徒然なる日常

2013年07月

2013年07月28日

カテゴリ:: グルメの話

入谷鬼子母神門前のだや [入谷]

東京は下町、入谷にある「新しくて古い」うなぎ屋に行ってきた。
鬼子母神を祀っていることで知られる下谷・信源寺の門前、通りを挟んで向かい言問通り沿いにあるこの店がオープンしたのは、２０１３年２月１４日のこと。できたてのホヤホヤと言っても良い。では「古い」とは、いったいどういうことだろうか。
それはこんな理由からである。元もとこの店は、「味乃江戸っ子」という鰻屋だった。その店の主人が勇退されるのをきっかけに、「入谷の野田屋調理師紹介所」というところが引き継ぎ、新しく店をオープンすることになったのだ。

では、入谷の野田屋調理師紹介所とは。
創業は明治元年、１４０年の歴史を誇る調理のスペシャリスト団体のこと。その団体を「野田屋東庖会」と呼び、川魚を主とする日本料理に携わる調理師が常時１００名ほどが在籍し、各料理店の需要に応えて調理師を紹介斡旋している。「野田屋調理士紹介所」は厚生労働大臣の認可を受けて

おり、在籍調理師の優秀な技術力を、日本国内の各料理店に供給してその繁栄に貢献している。特に「鰻蒲焼」の調理に関する技術力は、国内広しといえども比類なき秀逸さであると評価されている。現在、当会所属の調理師が６０店舗ほどのお得意先に勤務して調理の腕を振るっている。

この団体は、お茶や生け花で言うところの「流派」のようなものであり、由緒正しい料理界の団体なのだそうだ。特に「串打ち三年、裂き八年、焼きは一生」と言われる鰻の調理で、焼きに自信を持っており、多くの鰻好きを呻らせている。

ちなみに、お店の最新情報は以下の通り。
８月３日（土）は二の丑。焼き手として野田屋東庖会の至宝、磯崎一吉師範、石塚周二師範の両巨頭を招聘致しました。磯崎師は千住、石崎師は赤坂の名店の、共にミシュランの星獲得店の礎を築いた名人です。焼きは一生涯と言われる名人の技を是非ご覧戴下さい。７月２２日のメニューはうな重限定でしたが、８月３日は通常のランチ営業も実施。コース料理以外のグランドメニューもお出しします。ひつまぶしもご賞味戴けます。

だそうだ。それではあらためて店のアクセスを。場所はメトロ日比谷線「入谷駅」２番出口を出て右折、徒歩１分。ＪＲ「鶯谷駅」からは南口徒歩５分。上野からはタクシー１メーター分の距離である。
日本一長い国道４号線と言問通りが交差した地点から言問通りを鶯谷駅方面に向かうと、うなぎのいい匂いとともに大きな「う」の文字が見えてくる。それがこの店の目印だ。ちなみにこの文字は宮崎県在住の書道家、堀内景子によるもの。

店先ではガラス越しにうなぎを焼く様が見える。その日の焼き担当は、野田屋東庖会の富田秋彦氏となっていた。

店内は母屋２０席、離れ１２席、２階５席分の３７席。入口で人数を告げると、母屋真ん中あたりのテーブル席に通された。備え付けのお品書きを見ると、

・うな重（うぐいす）　４５００円
・うな重（あさがお）　３８００円
・うな重（ほおずき）　３０００円

となっており、他にも穴子と鰻のいいとこ取りの「いとこ丼」１４００円や、関東ではあまりない「ひつまぶし」２８００円から、なんていうのもある。またこのひつまぶしは、タレか塩の２種類から選べるとのこと。ひつまぶしの塩というのはあまり聞いたことがないが、岩塩の塩の旨みがうなぎの自然の甘さを引き立てるのだそうだ。関東のうなぎは蒸してから焼くが、ひつまぶしの場合、蒸さずに地焼きする。つまり、焼き方を使い分けているということだ。これは相当に、焼きには自信があると見た。

と言うことで、ひつまぶしは次の機会にうな重の「あさがお」３８００円を注文。焼きあがるまでに３０分はかかると言うことなので、たまたま目にとまった「うなぎとクリームチーズの酒盗和え」１０００円も注文。もちろんこれはヱビス生ビールのアテだ。

そのうなぎとクリームチーズ、そして酒盗。こんな取り合わせが合うのかと試してみると、やっぱり、という感じだった。クリームチーズのしょっぱくて濃厚な味は、うなぎの味を殺してしまうし、酒盗との相性もいまいち。ましてやビールとの相性となると、口の中に生臭さが残る。ならば日本酒なのか、と言えば、そうでもなさそう。斬新なメニューだが、自分の口には合わない気がした。

そうこうしているうちに主役が登場。３０分と聞いていたが、２０分もかからずに出てきた。重箱の蓋をオープンしてご対面。きれいな色をした「三河一色産」のうなぎが箱にぴったりと行儀よく収まっており実に美しい。
そんな美しいうな重の左端に箸を落とす。何の力もいらず、スッと吸い込まれてゆく。その見るからに柔らかそうな身とご飯をこぼさないようにすくいあげ、慎重に口の中にほおり込む。最初のひと口が肝心だ。思った通り柔らかい。たとえるなら「ふわふわ」したような触感。タレは関東風にはしてはそれほど甘くなく、醤油感もあって若い印象を受けるがこれは好みの問題。
ただあえて難癖をつけるなら、ご飯がいただけない。入店したタイミングなのかもしれないが、炊き上がりから時間が経っているような、ちょっとべっちゃりした噛みごたえだった。蒲焼が美味しかっただけにこれは残念。

２名分のお通しや席料などがついてお会計は〆て１万１３００円。オープンは今年の２月ということでもう５カ月ほど経っているのに、いまだに従業員は慣れていないような感じがする。それほど混雑しているわけではないのにやけにドタバタしているのだ。少なくとも５０００円以上の客単価になるのだから、もっと悠然と振る舞ってほしかった。ま、それは時間が解決してくれるのだろうが。今度はぜひ「ひつまぶし」にもトライしてみたい。

食後は向かいの鬼子母神でお参りしていたら、お寺の関係者から鬼子母神の由来について楽しい話を聞かせてもらった。まるで『ぶらり！途中下車の旅』の旅人になった気分である。

http://www.at-ml.jp/?in=67764

入谷鬼子母神門前のだや

東京都台東区下谷２丁目３－１
TEL：03-3872-0517
営業時間：午前１１時３０分～午後３時、午後５時３０分～午後１０時３０分
定休日：原則毎週月曜（祝祭日の場合、翌火曜）

