土木の風景

from civil engineers 築土構木、土木技術は社会生活の基盤をささえています。

2010年10月

羊羹みたいな地層 (3) no.286

 さて、羊羹みたいな地層は何でしょうか。
 佐倉市八木地区だけでは解明しにくいので、別の地区を引き合いに出してみます。
 いろいろな物事の証明に比較を入れるのは有効のようです。
 
 まずは、関係する位置関係と地質図を見てみます。
 
 a)羊羹みたいな地層・佐倉市八木地区(下総層群中上部層)
 b)圏央道茂原ジャンクション・茂原市上太田地区(下総層群下部層・地蔵堂層)
 c)南総広域農道・長南町下豊原地区(上総層群上部層・国本層)

地質図(エリア有り)


 a)は二回にわたり見てきたので、b)から。
 圏央道が県道21号線(五井本納線)と交差する地点に茂原ジャンクションを建設工事中です。切土法面も着々と緑化し、当初の姿が変貌しています。

011 008



 本工区の切土直後の姿は次の通りでした。

09 008


09 007



圏央道



 何という色調でしょうか・・・青灰色の代表選手のようです。
 この色調を見ると、土壌(農業)に詳しい方はピンと来ます。
 
 さて、切り土後一年経過した姿は次の写真です。

011 006


011 002


 時間経過とともに色調が変化したのがお分かりでしょうか。青灰色から褐色(茶系統)へと変化しています。
 これは、酸化現象を示しており、青灰色は還元層の代表色調を示しています。つまり、酸素を持たない還元層が酸素と結合する事によって、鉄などの金属類が酸化現象を起こし、色調が鉄さびのような褐色に変化すると考えられます(→関連記事)(→*6 *7)。
 
 
 圏央道だけでは証拠立てが弱いので、c)南総広域農道・長南町下豊原地区についてみてみます。こちらは、第三系の最上部、上総層群です。下総層群(成田層群)より締まって固い状況です。

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 上の写真に見るように、還元層の色調は薄いモスグリーンですが、はっきり還元状態が出ています。弱風化層に縦の筋が何本も走っています、これが滲み込む水の影響による酸化を示しているのです。
 
 また、酸化・風化の時間的経過が模式的に見られます。
 気の遠くなるような時間を掛けていますが、カットした断面では一瞬で見られるというありがたい場所でした(今は、植生で被われています)。

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 さて、酸化・還元とはなんでしょうか。
 辞書記事を見ると複雑で頭が回りませんので、広辞苑の記事を載せてみました。
 
  さん‐か【酸化】‥クワ    <広辞苑>
(oxidation) 物質が酸素と化合すること。広い意味では、物質から電子が奪われる変化を総称する。□還元。

  かん‐げん【還元】クワン‥   <広辞苑>
(1)根源に復帰させること。もとに戻すこと。「利益を消費者に―する」
(2)〔化〕(reduction) 酸化された物質を元へ戻すこと(すなわち酸素を奪うこと)。広い意味では、物質に電子が与えられる変化を総称する。□酸化。


 分かりやすくいうと、酸素の存在を言っているようです。
 酸素が欠乏すると色調は青灰色となり、酸素が多くなって元素と結合すれば褐色になるという単純な図式です。
 
 農業の土壌では、酸化・還元が非常に重要な概念であり、還元層の事をグライ層と呼びます。地下水位が高く、常に水位以下にある土壌はグライ化をしてきます(→*4 *5)。
 営農上、グライ層は好まれない土壌というわけです。
 
 この酸化現象を見ようと羊羹みたいな地層の土質サンプルを取り出して、半分に割ってみました。それが下の写真です。

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 明らかに、表面から深部へ酸化が進んでいるのが分かります。約一年間の酸化作用で深部の色調も青みが少なくなっています。
 
 切土当初の色調(b)と比較したのが下の写真です。圏央道の切り土が鮮やかすぎますが、羊羹みたいな地層もかなり鮮やかでした・・・(採取直後に写真を撮ってないのが残念です)。

28 020



 以上により、羊羹みたいな地層の本質は還元した状態があたかも羊羹のように残ったという事になります。土質や地形環境、地下水の状況など、複雑な原因が複合的に重なったものでしょうが、普通にあり得る状況であります。

