土木の風景

from civil engineers 築土構木、土木技術は社会生活の基盤をささえています。

2008年07月

花見川終末処理場 no.178

 ここの敷地は、何と21ha(6万4千坪)もあるそうです。現在、約6割ほどを使っているようですが、正確ではありません。この写真を見ると、いかにも広い土地が残っているようですが、拡張の余地を見込んでいます。

花見川終末処理場花見川終末処理場2

 

 

 

 

  <拡大できます>

 さて、花見川終末処理場は、ここ単独ではなく、花見川第二終末処理場とペアで活躍している下水道の終末処理施設です。ここできれいにした水を河川に戻してくれる施設です。
 
 全体計画を印旛沼流域下水道計画と称し、15市町村が関連し、最上流には成田空港も接続しています。全体計画の処理面積は29,671 haとは、ピンと来ません。千葉県の面積が5,156平方キロですから、千葉県全体の約5.8%の面積となります。
 
 この面積を広いと考えるか狭いと見るか、人それぞれですが、都市部の流域ですから広いと見るべきです。この広い面積を二つの終末処理場で処理するもので、お互いの連携も出来ています。
 
 花見川終末処理場には東部幹線が流入、花見川第二終末処理場には西部幹線が流入し、処理場同士は磯辺幹線と豊砂幹線で連携しています。お互いに助け合うシステムを採り、それぞれ、第二、第三の流入幹線も用意して万全の体制と見えます。
 
 施設の概要数値は千葉県下水道課のサイトから、それぞれリンクがありますので、参考に示しますが、処理能力265,447m3で 流入する幹線の最大口径は3,200mmですから、スゴイ施設であることが分かります。

花見川終末処理場3花見川終末処理場4

 

 

 

 

 

 

 人口増加にも柔軟な対応が出来るわけで、計画当初の苦労が報われた形でしょうか。いろいろの苦労話があるようです。
 
 千葉県の広域を考えると、東京に隣接した都市部には江戸川左岸広域下水道計画があり、そちらには江戸川第二終末処理場(第一は未着工)が稼働しています。この江戸川処理場と花見川との連携も計画にあるようで、長期計画としては理想的な運営稼働を目指しているとか。
 
 なお、手賀沼周辺には手賀沼流域下水道計画があり、手賀沼流域は単独別個の処理形態となっています。

 詳細はこちらをご覧下さい。
 印旛沼流域下水道計画  江戸川左岸広域下水道計画  手賀沼流域下水道計画

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 追記です。

 花見川終末処理場の水処理施設は建屋となっており、屋上の広い空間を「美浜ふれあい広場」として、県民に開放しているそうです。屋上の緑がその証拠です。

幕張メッセ no.177

 この街も、はや二十数年以上・・・、ずいぶん時間が経ったものです。
 写真の左側が幕張メッセのメイン展示場、正面の二つのビルはワールドビジネスガーデン、右側はアパホテル東京ベイ幕張、そして後ろ側に幕張海浜公園と千葉マリンスタジアムがあります。

幕張メッセ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幕張メッセ2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロッテも、昔のような暗いイメージが無くなり、応援も大変なエネルギーのようです。川崎時代とはずいぶん違います・・・少し古すぎましたか(笑い)。
 
 さて、
 昭和50〜60年代、世の中はいろいろなものが建設ラッシュ、勢いの良い時代でした。
 
 千葉県も、元気そのもので、千葉県企業庁が主体となって海岸の埋め立て、新しい街作りと大変な忙しさでした。技術者も大いに不足し、不眠不休に近い頑張りようでした。
 
 その結果、海浜幕張駅を中心としたビジネス街が誕生し、隣接周辺地区には都会的な住宅街が出来ています。今でも、新しいマンションなどが売り出されており、街はまだまだ発展途上というわけです。
 
 この街全体が土木屋の一つの大きな仕事と言えましょうか。
 個人名が一切出ない大いなる仕事なのです。
 
 今後、この街がどのように変貌していくのか、予想は難しいですが、飲み屋さんや遊びの施設も増えてきました。冷たい感じの街が少しずつ人間くさい街に変わってくるのでしょうか。楽しみに見守りたいと思います。
 
