土木の風景

from civil engineers 築土構木、土木技術は社会生活の基盤をささえています。

土木の風景-2

地覆 銚子大橋見学会(5)no.200

 最後におまけではないのですが、橋梁は仕上げが残っています。地覆と舗装、そしてガードレール、照明、表示板などです。
 
 コンクリートを打ってしまうと加工が大変ですから、埋め込むものは先に埋め込む、それが常道です。仕上がる前の写真をエントリーして、銚子大橋見学会の最終稿とします。

054

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

065

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

071

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

073

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

095

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

056

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、銚子大橋関連の記事は、
 no.99  no.130  no.149  no.190  no.191  no.195  no.199.

 があります。   <土木の風景TOPへ>

橋脚 銚子大橋見学会(4) no.199

 銚子大橋の架け替え工事は斜張橋本体は完成し、接続の取り付け橋梁の工事が急ピッチで進んでいます。銚子側の橋脚工事を整理して見ました。
 
 なお、斜張橋本体は3月の供用を目前としています。
 橋脚と桁の写真紹介です。

橋脚

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

橋脚と桁

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桁

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桁2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

配筋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

配筋2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後は、すべて完成した後取り壊される予定の人間用専用階段です。妙に曲線的な姿が印象的です。現在も現役です。   <土木の風景TOPへ>

歩道

可動式取水塔 no.198

110

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奥地に造られた、ため池・・・ここは鴨川の山の中です。
 ここのさらに上流(源流)には、水道用水の取水施設もありパイプラインで延々と導水しています。
 
 2008.10.30の時点では、底樋(ソコヒ)を開けて水を落としています。まずは、その風景から・・。かなりの堆砂量であることが分かります。護岸をしているわけではなく、崩壊カ所も見られます。

033

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

061

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

058

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次は、ため池の重要構造物紹介です。
 最重要構造物はアースフィルの堤体そのものです。上から、そして下から見てみました(古い写真もあります)。

109

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

038

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さらに、ため池の水を底まですべて排水する底樋です。落水の時は、徐々に下げて水位がゲートに達してから水門を開放します。コイやフナを放流しているため池では収容作業が必要です(部落総出の楽しみというわけです・・・)。

071-2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 徐々に水位を下げる為の斜樋(シャヒ)がこれです。取水栓(シュスイセン)という直径10cmの孔が一定間隔で設置されており、鎖を引いて上から順々にこじ開けます(かなり力が必要です)。原始的ですが、ため池で多く採用される安全安価な取水・排水設備と言えます。

071

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後が今日の主役、取水塔(シュスイトウ)です。

018

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

070

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、この塔はなぜこのような形状になっているのでしょうか。農業関係の人にはすぐに分かりそうです。円盤のような取水工が水位に連動して上下し、円盤のところで水を取り込みます。
 
 と言うことは、常に表流水を取水するわけで、ため池の水温と関係します。深い底部は水温が低く、その農業用水では稲に良くないのです。稲の生育に適した高温の用水が必要です。
 
 わざわざ高いお金を掛けて・・・というなかれ、これがまた効果があるのです。先ほど見た斜樋の取水栓は力持ちでないと開けられません。時には水につかって開栓作業をすることもあります。流木が引っかかることもあります。大むかしは、亡くなった人もいたと聞きます。
 
 そうした危険要素をなくし、自動的に適正温度の農業用水を得られるわけで、農家にとってはありがたい可動式取水塔ということになります。このため池は流域面積が広く、用水量多く、灌漑面積も広いので先進的に採用されたようです。
 
 ダムなど規模が大きくなれば、手動という操作をしない形式になります。しかし、全国にある多くのため池(21万カ所以上)が小規模で、このような可動式取水塔を設置できません。
 
 経済性も、土地改良区(農家の地域団体)にとっては重要な問題ですから・・・。

        <土木の風景TOPへ>

地すべり集水井 no.197

 今月、林業のある事務所で地すべりの研修会が開催されました。
 技術発表会、検討会、厳しい質疑応答の後、イザ現場へ・・・。
 
 ところが、日の暮れるのが一番早い昨今ですから、現場の見学会は短い時間と相成りました。でも、こういう技術研修は現場がなければつまらないものです。

つるべ落とし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間が短くとも、おもしろい人間にはとてもおもしろい研修会なのです。


 集水井の設置状況と内部を覗いた程度ですが、横穴ボーリングの集水孔口が並んでいるのがよく見えます。大きな音をさせながら、かなり水が集まっているようで、効果がありそうに見えたものです。
 
 地すべりは地下水が一番の悪さをしますから、その水を早期に抜いてしまおう・・・というのがこの集水井の目的です。設置場所を決めるのは、技術者の解析と総合判断、そして経験・・簡単ではありませんが「楽しみ」の一つであろうと思います。

集水井集水井内部

<拡大できます>

<土木の風景TOPへ>

 

 

 

集水井2

男のロマン no.196

 土木には男のロマンがあります。
 そのロマンを「古くさい!」といわれると心外です。
 
 しかし今、ロマンを感ずる場がなくなりつつあります。世の中が、ギスギスとして細かいルールや基準が横行し、土木の本質がどんどん失われています。
 
 「そんなこと、どうでも良いではないか!!」
 「土木屋の魂はどこへ行ったのか!」、
 「ロマンはどこへ!」
 ・・・団塊の世代以上の男達が慨嘆しています。
 
 だが、「ロマンを語れた世代はシアワセであって、現実を見て欲しい!!」・・これが若い技術者達の言い分かも知れません。会計検査で、現場を見ない検査官も出てきているというこのご時世に「何がロマンだ!」といいたくなるのも理解できるわけです。
 
 ロマンを感ずる仕事が無くなっているのか、社会基盤整備がほぼ整えば、あとは維持管理・補修の世界なのです。
 
 しかし、造ることだけがロマンではありません。社会基盤を支えると言うことも十分にロマンのある仕事なのであり、かっこよい仕事だけがロマンではないのです。ものの感じ方、受け止め方、つまりは個人の内奥にこそロマンはあると考えます。
 
 世の中のアスリート達や成果を上げて目立つ人たちがたくさんおりますが、その結果だけを見て物事を語る傾向があります。その最右翼がメディアです。
 
 ですから、若い人たちが結果だけを重視し、早く成果を出そうとします。裏のどろどろとした努力や苦労をどれだけ見ていて知っているのだろうか・・・と思うことがあります。
 
 ロマンの陰に、どれほどの艱難辛苦、汗とくやし涙と地面をはいつくばるような思いがあるのか・・・、その事を腹の底で分かる必要があります。
 
 頭が良い人の増えている現代社会ですが、身体とおなかで理解する範囲が狭くなっていないでしょうか。能力優秀、高度な技術、高いIT技術・・・素晴らしいことです、
 が、これが怖い。
 社会(土木)は生きているのです。
 
 テクニックにおぼれると想像の世界は広がらず、限界は意外に早く来てしまいます。そして、奥行きも深くなりません。また、人間の幅も出来ず、もろくて挫折に弱い人間になってしまいます。
 
 むかしの職人さんの顔つきを見てください!!これこそ、ロマンそのものなのです。
 そういう顔つきの職人さんがほとんどいなくなりました。
 これが、現実の日本社会なのです。
 