羊羹みたいな地層




*4
 グライ層 ぐらいそう   <大百科全書>
地下水の影響で土壌層内の酸化鉄が還元して青灰色になった層。土壌層内にはたくさんのすきまがあり、雨水や融雪水あるいは河川の氾濫(はんらん)水はこのすきまを透過して地下水面まで達する間に、可溶性成分の分解と微細土粒の運搬作用を行っている。同時にすきまに侵入した空気は酸化作用を働き、それらの状況に応じて微生物の活動環境がつくられる。しかし、空気を欠く地下水面以下の部分では、酸化が抑制されて還元状態となり、とくに停滞水の中には水酸化第一鉄や硫化鉄などの亜酸化鉄化合物の沈殿がおこる。この沈殿物は停滞水中に沈積した粘土分と混合して、青灰色のグライ層とよばれる層をなす。普通は沖積地でも数メートル以上掘らないとこの層は現れないが、低湿地では地表下1メートル以内にグライ層が判別され、その場合は土壌断面にグライ層位となって現れる。
 水位の季節的変動に伴って還元状態と酸化状態が繰り返しおこる層位もでき、その部分には斑(はん)紋(もん)状や膜状の酸化鉄の赤褐色集積物が発現するので、これを斑鉄とよぶ。グライ層と斑鉄層は人為的に冠水と落水を行う水田耕作地の土壌にも生ずる。〈浅海重夫〉
 
*5
 グライ土壌 ぐらいどじょう     <大百科全書>
湛水(たんすい)または排水不良により酸素が欠乏して土壌が還元される結果、二価鉄やマンガンなどが生成して土層が灰色ないし青色に変化する現象をグライ化作用といい、この作用を受けたグライ層が土壌断面の主要部を占める土壌をグライgley土壌とよぶ。地下水位が高く、その変動が少ない谷底や窪地(くぼち)などの水田に広く分布する。わが国のようにグライ土壌が低地に広く分布する例は世界的にも珍しく、強グライ土壌を含めた広義のグライ土壌は全水田面積のおよそ30%を占めている。〈小山雄生〉
 
*6
 還元 かんげん  <大百科全書>
→酸化 →酸化数
reduction 原子、分子、イオンなどが電子を受け取って酸化数が減少すること。歴史的には、酸化物から酸素を奪って単体を得ることを意味しており、酸化と逆の反応を行うことであった。ある物質から酸素を奪う、あるいはある物質を水素化物にすることが還元であるとされた時代もあったが、原子の電子構造と化学的性質との関係が明らかになるにしたがって、電子を受け取ることを還元、電子を与えることを酸化とする定義が定着した。
 還元は酸化と相補的であり、ある物質Aが別の物質Bによって還元されるときには、その物質Bはかならず酸化される。酸・塩基の関係とも似ているが、酸化・還元は酸・塩基とともに化学反応の理解のうえでもっとも重要な概念となっている。→酸化 →酸化数〈岩本振武〉
 
*7
 酸化 さんか   <大百科全書>
→還元 →還元剤 →酸化還元電位 →酸化剤 →酸化数
oxidation, oxidization 単体が酸素と化合する化学現象を酸化と定義したのはフランスのラボアジエであったが、原子の電子構造と化学的性質との関係が明らかになるにつれて意味が変わり、現在では、原子・分子・イオンなどが電子を放出することを酸化としている。放出された電子は、別の原子・分子・イオンに受け取られることになるが、電子を受け取る現象が還元であり、一般に酸化と還元はかならず随伴しておこり、その化学反応を酸化還元反応という。→還元
 酸化・還元は、酸・塩基とともに化学反応の理解にはきわめて重要な概念となっている。デンマークのブレンステッドの酸・塩基理論が、共役する酸と塩基との間の水素イオンの移動を基本としているのに似て、酸化・還元では共役する酸化体oxidantと還元体reductantとの間の電子の移動が基本になる。
 ナトリウムと塩素から塩化ナトリウムを生ずる反応を→図Aに示す。反応式(3)は、ナトリウム原子が電子を放出する反応(1)と、塩素分子が電子を受け取る反応(2)の和の結果とみることができる。
 ここで(1)と(2)は、酸化体と還元体との電子の移動を介した共役関係を示しており、一般に
  酸化体+電子□還元体
の形の式で書かれる。この形の式を半反応式という。酸化還元反応式は、二つの半反応式を組み合わせた形になるが、水素イオン、水酸化物イオン、水などがこれに加わる場合もよくみられる。たとえば過マンガン酸イオンと鉄(II)イオンとの酸化還元反応は→図Bのように書かれる。

