今は、稲刈りも終わっている・・・。
 
 大山千枚田は観光地として整備され、都会の人も耕作に参加している地区だ。
 棚田は急傾斜地の厳しい地形を段々畑として構築したもので、古人が営々と築いてきた遺産のようなものである。
 
 コンバイン全盛の今、バインダーや手刈りによる稲刈りは大変な労苦を伴い、農家の負担は大変なものである。棚田の法面や畦畔はいつも草刈りが欠かせず、これも負担が多い。
 
 観光客はその美しさに息をのみ、おいしい空気と豊かな景観を楽しんで満足・・・。
 行政の補助と、地域の強い意志、そして都会人の協力がこの文化遺産を守っている。
 
 さて、この地区は地すべり地帯である。大地が動く・・・、これが当たり前の土地柄であり、この大山千枚田も地すべり地形の基本形をしている。こうした傾斜地を開墾し、豊富な水を得て昔の人は尾根に近いところまで水田を造ってきた。
 
 こういう凹地は表流水や地下水が集まりやすく、水田耕作には適している。
 しかし、地面が動くのであるから、普段の維持管理がとても大事である。耕作を休めば、再び整備するのは大変であるし、下手をすると浸食されて法面崩壊を起こす。
 
 この法面崩壊が部分であればよいが、斜面地形全体に及ぶと地すべりが再発する。だから、美しい棚田を守り抜くというのは簡単なことではなく、地域全体のまとまりも必要で、大山地区のように行政、地区、都市住民など多くの協力が大切である。
 
 何時までも、この美しい景観を保ち続けて欲しいものである。
 <→バクチの木 大山千枚田
 
 なお追記。
 大山千枚田のように観光地として名が売れれば、協力体制も出来ようが、一般の水田耕作地、特に谷津田は耕作者個人に負担が集中し、耕作をあきらめる農家が跡を絶たない。
 
 いわゆる水田放棄、休耕水田である。<→水田放棄
 休耕が2年、3年となれば再度開墾するのは不可能に近くなり、最後は、雑草、ヤブ地、雑木林、そして森林へ戻っていく・・・。
 
 人が造った美しい水田風景が本来の自然に帰っていくことは地球規模で見ると良いことなのかも知れないが、放棄水田を見ていると複雑な思いを禁じ得ない。
 
 農業を他の産業と同じように市場競争に曝して良いものなのか、国家の根本に帰するほどの問題であるのに、国民、政府は真剣に見ようとしていない現実。
 
 「食糧は武器である」。
 その事を忘れないでいたいものである。

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小杉神社・・御神木 no.112

小杉神社小杉神社拝殿

 

 

 

 川崎市中原区に小さな神社がある。
 ネット検索すると数多いが、この小杉神社という名前は、全国で三重県に一社あるのみ・・、予想外であった。
 
 川崎市の神社、お祭り、そしてスポーツの関連記事でよく出てくる。
 何せ、川崎市の有力な施設「等々力緑地」の入口にこの神社があるのだ。
 
 今、等々力競技場は川崎フロンターレの本拠地である。
 試合前や終わったあとにお参りをするファンが多いとか。

案内板等々力競技場スタンド

 

 

 

 さて、なぜ土木の風景に小杉神社なのか・・・。
 
 何十年も前、この神社と等々力競技場がぽつねんと在った時代がある。スタンドもさしたるものもなかったと記憶している。多摩川の土手もよく見えたものだ。
 
 時代を経、市街地が発達して、この付近の風景は一変している。しかし、この神社がなんにも変わっていなかったことにホッとしたものだ。
御神木

 御神木・ケヤキの木も健在、まだまだ壮年だ。日本の変化をずっと、そっと見続けていたであろう御神木、そのプロフィールは樹高約24m、目通り約4.3m、樹齢推定150年だそうである。
 
 都市化が進み、日本全国がミニ東京を目指した時代が長かった・・・、そろそろ考え方を変える時期に来ていないだろうか。こうした神社を見ながら社会の発展とは何か、土木屋の責務は何か、いろいろと広く考えさせられる。