 効率と収益だけを考えてきた昭和日本の「結果」です。
 
 今後、マニュアル世界から脱し、自分で考える習慣を推進したいものです。多少、間違っていても良いのです。細かいことより、本質的なことが合っていればよいのです。
 
 土木の言葉で言えば、「土木力」を回復したい冬の空・・・です。
 
 なお最後に、土木屋ではありませんが、
 「飛行機野郎のロマン」をご紹介します。是非、御一読ください。

    <土木の風景TOPへ>

伸縮装置 銚子大橋見学会(3)no.195

 今回の主役は伸縮装置です。

銚子大橋

<拡大できます>

 運転する方はお気づきでしょうが、普通、橋の端部、中央部などに金属製のような、またはゴムのような細い板状のものがあります。橋梁の規模によって、その装置はいろいろです。 運転しているとわずかな振動と音で分かるはずです。
 
 高級なものから普通のものまで、その種類は無数と致しましょう・・・。
 銚子大橋は一級の長大橋ですから、その伸縮装置もたくさん使われていると考えますが、さにあらず。橋長1,450mの両端に一カ所ずつの設置なのです。
 
 その代わり、橋の延び縮みにかかわる対応能力は並のものではないようです。若い橋梁技術者さん達が、現場説明の中で(電卓片手に)即答しておりました。詳しい数値は忘れてしまいましたが、50〜60cm位(?)は対応できるようなことを説明されていました。
 
 どのような装置で水平を保ち、重量・衝撃に耐えるのか・・・、疑問が湧きます。
 写真と現場説明ではチンプンカンプン、そこで、発注機関事務所のご担当氏に支障ない形の伸縮装置構造図をご提供頂きました。
 
 その名を、マウラージョイントと言うそうで、橋梁技術者には珍しくないものかも知れません。しかし、専門家でなければ説明が難しい高級装置です。
 
 まずは現場写真を見て頂き、その仕組みを簡略説明してみましょう。


 床版の一部がコンクリート未打設で、伸縮装置接続部が残っていました。

02

 

 

 

 

 

 

 

 

 

03

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伸縮装置の詳細は次の通りです。装置の裏側は最終的にコンクリート充填となります。

04

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

05

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

06

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

07

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ここからが装置の説明です。
 車の荷重はまず、ミドルビームに作用しその荷重をサポートビームで受けます。ミドルビームとサポートビームは溶接されており、一体で動きます。ミドルビームは橋の方向と直角、サポートビームは橋の方向と同じですが斜めになっています(写真)。
 
 サポートビームはボックスの中に格納されており、その中で荷重を鋼桁に分散させます。サポートビームはコントロールゴムやベアリングで固定され、激しい衝撃にも平気!というわけです。


 その辺を構造で示したのが次の写真┐鉢です。

08

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

09

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さすがに良くできている装置ですが、縁の下の力持ち・・・お値段も張ります。
 ワンセットで家が建ちそうだとか・・・笑い話なのかどうか、現場説明者はからからと笑っておりました。来年3月には本橋部分のみを供用開始する予定と聞いています。
 資料ご提供いただきましたご担当氏に厚く御礼を申し上げます。
 
 
 なお、伸縮装置の役割や解説を添付しました。(→鋼構造技術研究会
 【役割】
 伸縮装置とは橋梁の路面端部に設置されるもので、気温の変化による橋梁の伸縮、地震時および車両の通行にともなう橋梁の変形を吸収し、自動車や人が支障なく通行できるようにするものです。
 自動車が直接載るため騒音や振動の原因になる場合も多く、橋梁の規模、通行する車両の特性、周辺住民への配慮などを考慮して形式選定を行う必要があります。
 
 【性能】
 (1) 常時、温度変化時および地震時の橋の変形を吸収し、車両が支障なく走行できるよう路面の平坦性が確保できます。
  (2) 設置する道路の性格、橋の形式、橋の重要度、交通量に応じて適切な形式の選定が可能です。
  (3) 設計においては、活荷重、地震の影響、強度、排水性および水密性、騒音・振動、耐久性などを考慮できます。
 
  【種類】
  伸縮装置を構成する部材は主に鋼製、ゴム製が用いられています。伸縮量や取り替えの考え方などにより使い分けられています。
  ・ 鋼製形式 
  ・ ゴムジョイント形式
  ・ 特殊形式ジョイント(モジュラー式、他)
  ・ 埋設ジョイント

   <土木の風景TOPへ>

海岸浸食 no.194

 今日の主役は消波ブロック、テトラポッドです(参考記事がno.148にあります)。

テトラポッドテトラポッド2テトラポッド3

 

 

 

 さてここは、勝浦の浸食海岸で断崖が海に接しています。太平洋の荒波は、岩であろうが崖地であろうが削り取って行きます。有名なおせん転がしは広い海食台が出来ているのがよく分かります。干潮になると歩いて動けるほど・・・、平坦な面です。

勝浦海岸

勝浦海岸2すべて拡大できます

 ここ、勝浦の海岸も消波ブロックが連続する区間があります。よくよく見るとブロックの形状も丸みを帯び、小さめです。また、その幅も狭いように見えます。そのためか部分的には切れた場所も見られます。屏風ヶ浦よりも規模が小さいようです。

 さて、消波ブロックが延々と続いている海岸は、屏風ヶ浦が有名です。オーバーに言うと、断崖より消波ブロックが目立つほど幅広くボリュウム感があります。

屏風ヶ浦屏風ヶ浦2

 

 屏風ヶ浦と何が違うのか、考えてしまいます。太平洋の波が違うわけではないはずです。施行年度や計画機関が違うだけではなさそうです。
 
 そこで考えるのは、岩質の違いです。
 犬吠埼は硬い岩のため、荒々しい磯の風景ですが、何の対策もしていません。これは当然のようにも思えます。

犬吠犬吠2犬吠3

 

 

 

 さて、屏風ヶ浦と勝浦は何が違うのでしょうか。岩質を見てください。
 まず屏風ヶ浦です。

屏風ヶ浦3屏風ヶ浦4

 

 

 

 次は勝浦です。

勝浦勝浦2勝浦3

 

 

 

 

 相対比較の問題ですが、屏風ヶ浦の地層が軟らかそうです。また、屏風ヶ浦はこれだけ削られていながら海食台が出来ていません。勝浦は明瞭な海食台が形成されています。
 このことから、岩質が随分違うことを知り得ます・・勝浦の岩が硬いのです。
 
 最終的なまとめは次の通りです。
  ‖論儼狙時代 
  銚子犬吠・・中生代、
  屏風ヶ浦・・第四紀〜第三紀、
  勝浦・・第三紀
  (ちなみに、地質の古い順から、古生代、中生代、第三紀、第四紀となります)
 ◆ヽた台形成 銚子犬吠・・少し、屏風ヶ浦・・ナシ、勝浦・・明瞭
  海岸浸食速度 銚子犬吠・・非常に遅い、屏風ヶ浦・・速い、勝浦・・比較的遅い
 
 以上を地質図に見ると次の画のようになります。

地質図

 

 房総の海岸は、九十九里平野南端までは北へ行くほど地盤が軟らかくなり、海岸防護が必要です。

鴨川から南方面は大規模な防護を行っていません。

<土木の風景TOPへ>

 

 

河川用

 最後に小型のテトラポッド、これは夷隅川中流域で使われる河川護岸防護のブロックです。

大きさが半分くらいでしょうか・・・新品です。

  

 

水管橋 no.193

 ここは、夷隅郡大多喜町三又地区、夷隅川です。
 まず、これは何でしょうか?

