「さるだじんじゃ」と読みます。
 銚子市猿田町にあり、由緒ある神社です。
 
 小高い丘の上に鬱そうとした天然樹林があり、その中に建立されています。
 巨木が林立する境内の森は千葉県指定の天然記念物です。

猿田神社


神社


猿田



 さて、今回の主役は参道の階段途中にある橋です。

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 その橋の下を、なんと電車が通過して行きます。JR総武本線のようです、なぜ、こういう形になっているのか・・・調べてみました。
 
 神社は高いところにありますから、階段は分かりますが、明らかに線路を跨ぐことを目的として築造されています。水路を渡るのにこれほど高くする必要はありませんから・・・。

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 そこで、横に回ってみました。
 JR総武本線から、参道を見ると、橋がはっきり分かります。それも、年代物です。
 赤い煉瓦造りが懐かしい・・・明治の建造物でしょうか。

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 そして、はっきりしていることは、鉄道があとから来た、という事実でしょう。

地図


地形図



 上の地形図を見ると、谷沿いに通過する鉄道路線が集落を避け、猿田神社の参道を切る形を選択したことが分かります。
 
 ウィキペディアの記事から抜粋すると、
 【 参道に先神橋というJR総武本線をまたぐ橋がある。これは、1897年(明治30年)総武鉄道が銚子まで開通したときに参道を分断してしまうことになったため鉄道会社により造られたものである。】
 と、あります。
 
 それにしても、113年前の構造物です。上部工(新しい)はともかくとして、しっかりした橋台を見てください。丁寧な良い仕事をしていることが分かります。
 
 この時代の土木は骨太ですね〜、いかがでしょうか・・・。

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 ウィキパディア記事
 由緒 [編集]
社伝によれば、垂仁天皇25年(BC5年)11月25日の創建とされ、神功皇后の御世に生田神社の摂社になったという。康平年間(1058年〜1065年)には源頼義が神田を寄進し、鎌倉時代以降も武家の信仰が篤く源頼朝も寄進したと伝えられ、足利晴氏は金印を奉納をし当時のものという印が現存する。

永禄9年(1566年)海上氏と安房正木氏との合戦で社殿を焼失、元亀年間に再建するも天正元年(1573年)にふたたび焼失、翌天正2年(1574年)に再建し、現本殿は延宝8年(1680年)に改築されたものである。なお、天正19年(1591年)には徳川家康も朱印地30石を寄進した。

庚申の年(60年ごと)に式年大祭神幸祭がある。

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