報告が遅くなってしまいました。
 今回の被災地報告は九十九里地区の一回目です。
 
 九十九里海岸は北へ行くほど被害が大きくなっています。
 特に、河川部は津波の進入を容易にすることから、河川部だけではなく周辺にも大きな被害をもたらしています。
 
 まずは、位置関係から・・・。

九十九里


かわ


 
 南の方から紹介します。
 作田川と片貝漁港は施設そのものへの被害は微少でした。
 しかし、漁船の転覆や浚渫工事中の運搬船が上流へ大きく流されて大きな被害をだしています。

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 浚渫土運搬船は引き船の回航到着が遅れ、津波に巻き込まれたものです。毎年定期的に片貝漁港の浚渫を行っているとのことでした(銚子漁港事務所)。
 ガス管橋の橋脚を一本とばしてしまい、管路を切断しています。

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 運搬船はすでに解体撤去されています。
 
 
 次は木戸川ですが、こちらは河川堤防の破壊が大きく、内陸部への津波進入が顕著です。2km以上内陸の水田がやられていました。
 木戸川堤防と周辺の現状は以下の通りです。

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 そして、木戸川と栗山川に挟まれる蓮沼地区も大きな被災をしています。津波に抵抗する地形状況になかったことが被害を大きくしています。

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 この項の最後は栗山川河口の屋形漁港です。
 小さな防潮堤もなすすべなし・・・簡単にやられています。
 まずは全景から・・・船が見あたりません・・・。

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 そして、漁港裏の住宅には津波高さの痕跡が残っています。奥のお宅では玄関までの床下浸水で助かった・・・とおじさんが語っておられました。もう少し盛り土をしておけばよかった・・・と(高くしているお宅もありました)。

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 さて、防潮堤が倒壊しています。しかし、古い簡易なもので基礎部分も特に加工をされていないようです。昔の防潮堤にコンクリートを打ち増した、と言う構造です。
 これでは津波の圧力に負けてしまいます。ただ、この地区でこれほどの津波が来るとは誰も考えなかったかもしれません。

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 最後に一枚の写真をおまけです。
 2011.3.15に撮ったものですが、一宮町(九十九里海岸の南端地区)の海岸から1km内陸に立っている案内板です。

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 元禄時代を知る人は生きていませんが、こういう記憶はいつまでも生かして頂きたいものです。ただし、この高さがMAXというわけではないので念のため・・・大昔は「想定外」の高さもあったことでしょうから。
 
 自然災害を力で押さえようという考え方では人間に勝ち目はありません。まずは逃げること、そのための手法を考えたいものです。
 
 
 なおまたおまけ。
 東京湾内も水位が随分あがったようです。木更津港のボート係留地区です。

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