水管橋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全体を見て頂くと理解できます。
 おもしろいことに、ピアの中央部で構造形式が違っています。スパンが違うからでしょうか。不安定ではないかと見ていると・・・、何となくよろしい雰囲気です(笑い)。

水管橋2水管橋3

<拡大できます>

 

 

 

水管橋4水管橋5

<拡大できます>

 

 

 

 この水管橋(φ900mm)は南房総導水路の一部で、ここから勝浦、鴨川、南房総、館山へと送水されています。水不足の南房総方面には重要な水源です。
 大元は、利根川にありますから、延々と管路がつながっているわけです。概略地図はこちらに・・・
 
 なお、すぐ隣の水管橋はIビーム合成の単純な姿をしています。中央部と端部に伸縮継ぎ手、端部に空気弁が一個。

水管橋6水管橋7

<拡大できます>

 

 

 

水管橋8水管橋9

<拡大できます>

 

 

 

 

 いすみ鉄道の橋脚、橋梁が風景にとけ込んでいるのと対照的に、水の象徴・空色(ブルー)が強い自己主張をしています(全線がこの色で統一されています)。それだけ重要な命の管路!!ですが、見方は分かれるかも知れません。過去の記事は意外に少なく、no.51だけです

   <土木の風景TOPへ>

上総国分寺・薬師堂 no.192

 上総国分寺遺跡は過去にエントリー(no.187)しています。
 現在現役の上総国分寺の薬師堂は美しいかやぶき屋根の建物です。
 
 古代の雰囲気を残し、味のある雰囲気を漂わせています。上総国分寺・国分尼寺の遺跡が有名ですが、薬師堂も一見の価値、大いにありです。
 
  〜慣福 ↓◆ヽ葺き屋根

上総国分寺上総国分寺2

<拡大できます>

 

 

  全景 、ぁ〜慣

上総国分寺3上総国分寺4

<拡大できます>

 

 

 ァ〔攸箸濔楮戞 ↓Α‐臆爾両楮

上総国分寺5上総国分寺6

<拡大できます>

 

 

 А〇殻隋 ↓─/硫ν

上総国分寺7上総国分寺8

<拡大できます>

 

<土木の風景TOPへ>

銚子大橋見学(2) ケーブル no.191

斜張橋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の主役は斜張橋のいのち、(新銚子大橋の顔といっても良い)「ケーブル」です。
 橋梁全体の景観を引き締めてくれる、直線放射状のラインこそが斜張橋の特徴です。
 まずは、景観として主塔とケーブルをアップです。

主塔主塔2

<拡大可能>

 

 

 そして、工事中のケーブル設置状況です。緊張はすでに完了し、床版、地幅、舗装など仕上げ前の工事が急ピッチで進行中。

ワイヤー全景

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワイヤー全景2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見学風景

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワイヤーは主塔に先端を固定し、桁へ向かって放射状に張られます。技術者の話では、主塔の方から引っ張るのが一般的だそうですが、今回は桁側からの緊張で苦労したとか。全体の緊張調整に実働3日というからプロのワザです。

ワイヤー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワイヤーカバー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ワイヤーそのものは超高強度の鋼線ですが、今回のケーブルは現場組み立て型ケーブル(セミプレファブケーブル)と言って、一本一本が独立したケーブルを使用。これが本橋の特徴ということです。個々に張力を調整できるのが利点になるとか。
 
 また、張力調整においては、ゆるめるということはなく、引っ張る方向で行われます。この留め金を見れば分かりそうです・・・ゆるめると、締め付けて傷ついた部分が露出することになります。

ケーブル部品

 

 

 

 

 

 

 

 

ワイヤー端部

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、これがケーブルのカバーです。また、小さいケーブルは一般に多用されているワイヤー(スパイラルロープ)の断面見本だそうです。

ワイヤーカバー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スパイラルロープ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後はケーブルの桁側取り付け部に妙なものが着いております。何かと聞けば、ケーブルの振動を抑える機器だそうです。その名を「ケーブル制振用高減衰ゴムダンパー」と言います。風、雨その他の影響でケーブルは振動し、支障が出るのだそうです。なお、その解析は難しいので省略・・・。

ケーブル制振用高減衰ゴムダンパー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケーブル端部

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 参考サイトをご紹介。
 橋梁ケーブル制振ダンパー 超高減衰ゴム 住友ゴム
 ケーブル制振用高減衰ゴムダンパー (株)横河ブリッジ
 斜張橋ケーブルプレストレスの実用計算法 〜相対剛度変化法〜 (株)横河ブリッジ
 東京製綱(株) ケーブルと実例
 橋梁付属物製品検索サービス 。     <土木の風景TOPへ>


 
 最後に、こぼれ話を一つ。
 新大橋の(株)横河ブリッジの橋梁技術者は、この銚子大橋に深い思い入れを持って臨んでいるそうです(現場で説明してくれた管理技術者さんです)。「幸せです」と言っておられるそうで、なんと、古い方の銚子大橋建設(清水建設)の時には父親が関係していたそうです。そして今、息子が新しい銚子大橋の建設に従事しているわけです。
 
 親子二代の銚子大橋建設従事は、浅からぬ因縁です。橋梁技術者冥利に尽きるような、うれしい話でした。

銚子大橋見学(1) no.190

                            <写真はすべて拡大できます>

銚子大橋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 建設コンサルタント業協会の技術者が集合して、銚子大橋掛け替え工事の見学会を実施しました、その(1)です。
 
 土木の風景では何度か取り上げているので、工事途中の取材写真を中心としたエントリーとします。やはり、現場内からの見学取材は迫力があります。

銚子大橋2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 斜張橋の基本形が完成し、床版その他の工事が急ピッチで進んでいます。旧橋はトラス橋区間が老朽化激しく、その部分の代替として斜張橋本体の早期暫定供用を目指しているそうです。

銚子大橋3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銚子大橋4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのための暫定接続部は仮設の橋梁部ですが、その部分を下から見た写真がこれです。
 仮設とはいいながら、ごつい構造物です。

銚子大橋5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銚子大橋6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、過去の記事は no.99  no.130  no.149  です。

     <土木の風景TOPへ>

新旧ポンプ 排水機場 no.189

 昭和49年(1959年)建設の旧機場は平成20年(2008年)8月をもって廃止が決まり、新機場が平成20年9月から運転を開始しました。旧機場は取り壊しです。

旧機場

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約49年間働き続けた旧機場のポンプ達です。
 写真の左側から、
 no.1 φ300mm 縦軸斜流ポンプ 11.0kw Q=10.68t/min
 no.2 φ500mm 横軸軸流ポンプ 22.0kw Q=28.68t/min
 no.3 φ100mm 縦軸渦巻きポンプ 2.2kw Q=1.5t/min

旧機場2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この3台で洪水時の排水を河川本流(南白亀川)に落としてきたわけです。
 
 最大のポンプが稼働するのは滅多にありません。しかし、いつでも動くようにするためには、普段のメンテナンスが重要な点検業務です。イザ鎌倉!(チョト古いですか?)の時、動いてもらわなければいけませんから・・・。
 
 
 さて、新機場は、こちらも3台体制です。ポンプ容量も1ランク、2ランク上げているようです。

 ちなみに、ポンプ仕様は次の通りです。 
 no.1 φ700mm 横軸軸流ポンプ Q=52.0t/min
 no.2 φ700mm 横軸軸流ポンプ Q=52.0t/min
 no.3 φ300mm 縦軸斜流ポンプ Q=11.0t/min