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パイプビーム・・ガス管橋 no.111

 千葉県茂原市、長生郡は天然ガスの産地である。
 大多喜ガス、町村営ガスなどが立派に運営管理されている。天然ガスの採取井戸はそちらを見て頂き、本項は、長南町町営ガスのガス管橋が主役である。

ガス管橋

 

 パイプビームは単管と二重管があり、本地区は単管を採用している。しかし、管径とスパンの関係から直線状に渡すことが出来なかったものである。
 
 力学が得意な方にはピンと来るこの形状、つまりアーチを採用している。設置時代は古く(昭和51年1976)小さいものだが、土木構造物としては美しい部類にはいると思う。
 
 ちなみに自治体が経営しているところは、長南町、白子町、九十九里町、大網白里町、東金市、習志野市である。その他は民営。
 
 紹介サイト 茂原地区・天然ガス 長南町ガス事業 千葉県のガス事業

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高滝ダム(2)長期的視点を no.110

上流から下流

 

 

 

ダムサイト裏ダムサイト正面

 

 

 

 千葉県を事業主体として養老川沿岸の洪水防止、農業用水、工業用水の確保を目的として戦後の経済成長時代(昭和33年)に企画立案され、長い準備段階を経て具体的に着手されたのは、昭和49年である。
 
 ダム工事は部落の集団移転、用地買収、遺跡や墓地、諸事情の解決、無数の補償問題、予算確保、法的整備等々、気の遠くなるような事前処理事項が存在し、かような長期間を準備作業に費やすことになる。
 
 本体工事は昭和61(1986)年から始まり、4年の歳月を経て平成2(1990)年にようやく完成した。

ダムサイト正面2管理道路

 

 

 

ゲート案内板ゲート

 

 

 

 脱ダム宣言などが全国的に吹き荒れ、
 ここ10年は国土保全の動きが完全にストップした時代である。
 
 しかし、長期的な視点を欠いた経済効率だけの議論でいくと、総合的な国土保全をないがしろにすることになり、緊急時の災害に対応できないことになる。
 
 もちろん、バブル時代のような技術者集団のおごりと無駄を許すことは出来ないが、白か!黒か!的な議論のみで国家政策の基本を決めることは、将来へ禍根を残すことになる。
 
 無駄をしないような適正な監視は必要であるが、国土を総合的な見地から見て企画推進していくことが重要なことである。
 
 アメリカ・ミネソタの橋梁崩壊は、社会基盤・構造物に対する「その社会の認識」を示していると考える(日本のバブル時代を思わせるようなアメリカ経済、その基本がぐらつく予兆のような落橋事故であると思う)。
 
 
 この高滝ダムを総合的に評価して、否定できるのかどうか、今では難しいと言えるが、これからの計画についてどの程度のスパンで評価するのか、できるのか、非常に難しい問題である。酷評された感のある東京湾横断道路も、本当の評価はずっと先であるはずだ。
 
 土木の建造物は歴史に含まれるような長い時間スケールで評価すべきであろう。その意味で、この高滝ダムが築後15年経過し、地元の風景としてなじみ始めているのは嬉しいことである。
 
 ただし、こうした大構造物の建設にはマイナスの要素が必ずあるはずで、その事もしっかりと公表し、公平な評価をすべきである。そして、特に目先だけの判断を無くして欲しい現代社会である。
 
 視点が近くなればなるほど長期の判断が出来なくなり、目先の利益ばかりを追うようになろう。その結果は、我々の時代ではなく子孫の時代が泣くことになってしまうのである。
 
 目先の利益を追う政治家、官僚、学者、経済人が幅をきかせ、起こす事件の低レベル化(追求するメディアも同じ)は目を覆いたくなる平成の時代だ。
 
 全てを経済性のみで判断することは、ことの本質をはずすことになり、社会のためにならないと危惧するものである。また、ゆえにこそ土木屋の情報発信が重要な時代になっていると考える。
 
 大災害が起こってからでは遅い国土建設なのである。

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