〔酸化剤と還元剤〕電子を受け取って還元体になりやすい酸化体を酸化剤、電子を放出して酸化体になりやすい還元体を還元剤というが、それらは絶対的に定まるのではなく、互いの組合せによって相対的に定まる。たとえば、過酸化水素は過マンガン酸イオンに対しては還元剤として、ヨウ化物イオンに対しては酸化剤として作用する。
  5H2O2+2MnO4−+6H+
   □5O2+2Mn2++8H2O
  H2O2+2I−+2H+□I2+2H2O
 酸化剤あるいは還元剤の相対的強さは、それぞれの半反応における酸化還元電位の相対的差によって定まる。また、原子・分子・イオンなどにおける電子の出入りはそれらの酸化数に変化を生じ、酸化数が増大することを酸化、減少することを還元と定義することもできる。→還元剤 →酸化還元電位 →酸化剤 →酸化数
〔酸化還元反応の例〕酸化還元反応の例は多く、呼吸、燃焼、爆発などは、酸素が関与するものの典型例である。電池反応の多くは、自動的に進行する酸化還元反応を利用して、その反応による自由エネルギーの変化を電流として外部に取り出すものであり、電気分解反応では逆に電流を加えて自動的に進行する酸化還元反応を逆行させている。大気汚染公害で俗にオキシダントとよばれている物質は、窒素や硫黄(いおう)の酸化物(酸化体)あるいはそれによって生じた別の酸化体である。〈岩本 振武〉
【本】守永健一著『酸化と還元』(1972・裳華房) ▽曽根興三著『酸化と還元』(1978・培風館)

   
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利根川(2)

・川は市民のもの

写真1,2は、夏に撮ったみなかみ町の利根川の風景です。通常時は、矢木沢ダムや奈良俣ダムからの放流がコントロールされ利根川の水量は安定し、市民が安心して楽しんでいます。

この水も、下流で農業用水や水道用水の一部として取水されています。
水遊び
 写真1:川遊び(群馬県みなかみ町)

ラフテイング
 写真2:ラフティング(群馬県みなかみ町)


・ダムからの放流

コンクリートのダムについては、賛否両論、様々な意見がなされていますが、ここでは議論を避けることにします。

ダムの主な目的は、洪水調節、渇水対策、河川の機能維持等となっています。利根川水系のダムの場合、ダムからの放流は、出水時はダム毎のルールに従い、灌漑期や渇水時は、利根川上流ダム群全体の貯水状況等が考慮され、必要水量を河川に補給し、貴重な水資源が無駄に放流されるようなことがないように管理されています。

現在(平成22年10月5日 0時)の首都圏の水瓶である利根川上流8ダムの貯水状況を見てみましょう。


表1を見ると、河川への補給や貯水がダム毎に異なっていることが読み取れます、貯水率は62%と少なく見えますが、夏期制限容量で見れば、84%に相当します。夏期制限容量とは、7月1日から9月30日までの3ヶ月は台風等の出水に備え、各ダムの貯水水位に余裕を持たせた容量です。


・渇水

渇水と云えば、ある程度年配の人は、「東京砂漠」を思い出すでしょう、昭和39年東京渇水(東京オリンピック渇水)とも云われ、これ以降、利根川上流の水源開発(ダム建設や農業用水の合理化等)が盛んに行われ、現在も八ツ場ダム(?)など進行中です。

 図1:利根川上流8ダム貯水容量(平成22年10月5日0時)(利根川上流河川事務所HPより)


利根川上流ダム群の貯水状況は、利根川上流河川事務所のホームページで毎日更新され、公表されています。

図1は、利根川上流8ダム貯水容量です、毎年6月の下降線は、7月1日の夏期制限容量へ向けた計画的放流の所以です。渇水になるかどうかは、7〜8月の水源地の降水量に係っています。