 ただ一つ難点は、駐車場が極端に少ないことです。電車で来なさい!ということらしいですが、モーターショーなどは特別として、普段の所用では車が必需の千葉県です。
 
 ここまで車社会が進展するとは思わなかった当時の土木屋でしょう。
 今後、幕張メッセや千葉マリンの集客以外に、人を惹きつける何かが欲しいメッセの街です。
 
 なお、幕張メッセ(旧日本コンベンションセンター)についてはウィキペディアに詳しく掲載されております。

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松戸排水機場(2) no.176

 松戸排水機場は二回目のエントリーです。
 角度を違えて、施設のうち防塵機をご紹介。

松戸排水機場024020

 

 

 

<拡大できます>

 排水機場のポンプは
 立軸斜流渦巻ポンプで、口径3300と4600mmだそうです。そのポンプに至る水路前面にゴミの掻き上げ施設・防塵機がダブルで設置されています。
 
 スクリーンがあり、それに掛かったゴミをバリカンの歯のようなもので掻き上げるわけです。これは、自動的・機械的に動きます。そして、掻き上げたゴミは後ろの専用キャリーで集積され、ダンプトラックへの積載も自動的に出来ます。

031032

 

<拡大できます>

 

 

033035

 

 

 

 いかにも良くできておりますが、ご苦労も多いのではないかと調べますと、管理者の悲鳴も聞かれます。都市河川は、それでなくとも汚れており、ゴミが多いのです。坂川も都市河川です・・・注意をしたいものです。
 
 ある管理者サイト(京都市建設局)の一文です。
『 川にゴミを捨てないで!!

 排水機場には,草や木,ビニール袋に入れて捨てられたゴミ,空き缶,古タイヤ,プラスチック,自転車・バイクなどが流れてきて,排水機場ではとても困っています。

 それはゴミが詰まると,排水ポンプが水を排水できなくなるからです。

 一部の排水機場には,上の写真のように,除塵機が設置してありゴミをかき上げ,ポンプにゴミが詰まらないようにしていますが,この作業は,大雨の時にはたくさんのゴミが流れてきて,特にたいへんです。

 かき上げたゴミは,乾燥させたあと燃えるものと燃えないものや危険なものに分けて,それぞれゴミ処分場に搬送していますが,このごみ処理にかかる費用も毎年多額になりとても困っています。

 また,ゴミを川に捨てることは,環境を悪くすることで許されないことです。』
 
 河川は国民みんなの財産です、命の川です。大切に致しましょう・・・。
 ということで、参考サイトは次の通りです。
 
 国土交通省関東地方建設局江戸川河川事務所 機場詳細

 no.94 松戸排水機場   no.175 松戸水門

 京都市建設局河川整備課

   現地の地図はこちらへ。   <土木の風景TOPへ>

松戸水門 no.175

 昨年5月に松戸排水機場としてエントリーしていますが、違った角度から再登場です。

松戸水門

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず、坂川放水路の河口部に掛かる松戸水門をエントリー。

 <写真は拡大できます>

松戸水門2ゲートゲート2

 

 

 

 

 

 

 鋼鉄製の重そうなゲート(門扉)は、普段引き上げられています。
 これが、下りるのは洪水時に江戸川の水位が上昇した時です。江戸川から坂川へ排水が逆流すれば、松戸周辺は大洪水となります。
 
 そこで、水門を閉じてしまい、大活躍するのが松戸排水機場です。坂川の水を水位の高くなった江戸川へ強制排水するわけです。1秒間に100トンもの水を排水すると言いますから、いやはやお見事なものです。

放水路坂川

左;江戸川

右;坂川

 

 なお、機場は定期的(月一回)に動かしておくそうで、見学も出来るそうです。
 何はともあれ、松戸水門がなければ排水機場も役に立ちませんから、昭和56年完成の水門に感謝!なのです。
 
 現地の地図はこちらへ。   <土木の風景TOPへ>

河岸段丘 no.174

 南房総市和田の海岸です。
 夏の浜辺に、釣り人が一人・・・何とも落ち着く雰囲気です。

和田

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これで終われば、土木の風景にならないので足元を見ました。
 そして、材料を見つけたものです。

河岸段丘

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「河岸段丘」という言葉を聞かれたことがありますでしょうか。地形学の言葉です。
 地理の授業では必ず出てくる比較的重要な?地形用語といえましょうか。
 
 砂浜の海岸は地形用語を発見する格好の場所なのです。
 さて、この写真を見ていただくと、砂浜の平坦面を河川が曲流しながら削り取っているのが分かります。
 
 
 この場所は、大きく湾曲して左側に河川が動いています。左側を削るのが現在形で、河床は次第に低くなります。もともとは砂浜の一番高いところ(平坦面)が原地形なのですが、川の作用で、川の谷は深くなり、堆積面(砂浜の平坦面)を削り込んでいるわけです。
 その作用の結果が現在の地形です。
 ところが、現在地形にはよくよく見ると段差(段丘崖)が出来ているのが分かります。
 低い方から、現在の河床(水が流れている面;氾濫原)、その右に低い平坦面、さらに中段の平坦面、そして最後が砂浜の高位の平坦面です。
 