タグ：: #うなぎ百撰; #うなぎ; #台東区; #下谷; #鶯谷

2013年07月27日

カテゴリ:: 本の話

ルカの方舟 / 伊与原新

タイトルは『ルカの方舟』。ルカ（LUKAS）とは、新約聖書の『ルカによる福音書』および『使徒行伝』の著者とされる人物。聖人の概念を持つ全ての教派で、聖人として崇敬されている。カトリック教会での記念日は１０月１８日、正教会での記憶日は４月２２日（５月３日）である。西方世界では医者および画家の守護聖人とされる。日本語表記では、「路加」とも書かれる。

一方、方舟（箱船）は、『旧約聖書』『創世記』に登場するノアの方舟が良く知られている。これは神ヤハウェが邪悪な人間を滅ぼすため起こした大洪水にあって、善良なる人であったノアとその一族だけを例外として救うため、ノアに命じて箱船を造らせた物語である。ノアたちはこの箱船に乗船して、大洪水による滅亡を逃れた。（ウィキペディアより）

つまり、西洋でもっともポピュラーなあの宗教が関係していることを匂わせている。そして、

著者の伊与原新（いよはらしん）は１９７２年、大阪府生まれ。神戸大学理学部卒。東京大学大学院理学研究科博士課程終了。『お台場アイランドベイビー』（角川書店）で横溝正史ミステリ大賞を受賞。受賞第一作に『プチ・プロフェスール』（角川書店）を発表。本作が三作目。

ルカの方舟 [単行本（ソフトカバー）]

伊与原新

講談社

2013-06-07

生粋の理系作家が描いた宗教と関係しそうなミステリーとはいかに。

　私たちの惑星と太陽系は、宇宙の深奥という新たな大海に囲まれている。しかし、かつて地球の大海がそうであったように、それは渡れない海ではない。
カール・セーガン

　秋の気配も濃いというのに、パタゴニア北氷床の一帯ではもう三日も晴天が続いていた。
　氷床の東端から東に流れ下るソレール氷河の最上流域でも、朝から気温が順調に上がり、昼過ぎには摂氏十五度を超えた。四月にしては珍しいことだった。
　しかし、一時間ほど前から、とうとう雲行きが怪しくなり始めている。ソレール氷河の北側にそびえるヒアデス山を覆っていた雲が、見る間に広がって太陽を隠し、気温も急激に下がり始めた。
　ヒアデス山の西麓では、いくつもの小高い丘陵が大きなインゼル─氷原の中で地盤が露出した場所─となって、白銀の中に黄土色のいわはだを際立たせている。

科学雑誌ライターのもとに届いた帝都大学研究室の不正を告発するメール。タイトルには「捏造、改ざん、盗用」を意味する三文字の頭文字ＦＦＰが。差出人は「Descendant of LUKAS（ルカの末裔）」と名乗る謎の人物だった。
また、その頃帝都大学では、研究論文を次々と発表しやり手と言われる笠見史彦教授の変死体が発見される。実験で使用する液体窒素が入った容器がひっくり返り、気化したガスによって窒息したのだ。そしてその死亡した人物こそ、不正を告発された教授だったのだ。

大学では急きょ、調査委員会を発足させ、百地理一郎教授を委員長に、本当に不正があったか調査を開始する。すると、笠見教授が死の直前まで取り組んでいた研究が、「南米チリ」で採取された火星からの隕石とされる「HYADES1201」に残された「生命の痕跡」についてだったことがわかる。
そんな中、ルカの末裔から次の告発メールとともに大学関係者が死体で発見されたことで百地と途中から調査に参加することになった科学警察研究所の女性研究者・佐相弥生たちに緊張が走る。今度の犠牲者は、南米で隕石を発見した帝都大学で共同研究をしているチリ人科学者だった……。

この二人の科学者の死に何か関連性はあるのか。また笠見研究室に不正はあったのか。そして地球外生命の存在の事実は。「天才」百地理一郎が、人類史を変える謎に挑む──。

今回は本のオビにおどる文字が決定的だった。

東京大学大学院出身作家が放つ、理系ミステリの感動傑作！
横溝正史ミステリ大賞受賞作家渾身の感動長編！

一見、敷居が高そうだが、そんなことはなく、理系ミステリーというよりも、たまたま大学の研究室が舞台だったというぐらいの印象さえ残る「ちゃんとした」ミステリーである。
実際、文中に出てくる理系の専門用語につまづくことなく最後まで一気に読み切ってしまえた。それは作者が豊富な知識をひけらかそうとはせず、ミステリーの本質である「誰が、なぜそうしたのか」がしっかり書き込まれているからにほかならない。さすが、横溝正史ミステリ大賞受賞作家。なぜ犯人がそのような犯行に至ったのか、クライマックスでその動機が明らかになったとき、読者はきっと感動を覚えるはずだ。

そして、その謎を解くのが「天才」百地理一郎。この探偵役となる人物像の構築については、作家も悩んだのではないだろうか。とにかく「いかにも」という気がしてならない。それとも穿った見方をしてしまうと、ドラマ化を意識した「天才＝奇人」なのかも。「探偵＋女性の助手」というのもよくあるパターン。今後、これをシリーズにしてゆくなら、百地のキャラと、弥生との関係性はもっと煮詰めてゆく必要がありそうだ。

さて、気になるもう一つのポイントの「人間はどこから誕生したのか」。これについては、タイトルに本当の意味での答えが隠されている。英語タイトルは「Descendant of LUCA」。「LUKAS」ではなく「LUCA」というところがミソ。「パンスペルミア（※）の方舟」というのは面白い発想だ。
※パンスペルミア説は、生命誕生に関する仮説のひとつ。生命は宇宙に広くあまねく存在しており、地球の生命の起源は地球ではなく、他の天体で発生した微生物の芽胞が地球に到達したものであるという説。（Wikipediaより）

ところで、事件の発端となったＦＦＰは、実際の世界にもよくあることらしい。それについては、最近こんな記事を目にした。人を動かすのは「好奇心」だけではなく「功名心」であることがよくわかるトピックだ。

