土木の風景

from civil engineers 築土構木、土木技術は社会生活の基盤をささえています。

土木の風景-4

福島県相馬市の今・・(2) no.399

 相馬市の東日本大震災被災状況二回目です。
 下手な説明はいらないのかも知れません。
 
 津波による被災を受け、平坦地はそのままです。
 建築制限がかかり、どうするのか未だ決まっていないそうです。

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 この一帯で唯一稼働しているのが相馬共同火力発電(株)新地火力発電所です。
 
 うなりを上げていました。
 
 相馬共同火力発電(株)は東北電力と東京電力の折半出資した石炭火力発電の会社です。

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 その発電所敷地内に地元住民用のコミュニケーション施設(PR施設;わくわくランド)があり、いろいろな形で地元の人たちに活用されています。もちろん発電所の寄付であります。
 
 今回の視察も相馬市の観光協会が案内と解説、説明、ありがたいことでした。
 淡々とした語り口に、かえって被災の重みを感じました。

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 そして、次は「がれき集積場と処理施設」の紹介です。
 広い土地があることから周辺地域からのがれきも受け入れ、被災地でも数少ない焼却施設が稼働しています。
 
 新地火力発電所の近くにあります。

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 未処理のがれきはまだまだ残っています。

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 そして、集積し、分類し、移動運搬、粉砕、焼却処理・・・大変な作業であります。
 立派な焼却炉です。

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 いつ果てるのか・・・がれきの山はこれでも小さくなってきているそうです。

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  ただただ、頭が下がります。

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福島県相馬市の今・・(1) no.398

 福島市から相馬へ・・・雨の国道115号線です。
 福島県の浜通りと中通りを隔てる阿武隈山地も、山深く、なかなか険しいものがありました。
 
 
 阿武隈の峰を過ぎて下りが続きますと何かが目に付き出します。
 想像は付きます・・・。
 
 相馬市の南は南相馬市、そして浪江町、双葉町です。
 福島第一原発の事故地帯に連なっています。

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 黒い袋・・・・この土のう袋は数こそ違いますが、あらゆる場所に見られます。
 除染が続いているのかも知れませんが、除染物質の行き先がありません。

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 相馬市の海岸には大きな松川浦があり相馬の景観を特徴付けています。
 波もない静かな風景でありました。

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 そして、海岸です。
 松川浦は海苔の養殖やアサリなどの魚介類が豊富だとか・・・。
 海水が流入する浅い内海は豊かな恵みを与えていたそうです。

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 今は・・・養殖もなく、漁もなし・・・護岸は50cm以上の沈下だそうで被災時そのままです。無傷の漁船も、「福島の魚介類」ということで休漁やむなし。なにがしかの補償は出ているけれど、つらい生活が続いているそうです。

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 昼食のお店は、福島県外ナンバーの車で一杯でした。看板の魚介類はどちらから仕入れているのか分かりませんが、豊かな漁場を前に、出漁できない地元のいらだちがよく分かります。
 
 つらいお話も聞いて・・・、お昼の空き時間には付近を歩いてみました。
 偶然、房総が本場のビワを見つけました。
 
 相馬でも実がなることを知り、うれしくなったものです。
 おいしそうです!!

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 最後に、
 ボートもあり、漁船もあり、人間もいるのに、当たり前の「漁」をできないという現実、これは厳しいものがあります。目の前に見て初めて、放射能汚染が現実のものであると理解することができます。
 
 復興のプランにはいろいろな方策があるそうです。
 何ごとも単純なものはなく複雑な人間関係があります。すべてにうまく行く「落としどころ」はないのかも知れません。
 
 震災を乗り越えてきたマンホールふたは無言でありました。

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大クス no.397

 クスノキは全国(本州以西)にたくさん見られます。
 何とかの大グスという有名な大木・巨木があるそうです。
 
 房総半島にも多く大クスがあるのですが、樹種をよくよく見るとタブノキであったりします。それでも、巨木には威厳があり、命を洗われるようです。(→例;府馬の大クス
 
 さて、こちらは東金市、最福寺境内の裏に自生しているクスの大木2本です。
 クスの木にしてはすっくと伸びているのが珍しく、撮ってみました(拡大可能)。

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 人間も、このようにまっすぐに伸びたいものであります(笑い)。
 
 クスノキ      <大百科全書より>
〔樟〕 camphor tree 【学】Cinnamonum camphora (L.) Presl
(大図鑑 P258,315参照)
クスノキ科の常緑高木。高さ20メートルに達し、樹皮は暗灰褐色、若枝は緑色。葉は互生し、薄いがじょうぶで、卵形ないし楕円(だえん)形、長さ6〜10センチ、全縁で光沢があり、主脈と2本の側脈が目だつ。葉を裂くと樟脳(しようのう)の香りがする。花は5、6月、本年枝の葉腋(ようえき)から伸びた円錐(えんすい)花序につき、淡黄緑色。果実は球形の液果で、10、11月に黒く熟す。山野に生え、関東地方以西の本州、四国、九州、済州島、中国、ベトナムに分布する。成長がよく長命で、公害に強いため各地に栽培される。材と葉に含まれる樟脳はおもにセルロイド製造原料とされるほか、防虫剤や薬用とする。材自体に防虫効果があり、古くから和風建築や船舶などの内装材として賞用され、仏壇、楽器、玩具(がんぐ)、家具、木魚などにも利用する。クスノキ属は共通して枝葉に芳香があり、アジア東・南部、メラネシア、オーストラリアに約250種が分布する。〈門田裕一〉
〔文化史〕日本の照葉樹林の主要構成樹種で、『魏志(ぎし)』倭人伝(わじんでん)には日本の産木として、だんの名で最初に取り上げられている。『日本書紀』にはよ樟(よしよう)の名が船材として載るが、これにはクスノキ以外にタブノキだとする説もある。一般には漢名の樟も楠もクスノキとされるが、『大和(やまと)本草(ほんぞう)』(1709)では、香りが強いのを樟(クスノキ)、弱いのを楠(イヌグス)として区別している。また中国では、楠はタブノキやそれと近縁のタイワンイヌグス属Phoebeの類のことをいう。〈湯浅浩史〉

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雨の小向ダム no.396

 梅雨のさなか、小向ダムに寄ってみました。
 さすがに雨量が多く洪水吐きからの越流状態でありました。
 
 新緑も濃くなり、これから夏の様相を呈するようになってきます。

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 なお、南房総市は枇杷の産地です。
 6月がその最盛期、おいしい枇杷が街道にも並んでいます(少し高いですが・・)。
 小向ダムのそばにも黄色い実が見えますが、野生なのかどうか・・・味の保証はできませんが(笑い)。

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 さて、このダムの水色は降雨時に濁ります。
 なぜなら、流域の上流地帯が地すべり地帯になっているからです。
 
 粘土質の地盤からシルト・粘土が洗い流されてきます。
 その水も、洪水吐きを越流して落水すると白く見えますから不思議です。

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 最後は、ダムの上からのぞいて撮影してみました。
 あまり絵になっていませんが、ご容赦を・・・。

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 なお、小向ダムの過去記事は次の通りであります。
 no.221  no.335  no.376

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古民家完成披露 no.395

 千葉県のNPO法人「大多喜みらい塾」が手がけていた古民家再生プロジェクトが完了し、古民家完成披露が平成25年5月25日(土)ありました。
 
 イベントは夜ですから明るいうちからブラブラしてみました。
 地理的な位置はyahooの地図から・・・。

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 夷隅川のそばにあり、周辺は水田が広がる田園地帯です。
 都会の人には良い環境かも知れません。

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 さて、古民家です。
 すでにかがり火も焚かれ、準備はできているようです。
 
 古民家の内部も整備されています。いろりにもおいしそうな匂いがしていますね〜。

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 今宵のイベントは次の通りです。
 ・古民家再生記録の報告とあいさつ
 ・久が原子供会による鼓の演奏
 ・大倉正之助氏の満月奉納
 ・山川健夫氏による詩の朗読


