《泥炭》
泥炭という語は、もともと地質学用語で、石炭生成の第1階程にある植物遺体をさします。
これは湿潤、低温あるいは乾燥などの環境条件のため、枯死した植物の生化学的分解が、十分に行われないまま生成した有機質土です。
したがって、泥炭の土塊には一般に肉眼で容易に識別できるような植物繊維が含まれています。
わが国の泥炭は、いわゆる沼野泥炭であって、洪水による土砂の混入や、火山活動による降灰などの作用を受け、無機物を相当量含んでいます。
よって、工学上、有機物含有量20%以上を泥炭の一応の目安とすることが多いようです。
泥炭に無機物が混入したために、有機物が完全に分解し黒色のペースト状を呈する有機質土に黒泥と呼ばれるものがあります。
泥炭と黒泥の性質は、成因からわかるように類似しているところも多く、工学上この両者を厳密に区別して取り扱うことは困難です。
したがって、ここでは広義に黒泥も含めて工学上の泥炭と呼ぶことにします。
泥炭は、比較的まとまった広い地域に厚く堆積し、せん断強さが小さく圧縮性の大きな軟弱地盤を構成しています。泥炭の堆積した地盤を泥炭地盤といいます。
泥炭地盤に盛土を行なうと、はなはだしいときは、一夜のうちに盛った高さだけ沈下してしまい、翌日はもとの平坦地にもどっていることも珍しくありません。
また、溝を掘削すると底面のふくれ上がりや側壁の押し出しによって、つぶれてしまう現象もよく見られます。
戦前は、このようなことから、北海道では泥炭地盤の土工現場を「お化け帳場」と呼んで、なるべく避けて通るようにしていました。
開拓当時の鉄道が平野部の泥炭地盤を避けて、山麓沿いに敷設されたのもその一つの例です。
わが国の泥炭地の多くは、湖沼がその周辺に生育した植物の遺体によって埋められ、陸化してできたものです。
そのすべては地質学的に第四紀の沖積層に属しています。
泥炭地は模式的につぎのような発展過程をたどります。
いまここに、周辺の比較的浅い沼があると、水辺にはヨシ、ガマ、スゲなどの植物が繁茂します。
夏期に生育したこれらの植物は秋には枯死凋落して水中に沈積し、泥水中の土砂も混じって水深を減じて行くことになります。
このように周囲の浅いところから順次陸化していき、ついに全湖沼が植物遺体で埋めつくされるようになります。
このようにしてできたのが低位泥炭といわれているものであります。
ヨシ、スゲなどの遺体が堆積して地盤が高くなると、次第に湿潤でなくなり、植生は変化してヤチハンノキ、ヤナギなどの小かん木などもまじえるようになります。
そして、これらの枝葉も漸次堆積していくことによって下からの水分の供給が次第に困難になると、植生の主体はワタスゲ、ヌマガヤに変わります。
またヤマドリゼンマイ、ヤチヤナギなどもまじえます。
この時期にできた泥炭を中間泥炭といいます。
このような中間泥炭形成の時期を経過することによって、河川氾濫の影響がなくなると鉱物質養分の不足を来たし、また下方からの水分の供給はさらに不十分となり、雨水のみにたよることになります。
このような状態でもよく生育するのはミズゴケ類が主であり、それにツルコケモモ、ホロムイスゲなどをまじえることになります。
これらのものは水を求めて泥炭地の周囲に向かって繁茂していき、全泥炭地を覆うことになり、また雨水によって生長をつづけるので、その表面は従来の水面よりはるかに高くなります。
このようにして形成されたものが高位泥炭といわれているものであります。
このような泥炭地盤生成の場となる湖沼としては、砂丘の発達などのために生じた海岸沼沢地、河川の自然堤防の後背湿地や蛇行跡、沖積平野に存在する沼地などがあげられます。
また、火山作用によって谷がせきとめられたり、陥没などによって生じた湖などもあります。
山腹の傾斜部などでも、わき水のあるところが湿地化し、泥炭地が生成発達することがあります。
下層が不透水層のところに多く、小面積です。
わが国の泥炭地盤は、泥炭層の下に粘土層が厚く堆積し、その境界には薄いヘドロ層を挟んでいることが多いです。
また泥炭層の下が、シルトや砂のこともあります。
泥炭層は、粘土やシルトの層を挟むことがあります。
図4.4 日本の泥炭地の分布
(出展:土質試験の方法と解説-731頁より)
わが国での泥炭地の分布は、図4.4に示すように大部分が北海道にありますが、小面積ながら東北地方から九州までにわたって散在しています。
関東・東海地方では、おぼれ谷のようなところに発達した小面積のものが多いですが、海岸沼沢地には比較的面積の大きなものも見られることがあります。
一般的には土砂の混入が多く、分解が進んでいます。
東北・北陸地方では、やや大面積となります。
北海道の泥炭地の主なものは、石狩川、釧路川および天塩川の下流部に広く分布しています。
(出展:土質試験の方法と解説-第8編より)
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