近年の大渇水は、平成6年、平成8年に発生しました。図1のみどり色、ピンク色の線に見られるように、利根川上流8ダムの貯水量が8月に1億を下回り、段階的に利根川からの取水制限が実施されました。

近年、渇水は発生していませんが、台風の発生状況の変化や、集中豪雨の発生など、過去には見られなかった異常気象が懸念されます。

また、河川の水量が減少すると、水質も悪化し、浄水場の水処理も難しくなります、河川環境の更なる改善を期待するばかりです。





by:m.nakao

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羊羹みたいな地層 (2) no.285

 どうしても、この目でじかに見たい!!
 2010.06.07(月)、やはり現場に近づけないので、裏の方から回ってみました。
 
 地層の境目、そして、両側の切れ目はどうなっているのか・・・。
 まずは全景です。

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 上から見た地層層序です。
 羊羹の部分がよく分かります・・・。

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 さて、地層境界をアップで見るとよく分かりますが、地層の色調がまったく違います。
 そして、地層が整合(*1)か、不整合(*2)か・・・よく分かりません。
 単純に整合とは見えませんが・・・100年単位だと不整合?、100万年単位ではザックリと整合に見てもおかしくないようです。

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 そして、一番見たかったのは、両側の切れ目がどのようになっているかです。
 人工的な切れ目であれば、千葉県の自然誌が正解です・・・。
 次の二枚がその回答です。

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 明確な人工的切り口のようには見えません。
 また、人為的な地層改変であれば、洪積時代(*3)に進歩した人類が住んでいたことになります。
 下総の国には縄文人、弥生人のはるか昔に高等な人類がいたのか・・・これも不思議です。
 
 
 羊羹地層の両サイド、この切り口が人為的でないとすれば、なぜ、このように見事な羊羹地層が出来たのでしょうか。
 これは、まったく不可思議、色調だけの仕業か、土質がまったく違うのか、これも???であります。
 
 この項最後に一枚、堆積の層境をアップで見ると、どうも不整合のようです。

016



 しかし、この層界から湧水があるようにも見えません。浸みだした水は、もっと上から流れてきています。
 結局、長い洪積時代を考えれば(100万年の単位で・・)、当然、整合といっても良さそうです。
 
 これまでの写真では、まったく解決にはなっていないようです。
 ただ、「自然起因の羊羹地層である」ことだけは分かります。
 
 さらに次回へ・・・。
 
 
 (*1)
 整合 せいごう       <大百科全書>
→不整合
ある地層の上に別の地層が、大きな時間間隙(かんげき)に引き続いて堆積(たいせき)した状態をいう。この場合、下位の地層と上位の地層とは層理面が平行であることが多く、上位の地層が堆積する前に下位の地層が傾斜・褶曲(しゆうきよく)したり、侵食を受けたりすることはない。しかし、斜交成層のように、上下の地層が斜交していても整合と扱われる場合もある。また、普通に整合とよばれる場合でも、どの層準も一定の速度で堆積するわけではなく、急激に堆積したあと長い期間無堆積であることがある。たとえば乱泥流堆積物の場合は、乱泥流によってもたらされた砕屑(さいせつ)物が短期間に堆積し、次の乱泥流が生じるまで長期間無堆積の状態が続く。
 整合一連の地層でも、一部に短い無堆積の期間や、軽微な侵食がみられることがある。このような堆積間隙はダイアステムとよばれ、不整合には含まれない。→不整合〈村田明広〉