 なぜこういう形になるのでしょうか。
 
 この場所では、そのキーワードは海です。ご存じのように、海は水位が変動します。大潮になるとこの砂浜はすべて飲み込まれ、砂浜の面は一枚にされてしまいます。ところが、小潮、さらには河川の水量などいろいろな要素が重なると、急激な河川の水位変動を起こします。
 
 河川の浸食、堆積は海や湖の水位変動の影響を受けるもので、一般には水位が上昇すると河川は堆積を始め、水位が低下すると浸食を始めます(他の要因もたくさんありますが・・)。
 
 この場所は、海水面の上下作用を受け、普通の地形に掛かる長い時間作用を短時間で見せてくれるわけです。その事が、地形を学ぶ上でかなり有効です(いろいろと試した人も多いと思います)。
 
 この地形は、河床氾濫原を除き、写真左側から低位段丘面、中位段丘面、高位面(原地形)となります。現在の潮位がもっと下がるとさらに低位の段丘面が出来るかも知れません。
 
 そして、潮位が上がってくると、この地形モデルは夢の中へ消えていくわけです。
 以下、参考に辞書の記事を添付します。

 
 かがん‐だんきゅう【河岸段丘】‥キウ <広辞苑>
砂礫層または岩盤から成る河谷の岸の階段状地形。河道の変化、河川の流量の変化、土地の隆起などによって河原が浸食されるために生ずる。河成段丘。

 河岸段丘 かがんだんきゅう <大百科全書>
河川の流路に沿う階段状の地形で、氾濫(はんらん)原よりも高い位置にあるものをさす。谷底平野が河川の侵食の復活により下刻されて生じた河成段丘が多い。平坦(へいたん)な部分を段丘面といい、もとの谷底平野面にあたる。河川の下刻によって生じた崖(がけ)は段丘崖(がい)とよばれる。河川の侵食の復活が何回も行われると、何段もの階段状の段丘群が生ずる。特別の場合を除き、高い段丘面ほど古い時代に形成されたと考えられる。
 谷底平野が段丘化するためには、堆積(たいせき)作用または側方侵食作用を営んでいた河川が下刻作用を行うようになること(これを河川の回春という)が必要である。河川の回春すなわち段丘化は、河川の流量や河川上流山地部から供給される岩屑(がんせつ)の性質とその量、および河床勾配(こうばい)のうちのいずれかが変化することによって生ずる。具体的には、地殻変動による河川の一部地域の隆起や、海面低下による侵食基準面の低下に伴う河床勾配の増加、気候変化による降水量の増大や山地から流出する岩屑量の減少、また火山活動に伴う供給物質量の増大とその後の減少などが河川の回春を引き起こす。しかし1回の回春によってかならずしも一段の段丘が生ずるわけではない。河川が土地を連続的に下刻してゆく過程で、河川流路の側方移動に伴って何段もの段丘が形成される場合もある。
 河岸段丘は回春の原因からみて、構造段丘または地殻変動による変動段丘と、構造段丘以外の非構造段丘とに分けられる。気候変化による気候段丘とよばれるものは後者の例である。また回春以前の谷底平野の性状によって次の二つに分けられる。谷底平野が側方侵食作用によって平坦化された侵食段丘と、谷底平野が堆積作用によって平坦化された堆積段丘がそれである。前者の侵食段丘には、岩盤の上に堆積物が薄くのっている岩石段丘と、フィルテラスfill terrace(谷中堆積物を構成層とする河成段丘)をつくる、厚い砂礫(されき)層を侵食してできたフィルストラス段丘がある。また後者の堆積段丘は厚い堆積物からなるので、砂礫段丘、フィルテラスあるいはフィルトップ段丘ともよばれる。
 河岸段丘は日本のほとんどの主要河川沿岸に分布する。10万年以前に形成された段丘面は一般に高所にあり開析されていることが多い。数万年前以降に形成された段丘面は比較的平坦で、交通路や居住地となっている。地殻変動の激しい日本でも、流域上流山地部の高度が高い河川には気候段丘が発達することが知られている。〈池田 宏〉

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