 
 まだ明るいうちに大倉正之助氏のお弟子さんたちが鼓の指導をしています。
 初めて鼓を持つ子供たちばかりです。
 
 皆さん真剣な顔つきです。

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 マイク持ち、録音している黒い服の方が大倉正之助氏です。大勢のお弟子さんを従えて、古民家完成披露にご協力いただいたそうです。

 
 前回は、2011年12月4日(日)に「養老渓谷晩秋のつどいin老川」に同じ形で出演いただいたものです。(→no.327 大多喜町老川小学校)
 子供たちの稽古はうまくいったようで、休止・・・イベントが始まりました。
 
 

 
 まずは大多喜みらい塾・上治信塾長(理事長)より、あいさつと古民家再生の記録が紹介されました。ご苦労が多かったそうです。

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 そして、大多喜町・飯島勝美町長から祝辞と「城と渓谷の町大多喜」の発展を願ってのこうした活動支援を積極的に行う施策を行いたいという、協力要請を含めてのあいさつがありました。

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 さて、いよいよ夜も暮れて、かがり火の明るさが増してきました。
 イベントの始まりです・・・。

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 なお、古民家の再生はなったのですが、これからの活用、維持管理、費用の問題など検討すべきことは山ほどあるそうです。
 地元のためになる活用法を考えたい、という上治理事長のお話でした。
 
 じっくり取り組んで、
 古民家が本当の意味で再生してくれることを願うものであります。


 
  <ウィキペディア記事より>
 大倉 正之助(おおくら しょうのすけ、1955年 - )は、大倉流大鼓方。 15世宗家大倉長十郎の長男として生まれ、小鼓方として父より稽古を受ける。9歳で初舞台。1972年に大鼓方に転向。能舞台での活動の他、国内外の様々なジャンルのアーティストとのライブパフォーマンス活動など幅広く活動。能楽囃子大倉流大鼓方として重要無形文化財「能楽」の保持者に認定(総合認定)。

 関連記事
 no.327 「大多喜町老川小学校」
 no.377 「大多喜みらい塾」
 大多喜みらい塾ホームページ

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千葉東金道路 no.394

【千葉東金道路 no.394】
 千葉から東金まで、さらには横芝方面までつながって「東金道路」「東金有料」と呼ばれていました。
 しかし、今年2013年4月27日、圏央道木更津・東金間が開通し、東金・横芝間は圏央道へ名称変更となりました。
 
 千葉東IC〜東金ICまで、16.1kmが正式の区間です。

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 本路線は下総台地を東西に横断するのですが、途中の細長い谷津をいくつも跨ぎます。
 その中の一つ、野呂サービスエリアのそばにある橋梁を紹介します。

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 東金道路の開通が1979年(昭和54年)ですから、すでに34年が経過しています。
 NEXCO東日本の管理が良いのでしょうか、まだまだ痛んでおりません。

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 地形図、yahooやgoogleの航空写真を見ると緩やかな曲線ですが、実際に見ると直線的です。人間の目というのは当てになりません。
 
 特に傾斜面などの角度については恐怖もあるからでしょうか、60度くらいになると直壁のように見えてしまいます。肩のところから見下ろすと足がすくむのであります。
 
 しかし、写真は正直です。
 詳細に見ると、この橋梁はやはり曲線でありました(笑い)。

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隠し田 no.393

 今の時代には関係のない言葉かも知れません(若い方はご存じない?)。
 昔は、必死の思いがあった隠し田です。
 
 御上の徴税は厳しいものがありまして、農民が飢えようと死のうと取るものは取る・・・これが御上のやり方でした。
 
 <大百科全書>の記事にあるように、いろいろな理由で穏田は存在してきたようです。どうしても根絶できなかったといいます。
 
 
 さて、ここは南房の鴨川市・嶺岡山中です。
 嶺岡林道は山の尾根筋を走る道ですから、林野が広がる場所になります。

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 標高300mの林道脇にぽつりと水田があります。少し離れてもう一枚、人家はありません。鎌倉・江戸の時代であれば、嶺岡林道も小さな山道だったかも知れません。
 
 こういう場所にある水田は当時の隠し田ではないかと想起してしまいます。
 今年もしっかり田植えがなされていますね〜。
 おそらく、ご高齢のおじさんが耕作しているはずです。いつまでもがんばってほしい初夏の空・・・。

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 そして、隠し田にはちゃんと番人がおかれています。
 役人が来たら追い払うために・・・(笑い)。

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 かくし‐だ【隠し田】    <広辞苑より>
課税されないように官庁にかくして耕作している田。おんでん。

 隠田 おんでん      <大百科全書より>
「かくしだ」ともいい、隠地(おんち)、隠没田(おんぼつでん)、院田(いんでん)、忍田(しのびた)などともいう。畑の場合は隠畑(かくしばた)という。農民が隠れて耕作し、租税を納めず作取りをする田畑のこと。古くは律令(りつりよう)時代からみられ、絶戸の田や死亡者の田、新規開発の土地を隠田にする例があり、政府は巡察使を派遣し、密告を奨励して摘発に努めた。中世になっても荘園(しようえん)などで広くみられ、鎌倉幕府も発見しだい没収した。戦国時代から江戸時代にかけて、戦いに敗れた落武者などによって、隠田村として開発される例もあり、太閤(たいこう)検地や江戸時代の検地では、その摘発が一つの目的であった。江戸時代には、発見しだい没収し、磔(はりつけ)や追放に処し、村役人も処罰したが、根絶できなかった。〈上杉允彦〉

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林業の危機 no.392

 千葉市近郊の林地を歩いた実際の状態です。
 特に悪いところだけを掲載しているわけではありません。
 
 千葉市の東は山武郡に接しています。有名?な山武スギの産地地区です。
 今でも杉林はたくさん存在しています。
 
 千葉市近郊で整備されている杉林は次の通りです。

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 しかし、よくよく見ると間伐をしないとやせ衰えて行くかもしれません。密植では育たなくなります。これでも良い方の植林地といえましょうか。
 
 次はもう少し手が入っていない杉林は下の通りです。
 下手をすると手遅れになっているのかもしれません・・・。

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 さて、高速道路などを走っていると4月から5月にかけてフジの花をよく見るようになってきました。野性的なヤマフジの風景であります。

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 このフジの内部はどのようになっているのか・・・、それが次の写真です。

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 こうした状況は杉林の手入れがなされていないことの証拠です。フジのツルを切れば良いのですが、間伐はもちろんのこと人間が山に入っていないのです。
 
 フジの花が多く見られると言うことは道路沿線の杉林が崩壊する前兆にあることを示しています。
 
 そして、林業にとっての大敵は他にもあります。
 竹です。
 
 房総の山野は竹林業も盛んでした。大多喜地区は優良なタケノコが有名ですが、竹林の放棄が大きな問題となっています。放棄水田ならぬ放棄竹林です(これも全国的な問題です)。
 
 竹の成長と拡大のスピードは普通の樹木を遙かにしのぐ勢いです。あっという間に上へ伸びて太陽を独占しようとします。タケノコから樹上まで達するのに数週間、これではスギが勝てるわけがありません。

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 この現実は、千葉市近郊だけではなく、千葉県そして全国的な問題であります。安い外材に押され、また木造住宅が減少してきたから・・・いろいろな理由がありましょうが、これは一業界の話ではないように感じます。現政権の施策の中に林業の再生が入っていると聞きます。
 
 自然のサイクルで豊富な資源を再生産してくれるこの産業を捨てるわけにはいきません。ヨーロッパの国々で再生の試みと成果が示されているそうです(特にドイツ)。国がその気になるかどうか、そこが重要であると考えます。
 
 また、業界内部についても前向きの知恵と活動が必要です。先進的な企業が集成材の研究開発と市場開拓を行っており、大型建築物に木材を大量使用する試みもあるそうです。不燃化や構造材としての強化など、やることはたくさんあります。木材が競争力を取り戻すことが必要です。補助金頼みでは根本的な改革はできません。
 