新機場

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

113

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

112

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

111

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ポンプはモーターを推力として回転運動で水をくみ上げるのですが、簡単に始動できません。われわれ素人考えだと、電源を入れれば排水が出来ると考えてしまいます。
 しかし、さにあらず。
 手押しの井戸ポンプをご存じの方がおられるとお分かりいただけるけれど、ポンプの心臓部に水が満たされていないと水をくみ上げられません。
 
 これと同じで、大型のポンプも空気だけでは吸い上げ切れないのです。また、そのまま回転しますと焼き付いてダウン、使い物になりません。
 
 そこで出てくるのが真空ポンプ、そして満水検知器です。また、水位計などの計器も重要です。ポンプが動き出す前に、こうした各種計器が作動して満水状態を感知し「モーター始動」の指令を発します。

旧機場3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのためには、複雑な制御システムが必要で、この写真を見てください。これは、旧機場のno.1、no.2を操作するポンプ制御盤の内部です。配線図などを見ると、われわれは目が回ってしまいます。

旧機場4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうしたシステムを地道に一つ一つ、また一本一本、設計していくわけですから、ポンプ関係の技術者は素晴らしい。むかしの電気技師、そんな職人を思い出しますが、現在はエンジニアと言うそうです。
 
 なお、ポンプの下にはコンクリートの大きな水槽があり、その中に管が差し込まれて水を吸い上げます。その水は、吐き出し水槽に持ち上げられ、そこから排水樋管を通り、河川堤防を越えて河川へ。ポンプが稼働する時は洪水時ですから、河川の水位が水槽の水位より高い状態です。
 
 模式的な簡略図を参考に添付します。
 絵の左側が機場で、河川の外側です。吐き出し水槽の右側は河川堤防から河川本流へとつながります。利根川や荒川、多摩川、どのような大河川においても規模が違うだけで、排水機場の基本構造は同じです。全国にある無数の排水機場が私達の生活を守ってくれているのです。

模式

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土木屋は縁の下の力持ちです。
 個人の名前も出さないし、目立つことを避けてじっくりしっかりと働いています。世の建設バッシングの中でも、黙々と社会基盤を支えています。派手なパフォーマンス流行りのこの世の中で、地に足を付けて踏ん張り、国民・市民のために安全、安心、便利な社会を造る役目をこなしています。
 
 荒川の排水機場が機能しなくなれば、東京の下町は水没します。都市住民はそんなことを知ってか知らずか、無関心です。
 と言うことは、われわれ土木屋の宣伝不足、努力不足、怠慢でもあります。本当に大事なこと、無くてはならないものに関して、しっかりとした主張をしていきたいものです。
 
 最後に、旧機場のポンプと新機場のポンプを比較してみて頂ければ分かりますが、むかしの方に味があります。人間味があるというのでしょうか、50年前の土木技術者と現在の土木技術者との比較にも似ているように思います。
 
 これは、社会そのもののありようにも通じ、細かいルールや取り決めが整備された分、人間が軽くなり、つまらない世の中になっているようです。これは、土木会だけではなく、また日本だけではない世界的な問題であると考えます。
 
 49年間働き続けてくれたポンプ達に感謝をしつつ、土木屋の独り言を終わります。

         <土木の風景TOPへ>

亀山ダム no.188

 千葉県で最初の多目的総合ダムです。
 洪水調節、都市用水の確保、流水の正常な機能の維持を目的として昭和55年に完成したものです。
 
 小櫃川上流部、JR久留里線の終点・上総亀山駅のすぐそばにあり、亀山湖として、観光、リゾート地として有名です。春、夏、秋とにぎわいます。釣りは一年中大丈夫のようです。 
<拡大できます>

亀山ダム亀山ダム2

亀山ダム3

 

 

 

 

 さて、ダム本体です。
 
 ダムの種類;重力式コンクリートダム
 高さ;34.5m 長さ;156m
 体積;81,000立方メートル
 放流施設;主放流設備・ホロージェットバルブφ1100
     ;クレソトラジアンゲート 8m×8m
 千葉県内にあっては、規模の大きなダムと言えます。
 貯水池諸元は管理事務所の記載と案内板でどうぞ。
<拡大できます>

亀山ダム4亀山ダム5亀山ダム6

 

 

 

 ダム本体上部の放水施設は、開閉式のゲート(クレソトラジアンゲート)となっており、これが亀山ダムのアクセントになっているように見えます。
 大雨、洪水時に来なければ見られませんが、開いた時は絵になりそうです。ワイヤーで吊り上げて回転させる構造です。 
<拡大できます>

亀山ダム7亀山ダム8

 

 

 

 また、ダム本体内部の監査廊写真が管理事務所サイトにあります。

   <土木の風景TOPへ>

上総国分寺遺跡 no.187

 市原市役所周辺は上総台地が広がり、平坦な地形をしています。
 この広大な地区を区画整理事業で開発し、現在は市街地となっているところです。その時の遺跡調査で上総国分寺と上総国分尼寺の詳細が分かったそうです。
 
 区画整理事業もこの貴重な遺跡をしっかりと残し、区画も上手に線引きされています。国分尼寺は資料館もあり、当時の朱色の建物も復元されており、のんびり散策するのも良いかも知れません。<上総の古代について(国分寺・国分尼寺跡)> <市原市役所の案内>。

上総国分寺上総国分寺2

<拡大できます>

 

 

 

 

 時は奈良時代・天平13年(西暦741年)に、聖武天皇の建立詔勅が全国へ発されたようで、千葉県では、ここ上総国分寺、下総国分寺(市川市)、安房国分寺(館山市)が建設されたとか。当然、この上総が関東の有力な中心地の一つだったようです。
 
 しかし、時は遷り、平安時代の後期(11世紀)には律令国家の力も衰え、上総国分寺、上総国分尼寺とも衰退したようです。国家が自己の権力のために建立した寺院は、民衆の支持を得ていませんから、権力が無くなると寺院もなくなる道理でした。
 
 現在は、上総国分寺の山門跡、七重塔の基礎が保存されています。広大な敷地も部分的に公園として残し、その敷地内には現在の上総国分寺があります。
 
 七重塔の礎石は何という大きさ・・・滑り止めの突起が何とも親しみを覚える夏の空・・・でした。  
<拡大できます>

上総国分寺3上総国分寺4上総国分寺5

 

 

 

 

上総国分寺6

 

 

 

 

 

 

 

 なお、現在の上総国分寺は広い敷地の一部にあり、山門の仁王像(木造)と、薬師堂が素晴らしい姿を見せています。

上総国分寺7

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上総国分寺8

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上総国分寺9

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上総国分寺10上総国分寺11

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   <土木の風景TOPへ>

落石防護柵 no.186

 ここは、君津市亀山地区の三石山(神社)登山道の途中です。
 房総丘陵の中では急峻な地形が連続しており、亀山ダムなどの人造湖も多くある地区です。
 
 真夏は三石神社を参拝する人も少なく、景観も最高です。
 
 さて、その登山道の一角におもしろい形の落石防護柵を見つけました。
 腐食防止をしたような鋼製の柵です。
 
 かなり大きな落石も止められそうです・・・が、背後は完全にコンクリート吹きつけを施工しています。必要なのか・・・?
 と、上を見上げて納得でした。吹きつけの上に、まだまだ崖が続いています。そういえば、この場所むかしはトンネルであったかも知れません。

   <拡大できます>

落石防護柵落石防護柵2落石防護柵3

 

 

 

 