東大元教授、４３論文に不正＝データ改ざんや捏造―「撤回が妥当」と判断
時事通信 7月25日(木)17時8分配信

　東京大分子細胞生物学研究所の加藤茂明元教授の研究チームが発表した４３の論文について、東大の調査委員会が調べた結果、データの改ざんや捏造（ねつぞう）があり、撤回が妥当だと判断したことが２５日、分かった。
　加藤元教授は関わりを否定したが、「不正があったのは間違いない。気付かなかった私に全責任がある」と話している。撤回要請にも応じるという。
　調査委員会は、１９９６～２０１１年に発表された、ホルモンが作用する仕組みなどに関する論文１６５本のうち４３本に、データの使い回しや合成など不正の疑いがあると指摘したという。
　数年前から複数回にわたり、外部から不正の指摘があり、加藤元教授は昨年３月に辞職した。

タグ：: #伊与原新; #ミステリー

2013年07月16日

カテゴリ:: 演劇の話

象 [新国立劇場]

難解なテーマを読み解くのも演劇鑑賞の醍醐味の一つだが、あの環境ではどうにも……。
今回行った劇場は、初台駅からも直結する東京都渋谷区本町一丁目にある新国立劇場。オペラやバレエなどが行われるオペラ劇場と、主に演劇などが行われる中劇場と小劇場がある。その中で３４０～４６８席ほどのキャパを持つのが小劇場だ。１９９７年１０月１０日がこけら落としの、舞台と座席が可動式する比較的新しい劇場である。

芝居は２０１０年３月に上演され、その斬新な演出と独特な世界観が大きな反響を呼んだ（パンフレットより）、不条理演劇を確立した第一人者、別役実初期の代表作『象』の再演。演出は『うちやまつり』で第４２回岸田國士戯曲賞、『動員挿話』で第１３回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞した深津篤史。さて、その斬新な演出と独特な世界観を持つ物語のあらすじとは。

スポットライトが若い男にあたる。舞台の中央には一台のベッドが置かれており、あたりは一面、足の踏み場がないほどたくさんの衣服がちらばっている。それこそ山のように。ここは病院だ。若い男はこう語りだした。

みなさん、こんばんは。
私は、いわば、お月様です。
お空にまんまるの……。
あるいは……。
あるいは、おさかなです。
いわば淋しいおさかな。

ある日、入院中の「病人」にその男の甥が訪ねてくる。先ほどの若い男だ。病人は被爆者であり、背中には大きなケロイドを背負っている。かつて病人は、街頭で裸になって背中のケロイドを見せて喝采を浴びていたが、最近は病状が悪化し入院中である。男の夢は、またあの町でケロイドを見せながらポーズを決め、喝采を浴びることだった。そんな病人に寄り添うのはおっとりとした妻。彼女は毎日おにぎりを携え夫を見舞っている。そこへ時おり現れる医者と奇妙な言葉を発する看護婦……。

一方、街角では、品が良さそうな老紳士が、別の老人に決闘を挑んでいた。「殺されたくなければ、戦いなさい」と言いながら杖を振りまわす老人。

場面はまた病院。やがて甥も病人と同じように発病し、隣のベッドに入院する。あの町へ行くために毎日歩く練習を欠かさない行動的な病人とは対照的に、静かに死を迎えたいと願う甥。そして、ある雨の日、ついに病人はあの町へ出かけることを決意する──。

ものは言いよう、とはまさにこのことだ。たとえば先輩や上司の家に招かれて、聞いたこともないようなオリジナル料理を振る舞われたときに、もしもその料理が「いまいち」だったら、大人ならこんなふう取り繕うのではないだろうか。

面白い味ですね。

これが演劇の場合だと、もっと別の言葉に置き換えられる。そのときに一番しっくりくるのが、「斬新な演出」とか「独特な世界観」ではないだろうか。

たまにこういった芝居に出くわすことがある。そういったときは演者のセリフまわしや表情、照明、音響効果などから脚本家や演出家など表現者の意図を読み取るとろうと努力するのだが、でも、

あの環境ではダメだ。

その日の気温は、気温計の目盛りを振り切らんばかりの猛暑日だった。当然、比較的新しい劇場の中は快適かと思いきや、時代はエコロジーの省エネモード。汗が吹き出ない程度に温度設定がされている。加えて、硬くて安っぽいシートに２時間１０分も座らされてお尻の痛みはどんどん増してゆく。上演中、何度もポジションを変えてみるが、座席が狭くてそれもままならない。Ａ席なのに。上演時間はほぼ拷問にも等しい時間だった。それでも芝居が愉快ならそんな身体的苦痛もそれほど苦にはならなかったはず。

それでは芝居の話をしよう。とは言っても、内容があまり入ってこなかったので、ちゃんとした感想を言える自信がまったくない。主人公の「病人」を演じるのは大杉漣。大杉の舞台を観るのは、座席が素敵なパルコ劇場上演『抜け穴の会議室～RoomNo.002～』以来の２年半ぶりである。元もと大杉は、蜷川幸雄や唐十郎、寺山修司の演劇を積んだ実力派。また大杉の舞台デビューは別役作品というから、この作品を完璧にモノにしているはずである。現にその演技は堂々としており、その場面場面で全く違う表情をみせるが、いかんせんそれが正解なのかがよくわからない。当然、その演技に「ああ、これは人間存在の不安を見事に表現した演技なんですよ」とも言えるわけもなく……。
そんな大杉の次にセリフが多かったのが、病人の甥を演じたジュノン・スーパーボーイ・コンテスト出身のイケメン、木村了だ。年齢は２４歳と若いが、発声もしっかりしていて舞台慣れしているようにも見える。これから伸びそうな予感がする俳優である。また他にも、テレビで見る俳優たちが出演する。看護婦役には『ハムレット』や『大江戸ロケット』『橋を渡ったら泣け』などで着実に舞台の経験値を上げてきている奥菜恵。品の良さそうな老紳士役には、ドラマ『相棒』シリーズでお馴染みの山西惇。彼も舞台経験が豊富な役者だ。そして医者役には、劇団夢の遊民社出身、テレビや映画、舞台で活躍する羽場裕一。その他、神野三鈴、金成均、野村修一、橋本健司。

とにかく難解でした、では話にならないので、あらためてプログラムを読み込んでみると、出演者の一人である神野三鈴の、大杉漣の演技についてのコメントにヒントが隠されているように思う。

別役作品をやるうえで、昭和というか、父や祖父に流れていた熱さや純粋さやうっとうしさを見せたいと最初は思っていたんですけど、別役さんの台詞を漣さんがしゃべると、漣さん自身がそのすべてになる。父であり祖父であり、昭和であり、象の目みたいにすごく切なく、懐かしくて熱いとてつもないパワーになるんです。