 日本人が木材をこよなく愛する国民であることは自明のことです。風土によく合った素材を活用するのが一番自然で合理的な選択であります。
 
 林業はとても時間のかかる、スパンの長い産業です。拡大再生産が継続すれば大変な資産ですが、一度崩壊すると取り戻すのには長く膨大な時間と労力が必要です。
 
 林業には、ろそろ時間がなくなっています。
 成功事例を情報発信し、日本の林業が再生してくることを願うばかりです。
 
 最後に、竹にも負けない広葉樹、
 日本林業のこれからの姿に重ねたい初夏の朝・・・。

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勝浦ダム no.391

 勝浦市の西端、夷隅川の最上流部に建設されています。
 3月中旬夕方の写真で恐縮ですが、中心コアを持つフィルダムとしては千葉県では有数のダムです。
 
 完成が1973(昭和48)年なので、満40年になります。東日本大震災においてため池(フィルダム)の崩壊があったことを受けて全国フィルダムの見直しが行われています。

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 この日は満水状態で、これから灌漑期に大量使用が予定されています。
 過去記事(no.279)において示すように、このダムは流域面積がとても小さく、普通の降雨では満水になることはありません。

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 そこで、非灌漑期に下流からポンプアップを行い、貯水する形をとっています。
 堤体は草に覆われ、春や夏には美しい景観を示してくれます。フィルダムの良いところでしょうか・・・夏の姿は過去記事no.279にあります。

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 なおおまけです。
 周辺の地質は第三系の清澄層(砂岩泥岩互層)で、かなり締まった地層となっています。そんな中でも植物はすごいものです。岩に張り付き、堂々と?生きています。
 
 亀裂や弱い部分に根を進入させ、地山層の風化や劣化を促進する役割もあり、いつの日か大木も倒壊する運命にあります。
 それでも成長しようとする生命力に敬意を表したい春の空・・・。

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圏央道・木更津東金区間開通へ no.390

 平成25年4月27日、圏央道の千葉県区間(木更津〜東金)がいよいよ開通となります。開通前に記事をアップしなければ・・・焦る気持ちで圏央道工事の工事写真を整理してみました。
 
 まずは、開通直前の茂原北インターチェンジ付近、現在の土木風景を・・・。

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 先の4月13日(土)に茂原北インターチェンジ〜真名トンネルまでの区間で記念のウオーキングがありました。高速道路内にテントが張られているのもおもしろい風景です。

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 すでにすべてが完成し、細々とした片付けが行われている現状です。
 

 さて、過去にも工事の紹介をしてきましたので時間順に代表写真とともに並べてみました。
 
 2009.09.26
 圏央道見学(1)小野橋工事 no.235
 http://blog.livedoor.jp/gijutunohiroba/archives/51261036.html

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 2009.10.07
 圏央道見学(2)茂原北インターチェンジ no.237
 http://blog.livedoor.jp/gijutunohiroba/archives/51265475.html

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 2009.10.12
 圏央道見学(3)県道交差 no.238
 http://blog.livedoor.jp/gijutunohiroba/archives/51267472.html

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 2009.10.17
 圏央道見学(4)真名トンネル工事-1 no.239
 http://blog.livedoor.jp/gijutunohiroba/archives/51269327.html
 
 2009.10.30
 圏央道見学(5)真名トンネル工事-2 no.241
 http://blog.livedoor.jp/gijutunohiroba/archives/51274157.html

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 2009.11.04
 圏央道見学(6)東金ジャンクション工事 no.242
 http://blog.livedoor.jp/gijutunohiroba/archives/51276021.html

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 2010.09.11
 圏央道市原区間 no.282
 http://blog.livedoor.jp/gijutunohiroba/archives/51479970.html

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 2012.04.21
 圏央道市原南地区架橋工事風景 no.342
 http://blog.livedoor.jp/gijutunohiroba/archives/51751695.html

架橋場所2



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 2012.07.07
 圏央道工事 no.352
 http://blog.livedoor.jp/gijutunohiroba/archives/51766423.html

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 なお、千葉区間は横芝から大栄へのルートが大幅に遅れています。用地の取得など成田空港周辺を通過する困難さがうかがえます。できるだけ早期の完成を目指していただきたいものです。
 
 道路整備は企業立地に関して重要な要素であります。広域には各県同士の競争でもあるわけです。成田空港を擁しながらインフラの整備が遅れることは関東一円における企業立地条件で不利な立場となります。
 
 圏央道は地元の経済発展に資する重要なインフラ整備です。また、関東一円がつながることにより、都心通過交通の減少という大きなメリットもあります。
 東京一極集中から関東一帯の広域的な連携が可能でもあります。
 
 これからは地方の時代!! と、声を上げたい新緑の風・・・。

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太陽の罠 no.389

 妙なタイトルであります。
 「罠」ときけば、個人的にはかけられる方を発想してしまいますが、今回の主役は人間が仕掛ける罠です。
 
 これから暑くなってきますと虫たちが出てきます。どこの家庭でも気になるもので、殺虫剤や捕虫器が活躍することになります。
 


 さて、ここは千葉県が管理する印旛沼広域下水道の処理場です。広大な敷地の施設は定期的にメンテナンスを行うのですが、その一部はこの通りです。

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 やはり、時代の流れでしょうか、ソーラーを活用しているようです。敷地が広いですから、大いに可能性がありそうですね〜。

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 そして、今日の主役は「罠」・・・その名を「太陽の罠」、SOLAR TRAPです。なかなかうまいネーミングであります。
 
 MADE in Koreaとなっていました。Eco Solatecという社名でベンチャー企業のようです。虫たちを自動で捕獲してくれる優れものの罠です。

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 なお、調べてみると捕虫器というのはものすごく種類が多く、バリエーションのあるのがわかりました。家庭用から業務用まで・・・太陽の罠は業務用でありました。

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銚子沖 洋上風力発電設備と千騎ヶ岩 no.388

 銚子市外川方面から見ることができます。
 新エネルギーへの模索が行われていますが、その中の一環です。

銚子地方の台地には無数の風力発電設備が設置されています。もう、スペースがなかろう…というくらいの林立状況です。

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 そこで、人間は考えます。
 もっと効率的で障害のない場所はないか・・・ありました。
 海上です。
 
 北欧では北海の風を大活用しているそうです。無限にある海を日本も活用しよう・・・ということで独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構が実証実験を始めています。千葉県銚子沖と福岡県北九州市沖の二カ所です。
 
 聞いてはいましたが、銚子からようやく見ることができました。
 あまりにも遠くて小さいですが、よく目立ちます。なお、左側の鉄塔は洋上風況観測タワー。

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 この銚子沖の洋上風力発電設備は北九州市沖より少しだけ規模が大きいようです。
 
 その規格を参考まで・・・。
  ・発電容量   2.4MW
  ・全高     支持構造物 約25m
          海面高さ  約95m
  ・構造     鋼管トラスト構造
  ・基礎構造      重力式
  ・ハブ高さ   海面高さ約80m
  ・ローター直径 約92m
  
 独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構のサイトには建設過程の詳細な写真なども掲載されています。銚子市のホームページにも巨大風車があります。
 


 
 
 さて、今日のタイトルには千騎ヶ岩(せんがいわ)が付いています。
 江戸時代からの名勝地であったようでウミウの越冬地として知られていたそうです。

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 現在は外川漁港の護岸堰堤に飲み込まれた形で残念です。

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 でも、風景としては魅力的なので海上の風車を入れながらの千騎ヶ岩(せんがいわ)を紹介します(画像は拡大できます)。

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 そして最後は、千騎ヶ岩のむかしからの主人公・・・、ウミウです。
 カメラを向けただけなのに逃げるものも・・・これこそ野生の本能であります。