 三石山には神社参拝が目的でなければ来ることはありません。
 むかしむかしは奥深い敬虔な神社で、参拝する人も大変だったでしょう。
 今は、車で神社まであがれます・・・ありがたさが半減するようです。

三石より樹林

 

<拡大できます>

 

 それにしても、岩に包まれ、大木の樹林に抱かれるような三石神社は魅力的です、房総にも、こういうところがあります、是非どうぞ。

   <土木の風景TOPへ>
 

木下貝層 no.185

 ここは、千葉県北総地区・印西市です。
 市街地の東側、印旛高校の隣に木下万葉公園があり、その一部崖面を残しています。

木下貝層

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 有名な?木下貝層(きおろしかいそう)です。
 平成14年に国指定の天然記念物に登録されています。その説明・案内板は次の写真ですが、小さくてよく見えません。

木下貝層2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木下貝層3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 説明によれば、古い昔・・・この地区が古東京湾(関東平野の広い範囲で、霞ヶ浦も江戸もすっぽり・・です)だったころの浅い海に積もりたまった地層だそうです。
 その当時を見ておりませんが、利根川も海の底、この木下も浅い海の底だったわけです。
 
 その後、海面下降、陸地の上昇を経て現在の姿になったもので、茨城県側にも同じような貝化石層が見られます。地質的な名称は第四紀・洪積世・成田層(木下層はその最上部)となり、12〜13万年前の堆積層に当たります。
 
 この貝層は、人間の関与は全くありませんで、沖積世(約1万年前以降)の縄文人が作った貝塚遺跡とは違います。貝塚遺跡は至る所に見られる当時のゴミ捨て場と解釈すれば良さそうです。ですから、木下貝層が格上だし天然記念物指定もうなずけるものです。

木下貝層4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここで出てくる貝殻は、バカガイ、キオロシアサリ、サラガイなど、現在でもたくさん見られる貝だそうです。貝化石が好きな人には一見の価値あり・・です。
 
 素人には、何の貝やら・・・証拠写真を添付します(拾ってはいけません)。

木下貝層5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木下貝層6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木下貝層7

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後に、ここは木下万葉広場の一角ですから、広場についての記事はこちらへどうぞ。
 
 追記
 先日の読売新聞に『地層の「第三紀」「第四紀」』と題して時代境界の論争を紹介していました。現在の学会結論は、その境界を180万年前と260万年前と併記する(案)だそうです。いずれは、260万年前が定着するようで、いろいろな分野で影響が出そうです。
 
 なお、ヒト属の出現がどんどん古くなっています。第三紀の終わり頃には出現したような研究発表もあるそうです。100mの記録と同じで、どこまで記録が伸びるのか楽しみです・・・とはいいながら、「そんな前のことは分からない」が本音です。

   <土木の風景TOPへ>

館山市稲村の堰 no.184

 館山市は房総半島の南端に位置する古い城下町です。
 里見家の居城、館山城が今も城山公園にそびえています。<館山城の紹介記事
 
 その館山平野を東から西の館山湾に注ぐ平久里川(ヘグリ)、その支流に滝川があり、滝川の中流域にこの堰はあります。

稲村の堰

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

稲村の堰1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは、旧九重村(ココノエ)と旧館山市の境界付近にあり、九重村は昭和28年に館山市に合併吸収されています。稲村には里見の居城だった稲村城の遺跡があり、また山本部落には木幡神社もあります。
 
 木幡神社には館山市の文化財「滝川のびゃくしん」があり、「樹齢は 800年前後と推定されており、幹周約4m、樹高約11mで、形の良い樹冠をしている大樹」だそうです(残念ながら、実物をまだ見ていません)。
 
 さて、名もない堰です。
 場所は、館山市街地を東に3.5km離れた郊外の田園地帯になり、稲村の堰というのは筆者が付けた仮称で、正式の名前は不明です。ちなみに、平行して架けられている橋は「箱橋」だそうです。 <map

稲村の堰2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

稲村の堰3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

稲村の堰4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

稲村の堰5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このコンクリートの状況を見れば、とっくに耐用年数を超えているはずです。
 それでも、いまのところ現役バリバリです。
 ここでせき止められた水は「館野の滝川用水」と称し、ここから館山平野の広い地区に水を配っています。堰の築造年代は分かりませんが、昭和初期??でしょうか。
 
 なお、「館野の滝川用水」そのものは、江戸時代の仕事のようですが、紹介がおもしろいのでご紹介。
 『悪政をした川井藤左衛門(かわいとうざえもん)でしたが、滝川から国分の下まで水を引く用水を作ったことは、その後とても人々の役にたちました。』そうです。

稲村の堰6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

稲村の堰7

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こういう古い土木構造物が現役で活躍しているのを見ると、うれしい気持ちがわき起こります。上の写真のように、もともと滝状の落差が生じていた場所のようで、岩盤が露出しています。設置場所が何とも心憎いものです・・・だから、これだけ長寿なのでしょう。

   <土木の風景TOPへ>

水たまり no.183

水たまり水たまり2

<拡大できます>

 

 

 

 何ということもない水たまりです。
 誰もが普通に目にする光景でしょうか・・・。
 
 しかし、土木屋としては気になるものです。
 九十九里浜の民宿の駐車場ですから、目くじらたてるほどのことでもないかも知れません。ほこりが立たず、お客さんが困らない程度で十分です。
 
 CBR試験を実施して舗装構成を、透水性舗装を・・・そんなお金も暇もありません。
 民宿さんはこれでよいのです・・・時間が経てば水はなくなります・・・。
 
 国道や県道とは違うのです。
 優しいお客さん達も文句を言いません・・・そこが(義務を果たさず権利だけを主張する)一般の社会とは違うところで、
 ぬくもりを感ずる水たまり・・・というわけです。
 
 それでも気になる残暑の候・・・。

   <土木の風景TOPへ>

木更津警察署とバース no.181

 木更津市の中心街から西へ約1km、潮見地区に木更津警察署の建物が完成間近です。奥に見えるのが旧来の市役所で、木更津港側つまり手前の建物が警察署です。市役所通り大橋からみました。

木更津警察署

<拡大できます>

  場所はこちらです

 

 

 古い警察署は、東側のすぐ近くにありますが、狭く小さな建物でした。
 今回は、立派な建物です。警察署が大きくなるのはうれしいような、うれしくないような複雑な心境です(笑い)。そういえば、千葉県庁そばの千葉県警察本部の建物も建築中で、その規模は相当なものです。
 
 さて、その警察署の前はむかしの海岸、埋め立て地を分ける水路です。矢那川の河口部に当たりますが、このプレジャーボートの数はスゴイものがあります。
 
 所有者は、本当のお金持ちなのか、頑張って所有しているのか分かりませんが、大変な数が係留されています。この日は干潮でボートは海底に着いています。

バースバース2

<拡大できます>

 

 

 

 土日には、にぎわうはずです。
 係留施設?のパイプには蛎殻がびっしりとついていますから、少し古いものでしょうか。ネットで調べてみますと、ここは、片面が「潮見バース」というそうです。
 
 ちなみに、その係留料金は、かくのごとし。
『木更津港から24時間出航可能、フィッシングボートの海上係留施設。』
年間バース料金/小型バース:80,000円(UF-23・SRV 23クラス)
年間バース料金/中型バース:100,000円(FC-26・UF-25クラス)
年間バース料金/大型バース:150,000円(PC-26・CR-27クラス)
年間バース料金/(消費税別途) 案内URL

