「戦勝国論へ至る経緯」はこれが最後の章と成ります。もう一度「開戦に当たっての帝国政府声明文」を掲載します。黒枠の処をクリックすると拡大してみることが出来ます。「東亞に於ける英米の暴政を廃する」と戦争目的が明記されています。
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編集者に感謝申し上げます。ありがとう御座います。



 4回に分けて私が戦勝国論へ至った経緯を述べてきました。今回で結論と成ります。

 過去4回のブログで皆さんに理解して欲しかった事は本来在るべき戦勝国と敗戦国の関係が、大東亜戦争においては逆転している、捻れが発生していると言うことです。戦勝国が貧乏となり、敗戦国が裕福になった戦争など、私の知る限り第2次世界大戦を置いて他にありません。何故このような捻れが発生してしまったのかを考えると、やはり、戦後アジアが独立し、それに引き摺られる形でアフリカ諸国まで独立してしまい、植民地経営に頼ってきた欧米列強が没落、独立した新興国家が”敗戦国”である日本やドイツと自由貿易を開始し、ともに経済を繁栄させてきた、という構図が浮かび上がってくるのです。

 ”捻れ”の原因は植民地の完全独立にあったのです。連合国は1945年9月2日の日本軍降伏文書調印の時点では、植民地は再び白人列強の傘下に復するものと安易に考えていたことでしょう。まさか、日本軍が現地に”独立義勇軍”なる武装組織を育成し、米英に引き渡すべき武器弾薬を武装グループに与え、作戦指揮のために数千に上る日本兵が日本軍の黙認の元、軍籍を離脱、独立軍に合流していたことなどしるよしもなかったか、または、知っていても嘗めてかかっていたのでしょう、「どうせ、土人の軍隊」だと。

 戦後の歴史展開を決定づけたのは緒戦に於ける日本軍の快進撃であり、後半に於ける日本軍の劣勢などは後世の歴史に何の影響も与えていないのです。緒戦で同じアジア人である日本人が白人達を追っ払ったと言う事実が、戦後アジアの秩序と支配権の形成を決定づけたのです。降伏文書とかサンフランシスコ平和条約などというのは”只の紙切れ”に過ぎない。何故なら、降伏文書に調印して負けたはずの日本軍が、現地に置いてきた独立軍という”時限爆弾”を炸裂させ、戦勝国を没落させてしまったのです。どっちが戦勝国だったのですか?

 一方、上記帝国政府声明文は”紙切れ”ではありません。何故なら戦後、書かれていることの殆どが実現されているからです。「英米の暴政を廃し」「大東亜共栄圏」別名”アセアンという”が実現したのです

 1955年、白人抜きでバンドン会議が開催され、戦後アジアの秩序はほぼ確定しました。帝国政府声明文に書かれている”東亜新秩序”の形成が実現したのです。

 戦争目的を達成し、繁栄に浴したのは日本と独立したアジア各国であり、連合国は没落してしまいました。よって、「戦勝国は日本だった」という結論に達するのです。

戦勝国論への経緯(1)で述べた通り

 私は学生時代、村松剛先生の言葉「勝てば官軍、負ければ賊軍」「義は日本にあるが、賊軍だから悪人に仕立てられた」という発言に納得し、それでは日本の真実は一体何なのか?と言う疑問に駆られて生きてきましたが、真実は「日本こそが戦勝国だった」という事実です。

日本軍には義があったばかりではなく、現実に、有色人種を解放してしまっていたのです。

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