カイロ会談(1943年11月22日から11月26日)が行われて連合国による対日終戦処理が話し合われていた頃、、東京では大東亜会議が行われ、民族独立宣言が採択されていた。
カイロ会談で謳われた宣言は何一つ実現されず、大東亜宣言はすべて実現された。これが歴史的事実である。
それでも君たち日本人は日本が敗戦国で連合国が戦勝国であるというハリウッド風プロパガンダを信じるのだろうか。日本とアメリカ、どっちが戦争目的を達成した?


カイロ宣言項目と歴史結果
*連合国は戦後に領土拡張に加わることはない▼▼▼▼▼▼▼ ▼▼
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領土の拡張どころか、領土の現状維持にも失敗した。
*蒋介石(中華民国);支那大陸の共産化により台湾逃亡(1949年12月)
*チャーチル(大英帝国):1947年に起きたインド独立を切っ掛けに大英帝国は崩壊消滅
*ルーズベルト(米国):フィリピン植民地を完全喪失、ルーズベルト本人も終戦を視ることなくご逝去1945年4月12日)された。
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*朝鮮は適当な時に自由と独立を得る
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朝鮮半島は戦後南北に分断され自由と独立どころか朝鮮戦争勃発により、米国兵と軍属を合わせ約10万人が死亡、朝鮮人数百万人が死亡。朝鮮戦争は休戦中だが、元大日本帝国であった半島の北半分が米国を核ミサイルの射程内に収め脅迫中である。
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*日本が清国から奪い取った領土はすべえ中華民国に返還されなくてはならない。
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日本は返還したが、その領土は支那共産党の毛沢東に横取りされた。
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*日本が占領した地域から日本軍は追放されなくてはならない。
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日本軍は占領地域(欧米植民地)から撤退したが、その地域は独立国家として自立させられていた。
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三大同盟国(支那、米国、英国)は陸海空から日本に対し呵責なき攻撃を加えることを決意した。
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呵責なき攻撃を日本に加えるところか、蒋介石はカイロ会談の後、日本軍による呵責なき大陸打通作戦で大損害を出し、降伏直前まで追い詰められ、勝手に日本と和平交渉を始めた。米国は神風特攻・玉砕戦という呵責なき攻撃を受け大損害を出したため、日本本土上陸を放棄し、核兵器を使用、自ら通常戦争での敗北を認め、自国の歴史に人類史上最大の汚点を刻んだ。
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大東亜宣言各項目と歴史結果について
項目 :
1 大東亜各国は協同して大東亜の安定を確保し、道義に基く共存共栄の秩序を建設す。
1  大東亜各国は相互に其の伝統を尊重し、各々民族の創造性を伸暢し、大東亜の文化を高揚す。
1  大東亜各国は互恵の下緊密に提携し、其の経済発展を図り、大東亜の繁栄を増進す。
1 大東亜各国は万邦との交誼を篤うし、人種的差別を撤廃し、普く文化を交流し、進んで資源を開放し以て世界の進運に貢献す。


歴史結果:
1961年にタイ、フィリピン、マラヤ連邦(現・マレーシア)の3か国が結成した東南アジア連合(Association of Southeast Asia, ASA)が前身として、ASEAN(東南アジア諸国連合)が1967年の「バンコク宣言」によって設立された。それにより 上記各項目は支那韓鮮の特亜3国を除くすべての東亜各国において確立された。