かきがら<拡大できます>   <土木の風景TOPへ>
 
 思ったより安い感じですが、ボートそのものの値段と、維持費、油代が相当に掛かりそうです。

釣りが好きな人にはうらやましい木更津の一風景です。

   

風力発電(2) no.181

 風力発電の施設はよく目立ちます。サイトにエントリーしても見映えがするようで、あちらこちらで見うけられるようです。
 そういえば、ここで2回、関連サイト「土のうた」でも、都合5回もエントリーしておりました。

風力発電

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、風力発電施設の風景は良く目にしますが、風車の仕様は意外に気にしておりません。そこで、風車の支柱(タワー)に表示されている概要を調べてきました。
 
 【飯岡風力発電所】 事業主体;エムアンドディーグリーンエネルギー(株)

風力発電システム図

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ヽ詰廖 “啣風力発電所(愛称:かぜ太郎)は、平成13年経済産業省の「新エネルギー事業者支援対策事業」および東京電力(株)の助成基金「グリーン電力基金」の風力発電第一号の認可を受けて建設されたものです。発電能力は4,250KW(850KW×5基)で、年間総発電量約750万KWhのクリーンな電力を供給します。これは、約2,000軒分の年間電力消費量に相当します。
 
 ◆”車の仕様
 ・形式   Vestas V-52-850KW(デンマーク製)
 ・定格出力  850KW
 ・タワー高さ 65m
 ・翼直径   52m
 ・重量    タワー;71t ナセル;22t 翼;10t
 ・カットイン風速(発電開始風速)  4m/s
 ・定格風速  16m/s
 ・カットアウト風速(発電停止風速) 25m/s
 ・ローター回転数       14〜31.4rpm
 ・ブレード制御方式  ピッチ制御
 ・発電機形式 巻線型誘導発電機  50Hz、690V
 
  運転開始  2002年6月1日
 
 重いナセルや翼を支えるタワーは次のように、太くしっかりしています。

風力発電3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風力発電4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、2006年1月に見た別施設の建設風景を過去の記事からエントリーです。間近に見ると圧倒されるほど大きいものです。また、これだけ重いものをつり下げるクレーンも大したものです・・・。

風力発電建設中

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風力発電ブレード

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風力発電翼付け根

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、最後に絵になりそうな風車をエントリーです。

風力発電8

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風力発電9

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   <土木の風景TOPへ>

いすみ鉄道 no.180

いすみ鉄道は、房総のローカル線です。

 関連記事がこちらにあります

   <土木の風景TOPへ>

三島ダム no.179

 この岩は三島ダムの基盤部に当たる地山の岩盤です。ダムサイトの右岸側(上流から見て右)に見られます。この岩盤あってのダム本体というわけです。

三島ダム

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、です。
 このダムはアースフィルダムですが、どこがダム本体か見分けがつかないような風景なのです。ダムを紹介するいろいろなサイトもこのことに触れているくらいですから・・・。その証拠写真を上流から連続三枚、ダムの右岸から左岸方向を見て撮影したものです。

三島ダム2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三島ダム3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三島ダム4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このダムは古く、亀山ダムが出来るまでは貯水量千葉県一だったとか。


 取水塔と三島湖全景、そして余水吐(越流式 h=7.68m、L=122.6m)を紹介します。
<拡大できます>

三島ダム5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三島ダム6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三島ダムの経歴・概要は次の通りです。
 
 【ダム経歴】
 昭和11年 長引く干ばつに苦しめられた小糸川水系の地元から陳情。
 昭和18年 ようやく建設を開始。まだ戦争中です・・・。
 昭和31年 ダム本体竣工、一部の灌漑地へ通水が開始される。
 昭和43年 すべての工事を完了。
 
 【その規模】
 河川   小糸川水系小糸川
 目的   農業用灌漑(100%) ・・多目的でないのが時代を表しています。
 ダム形式 アースフィルダム
 堤高 25.3m  堤頂長 127.7m  堤体積 98,000m3
 流域面積 26.1Km2
 総貯水量 540万トン 有効貯水量 521万トン
 ダム湖の名称 三島湖
 ダム事業者(建設主体) 小糸川沿岸土地改良区 千葉県農林部 
 
 
 【お楽しみ】
 ヘラブナ釣り キャンプ ボート 散策、ハイキング 紅葉 宿泊(国民宿舎 清和) 屈曲した複雑な湖面が魅力  清和県民の森、豊英ダムが隣接している。
 
 【ダムサイトの地質】
 本地区は、勝浦から天津小湊へ至る黒滝不整合面のすぐ南側に位置します。この黒滝層は北側の黄和田層、大田代層などの新しい第三系と南側の清澄層や天津層、千倉層などとを時代的に切断する大きな不整合面です。南側がより古い地層というわけです。
 
 三島ダムサイトは南側の清澄層を基盤としています。清澄層は安房層群の上部(新しい方)にあたり、タービダイト砂岩からなっており、泥岩との互層状態も示します。安定した基盤と言えます。
 
 とは言っても、地球の年齢を45億年とすると2〜3000万年ですから、出来たばかりのほやほや地層というわけです。ちなみに、千葉県で中古生代の古い地層がみられるのは銚子の犬吠だけです・・・ぽつんと島状に残っています。
 
 【関連サイト】
 二万五千分の一地形図
 ダムマップ
 君津農林振興センター
 ダム便覧
 (財)日本ダム協会第5回写真コンテスト入賞作 おすすめです!

   <土木の風景TOPへ>

花見川終末処理場 no.178

 ここの敷地は、何と21ha(6万4千坪)もあるそうです。現在、約6割ほどを使っているようですが、正確ではありません。この写真を見ると、いかにも広い土地が残っているようですが、拡張の余地を見込んでいます。

花見川終末処理場花見川終末処理場2

 

 

 

 

  <拡大できます>

 さて、花見川終末処理場は、ここ単独ではなく、花見川第二終末処理場とペアで活躍している下水道の終末処理施設です。ここできれいにした水を河川に戻してくれる施設です。
 
 全体計画を印旛沼流域下水道計画と称し、15市町村が関連し、最上流には成田空港も接続しています。全体計画の処理面積は29,671 haとは、ピンと来ません。千葉県の面積が5,156平方キロですから、千葉県全体の約5.8%の面積となります。
 
 この面積を広いと考えるか狭いと見るか、人それぞれですが、都市部の流域ですから広いと見るべきです。この広い面積を二つの終末処理場で処理するもので、お互いの連携も出来ています。
 
 花見川終末処理場には東部幹線が流入、花見川第二終末処理場には西部幹線が流入し、処理場同士は磯辺幹線と豊砂幹線で連携しています。お互いに助け合うシステムを採り、それぞれ、第二、第三の流入幹線も用意して万全の体制と見えます。
 
 施設の概要数値は千葉県下水道課のサイトから、それぞれリンクがありますので、参考に示しますが、処理能力265,447m3で 流入する幹線の最大口径は3,200mmですから、スゴイ施設であることが分かります。

花見川終末処理場3花見川終末処理場4

 

 

 

 

 

 

 人口増加にも柔軟な対応が出来るわけで、計画当初の苦労が報われた形でしょうか。いろいろの苦労話があるようです。
 
 千葉県の広域を考えると、東京に隣接した都市部には江戸川左岸広域下水道計画があり、そちらには江戸川第二終末処理場(第一は未着工)が稼働しています。この江戸川処理場と花見川との連携も計画にあるようで、長期計画としては理想的な運営稼働を目指しているとか。
 