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屏風ヶ浦と刑部岬 no.387

 千葉県東部は東端に銚子市犬吠埼があり、西方へ切り立った崖が飯岡まで連続しています。その名を屏風ヶ浦といい、西南端・飯岡に刑部岬があります。
 
 まずは航空写真で位置関係を整理します。
 仝に丙襦´戸川漁港 L樟(銚子マリーナ) し塞岬
 と、それぞれの地点から見た風景です。

航空写真



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 犬吠埼灯台は長崎鼻方面から見たものです。
 中生代・古生代の地層が露頭しており、千葉県では珍しく特別天然記念物に指定されています。

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 そして、犬吠埼の反対側に位置する外川の漁港から、今日の主役・屏風ヶ浦が見えてきます。写真の右側は犬若の大岩です。

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 さらに移動すると名洗の銚子マリーナに来ました。3.11東日本大震災の大津波では大型ヨットだけがかろうじて残り、中小ヨット・ボートは全て流されてしまったものでした。
 ここまで来ると屏風ヶ浦の始まりですから、崖の連続がよく見えます。

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 銚子から飯岡に海岸沿いを県道286号線を走りますと、途中で屏風ヶ浦の海岸に出られる場所が数カ所あります。その中の雄大・迫力のある眺めは春日町の過去記事から紹介します。→no.348

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 さて、屏風ヶ浦の南西端、刑部岬(ぎょうぶみさき)です。
 屏風ヶ浦が切れただけなのに岬とはこれ如何に・・・ということで地形図を見てみましょう。

その3



その2


 上の絵に見るように東から来た屏風ヶ浦の崖面が突然北上しています。海水面が高かった頃を想像すると、なるほど、刑部岬が海上に突き出しているのが想像できます。
 昔の海岸線は九十九里海岸平野(隆起平野)の奥の方に連なっている崖面にあったものでしょう。ということで、刑部岬の呼称に納得でした。

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 最後は刑部岬からの眺望です。

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 なお、最後の一枚は、大津波が死者・行方不明者15名を飲み込んだ海岸です。
 大震災からあっという間の二年間でした。被災者のご冥福をお祈りいたします。

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銚子大橋・最後の撤去工事 no.386

 銚子大橋の工事はようやく最後の撤去工事となっています。平成24年度がそろそろ終わり、最後の切り回しと橋脚一基が残っているだけです。
 
 雰囲気のある歩道用階段も撤去されています(→no.311)。
 
 今回は、土木の風景として2013.03.12の現況写真をアップします。
 写真で想像がつくと思いますので、解説はなしです。

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 最後に、ここの主はカモメであります。

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蓮沼開拓樋門 no.385

 千葉県九十九里浜の中央部に蓮沼海浜公園があります。
 夏の海水浴、テニス、行楽には良いところで、今でも繁盛しています。
 
 最下流には「no.381東部排水機場」で紹介した新鋭機場があり、この流域の湛水防除、洪水抑止はできています。

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 その上流域に小さな水門があり、それが今日の主役です。
 その名を蓮沼開拓樋門・・・どうも「明治・大正の臭い」がしますね〜。

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 いろいろ調べたのですが、よく分かりません。
 しかし、
 「水土整備の歴史年表・千葉県」を見ると、昭和30年(1955年)に蓮沼開墾建設事業着工という記事が見えました。ということは残念ながら明治・大正ではなく昭和中期の建造であるようです。
 
 それでも、55年以上が経過しているわけですから納得です。
 今は使われていませんが含みの多い施設であります。

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 開拓時代の排水樋門、この時代に今の時代にも通用するような水利理論を駆使しているようなこの施設、これは驚き・・・です。
 
 施設としての機能は終わっており、また現在、管理活用はしておりません。
 スピンドルなどの保護カバーは腐食し、ゲートは開いたままとなっています。

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 さて、当時は、この樋門が2番目の下流であったのかも知れません(最下流は旧東部排水機場)。当時は重要な機能を持っていたはずです・・・そして、特殊な装置の痕跡を見つけました。
 
 樋門下流側の断面が傾斜しています。上流側垂直のゲートと違い斜めになっています。

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 ここがミソです。
 フラップゲートの痕跡ではないかと考えます。この当時から逆流防止の考え方があったのですね。外水位が高い時は流入を防止し、逆に低い時は自然に流れるように考案されたものです。
 
 専門家の方にご意見をいただきたい初春の風・・・であります。

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 ひ‐もん【樋門】    <広辞苑より>
用水の取入れや悪水の排除のため堤防を横断して作られた暗渠およびゲートの総称。
 
 樋門 ひもん       <大百科全書より>
sluiceway, sluice
用水の取水、内水の排除、舟運などのために堤防を横切って暗渠(あんきょ)構造として設けられる工作物。断面の小さいものは樋管(ひかん)という。樋門、樋管にはゲートをつけ、洪水時に河川の水位が高くなるとゲートを閉め、河川水が樋門、樋管を通して堤内地に侵入するのを防ぐ。排水樋門の場合には、ゲートを閉めたのちに内水を排除するために排水ポンプを設置することがある。〈すけ川 登〉
 
 フラップゲート  <ネットより>
 河口部の防潮、河川の逆流防止のため設けられる、ヒンジ式ゲートの代表的なゲートの形式です。 開閉は扉体上部に設けた軸を中心として、水圧荷重により水流方向に回転する事により行われます。・・・

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木戸川護岸復旧 no.384

 東日本大震災は2011.3.11(金)でした。
 復興は未だ手つかずの地方が多い状況ですが、そろそろ二年となります。
 
 千葉県の災害は地盤の液状化と津波被害でありました。
 過去に記事をアップしておりますが、木戸川についても紹介しています(2011.5.11 no.300)。

 その木戸川河口部の修復が進んでいます。
 完全とは行かなくとも、重要な部分の修復が年度内に完了の予定です。
 
 まずは、位置関係と被災当時の2011.03.15(火)の写真を・・・。

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 このとき、緊急の復旧を山武土木事務所が行っています。
 素早い対応でした。

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 そして、約二年が経過して、復旧あとも時間の経過を感じさせています。
 土のうも良く耐えていますね〜・・・。

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 さて現在です。
 ほぼ工事が完了間近ですが、2013.3.25までの工期なのでしょうか、敷き鉄板の片付け移動を行っていました。

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 一言あいさつをして、完成直後の護岸堤防を見せてもらいました。

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 なお、標準断面は次の図で・・・堤防高さYP+4.0m、HWL+1.5m、余裕高さは2.5mあるようです。図面は山武土木事務所からご提供をいただきました。

木戸川断面2



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 最後は海岸砂防の前線は未だ復活しておりません。
 砂地への植物進出で津波の傷が癒えるのかも知れません。松は、枯木となっておりました。印象的な風景です。

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 東北地方の復興は困難な道のりですが、できるだけ早く元の生活に戻られることを祈るのみです。

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雨水調整池 no.383

 何の変哲もない雨水の調整池です。
 千葉県の北総台地は平坦な地形のため、上流域の雨水が谷津に集中してきます。

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 それも、都市化が進むようだと流出量も従来の計算以上のものとなります。
 次の写真はGoogleから拝借、千葉市郊外の北総台地です。

調整池3



調整池2



調整池



 上流域が都市化してしまう悪いパターンですから、河川の流量が増大してきますと、何らかの対応策が必要です。
 
 流出率という言葉があります。
 降った雨の何割が地下に浸透し、何割が流出するのか・・・それが重要です。山林や畑だと地下浸透が多く流出量も少ないのです。しかし、市街化が進みなおかつ雨の降り方も年々激しくなっています(河川行政も大変だと聞きます)。
 
 細かいことは抜きにして、流出量が分かると下流域の河川流下能力と比較し、無理な場合には調整池が必要となります(宅地開発などでは必要になります)。
 
 
 さて、Googleの写真に見るように、急激な雨水の流出を調整池の体積で吸収し貯留しますが、満杯になると下流へ放流します。
 簡単に言うと雨水流下の「時間稼ぎ」です。