きっと、そんな感じなんだと思う。

２０１３年７月１２日［月・祝］、新国立劇場・小劇場にて。

新国立劇場小劇場

東京都渋谷区本町１丁目１ー１
TEL：03-5351-3011（代表）
FAX：03-5352-5744

タグ：: #別役実; #深津篤史; #大杉漣; #木村了; #山西惇; #羽場裕一; #神野三鈴; #金成均; #野村修一; #新国立劇場

2013年07月15日

カテゴリ:: グルメの話

オステリア谷中のトラモント [谷中]

もし悪魔が目の前に現れて、死ぬ前にもう一度、何かを食べさせてくれると言ったら、この店の「アレ」にするかも知れない。
それはちょっと言い過ぎかもしれないが、それぐらいの逸品である。この店に訪れたのはこれで２度目、前回からほぼ２年ぶりとなる。場所はＪＲ「日暮里駅」を下車。西口を出て谷中霊園の方に向かい、右に折れると１００メートル程先のところに一軒家がある。わかりづらい場所だが、最近では「ショコラティエイナムラショウゾウ」の店からすぐ近くと言えば、わかる人もいるだろう。

２年前とまったく変わらない店のドアをオープンして２年前に座った同じカウンターの席に着く。そう、この雰囲気。結構、憶えているものだ。前回と違うのは、今回はディーナーとしてだが、はたして夜のメニューにも「アレ」があるのだろうか。
まずは飲み物から。この異常気象とも言える気温とゲリラ豪雨の湿気にやられて汗だく、喉もカラカラだ。当然、生ビールを注文した。ビールはやっぱり「樽生ビール【熟撰】」だった。そして、肉だ魚だを気にせず、ワインはよく冷えた「白」で。「フィアーノディアヴェッリーノ」は、イタリア・カンパニア州の「フィアーノ」というぶどうの品種でフルーティーな味わいの辛口のワインだ。これ従業員氏のオススメの１本だ。これは４０００円ほど。

料理はアラカルトで。ウニとイサキのカルパッチョ（１２００円）と、鮎（和歌山）のまるごとコンフィ（９５０円）、イタリア風モツ煮込み（仔牛ハチノスと牛スジの赤ワイン煮込み）（９５０円）、ハモとシチリアからすみのスパゲッティ（１５００円）。そして、「アレ」は１週間煮込んで完成させるという、この店イチオシの特選メニュー「和牛ほほ肉の赤ワイン煮込みリゾット添え」（２０００円）を。

最初に出てきたカルパッチョは、見ての通り清涼感ある皿の上に、透き通るような繊細な色合いのイサキの切り身とその上に見るからに新鮮な黄色い色をしたウニがのっている。これはウニをのせたままいただくのだと諒解した。箸でひとつまみ…。
言い忘れていたが、この店では、はじめから箸が置かれているのが良い。こういったことからも気取らない店なのがわかる。話をカルパッチョに戻す。タンパクな白身魚と濃厚なウニ、これは美味い。

続いてやや時間をおいて……いや、結構待たせられたが、三連休のなか日、細かいことは気にしないでおこう。次に出てきたのが、和歌山県産の鮎を使ったコンフィ。
コンフィとは、低温の油で煮た料理のことを言うが、よく聞くのが鴨や豚などの肉料理。それが鮎というのは珍しい。従業員氏のコメントの通りに、頭からまるごといただいた。
すごく柔らかい。トマトを煮詰めた味噌なようなものと一緒に食べるとなお良し。繊細な和食のようなこの鮎料理、これは注文して正解だった。

お次はアツアツのモツ煮込み。いわゆるトリッパである。それにしても本当に熱い。火傷をしないように、慎重にフーフーしていただく。これは実によく煮込まれており、濃厚。そして味がよく染み込んだ牛スジやハチノス、マッシュルームがとても柔らかい。
この店の料理は全般に、顎に特別な力を必要としないようだ。追加で注文したパンで、赤ワインが凝縮されたソースはすべていただいた。

ワインがすすむ。

それよりももっと柔らかいのが牛ホホ肉だ。まずはこの肉の塊の存在感に圧倒されるが、これがもし、口の中で全部溶けてしまうとしたら？
実際にそんなことはないが、それぐらいよく煮込まれている。メニューには１週間も煮込んだとあり、それが形が崩れないまま、極限まで柔らかい状態を保っている。これは一種の奇跡だ。
何はともあれそれを口の中へ。この時、たしかに人間の舌の記憶ってあるものだと実感した。この味は２年前に食べたもの。当時、何を食べて何を思ったかが脳の中の引き出しから見つかったように溢れ出す。本当に最後の晩餐にはこれを選ぶかもしれない。リゾットもお米が好みの状態で火を通し加減が丁度良い。

最後はパスタ。ハモは丁寧に骨切りされ、からすみはケチらずにどっさりと入っている。カラスミパスタとうたっておきながら、かすかなからすみ風味のパスタを何の恥ずかしげもなく出す店があるが、ここのは違う。しっかりと入っている。そのからすみの塩気がハモとパスタを味わい深いもの変えてゆく。珍しく食べ過ぎて、正直、お腹はもういっぱいだったが、これを残す気はまったくしない。

午後６時丁度に入店した頃は、あたりはまだ明るかったが、店を出る頃はすっかりと真っ暗に。この後、谷中墓地を突っ切って駅まで歩いて帰った。ここでもし、女子を怖がらせて密着したいなら、これは絶好のローケーション、デートに使えるのではないだろうか。

前回は２年前、ならば次に訪れるのは２年後、と言わずにまた来たいお店だ。当然「アレ」を注文しに。

オステリア谷中のトラモント

東京都台東区谷中７丁目１７－１１
TEL：03-6383-1621
営業時間：午前１２時～午後２時、午後６時～午後１１時
定休日：月曜日

タグ：: #台東区; #谷中; #日暮里; #千駄木; #イタリアン; #トリッパ; #リゾット; #パスタ

2013年07月15日

カテゴリ:: アート・イベントの話

ピカソが描いた動物たち ―ビュフォン『博物誌』にもとづく挿絵本より [国立西洋美術館]