 なお、手賀沼周辺には手賀沼流域下水道計画があり、手賀沼流域は単独別個の処理形態となっています。

 詳細はこちらをご覧下さい。
 印旛沼流域下水道計画  江戸川左岸広域下水道計画  手賀沼流域下水道計画

   <土木の風景TOPへ>

 追記です。

 花見川終末処理場の水処理施設は建屋となっており、屋上の広い空間を「美浜ふれあい広場」として、県民に開放しているそうです。屋上の緑がその証拠です。

幕張メッセ no.177

 この街も、はや二十数年以上・・・、ずいぶん時間が経ったものです。
 写真の左側が幕張メッセのメイン展示場、正面の二つのビルはワールドビジネスガーデン、右側はアパホテル東京ベイ幕張、そして後ろ側に幕張海浜公園と千葉マリンスタジアムがあります。

幕張メッセ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幕張メッセ2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロッテも、昔のような暗いイメージが無くなり、応援も大変なエネルギーのようです。川崎時代とはずいぶん違います・・・少し古すぎましたか(笑い)。
 
 さて、
 昭和50〜60年代、世の中はいろいろなものが建設ラッシュ、勢いの良い時代でした。
 
 千葉県も、元気そのもので、千葉県企業庁が主体となって海岸の埋め立て、新しい街作りと大変な忙しさでした。技術者も大いに不足し、不眠不休に近い頑張りようでした。
 
 その結果、海浜幕張駅を中心としたビジネス街が誕生し、隣接周辺地区には都会的な住宅街が出来ています。今でも、新しいマンションなどが売り出されており、街はまだまだ発展途上というわけです。
 
 この街全体が土木屋の一つの大きな仕事と言えましょうか。
 個人名が一切出ない大いなる仕事なのです。
 
 今後、この街がどのように変貌していくのか、予想は難しいですが、飲み屋さんや遊びの施設も増えてきました。冷たい感じの街が少しずつ人間くさい街に変わってくるのでしょうか。楽しみに見守りたいと思います。
 
 ただ一つ難点は、駐車場が極端に少ないことです。電車で来なさい!ということらしいですが、モーターショーなどは特別として、普段の所用では車が必需の千葉県です。
 
 ここまで車社会が進展するとは思わなかった当時の土木屋でしょう。
 今後、幕張メッセや千葉マリンの集客以外に、人を惹きつける何かが欲しいメッセの街です。
 
 なお、幕張メッセ(旧日本コンベンションセンター)についてはウィキペディアに詳しく掲載されております。

   <土木の風景TOPへ>

松戸排水機場(2) no.176

 松戸排水機場は二回目のエントリーです。
 角度を違えて、施設のうち防塵機をご紹介。

松戸排水機場024020

 

 

 

<拡大できます>

 排水機場のポンプは
 立軸斜流渦巻ポンプで、口径3300と4600mmだそうです。そのポンプに至る水路前面にゴミの掻き上げ施設・防塵機がダブルで設置されています。
 
 スクリーンがあり、それに掛かったゴミをバリカンの歯のようなもので掻き上げるわけです。これは、自動的・機械的に動きます。そして、掻き上げたゴミは後ろの専用キャリーで集積され、ダンプトラックへの積載も自動的に出来ます。

031032

 

<拡大できます>

 

 

033035

 

 

 

 いかにも良くできておりますが、ご苦労も多いのではないかと調べますと、管理者の悲鳴も聞かれます。都市河川は、それでなくとも汚れており、ゴミが多いのです。坂川も都市河川です・・・注意をしたいものです。
 
 ある管理者サイト(京都市建設局)の一文です。
『 川にゴミを捨てないで!!

 排水機場には,草や木,ビニール袋に入れて捨てられたゴミ,空き缶,古タイヤ,プラスチック,自転車・バイクなどが流れてきて,排水機場ではとても困っています。

 それはゴミが詰まると,排水ポンプが水を排水できなくなるからです。

 一部の排水機場には,上の写真のように,除塵機が設置してありゴミをかき上げ,ポンプにゴミが詰まらないようにしていますが,この作業は,大雨の時にはたくさんのゴミが流れてきて,特にたいへんです。

 かき上げたゴミは,乾燥させたあと燃えるものと燃えないものや危険なものに分けて,それぞれゴミ処分場に搬送していますが,このごみ処理にかかる費用も毎年多額になりとても困っています。

 また,ゴミを川に捨てることは,環境を悪くすることで許されないことです。』
 
 河川は国民みんなの財産です、命の川です。大切に致しましょう・・・。
 ということで、参考サイトは次の通りです。
 
 国土交通省関東地方建設局江戸川河川事務所 機場詳細

 no.94 松戸排水機場   no.175 松戸水門

 京都市建設局河川整備課

   現地の地図はこちらへ。   <土木の風景TOPへ>

松戸水門 no.175

 昨年5月に松戸排水機場としてエントリーしていますが、違った角度から再登場です。

松戸水門

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず、坂川放水路の河口部に掛かる松戸水門をエントリー。

 <写真は拡大できます>

松戸水門2ゲートゲート2

 

 

 

 

 

 

 鋼鉄製の重そうなゲート(門扉)は、普段引き上げられています。
 これが、下りるのは洪水時に江戸川の水位が上昇した時です。江戸川から坂川へ排水が逆流すれば、松戸周辺は大洪水となります。
 
 そこで、水門を閉じてしまい、大活躍するのが松戸排水機場です。坂川の水を水位の高くなった江戸川へ強制排水するわけです。1秒間に100トンもの水を排水すると言いますから、いやはやお見事なものです。

放水路坂川

左;江戸川

右;坂川

 

 なお、機場は定期的(月一回)に動かしておくそうで、見学も出来るそうです。
 何はともあれ、松戸水門がなければ排水機場も役に立ちませんから、昭和56年完成の水門に感謝!なのです。
 
 現地の地図はこちらへ。   <土木の風景TOPへ>

河岸段丘 no.174

 南房総市和田の海岸です。
 夏の浜辺に、釣り人が一人・・・何とも落ち着く雰囲気です。

和田

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これで終われば、土木の風景にならないので足元を見ました。
 そして、材料を見つけたものです。

河岸段丘

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「河岸段丘」という言葉を聞かれたことがありますでしょうか。地形学の言葉です。
 地理の授業では必ず出てくる比較的重要な?地形用語といえましょうか。
 
 砂浜の海岸は地形用語を発見する格好の場所なのです。
 さて、この写真を見ていただくと、砂浜の平坦面を河川が曲流しながら削り取っているのが分かります。
 
 
 この場所は、大きく湾曲して左側に河川が動いています。左側を削るのが現在形で、河床は次第に低くなります。もともとは砂浜の一番高いところ(平坦面)が原地形なのですが、川の作用で、川の谷は深くなり、堆積面(砂浜の平坦面)を削り込んでいるわけです。
 その作用の結果が現在の地形です。
 ところが、現在地形にはよくよく見ると段差(段丘崖)が出来ているのが分かります。
 低い方から、現在の河床(水が流れている面;氾濫原)、その右に低い平坦面、さらに中段の平坦面、そして最後が砂浜の高位の平坦面です。
 
 なぜこういう形になるのでしょうか。
 
 この場所では、そのキーワードは海です。ご存じのように、海は水位が変動します。大潮になるとこの砂浜はすべて飲み込まれ、砂浜の面は一枚にされてしまいます。ところが、小潮、さらには河川の水量などいろいろな要素が重なると、急激な河川の水位変動を起こします。
 