 その機能を担うのが次の写真です。赤い鉄の枠がオープンになっている開口部、いつでも水が流れています。

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 そして、降雨がさら続き、開口部の流下能力が不足となれば水位は上昇し、グレーチングの上から越流します。
 調整池全体が満水するまでは赤い鉄枠の狭い開口部で流下させ、手に負えない水流はグレーチングの洪水吐きが働くというわけです。

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 都市化が進行することで河川への流下水量が急激に増加するということが多くなっています。降った雨をそのまま河川に流すという発想では河川の能力が追いつかない時代になっているのです。
 
 地下浸透を真剣に考える自治体が増えているのはその辺の危機感があると感じます。
 降った雨をできるだけ早く、そのまま海へ・・・その意識は完全な時代遅れになってきています。蛇行する河川や遊びの多い河川が遊水池を含めて多自然の洪水抑止を兼ねる・・・そんな思想です。
 
 都市部は用地に制約があり、堤防の強化や嵩上げなど構造物による抑止が主となりますが、いたちごっこの面があります。上流域の開発を抑えることができないからです。バブルの頃から見ると落ち着いてはいますが、基本の構造は同じです。
 
 
 なお、一例として千葉県長生郡に一宮川という2級河川があります。小さい河川なのですが、茂原市街地を通過する事から川幅が狭く、何度も洪水に見舞われていたものです。
 
 そこで、どうしたか・・・中流域に規模の大きな調整池を2箇所築造しました。その後は洪水が発生していません。河川本流の水位が一定以上になると調整池へ越流するようになっています(写真拡大可能)。

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一宮川調整池



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 なおまた、追記です。
 東京駅など東京都心部の地下水位は地下数十メートルにあると言います(昔からの地下水揚水の結果です)。
 
 環境意識が改善し、最近は地下水位が上昇しているそうです。
 そして、何をするのか・・・
 東京駅などの浮力による上昇を抑えるためのアンカー設置など、思わぬ対応策を迫られているとか・・・皮肉な結果であります。
 


 <ウィキペディア>
 調整池(ちょうせいち、ちょうせいいけ、英語:retention basin)は、集中豪雨などの局地的な出水により、河川の流下能力を超過する可能性のある洪水を河川に入る前に一時的に溜める池である。一般的には調節池・調節地(ちょうせつち)とも呼ばれているが、厳密には、調整池は主に土地の開発者が設置する暫定施設、調節池は主に河川管理者が設置する恒久施設と区分している[2]。また「貯水池」も同様の機能を備えている。
 
調節池と名付けられなくともダムによって出来た人造湖もそのダム湖の治水の機能から「○○調整池」とも呼ばれるものが多い。また「湖」や「池」と呼ばれるが人造湖として治水の立場から調節池と呼ばれるものもある。


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大規模海底地すべり地層(2) no.382

 昨年夏(2012.08.08)の取材記事です。

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 館山から南房総へ向かう国道127号線バイパスの左側に真新しい切り土面を発見しました。遠くから見ても妙な地層模様をしているのが分かります。
 
 瞬間的にno.357「大規模海底地すべり地層 by maeda」の記事を思い出したものです。これは現地まで行かずばなるまい・・・ということで時間のあるときに寄ってみました。

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 近づくに従って、わくわくしてくるから不思議なものであります。

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 やはり海底の大規模地すべり地層でした。
 見事な地層模様です。
 海底でダイナミックに滑っている地層群を目の前で見ているような錯覚を覚えます。

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 no.357「大規模海底地すべり地層 by maeda」の記事によれば
 『 約400万年前から100万年前、この地層は水深1500辰ら2000辰粒つ譴砲△辰拭
約200万年前の巨大地震によって砂層が液状化し、広範囲に海底斜面で地すべりを引きこした。
 その際に、地層が分断、かき回された状態になった。そこが長い時間をかけて隆起したと考えられている。』と言うことです。
詳細はそちらをどうぞ。

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 さて、南房総市白浜町の露頭()と館山の露頭()では地層模様も違うし、位置がずいぶん離れています。どういうことでしょうか。

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 そこで登場するのが地質図です。
 千葉県地質図を見てみますと両地点ともに第三系の千倉層群に該当することが分かります。その内容は、泥岩、砂岩互層および凝灰質砂岩となっています。
 
 どうも、この地層に大規模海底地すべり地層(巨大乱堆積地層)が含まれることが想定されます。

地質図



 千倉層群の分布する場所で切り土工事があると、同じ地層が出てくる可能性があります。大規模海底地すべり地層は珍しい物ですから、この2箇所はうれしい発見でありました。
 
 なお、
 農林水産省のHPにも詳しい解説があります。また、白浜グリーンラインの露頭には解説の看板や駐車場もありますから、一見の価値はあります。
 
 最後におまけ・・・Googleの航空写真には駐車場や露頭が見られますから、さすがであります。

位置3

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東部排水機場 no.381

 千葉県山武郡横芝光町屋形地先に大規模な排水機場があります。
 これは、千葉県農林水産部山武農業事務所が「県営湛水防除事業(大規模)蓮沼挟地区」として建設したものです。
 
 湛水被害を未然に防ぐことで農業の安定を図るとともに住民生活を守ることを目的としています。
 
 九十九里平野の中央部付近の蓮沼地区は海岸に低湿地が広がり、耕地も低い地形状況です。
 まずは位置関係をどうぞ・・・。

九十九里



東部



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 明るくモダンなたたずまいが好もしい建物となっています。

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 さて、本排水機場は平成14年に建物が完成し、平成21年度に最後のポンプが設置されて、平成22年度から本格的に稼働し始めています。
 
 YahooとGoogle両者の航空写真を調べて見ておもしろいことに気がつきました。
 Googleは更新をしているがYahooはしていないと言うことです。
 
 ですから、Yahooの一枚は東部排水機場が工事中の写真を使用しています。この段階ですと古い昔の排水機場やプールが残っているのが分かります。

東部排水機場



 そして、Googleの写真ではプールも閉鎖し、東部排水機場が完成しています。
 現場の状況とほぼ同じです。

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東部排水機場3



 航空写真は実際に航空機を飛ばし、撮影するのが昔のやり方です。いまは、衛星などからも詳細な写真が撮影可能だそうです。軍事衛星などはなおさらでしょうか・・・。
 
 資金力の問題か、意志の問題か・・・YahooとGoogleの違いが分かる東部排水機場でありました。
 
 なお、風景としての東部排水機場は上流側からと下流側からとを見てみます。
 この時間帯は自然流下状態でした。

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 機場内部は見られませんでしたので、大口径のポンプを想像できる姿を・・・。

 口径1650mmの排水ポンプが3台
 口径900mmの排水ポンプが1台
 合計で毎秒18㎥の排水能力だそうです。

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 なお最後に、建物には展望塔が設置されています。地元の要望だそうですが、高さ18mは6階建てに相当するそうです。津波が来ても大丈夫でしょう。

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 2011.3.11の大津波の時、この地区も大きな被害を受けました。
 陸上部で1m以上の波が奥深くまで来襲したそうです。
 
 当時の写真を参考に添付しました。この地区の現在は復興しているように見えますが、いまでもご苦労がおありかと思います。
 
 東北地方の復興ができるだけ早期にできるように祈るばかりです。

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 ***
県営湛水防除事業(大規模)蓮沼挟地区
 既存の排水施設の耐用年数が経過する以前において、流域の開発、宅地化、河川改修、地盤沈下等により排水条件の悪化した地域を対象に、排水機、排水樋門及び排水路等を整備し、湛水被害を未然に防止する事業です。(千葉県農業農村整備より)

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三島ダム(拝借写真) no.380

 三島ダムは房総半島の中央部から西流する小糸川の上流部に建設された古い農業用ダムです。
 
 昭和11年に計画が始まり戦時中の昭和18年に建設開始・・・全ての工事が完成したのが昭和43年だそうです。今年で44歳となります。
 過去にも紹介していますので詳細はそちらno.179で確認していただければ幸いです。
 