この夏、最初の三連休のなか日、そしてちょうど東京をゲリラ豪雨が襲った時刻に、上野にある国立西洋美術館に行ってきた。
さすがに大混雑だろうと思いきや、人の波は美術館を逸れ駅の方へと流れる。時刻も午後３時を回ったということ、９月から『ミケランジェロ展』という大きなイベントを控え、今回は比較的ストレスなくアートに触れ合うことができたが、この湿気ばかりはどうにも……。

早速。コルビジェが設計した美術館の中に入り、入場料４２０円を支払う。今回は常設展示の一角にそのコーナーを設けているそうだ。
と言うことで建物の２階から観て回る。中ではグレコやバッサーノ、ティツィアーノなどの宗教画が出迎え荘厳な雰囲気になる。そしてピカソのコーナーへ。以下は国立西洋美術館のホームページより、

《ゲルニカ》などの作品が有名なパブロ・ピカソ（１８８１－１９７３）は、絵画のほか彫刻や陶芸など、さまざまな分野で膨大な数の作品を残しています。なかでも、彼が生涯に手掛けた版画は２０００点以上にのぼりますが、ビュフォンの『博物誌』にもとづき制作された一連の挿絵は、とりわけ魅力的なもののひとつといえるでしょう。

１８世紀の博物学者であったビュフォン伯ジョルジュ＝ルイ・ルクレールが編纂した『博物誌』（１７４９－６７刊）は、２０世紀に入っても、軽妙簡潔な文体ゆえに高い人気を保っていました。これに目をつけたのがパリの画商アンブロワーズ・ヴォラールです。『博物誌』では、さまざまな生物の特徴が解説されていますが、ヴォラールはそのほんの一部を抜粋して、ピカソの挿絵入りで出版する計画を立てました。これを受けて、ピカソは動物や鳥、昆虫などの姿を３０点あまりの版画に表わしたのです。

原著では、細部まで正確に描かれた生物の図像が各項目に添えられていますが、ピカソはそれらにとらわれず、みずからの創意にあふれた一連の挿絵を制作しました。ときに省略的な描写でありながら、生き物たちの生命感や躍動感そのものをとらえたかのような表現が光っています。ピカソは動物が好きで、さまざまなペットを飼っていたと伝えられます。そうした動物への関心や愛情が、作品の魅力的な表現に結びついているのかもしれません。

また、本展とあわせて、東京国立博物館からビュフォンの『博物誌』を５巻お借りして展示しました。ピカソの自由な動物表現と比べてご覧ください。さらに、当館の「ファン・ウィズ・コレクション」では、本展に関連して美術における動物表現を楽しむためのプログラムを行います。プログラムにご参加いただくことで、多様な視点から本展をお楽しみいただければ幸いです。

だそうだ。

http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2013picasso.html

ピカソが描いた動物たち展は、２０１３年７月９日［火］から８月２５日［日］まで。

国立西洋美術館

東京都台東区上野公園７－７
TEL：03-5777-8600（ハローダイヤル）
休館日：月曜

タグ：: #台東区; #上野; #国立西洋美術館; #上野公園; #パブロ・ピカソ

2013年07月14日

カテゴリ:: 本の話

望郷 / 湊かなえ

【望郷（ぼうきょう）】故郷をなつかしく思いやること。懐郷。思郷。
故あって故郷を離れる人がいる。就職のため、結婚のため、とにかくそこから離れたいため。彼らにはそれぞれの「理由」を抱えている。そして、その気持ちに整理がついたとき、人は故郷をなつかしく思い、故郷に戻ってくる。

望郷 (文春文庫) [文庫]

湊かなえ

文藝春秋

2016-01-04

湊かなえの最新作（厳密には、ドラマのために書き下ろした『高校入試』がこの後の出版になる）は、『みかんの花』『海の星』『夢の国』『雲の糸』『石の十字架』『光の航路』と六つの短編を収録。いずれも島で生まれ育った人びとのそれぞれの想いがこめれている。そんな故郷への思いがつづられた内容とは。まずは『みかんの花』から。

　みかんの花

　遠く故郷を離れても、耳に残るのは、燧灘（ひうちなだ）に立つさざなみの音色。
　高層ビルの隙間から、怯えるように灰色の空を見上げる、翼をもがれた我が魂を、母の子守歌のごとくなぐさめる──。

　白綱島市開幕式、これは笑いをこらえる我慢大会だろうか。
　ステージ上の演台で、四十半ばに手の届きそうなおばさんが、身振り手振りを加えながら、おかしな作文を読み上げている。前列付近から鼻をすすり上げる男が聞こえるが、多分、気のせいだろう。最後列に座るわたしの周辺にいる人たちは、皆しらけきった顔をしているのだから。口を開けて眠りこけている人もいる。
　作文を読んでいるのが我が姉でなければ、わたしもそうしたいところだ。今朝も三時に母に起こされ、それから眠らずに、午前十時からの式典に出席している。

島から突然姿を消し、二十五年ぶりに小説家として帰ってきた姉は、栄えある除幕式で作文を読んでいた。当時は姉が消えた理由を、本土からやって来た若い男と駆け落ちしたからだと思っていたが、そこには家族を守ろうとした母の姿と、自分の役割を全うし続けようとした姉の姿があった──。

続いて日本推理作家協会賞受賞作である『海の星』のあらすじは。

　海の星

　仕事を終えて帰宅し、食卓につくと、息子もまだ食べている最中だった。一緒に夕飯をとるのは何日ぶりだろう。
　ついこのあいだまで、子ども用のプラスティックの茶碗や皿に、仏壇に備えるのとさして変わらない量のごはんやおかずを盛り、それさえも時間をかけてどうにか食べ終えていたいたというのに、小学一年生を半分終えた彼の前に置かれているのは、家族揃いの陶器の食器で、妻とほぼ同じ量が盛られている。
　小学校に上がる際、こんなに食が細いのに給食は大丈夫なのか、と妻と一緒に心配したものだが、まったく杞憂に終わったようだ。

一家三人で暮らす幸せな家族の元に送られてきた一枚のはがき。それはかつて白綱島で幼い頃を過ごした男へ宛てた島の同級生の女性からというはがきだった。はがきには、彼女の父親のことで会いたいとだけ書かれていた。彼女より、彼女の父親と縁があったという男の記憶は、あの頃のあの島へと飛ぶ──。

これまで読んできた中で、もっとも「彼女らしくない」一冊だと思った。

でも、そもそも「湊かなえらしさ」とはどういうことだろう。小説家の無限にも等しい想像力を、素人ごときが「あなたはこういう話を書く人」と決めつけてしまうのはおこがましいことだが、少なくとも読者の一部は「こんな話を書く人だから」という単純な理由でその小説家の本を買い求めているのも事実である。