 河川の浸食、堆積は海や湖の水位変動の影響を受けるもので、一般には水位が上昇すると河川は堆積を始め、水位が低下すると浸食を始めます(他の要因もたくさんありますが・・)。
 
 この場所は、海水面の上下作用を受け、普通の地形に掛かる長い時間作用を短時間で見せてくれるわけです。その事が、地形を学ぶ上でかなり有効です(いろいろと試した人も多いと思います)。
 
 この地形は、河床氾濫原を除き、写真左側から低位段丘面、中位段丘面、高位面(原地形)となります。現在の潮位がもっと下がるとさらに低位の段丘面が出来るかも知れません。
 
 そして、潮位が上がってくると、この地形モデルは夢の中へ消えていくわけです。
 以下、参考に辞書の記事を添付します。

 
 かがん‐だんきゅう【河岸段丘】‥キウ <広辞苑>
砂礫層または岩盤から成る河谷の岸の階段状地形。河道の変化、河川の流量の変化、土地の隆起などによって河原が浸食されるために生ずる。河成段丘。

 河岸段丘 かがんだんきゅう <大百科全書>
河川の流路に沿う階段状の地形で、氾濫(はんらん)原よりも高い位置にあるものをさす。谷底平野が河川の侵食の復活により下刻されて生じた河成段丘が多い。平坦(へいたん)な部分を段丘面といい、もとの谷底平野面にあたる。河川の下刻によって生じた崖(がけ)は段丘崖(がい)とよばれる。河川の侵食の復活が何回も行われると、何段もの階段状の段丘群が生ずる。特別の場合を除き、高い段丘面ほど古い時代に形成されたと考えられる。
 谷底平野が段丘化するためには、堆積(たいせき)作用または側方侵食作用を営んでいた河川が下刻作用を行うようになること(これを河川の回春という)が必要である。河川の回春すなわち段丘化は、河川の流量や河川上流山地部から供給される岩屑(がんせつ)の性質とその量、および河床勾配(こうばい)のうちのいずれかが変化することによって生ずる。具体的には、地殻変動による河川の一部地域の隆起や、海面低下による侵食基準面の低下に伴う河床勾配の増加、気候変化による降水量の増大や山地から流出する岩屑量の減少、また火山活動に伴う供給物質量の増大とその後の減少などが河川の回春を引き起こす。しかし1回の回春によってかならずしも一段の段丘が生ずるわけではない。河川が土地を連続的に下刻してゆく過程で、河川流路の側方移動に伴って何段もの段丘が形成される場合もある。
 河岸段丘は回春の原因からみて、構造段丘または地殻変動による変動段丘と、構造段丘以外の非構造段丘とに分けられる。気候変化による気候段丘とよばれるものは後者の例である。また回春以前の谷底平野の性状によって次の二つに分けられる。谷底平野が側方侵食作用によって平坦化された侵食段丘と、谷底平野が堆積作用によって平坦化された堆積段丘がそれである。前者の侵食段丘には、岩盤の上に堆積物が薄くのっている岩石段丘と、フィルテラスfill terrace(谷中堆積物を構成層とする河成段丘)をつくる、厚い砂礫(されき)層を侵食してできたフィルストラス段丘がある。また後者の堆積段丘は厚い堆積物からなるので、砂礫段丘、フィルテラスあるいはフィルトップ段丘ともよばれる。
 河岸段丘は日本のほとんどの主要河川沿岸に分布する。10万年以前に形成された段丘面は一般に高所にあり開析されていることが多い。数万年前以降に形成された段丘面は比較的平坦で、交通路や居住地となっている。地殻変動の激しい日本でも、流域上流山地部の高度が高い河川には気候段丘が発達することが知られている。〈池田 宏〉

   <土木の風景TOPへ>

谷止め工 no.173

 房総鴨川地区は地すべり多発地帯です。
 山が滑るのは河川・渓流が荒れるからで、河床・溪岸の防護は非常に重要です。
 
 荒れる山腹からは多量の土砂も流下し、多自然型の・・・などと甘いことを言ってはおられません。この小規模な谷止め工にしても、砂防のダムは規模に関係なく基本構造は同じです。

谷止め工

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダム設置箇所が河床の浸食を止める起点になるわけで、ここから上流の河床勾配を緩くして安定させる手法です。
 
 本地区は、特に合流地点であり、コンクリートで固めるしかないようです。河川用地をふんだんに使える余裕もなく、暴れる河川を閉じこめることが目的です。
 
 河川・渓流の怖さは、大雨の時現場で見るに限ります。自然の恐ろしさは、牙をむいた時のすさまじさ、そして圧倒的な猛威です。
 
 都市にいて理解することは難しいかも知れませんが、昔に比べて日本の災害は激減しています。
 土木技術者達の営々とした小さな努力の結晶が、災害の少ない日本国土を造ってきたものです。
 
 しかし、今の社会は災害のないのが普通で、何かあったら徹底して責める・・・、これが現実です。国土を守ることは並大抵のことでは無いのですが、それが忘れ去られています。
 
 感謝の気持ちを忘れ、自己の権利だけを求める現代の風潮に対して、この谷止め工は何と言いますか・・・。   <土木の風景TOPへ>

その2

館山道・丹生地区 no.172

 館山道は、正式にはNEXCO東日本が管理運営する高速道路(東関東自動車道館山線と富津館山道路)です。千葉から君津インターまでは片側2車線、君津から館山終点(南房総市)までは片側1車線です。
 
 君津から先は遅い車がいると、追い越し車線区間が少なく、後続が並んでしまいます。しかし、遅いと言っても、時速70〜80Km は出ているわけで、急がなければ快適なドライブが出来ます(普通の日はとても空いています)。
 
 さて、この写真は南房総市富浦・丹生地区の丘陵地帯です。山が海に没する内房地区の急峻?な地形をぬって走る館山道です。トンネルと、橋梁が交互・連続して続きますから目に滲みる緑も切れ切れになりそうです。

館山道

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海岸沿いは、千葉県でも有数の急崖が続くので、ほとんど内陸部を通過します。このため海の眺望は無理で、楽しめるのはこの新緑、山々、そして、おいしい空気です。
 
 春も、夏も、秋も、冬も、見所たくさん、
 黒潮の暖かさが迎えてくれると思います。6月は房州ビワが楽しみです。

   <土木の風景TOPへ>

落差工魚道 no.171

 ここは、千葉県いすみ市大原町長志地区、夷隅川の支流・落合川です。
 以前に全景だけ紹介(no.17)したことはあったけれど、下までおりたことはなかったものです。

魚道

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3段の落差工が設置されており、すこし水の多い時期でした。
 まず、落差工に設置された魚道が“生きている”ことを実感できるもので、豊富な水量が頼もしく感じられます。
 
 切り込みは交互・ジグザグに設けられ、落差を小さくする工夫がなされています。
 素人目にもこれなら魚があがれそうだ、という安心感を与えてくれます。

その3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 近年、多くの河川が浄化され、きれいになっており、水生生物も増えてきたと言います。
 
 こうした魚道を見るにつけ、自然との共生が地道な小さいことの積み重ねであることを感じます。これで、護岸が多自然型であれば申し分ないのですが、この施設の建設時期を考えれば良しとしたいものです。
 
 なお、大きなコイが溜まりに泳いでいました。やはり、魚は魚道を使って行き来しているのが分かります。     <土木の風景TOPへ>

こい

Recent Comments
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

QRコード
QRコード
Archives
  • ライブドアブログ