 今回は、小糸川土地改良区千葉県が紹介している古い写真を拝借して建設当時の雰囲気をどうぞ。
 
 まずは、戦前の揚水施設です。
 深い峡谷状の谷から揚水をするにはご苦労があったようです。

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 そして、全体の地形状況はyahooの写真から・・・

小糸川



三島ダム



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 次は堤体の構造と工事中の古い写真です。
 当時の技術を動員しての壮大な計画・工事でありました。

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 さて、ここからは現在の写真です。

 農業用ダムとしての機能もさることながら釣りの本場にもなっておりまして、極端な水位低下をすることはできません。ただ、平成24年の夏場は降雨がきわめて少なく、初めてと言うほどの水位低下となっていました。

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 取水塔の現状です。

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 そして洪水吐きです。

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 減勢工は深くなっていますからコイたちには良い環境なのでしょうが、水位が低下すると外界から遮断され、取り残されることになります。大雨が降らないと抜けられません。

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 揚水機場はまだ現役です。機器は当時のままというわけには行きませんが、構造はそのまま・・・。

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 なお、機場の上に当時の国道410号線の橋梁が見えます。橋脚の腐食激しく役目を終えています。新しい国道とは対照的です・・・が、景観としては古い方に軍配が上がるようです(笑い)。

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 さらに下流の方では取水の堰が造られており、現在も現役です。小糸川土地改良区域と千葉県企業庁の用水も取水しています。三島ダムの上流部に豊英ダムがあり、こちらが企業庁の管理ダムです。

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 なお、三島ダムは40年を優に超えていることから先年の大震災を機に見直し作業が進んでいます。こうした土木施設が上手に維持管理されながら長寿命化を図る時代になってきました。如何に費用をかけずに効果のある対策を行うか、土木屋の力量が問われています。

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千五百羅漢 日本寺 no.379

 鋸山の南斜面に日本寺があります。
 『 寺伝によれば、聖武天皇の勅願により、行基によって神亀2年(725年)に開山されたとされ・・』と、かなり古いお寺さんです。
 
 まずは、大仏さんがあり、総高 31.05メートルの名実ともに日本最大の石像です。
 (大仏像の記事はこちらへどうぞ

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 さて、大仏とともに人を惹きつけるのが千五百羅漢の石像群です。
 『 上総桜井(現木更津市)の名工大野甚五郎英令が安永八年(1779年)〜寛政十年(1798年)に至る前後21年間、門弟27名とともに生涯をかけて千五百五十三体の石仏を刻み、太鼓よりの風食によってできた奇岩霊洞の間に安置し奉ったものです・・』(案内文)

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 周遊道はきれいに整備されていますが、階段の上り下りはかなりきついものがあります。しかし、羅漢像が好きで時間に余裕のある方には良いかも知れません。
 また、鋸山からの眺望も楽しめます。
 
 さて、遊歩道は次のような雰囲気です。

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 全ての石像を紹介することはできませんが、個人的におもしろいと思った石像を並べてみました。
 まずは、群像として・・・(画像クリック拡大可能です)。

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 次はお釈迦様でしょうか・・・格別の場所に鎮座・・・。
 品の良い顔つきが印象的です。

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       ↑ 聖徳太子 ↓

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 そして、羅漢像を可能な限り並べてみました。
 それぞれの個性が際立つ秀作揃いです。

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 以上、いかがでしたか?
 おもしろいと思うか退屈するか、人それぞれであります(笑い)。

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ロックシェッド 鋸山 no.378

 房総半島西部、浦賀水道に面した海岸に、山が没する場所があります。
 鋸南町と富津市の境に連なる鋸山山塊です。
 
 低い標高ながら険しい岩山の様相を見せてくれます。
 
 しかし、そこは観光地、
 車でも、ロープウェーでも登れるようになっています。山の東斜面には日本寺があり、大仏像や千五百羅漢など見所十分です。

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鋸山



 急峻な崖面は石材採石の跡地と言うこともあり垂直の壁面が魅力的です。
 次の写真は南側から見た鋸山です。山頂はもっと右側になります。この反対(裏)側が厳しい壁面です。

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 さて、山が直接海に没するということは大変な崖地を造り、交通の道はそれこそ厳しい場所を通過することになります。昨年5月にも付近で崩壊しています。

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 なお、風景の中に白い構造物が見えています。
 何でしょうか。
 
 アップにしてみるとなるほど・・・。

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 ロックシェッドです。
 落ちてくる岩は仕方なし・・・海へ・・・というわけで頑丈なコンクリート構造物です。(→ 過去記事 no.294 no.351
 
 ロープウェーの駅がある浜金谷には三浦半島・久里浜からフェリーが出ており、神奈川県からの観光客も多いのです。ただ、東京湾横断道路開通のおかげで東京、その他からのお客さんも増えています。残念ながら日帰り客が増えているのですが・・・。
 
 なお、南房総は暖かいので、スイセンも咲いております。

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 そして、南房総や館山方面が輝いておりました。

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 鋸山はすぐ近いので、ぜひどうぞ!
 
 
  鋸山 のこぎりやま     <大百科全書より>
千葉県南部、富津(ふつつ)市と安房(あわ)郡鋸南(きよなん)町にまたがる山。内房海岸に面し、標高330メートル。第三紀砂質凝灰岩からなり、その名のごとく鋸の歯を立てたような山容を呈する。山麓(さんろく)の北側にかつて房州石(ぼうしゆういし)を切り出した石切場跡があり、垂直に切り立った断崖(だんがい)となっている。頂上付近に十州一覧台があって、東京湾、三浦半島、房総の山並みを展望でき、僧行基(ぎようき)創建の日本寺、千五百羅漢や百尺観音(かんのん)などの仏像群がある。浜金谷(はまかなや)から頂上へロープウェーが架設され、また有料登山道路も開かれている。南房総国定公園に属し、県指定名勝でもある。内房観光の中心地をなし、浜金谷はフェリーで久里浜(神奈川県)と直結している。〈山村順次〉
【地】2万5千分の1地形図「保田(ほた)」

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大多喜みらい塾 no.377


 千葉県夷隅郡大多喜町、房総半島の中央部に位置し夷隅川が形成した大きな盆地にある町です。平成の市町村合併においても孤高を守り、単独で生き抜く覚悟を示しています。

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 大多喜町は徳川四天王の一人・本田忠勝が築城した大多喜城(10万石)を擁し、自然豊かな山の里・・・春夏秋冬いろいろな魅力が満載の町です。

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 そんな由緒ある城下町も地域産業少なく、過疎化に悩まされている現状があります。これは、大多喜町に限らず日本全国の「地方」が抱える大きな課題であります。
 
 今回紹介する大多喜みらい塾はそうした現状の中で、地域活性化をはかるために立ち上げられたNPO法人です。まだ1年にもなっていませんがメディアにも取り上げられ、少しずつ名が売れてきました。
 
 NPO法人とは、正式には特定非営利活動法人であり会社法などの組織とは一線を画しています。ある種のボランティアが主体の活動となりましょう。
 
 大多喜町のバックアップも得ながら奮闘されているのが、理事長・上治信氏です。千葉県職を辞した後、この活動に命をかけているようです。

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 地域活性化には地元住民の協力が欠かせません。極論をすると、そこが命でありましょう。
 
 上のような顔つきに似合わず、細かい気配りと熱い気持ちが周囲を動かしているように見えます。
 
 今後は、「継続は力なり」をモットーに、走りすぎることなく長丁場の活動をお願いし、また先を楽しみにいたしましょう。地域活性化には熱い気持ちの人間が一人でも二人でもいれば成功できるといいます。全国の頑張っている地方には、こうした人間が必ず存在しています。
 
 苦労が多いこうした活動ですが、いつの日か、大多喜町を揺り動かしている大多喜みらい塾になることを楽しみに、エールを送りたいと思います。
 
 
 大多喜みらい塾の活動は「体験イベント」、「古民家再生プロジェクト」、「移住者向け支援」、「その他」、多くあります。http://www.otakimirai-juku.jp/
 