何度も言うが、ミステリー作家、湊かなえに求めるものは「毒」だ。読者は彼女の本に『告白』や『贖罪』を求めている。しかし、今回それはない。それは彼女が作家として「次のステージ」を目指しているからなのだろうか、好みが別れるところだ。彼女の書くものならすべてでも、というファンならいざ知らず、ミステリー好きとしては……。

ちなみに、日本推理作家協会賞選考委員はこうコメントしている。

北村薫「群を抜いていた。鮮やかな逆転、周到な伏線、ほとんど名人の技である」

佐々木譲「なんとも巧緻なストーリーテリング。自分の周囲に題材を発見したことで、湊さんの筆力が最高に生きた！」

もともと、圧倒的な筆力を持つ作家とは言えないだけに、オビに書かれたお歴々のコメントが何とも白々しく感じる。たしかに悪くはないのだが。

タグ：: #湊かなえ; #日本推理作家協会賞

2013年07月09日

カテゴリ:: 映画の話

幸せの教室

名選手、名監督にあらず。
そんな言葉が思い浮かぶ一作。意味は文字通りだ、たとえ元一流選手であっても、必ずしも監督で良い成績が残せるわけではないということ。つまりは、自分のなせるフィールドで頑張りなさい。という意味。
ところで、この映画には２人の一流プレーヤーが出演している。１人は２０００年に米アカデミー賞主演女優賞を受賞したジュリア・ロバーツ。もう１人は１９９３年と９４年に連続でアカデミー賞主演男優賞を受賞したトム・ハンクス。そしてこの映画の監督は、……えっと、誰だっけ？　２０１１年、アメリカ映画。上映時間：９９分。

大型スーパーマーケットに勤めるラリー・クラウンは、これまでに９度も「今月の人」に選ばれるほどの優秀な社員だったが、ある日、“大学を出ていない”という理由だけでリストラされてしまう。高校を出て２０年近く海軍に従軍し、その後は仕事ひと筋に打ち込んできたベテラン社員に会社は冷たかった。

残り３５万ドル以上もの家のローンを抱えて翌日から就活をはじめる学歴がない中年男に社会の風当たりは強く、どこもまともに取り合ってくれない。そこでラリーは隣人のラマーの勧めで地元の短期大学に通うことに。

大学では学部長から「人生が変わる」と言われてコミュニケーション・カレッジのスピーチ学を選択するが、担当のメルセデス・テイノーはまったくやる気がない無気力な教授だった──。

本作は、いかにもかつてのトム・ハンクスが出演しそうなハートウォーミングなヒューマンドラマだが、そんな彼の役割は主演・製作・脚本、そして監督。良いも悪いもトム・ハンクス次第である。ところが実際の映画は、けっして名作とは呼べるシロモノではなかった。

そもそも彼らはなぜ「それ」に手を出すのだろうか。ロバート・デ・ニーロやショーン・ペン、ジョディ・フォスターにダスティン・ホフマン。どれも俳優としては一流だが、監督としては…。おそらく彼らは役を演じていたときにこう思ったはずである。「自分ならこうするのに」と。たが長年現場で活躍していたのに彼らは知らなかった。監督は思いのほか色んなことを考えているのだと。

映画は、大人と言うには年を取り過ぎた男女のラブロマンスがもう一つのテーマとなるが、これが実に「とって付けた感」がある。なぜジュリア・ロバーツ演じるテイノー教授が、長年連れ添った夫を捨てて、たった数日間だけの生徒であるトム・ハンクス演じるラリーと「くっつく」のか。この心の揺れる動きがまったくわからない。せめてこれがトム・ハンクスと馴染みが深いメグ・ライアンなら、とも思うが、今年５１歳のメグ・ライアンよりも４５歳のジュリア・ロバーツを、という戦略的キャスティングなのだろう。いずれにしても、今さら中年男女の恋バナを見ても「ときめかない」というのが正直な感想である。ということで、とにかく脚本がダメだ。ちなみに、この脚本を担当したのは……。
逆にトム・ハンクスらしさが出た部分と言えば、彼がスーパー・マーケットでいきいきと働く場面。それに若い女学生タリアとのやり取りやスピーチ学の授業風景。これらはトム・ハンクスのキャリアが活かされたシーンである。特にジョージ・タケイが演じた経済学の教授とラリーとの会話は笑いを誘う。ところでこの名前を聞いてピンときた人はかなりのマニアだ。彼はあの『スター・トレック』シリーズでエンタープライズ号の主任パイロット、ヒカル・スールーを演じていた俳優である。また映画では、その『スター・トレック』について触れる部分もあって……。

その他のキャストには、隣人のラマー役に『ビー・クール』のセドリック・ジ・エンターテイナー。その妻のベラ役には『ベンジャミン・バトン数奇な人生』のタラジ・Ｐ・ヘンソン。お調子者のクラスメイト、スティーヴ・ディビアシ役には、『ザ・マスター』のラミ・マレック。そして、テイノー教授の同僚役に『ジャッキー・ブラウン』のパム・グリアーが出てたのか、というぐらいのちょい役で出演している。意外なところでは、トム・ハンクスの奥様であるリタ・ウィルソンが出演しているところ。ちなみに、トム・ハンクスとジュリア・ロバーツは、家族ぐるみの付き合いだそうだ。

厳しい言い方をしてしまえば、全体的に散漫な印象。この映画で中年男性のチャレンジする姿を描きたかったのか、中年男女の恋を描きたかったのかがはっきしない。きっと彼女なら良いアドバイスができたのではないか。

ノーラ・エフロンが亡くなったのは本当に惜しい。

タグ：: #トム・ハンクス; #ジュリア・ロバーツ; #ブライアン・クランストン; #セドリック・ジ・エンターテイナー; #タラジ・P・ヘンソン; #ググ・バサ＝ロー; #ジョージ・タケイ; #ウィルマー・バルデラマ; #パム・グリア

2013年07月08日

カテゴリ:: 映画の話

華麗なるギャッツビー

アメリカ文学の傑作と言えば、アーネスト・ヘミングウェイの『老人と海』や、ハーマン・メルヴィルの『白鯨』、マーク・トウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』などを思い浮かべるが、もちろんこれもその筆頭に挙げられる。
本作は１９２５年に発表されたＦ・スコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャッツビー』を、『ロミオ＋ジュリエット』『ムーラン・ルージュ』のバズ・ラーマンにより映画化。独自の視点を持つオーストラリア出身の映画監督が描いたアメリカ文学最高峰の出来はいかに。２０１３年、アメリカ映画。上映時間：１４２分。３Ｄ作品。