 
 (*2)
 不整合 ふせいごう       <大百科全書>
→整合 →地層
二つの地層が侵食面を挟んで上下に重なる関係を不整合といい、その侵食面を不整合面という。侵食面がない関係が整合である。ただし、河床堆積(たいせき)物内部や乱泥流砂岩層基底の小侵食面のように、上下層の堆積の仕方と比べて侵食期が非常に短いときには不整合とはいわない。不整合面の上と下との地層の走向傾斜が等しいものが平行不整合、異なるものが傾斜不整合である。塊状火成岩体を覆って地層が堆積しているときも、その基底は不整合あるいは傾斜不整合とよばれる。上位層の基底部は、しばしば下位層と岩質を異にし、不整合面において下位層の層理を切って堆積している。それによって不整合面をみいだすことができる。基底層は礫(れき)岩や砂岩からなることが多く、基底礫岩、基底砂岩とよばれる。しかし、泥岩堆積区で海底侵食がおこった場合には、上下層とも無層理の泥岩であって、浮遊性有孔虫などの化石帯欠如によってその存在が初めて明らかになる不整合もある。不整合の侵食面は海底でできることもあるが、普通は陸上侵食でできる。
 上下に重なる海成層の中ほどに、陸上での侵食によってできた不整合は、海域が陸域に変わったとき、すなわち海退期にできたものである。海退現象は汎(はん)世界的海面低下、大陸的また地域的地殻変動によっておこる。平行不整合は、地殻変動による海退に起因する場合でも、その区域に地盤の傾きはできなかったことを示す。一方、傾斜不整合は、地塊の傾動または褶曲(しゆうきよく)による地盤の傾きができたことを示す。かつて傾斜不整合は、上下層の傾斜の差がいかに小さくても、短期間の造山運動によって生じたと考えられ、地史のうえでの重要事件とされた。造山運動は地殻が圧縮されておこり、その圧縮によって地層が褶曲すると同時に海域が上昇して陸域となる、すなわち海退がおこると考えられたからである。また、不整合形成期は短期間であるはずであると想像されたからである。しかし、上下層の堆積期全体を通じての継続的な地殻変動期中におこった、大陸的広域の海退に伴ってできた傾斜不整合もあり、侵食期が予想されたよりもはるかに長期であった例もある。また、局所的傾斜不整合が多い。傾斜不整合が地殻変動に対してもつ意味は、それの分布や上下層の層序と時代についての詳細な研究をまって初めて明らかになる。二つの地層の地質構造の形成のされ方に差があるかないかによって、構造的不整合、構造的整合という。平行不整合は普通、構造的整合である。→整合 →地層〈木村敏雄〉
 
 (*3)
 洪積世 こうせきせい         <大百科全書>
→更新世

 更新世 こうしんせい        <大百科全書>
→完新世
地質時代の区分の一つ。新生代第四紀は更新世(洪積時代)と完新世(沖積時代)に二分される。最新世ともいう。更新世は約170万年前から1万年前までの時代で、第四紀の大部分を占める。完新世を認めない立場もある。イギリスの地質学者ライエルは1839年に、軟体動物化石群に現生種が90%以上含まれる地層を更新統と命名した。更新統の堆積(たいせき)した期間が更新世である。日本では洪積世も更新世と同じ意味で使われることがあるが、洪積層は洪水による堆積物を意味し、元来、北欧一帯の氷河堆積物をこうよんだことに発しており、現在洪積世の呼称は国際的には使用されていない。
 更新世の下限について従来多くの意見があり、混乱がみられた。1948年、万国地質学会議で、更新統の基底をイタリアのカラブリアン(海成層)とビラフランキアン(陸成層)の下限とするという勧告がなされ、これを基準に更新世が定義されるようになった。最近では、東アフリカのオルドバイ地域で、ビラフランキアン動物群を含む、地層の下部に確認された地磁気層序のオルドバイ正磁極亜期を手掛りに、更新世の下限を決めるようになった。古くは更新世全体が氷河時代であったとされてきたが、この定義によって、その前半に気候変動の少ない温暖な時期が含まれることとなった。
 更新世後半の約100万年は、気候の寒冷化、とくに氷期、間氷期の繰り返しによって特徴づけられる。海陸分布は現在とほぼ変わらないが、氷期には大量の水が氷河として陸上に固定されたため、海面の低下がおこった。生物群は現生種との共通性が高いが、更新世末期に栄えたマンモスなどの陸生動物には更新世の終わりまでに絶滅しているものも少なくない。氷期、間氷期、あるいは海進海退に伴って生物は分布を変え、広域の移動が行われた。人類の起源は更新世初頭と思われてきたが、最近ではもっと古くまでさかのぼりそうである。いずれにしても更新世は人類の進化の時代である。現生人類は更新世末に出現し、次の完新世に入るとともに大発展した。更新世の堆積物は一般に氷河成砂礫(されき)層や段丘堆積物が多いが、日本では、房総半島や日本海海岸に厚い海成堆積物がある。→完新世〈矢島道子〉

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