 
 なお、ここで活動の一つ
 <古民家再生プロジェクト>を紹介します。
 住む人もなく朽ち果てるのを待つような「古民家」、これが増えています。

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 その一つを素人が集まって修復しようではないか、というわけで土曜日を活動日として継続しています。もちろん、職人さんの監修はありましょうが、基本的には素人が作業をします。
 
 むかしの建物は農家と言いながらも重厚な造りになっています。柱は7寸とかいっていました。梁の厚さ(高さ)も並みではありません・・・今の時代では。

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 そして、神棚の立派なこと!
 むかしの時代は信心深かった・・・よく分かります。

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 こうして修復したこの古民家を、都会の人たちに利用してもらおう・・・これが古民家再生プロジェクトの最終的な目標です。
 
 コンクリートに囲まれた都会の人はむかしの環境にあこがれます。のんびりとくつろいで英気を養っていただきましょう・・・。

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 大多喜みらい塾の活動は「大多喜みらい塾」のホームページをご一覧ください。
 そして、ご参加・ご協力を・・・。

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小向ダム no.376

 久しぶり、どんよりとした日に寄ってみました。
 雨の後でほぼ満水、越流まではしていませんでしたが、一部放流の音だけが響いていました。音はすれども静寂・・・都会の喧噪とは違います。

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 曝気のエアーの音も変わりません・・・。

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 小向ダムは過去 no.221no.335の二回アップしていました。
 
 水道用のダムですが、水が濁っています。
 そのことで、上流側に地すべり地帯があると言うことが分かりましょうか。ダムサイト付近は地すべり地帯ではありません・・・安定しています。

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 このダム本体も老朽化が進行し、数度の補修を掛けています。
 
 なお、
 「笹子トンネルの事故」が関係者に与えた衝撃はとても大きかったと考えます。
 
 造る事が目的という安易な発想・思想が時代遅れになっていることは当然としても、維持補修に関する議論が真剣に論じられ、実行に移されつつある中、重大な見直しを求められる事になりました。今回の事故は、盲点と言うより大きな手抜かりがあったと感じます。
 
 これからの時代は維持管理を「設計者が自分で行う」というくらいの設計思想が必要です。それも、10年、20年、30年、40年、50年・・・と長期的なスパンで設計することではないかと考えます。
 
 経済性を最優先としてきた現代の土木技術に、100年、200年のトータルコストを見込むような新しい設計思想が求められているものです。
 
 造れば良いという時代は終わりました。
 維持管理をしながら如何に長寿命化を図るのか、計画の段階から議論されることになりましょう。
 
 社会基盤の整備を怠った文明は衰退し、崩壊します、いつの時代も同じです。社会の縁の下を支える重要な役割を担っているのが土木屋です。
 
 政権も代わり、社会投資も変化してくるでしょうが、単なる利益誘導ではない大局に立った施策が望まれます。国民の一人一人が元気になることで経済は上向くはずです。
 
 われわれ土木屋も「元気な気持ち」を前面に出してやって行きたいものです。
 
 追記
 笹子トンネルの事故原因はアンカーボルトの抜け落ちという可能性が高いそうです。アンカーボルトは「接着系あと施工アンカー」で、土木学会で設計・施工指針を作成中だったそうです(今まで土木には指針がなかった)。接着剤の劣化、クリープ現象など長期的な強度を保つには無理があったかも知れません。そして、この吊り下げるという構造に問題がありそうです。またさらに、点検が困難な状況にあることも重要な要素になります。

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スカイツリー no.375


 先月末に、ある協会で予約見学してきた写真を拝借しました。人出はすごいけれど、上手な規制をしているようで展望デッキは比較的大丈夫だったとか・・・。
 
 予約なしでも50分待ちくらいで上れるそうです。

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 しかし、待つことには代わりありませんから水族館など・・・時間つぶしが必要だとか。

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 さて、スカイツリーの本体です。予約では「展望主体」のコースと「内部構造を見学できる」コースがあるそうです。内部を見ることはなかなかできませんから、今回は残念でした(笑い)。

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 そして、展望デッキからの眺めは・・・最後は富士山も見えたそうです。

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     <写真は全てクリック拡大できます。>  

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八ッ場ダム(2) no.374

 前回の続きです。
 世間の注目を浴びた八ッ場ダムですが、このところは静かな八ッ場館です。
 
 館内にはダム関連の概要が分かるようになっています。

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 ダム本体の概要は展示物でどうぞ・・・。
 ちなみに、ダムの高さは116mです。

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 さて、これだけのダム高さがあるということは、それだけ高く逃げなければならないという単純な話しです。道路も鉄道も人も・・・雨にかすむ現地の風景です。

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 ダム本体よりずっと下流側から道路、鉄道は高見を目指します。
 まずは、地形図で見てください。

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 そして、鉄道は大きく迂回して山岳部のトンネルへと向かいます。
 結構な大工事であります。

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 次は上流部を見てみましょう。
 ダムの計画水位が現状の地形に収まる位置関係となります。
 国道は「長野原めがね橋」と言うそうです。

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 最後はまだ紹介していない湖面3号橋と1号橋です。
 案内のルートの関係で通行はしたのですが、バスからの良いアングルがありませんでした。

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 そして、最後は湖面1号橋・・・名前がついておりません。
 ただいま工事中であります。

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 以上、雨の見学報告でした。
 ダム本体の早期着手を願い、またいつの日か本体工事を見学してみたいと思います。

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八ッ場ダム(1) 涙雨・・・

 2012.11.26(月)に八ッ場ダムを見学してきました。
 雨の中、八ッ場館の担当者に案内していただいたものです。
 
 運が良いのか悪いのか、普段の行いも含めて雨に考えさせられる研修でありました。

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 八ッ場ダム関連工事は、国道、県道、JR線、移転地造成、学校建設などの付帯工事がそろそろ完了する段階です。湖面1号橋の上部工を残し、湖面2号橋(不動大橋)と湖面3号橋(丸岩大橋)は完成しています。
 
 まず、八ッ場館にて全体の説明を受け、専用のバスで案内してもらいました。あいにく雨のためダム本体予定地や現地に降りての説明は不能です。

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 今回の紹介は、完成し供用している湖面2号橋・不動大橋です。

 メディアに大きく取り上げられ、有名になった橋であります。その仕様は次の写真でお分かりでしょうか。途中でストップすると大変!!ということでしたが無事完成しています。

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 雨に煙る不動大橋を土木の風景としてアップしました。

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 次回は丸岩大橋やJR線の工事を紹介します。
 
 
 さて、ここから先は独り言です・・・。
 案内していただいた地元のガイドさんの独り言でもありました。
 
 *****
 八ッ場ダム計画は
 地元が翻弄されるような歴史を持っています。
 整理をすると次の通りです。
 
 1947(昭和22)年  カスリーン台風
 1952(昭和27)年  八ッ場ダム調査開始
 1976(昭和51)年  八ッ場ダム閣議決定
 1985(昭和60)年    八ッ場ダム・県知事と長野原町長が覚書締結
 1992(平成4)年   八ッ場ダム建設事業の「基本協定書」
          ・「用地補償調査に関する協定書」締結
 1994(平成6)年   建設省付帯工事に着手
 2009(平成21)年  前原元国土交通大臣八ッ場ダム中止表明
 2011(平成23)年  前田元国土交通大臣八ッ場ダム建設継続表明
 おまけ
 2012(平成24)年  11月末現在 (今回の「土木の風景」報告)

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 土地を追われ、離れる人、高台に移転する人・・・お一人お一人が大変な苦悩の中に決断をされてきたものです。影響を受ける人は1000人だそうです。
 
 当時の社会と現在とでは情勢がまったく違います。しかし、人間の生活は変わらないはずです。生活基盤を奪われ、転居したり去らなければならない人たちの思いはいかばかりかと推察します。
 
 村が2分する厳しく苦しい事態を経て何とか決着して進むこの事業を、政治でねじ曲げるという哀しき現実がありました。賛成も反対も、ここまで来て何をいまさら言うのか・・・これが地元の叫びであります。結果的には単に時間を遅らせたというだけの政治的パフォーマンスでしたが、住民に対するその責任は如何に・・・!!
 