戦後の好景気に沸く１９２２年のニューヨーク。作家になる夢をあきらめ証券会社に勤めるニック・キャラウェイは、ある日、隣の大邸宅に住むジェイ・ギャッツビーからパーティーの招待状を受け取る。毎晩、自宅でセレブを招いてパーティーを開いては金を湯水のように使い、「ドイツ皇帝の親戚だ」「いや、スパイだ」「人を殺したことがあるそうだ」と囁かれるこの男の素性は誰も知るよしがなかったが、ニックは彼が近づいてきた意味をいとこのデイジーにあることを知る。

実はジェイは、かつてデイジーと恋仲にあったが、そんな２人の仲を戦争が引き裂く。その後、彼女はアメリカ有数の大富豪のトム・ブキャナンと結婚するが、ジェイの本当の望みは、彼女との失われた時間を取り戻すことだったのだ。そしてニックは、いつしかそんな彼にシンパシーを感じてゆく。

ところが、２人の関係に気付いた彼女の夫のトムが、ジェイ・ギャッツビーという男の正体を暴こうとする。はたして華やかな表の顔に隠された本当の素顔とは。そして、彼を待ち受ける結末とは──？！

宮殿のような豪邸に住み、莫大な財産と完璧な容姿と「すべて」を持つジェイ・ギャッツビー。主演のレオナルド・ディカプリオは、『タイタニック』のジャックのように野心に溢れ、『アビエーター』のハワード・ヒューズのような危険な香りを持つ男を好演する。ギャッツビーにとって運命の女性である人妻デイジーを演じるのは『１７歳の肖像』でアカデミー賞にノミネートされたキャリー・マリガン。そんな２人を見守るニックを演じるのは、『サイダーハウス・ルール』『スパイダーマン』シリーズのトビー・マグワイア。デイジーの夫のトムを演じるのは『ゼロ・ダーク・サーティ』のジョエル・エドガートン。そのほか同じく『ゼロ・ダーク・サーティ』のジェイソン・クラークに『お買いもの中毒な私！』のアイラ・フィッシャーが名を連ねる。

ストーリーは忠実に。でもパーティーはゴージャスに。

言うなれば、それが今回のテーマ。結果、映画は実にバズ・ラーマンらしい仕上がりを見せた。ギャッツビーの自宅で行われる「狂乱の２０年代」のド派手なパーティー風景。歌あり踊りありの場面は『ムーラン・ルージュ』の３倍（当社比）。まさにこれは監督の真骨頂だ。それに加えて、今回は見せかけだけでなく本物にもこだわったようだ。特に注目は、その華やかな衣装。女優たちが身にまとうドレスは、プラダやミュウミュウなど４０着以上を本作のために制作。ディカプリオの衣装は、ブルックスブラザーズが担当している。さらにデイジーが身に着ける宝飾品はティファニーによるもの。そしてパーティーで使われたシャンパンは、なんとモエ・エ・シャンドンと徹底している。

ギャッツビーという謎に満ちた男の内面よりも、あえてゴージャスさにこだわった本作。映画化も５回目ともなると、たまにはこんな視点で撮られても良いのではないだろうか。こういうのも嫌いじゃない。

タグ：: #F・スコット・フィッツジェラルド; #バズ・ラーマン; #レオナルド・ディカプリオ; #キャリー・マリガン; #トビー・マグワイア; #ジョエル・エドガートン; #ジェイソン・クラーク; #アイラ・フィッシャー

2013年07月04日

カテゴリ:: グルメの話

納豆ソース専門店４５６ [三軒茶屋]

話が前後してしまったが、午後からの芝居の前に、ランチをとることにした。
店はとくに決めてなかったので、栄通りをプラプラする。そこで目に止まったのがこの店である。看板には「納豆ソース専門店」とある。
告白すると、実は納豆を食べるようになったのはここ最近のことだ。健康に気を使って、という消極的な理由からではあったが、納豆の美味さに気づきはじめたのも事実。ということで早速、午前１１時半に開店したばかりの店に本日第１号の客として入店する。

店は地下にある。その地下の入り口には、この店の納豆ソースへのただならぬこだわりが記されている。そのこだわりとはこうだ。
・ひきわり納豆発祥の地、秋田県おばこ産大豆１００％使用。（秋田より直送）
・鹿児島県霧島高原の六白黒豚使用。（さとう牧場より空輸直送）
・無添加天然だし使用。世界１６ヶ国特許取得。（唐津屋のだし）
・納豆ソース、商標登録しています。
・正直に誠実に、手づくりしています。

商標登録もこだわりなのだろうか、と思いつつ中に入ると、中は意外に狭かった。目に飛び込んでくるのは、大きなカウンターと、その隣にある小さなテーブル席が２つ３つ。席数は全部で３２あるそうだ。
素敵なお母さんのような感じの女性からメニューを手渡される。一番のオススメは「納豆ソースのスパゲッティ」だそうだ。なのでそれの大盛り（１０００円）と、どうせならということで「納豆ソースのピッツァ」１０００円も注文した。どちらもサラダ、自家製漬物、食後の飲み物が付く。そしてもちろん、生ビールも。
注文を受けた女性店員は、しばらくお待たせしますけど、と前置きして厨房へオーダーを告げに行った。

そして待つこと１０分以上、ついにお待ちかねのスパゲッティとピッツァが登場した。スパゲッティの方は控えめな醤油味にひき割りの納豆と豚ひき肉が絡みあい、刻み海苔とカイワレ大根が良いアクセントになっている。

これは美味い！

女性店員に話を聞くと、鹿児島県六白黒豚を産地直送しているとのこと。この豚肉は、色が白く実にあっさりしていて、はじめは鶏肉かと思ったくらい。それが納豆の風味と混じり合っているのだ。こんな食べ方があったのかと思わす目から鱗の一品だった。辛子を入れてよくかき混ぜて食べるとなお良し。

ピッツァの方は、クリスピーな生地の上に秋田県おばこ産大豆１００％使用のひき割り納豆と、やっぱり刻み海苔がのっている。これを和風の七味でいただく。店内は当然のことながらアノ匂いが漂うが、食べ物の方はそれほどではないので、もしかしたら食後は気にならないかも。
とは言え、何種類かから選べる食後のドリンクは、ホットコーヒーにして正解だった。口の中をリセットしてくれる。

