土木の風景

from civil engineers 築土構木、土木技術は社会生活の基盤をささえています。

2016年11月

ヤンゴン(ミャンマー)上下水道の風景(その2)no.458

ヤンゴン(ミャンマー)上下水道の風景(その2)

***ヤンゴン市の下水道の状況

ヤンゴンの下水道は、イギリス植民地時代のシステムが現在も使用されています。メインコンプレッサーステーション2か所、縦横に張り巡らした下水道管の要所34箇所にエジェクターステーションがあり、唯一の下水処理場に送られています。空気による圧送方式です。

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[ 写真―17 メインコンプレッサーステーション ]


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[ 写真―18 メインコンプレッサー ]

コンプレッサーステーションには、1888年建設の名板あります、日本であれば産業遺産指定間違いありません。苦労してメンテナンスしているようです。

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[ 写真―19 メインコンプレッサーステーション建屋の名板(1888年) ]


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[ 写真―20 エジェクターステーション ]


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[ 図―2 下水圧送システム図 出典YCDC ]



***ヤンゴン市内の観光名所

現在一番の観光名所は、アウンサンスーチーさんが軟禁されていた自宅前だそうです。軍事政権時、自宅前まで一切の外国人の立ち入りは禁止されていたそうですが、現在は、道路から写真撮影も可能です。

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[ 写真―21 アウンサンスーチーさんの自宅前 ]


仏教の総本山シュエダゴォン・パゴダは、約100mの金箔の寺院です。チャット・ジー・パゴダは、約70mの寝仏です。ボージョー・アウンサン・マーッケットは、衣類や土産物の市場です。男性用の腰巻(ロンジー)も沢山売っていました。

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[ 写真―22 シュエダゴォン・パゴダ ]


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[ 写真―23 チャット・ジー・パゴダ ]


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[ 写真―24 ボージョー・アウンサン・マーケット ]


***おわりに

街中では、民主化を歓迎し期待する市民の喜びを感じることが出来ました。数年前には写真を掲示しただけで逮捕されたと云ううことですが、カレンダーが自由に売られています。

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[ 写真―25 カレンダー売り ]



日本は途上国支援としてODAや技術支援を継続的行っており、国民の親日に貢献しています。国連やASEN等の国際的な場でミャンマーが日本側に賛同の立場をとれば、国益につながりますが、東南アジアにはJICA等の支援を受けながら、中国寄りの国がいくつかあります。
今後どうなるか不明ですが、ミャンマーの国民生活、公衆衛生、交通インフラ等の民主的な向上のため、JICA等が日本方式を押し付けるのではなくミャンマーの文化を尊重し、支援を継続していくことを望みたいと思います。(完)
   (Nov.2016  水道特派員  M.N)

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ヤンゴン(ミャンマー)上下水道の風景(その1)no.457

ヤンゴン(ミャンマー)上下水道の風景(その1)

***ミャンマーの概要

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[ 図―1 ミャンマーの地図 google map より ]


ミャンマーは、図―1のようにバングラデッシュ、中国、ラオス、タイと国境を接しています。
歴史的には、11世紀に仏教国としてバガン王朝が栄え現在のミャンマーの基礎が築かれたとされています。19世紀にはイギリスが侵攻しイギリス領インドに併合されました。1941年頃から日本軍が侵攻しましたが、1944年には抗日運動が起き再びイギリス領となりました。
第二次世界大戦終結後独立しますが、1947年アウンサン将軍が暗殺されるなど、社会主義政策、民主化運動、軍事政権のせめぎあいが続きました。また、1986年当時の軍事政権は、国名をビルマからミャンマーに変更しました。

1990年アウンサンスーチーさん率いるNLD(国民民主連盟)が総選挙で圧勝しますが、アウンサンスーチーさんの自宅軟禁が2010年に解かれ、やっと民主国家への歩みを始めました。
尚、2006年に首都がヤンゴンからネーピードーに遷都していますが、現在もミャンマーの主要都市はヤンゴンとなっています。
ミャンマーの人口は、5000万人強でその約1割の500万人がヤンゴンに住んでいます。


***ヤンゴンの市街地の風景

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[ 写真―1 早朝の托鉢風景(ヤンゴン中央駅前) ]


ミャンマーは、敬虔な仏教徒の国で、男子も女子も出家することが義務付けられています。
上の写真1は、早朝のヤンゴン中央駅前を托鉢で廻る「はだしの少女」たちです。

次の写真2、3、4は、朝市の風景です、朝市が路地路地で開かれています、肉、魚、野菜、花、果物等あらゆるものが売られており、市民の生活をうかがうことが出来ます。

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[ 写真―2 朝市の風景 ]


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 [ 写真―3 朝市の風景



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[ 写真―4 朝市の風景 ]

 

ミャンマーの女性たちは、ほほに「タナカーという木」を石の台で擦ったトノコのような物を自然派コスメとして塗っています。下の写真5も朝市の写真です。

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[ 写真―5 朝市の風景 ]


***ヤンゴン市内はバイク、自転車禁止です

次の写真6は、JICAヤンゴンが入居しているサクラタワーから撮った写真です。ヤンゴン市内は、バイク、自転車が禁止されているそうです、理由は(噂ですが)、軍事政権時、政府高官が路上でバイクの集団に取り囲まれ怖い思いをしたため禁止にしたそうです。

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[ 写真―6 サクラタワーからの風景(ヤンゴン中心部) ]


リヤカーは大丈夫です、写真7は、水売りの風景です。尚、市内を走っている車のほとんどは日本車です、20年以上前の日本の古い「・・交通」とか書かれたバスが後ろのエンジン部分を開けっ放しで走っています。

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[ 写真―7 リアカーを押す水売り(ヤンゴン中心部) ]


***ミャンマーの人たちは親日です

戦時中はともかく、現在は親日に感じました、JICAミャンマー事務所の話では、軍事政権時から日本はインフラ等の技術支援を行ってきており、非常に信頼されているとのことでした。

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[ 写真―8 JICA事務所 ]



現在は、国民の生活向上、人材育成、制度整備、経済成長支援を目的として、鉄道、上下水、灌漑等のODA(政府開発援助)や技術支援を行ってます、中国も活動しているようですが内容が公表されていないため実態は不明とのことでした。


***ヤンゴン市の水道の状況

今回視察の目的である上水道状況は、ヤンゴンで稼働している浄水場が1か所、建設中のものが1か所あります、その各々にJICAの技術支援やODAの援助が入っています。

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[ 写真―9 ニャウナピン浄水場(唯一の稼働中の浄水場) ]


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[ 写真―10 ニャウナピン浄水場の水質監視 ]


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[ 写真―11 ラグンピン浄水場 (建設中 ODA案件) ]


現在は、上流の貯水池の水がそのまま送水されている状況であり、浄水場で水処理された水が送水されているのは一部の地域のみとなっています。日本のように飲める水が各家庭に給水されていません。

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[ 写真―12 ローガ貯水池 ]


レストランなどはボトル水を利用しています、街中や寺院等人が多く集まる場所には水飲場が設置されており、無料で市民が利用することが出来ます。

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[ 写真―13 店先のボトル水 ]


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[ 写真―14 街中の浄水器が付いた水飲場 ]


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[ 写真―15 寺院(シュエダゴォン・パゴダ)の浄水器が付いた水飲場 ]


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[ 写真―16 寺院(チャット・ジー・パゴダ)の浄水器が付いた水飲場 ] 

 

次回は下水道の状況他をアップします。

   (Nov.2016  水道特派員  M.N)

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