 調査開始から60年が経過しています。
 ダム建設の宿命でありますが、その影響の大きさから建設の是非を巡って議論が沸騰するのは常のことです。建設ありきで走り出し、予算をつぎ込んで行くと後戻りは非常に困難となります。国土交通省や関連財団、関連自治体、建設業界にも大きな問題があります。
 
 住民が苦しみの中に移転をされたり離れたりと、ほとんどの動きが決まった段階での中止表明はいかがなものか・・・住民の気持ちなどは考えていないのです。
 
 反対運動の構成員に地元住民がいないことなど、どのように見れば良いのでしょうか。地元住民をないがしろにした活動が、メディアにもてはやされる現実はどこかおかしい日本国であります。
 
 昭和27年に戻って建設の是非を議論するのは良いことでありますが、できません。今回の騒動は「何を今更!!」の平成21年です。ダム本体工事のゴーサインはいまだに出ていません。本体工事に着手してもさらに6,7年はかかるそうです。
 
 
 なお、大局でダム計画を見れば、
 山間部の地元が下流側都市部のために犠牲を払う・・・これがダム建設の本質です。
 洪水調節、水の利用、すべてが都市部のためのものです。地元に残るのは美しいダム湖と観光・・・でしょうか。日本国全体を総合的に考えると致し方のない形なのかも知れませんが、やるせない思いです。
 
 
 それ故にこそ、地元の方々の犠牲とご協力に感謝をすべきであります。
 
 時代は変わり、人の気持ちも社会も変わります。
 厳しい現実ですが、ダム建設という長期的な事業にはこうしたリスクはつきものであります。建設着手する前にすべき議論であり、八ッ場ダムの中止表明などは遅すぎる政治判断、暴挙でありました。
 
 
 八ッ場ダムの用水は関東各県が受益地であり、応分の負担金を支出しています。
 下流側の各県が事業費の一部を負担するのは恩恵に対する当然の義務なのでありました・・・。
 *****

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霜と紅葉 no.372

 いよいよ冬の到来です。
 2012.11.20(火)には千葉県北総台地は初霜でした。

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 朝夕の冷え込みはこれから厳しくなってきます。
 そんな中、平成24年度開通を目指し、圏央道の工事は着々と進んでおります。
 茂原北インター付近は最後の仕上げでしょうか・・・。
↓ 南ではなく北です。

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 現場を歩かせてもらえば良いのですが、ついつい忙しくて果たせていません。
 年内には一度歩いてきて報告をいたします。今回は上の一枚でご容赦を・・・。


 
 おまけと言っては何ですが、千葉県でも紅葉が見られますので部分で切ってご紹介します。普通に街で見る風景でしょうか(樹種は全部違います)。

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力学の基礎(2)ヤマノイモ no.371

 過去にアップした農家のおじさんの力学(no.346・・5月)結果報告です。
 作物は予想通りヤマノイモ、それも野生の自然薯(じねんじょ)でありました。
 
 真夏の予定でしたが秋になってしまいました、ご容赦を・・・。
 
 さて、
 ツルが繁茂して安定が保てたのかどうか・・・これが力学の基礎です。
 まずは、前後を並べてみました。しっかり安定していますね〜〜農家のおじさんは、やはり偉かった!!。

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 黄葉・・・これがヤマノイモの特徴です。
 山野でヤマノイモのあり場所を探す時の目印となります。

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 そして、ヤマノイモの証明は次の写真です。
 「ムカゴ」といいまして、これも食べられますし、おいしいのです。

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 なお、
 畑の近くにも自然薯が野生であります。狙っている人もいましてその痕跡を残していました。少なくとも・・・埋め戻しくらいはして欲しいものです。

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 むか‐ご【零余子】   <広辞苑より>
広義には、珠芽(しゆが)と同義。また、特にヤマノイモの葉のつけ根に生ずる珠芽を指す。肉芽(にくが)。ぬかご。「季・秋」

 ジネンジョ →ヤマノイモ   <大百科全書より>
 ヤマノイモ
〔山芋〕 【学】Dioscorea japonica Thunb.
(大図鑑 P378参照)
→ヤムイモ →とろろ汁 →ナガイモ
ヤマノイモ科の多年生つる草。茎は細長く、数メートルに伸びて分枝し、他物に絡みつく。葉は対生。茎葉の形状は畑に栽培されるナガイモと酷似するが、葉身と葉柄の接点にナガイモは赤斑(せきはん)があるが、ヤマノイモには赤斑はないので区別することができる。雌雄異株。7〜8月、葉腋(ようえき)から花序を出す。雄花穂は2、3本ずつ直立して長さ約5センチ、白い小花を多数開く。雌花穂は長さ約10センチで垂れ下がる。果実は直径1センチほどの3枚の翼をもったさく果で、3室があり、各室に2個の種子がある。晩秋に果壁が裂けると円形の薄い羽をもった扁平(へんペい)な種子が飛散する。また夏秋には茎の上方の葉腋に、径約1センチの球・長球形のむかごがつき、地面に落ちて、繁殖子となる。地下部には、いも、すなわち担根体ができる。いもは長さ1メートル余にもなり、地際(じぎわ)は細く、深い所ほど太くよじれており、ナガイモより細い。いもの肉質は白く粘りが強い。このいもの頂部から春に萌芽(ほうが)し、いもは夏までに消失して秋までに新しいいもができる。
 古くは、いもといえば本種のことであったが、農業開始のころから日本に入って栽培化されたいもを里芋と称したのに対し、本種はヤマノイモ(山の芋)、または単にヤマイモ(山芋)とよばれるようになった。また、自然に生えるいもの意味でジネンジョ(自然薯)ともよばれる。秋冬の山菜として好まれている。


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東京外郭環状線千葉県区間見学報告(2) no.370

 前回の続きです。
 今日の主題は外環と京葉道路との交差部工事状況報告です。
 
 本工区、田尻工区は(仮称)京葉ジャンクションになる区間です。
 全体模式図を見ても重層構造がよく分かりませんね〜案内の技術者さんも、さっさと飛ばしておりました(笑い)。

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 現在の京葉道路はこの通り・・・数万台が行き交う大動脈であります。

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 工事用車両の通行は専用の仮設道路ができており、一般道を使用しない形です。
 京葉道路をまたぐ区間は立派な橋梁に見えます。これも、土木の風景・・・。

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 さて、外環道路はこの京葉道路の下を通過します。通行止めをしないでどのような工事となるのか、まずは上から見た工事風景です。

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 京葉道路の両サイドで掘削工事が進行中です。
 その手順は、京葉道路の切り回しを行い、ボックス構造物を構築して戻す、また空いたスペースで掘削・構造物構築後また戻す・・・そういうことで現在の京葉道路は上り車線を一度動かして戻した線形とか。下り車線は大きく迂回した線形になっています。
 まだ数回の切り回しがあるそうです。
 
 さて、できたばかりの外環構造物は掘削底面に降りて見せていただきました。
 切り梁が印象的です。

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 そして、完成したばかりの外環構造物は巨大です。現在京葉道路上り車線が載っています。この断面では三連のボックスカルバートになっており、右側二連が外環本線、左側一連がDランプ(京葉道路上りから外環内回りへ)です。
 
 断面図をよくよく見ても解読が必要なくらいです(笑い)。

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 なお、掘削壁面は連続地中壁と切りばりで押さえられています。壁面は良く固結していました。

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 最後は揚水井戸、重要な仮設設備です。

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 最後に、京葉道路と外環道路を結ぶジャンクションのランプは本体工事とは別にシールドで抜くと言うことです。カーブを切っての難工事が予想されます。機会があればまた見学をしたいと思いますが、今回はここまで・・・。

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