お腹が落ち着いたところであらためて店内を見渡すと、やはり場所柄なのか、それともこの店が珍しいからなのか、テレビの取材がたくさん来ていることがさりげなく自慢されていた。そう言えば、目の前にあるサイン色紙は鈴木奈々のものだし、その横はパンサー向井のものだった。

どっちも微妙……。

レジでお会計を済ますと、壁にかかった賞状のようなものに目が留まる。見ると「三茶納豆ソース」の登録商標だった。
ちなみ、にこの店では、夜はダイニングバーとして盛り上がっているらしい。

http://natto-sauce.jp

元祖三茶納豆ソース専門店４５６（シゴロク）

東京都世田谷区三軒茶屋１丁目３６－１第一サカイビルＢ１Ｆ
TEL：03-5486-4561
営業時間：午前１１時３０分～午後３時、午後６時～午後１１時
定休日：月曜・不定休あり

タグ：: #世田谷区; #三軒茶屋; #パスタ; #ピザ; #納豆

2013年07月03日

カテゴリ:: 演劇の話

ドレッサー [世田谷パブリックシアター]

代表作はジュリアン・シュナーベルの『潜水服は蝶の夢を見る』や、バズ・ラーマンの『オーストラリア』、ダスティン・ホフマンの『カルテット！人生のオペラハウス』の脚本。そして、２００２年には『戦場のピアニスト』でロマン・ポランスキーとともにアカデミー脚色賞を受賞したイギリスの劇作家ロナウド・ハーウッド。それを鬼才（？）三谷幸喜がどう料理するのか。

テレビ、映画、ラジオで活躍する超売れっ子脚本家が原点に立ち返った注目作『ドレッサー』を観てきた。

舞台はナチスの空襲が激しさを増す１９４２年、イギリスの地方の劇場。シェイクスピアの四大悲劇『リア王』の２２７回目の上演前に、看板俳優である老座長は突然、舞台に立ちたくないと駄々をこねだした。長年にわたって献身的に座長を支えてきた付き人兼衣装係（ドレッサー）のノーマンは、そんな座長をなんとかなだめすかして舞台に上げようと努力するが、解決の糸口が見えないまま時が過ぎてゆく……。

そして、そうこうしているうちに定刻がやってきた。緞帳（どんちょう）が上がり、満員御礼の劇場が多くの拍手に包まれるなか、果たして座長は無事、舞台に上がることができるのだろうか──？！

本作は１９８０年３月にイギリスのマンチェスターで初演され、翌月にはロンドン・ウエストエンドのクイーンズ・シアターで上演。翌年の８１年にはアメリカに渡り、ニューヨーク・ブロードウェイのブルックス・アトキンソン劇場で上演され、トニー賞作品賞にもノミネートされている名作である。また８３年にはトム・コートニー（ノーマン役）とアルバート・フィニー（老座長役）の出演で映画化もされ大ヒットを収めている。ちなみに、トム・コートニーとアルバート・フィニーは、その年のアカデミー賞で２人そろって主演男優賞にノミネートされている。

また日本では、１９８１年に座長役に三津田健、ノーマン役に平幹二郎、座長夫人役に栗原小巻が、８８年には座長役に三國連太郎、ノーマン役に加藤健一、座長夫人役に渡辺えり子、翌年には座長役に三國連太郎、ノーマン役に柄本明、座長夫人役に三田和代で、さらに０５年には座長役に平幹二郎、ノーマン役に西村雅彦、座長夫人役に松田美由紀、１０年には座長役に渡辺哲、ノーマン役に小宮孝泰、座長夫人役に久世星佳で、幾度となくいずれも名立たる名優によって上演されている。

そして、当然今回もそれに相応しい配役となる。老座長を演じるのは、演劇集団円代表『キッチン』の橋爪功。またノーマン役には演劇ユニットTEAM NACSおよび劇団イナダ組所属『探偵はBARにいる』の大泉洋。座長夫人役には元演劇集団「劇団健康」所属、『麒麟の翼～劇場版・新参者～』の秋山菜津子だ。
若手女優のアイリーン役には、大人計画所属『ハッピーフライト』の平岩紙。野心家の俳優オクセンビー役に東京サンシャインボーイズ出身、シス・カンパニー所属『ステキな金縛り』の梶原善。舞台監督のマッジ役にフライング・ボックス所属『すーちゃんまいちゃんさわ子さん』の銀粉蝶。そして、道化師を演じるジェフリー・ソーントン役には夢の遊眠社出身、シス・カンパニー所属『ステキな金縛り』の浅野和之と舞台の経験値が高い役者ぞろい。

その中でも、やはり、と言うべきか、さすが、と言うべきか、圧倒されたのは橋爪功の演技である。この方なんと７２歳。

なんて老人なんだ！

特にアイリーン役の平岩紙をお姫様だっこする場面では、思わず「おじいちゃん、大丈夫？」とハラハラしてしまったが、そんな心配は無用のようだ。今回は席が３階となってしまったが、はるか下の方に見える舞台では、この俳優がとてつもなく大きく感じた。
また、上演時間は途中１５分間の休憩を含む１５５分。前半部分はあえてお笑い部分をややや抑え気味にして、後半で一気に盛り上がるのは三谷フォーマットだが、そのカギを握るのが大泉洋である。彼はテレビで見る通りの存在感ある俳優だ。元もと滑舌が良い方ではないが、今回は膨大な量のセリフにほとんど噛むこともなく、舞台を完全に掌握していた。これも彼のスター性のなせるワザだろう。
逆に立場をわきまえ、安定していた演技をみせたのが秋山菜津子と銀粉蝶の２人。これも彼女たちのスキルのなせるワザだ。
それに加えて、浅野和之も彼なりの良い味を出していた。個人的には梶原善にはもう少し活躍してほしいところだったが、これは橋爪功と大泉洋の２人の芝居なのだから仕方がない。同様に平岩紙にも彼女の持ち味が活かせていないのがちょっと残念だった。

今回は大先輩である橋爪功に、人気俳優の大泉洋がどれだけ失礼な真似ができるかが注目でもあったが、それについてはまったく問題がなかったと言える。だって、

ものすごく失礼だったから。

２０１３年７月３日［水］、世田谷パブリックシアターにて。