スリー・ビルボード : 徒然なる日常

第７４回ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門において脚本賞を受賞。第７５回ゴールデン・グローブ賞では作品賞（ドラマ部門）、主演女優賞、助演男優賞、脚本賞を。第４２回トロント国際映画祭では観客賞を受賞。そのほかイブニング・スタンダード紙や、ガーディアン紙、テレグラフ紙、タイムズ紙などの一流誌で最高の評価を得ている。
また、日本時間の２０１８年３月５日に行われる第９０回アカデミー賞においても作品賞、主演女優賞、助演男優賞（ウディ・ハレルソンとサム・ロックウェルの２人！）、脚本賞、編集賞にノミネートされている。
下馬評では、１３部門にノミネートされている『シェイプ・オブ・ウォーター』が大本命と言われているが、はたして……。２０１７年、アメリカ＝イギリス合作。上映時間：１１６分。

ミズーリ州の小さな田舎町エビングの片隅にある、寂れた街道を車でひた走るミルドレッド・ヘイズ（フランシス・マクドーマンド）は、側道沿いの忘れ去られた３枚の広告版（ビルボード）を見て、あることを思いつく。彼女が向かったのは、町の中心地にある小さな会社。あの３枚の広告版を管理する広告代理店だった。

彼女は経営者のレッド（ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ）に１か月分の広告費５０００ドルを前金で支払い、あの広告版に３つのメッセージを掲げるよう依頼する。それは、
「娘はレイプされて焼き殺された」
「未だに犯人が捕まらない」
「どうして、ウィロビー署長？」
という内容。彼女の娘のアンジェラ（キャスリン・ニュートン）が、７ヶ月前に何者かにレイプされた上、殺害された事件が一向に解決しないことに業を煮やした警察への批判の表明だった。

一方、名指しされた署長のビル・ウィロビー（ウディ・ハレルソン）は、町の人からも人望が厚い人格者で、しかもすい臓がんを患い、余命数カ月という命。このことは町中すべての人が知っていたが、「死んでからでは意味がない」と、彼女は警察からの広告の取り下げ要請にも拒否をする。
そんな彼女の姿勢がディクソン巡査（サム・ロックウェル）に火をつけた。ウィロビー署長を異常に慕っていたディクソンは、ありとあらゆる嫌がらせをミルドレッドや、広告代理店のレッドに仕掛けるが、これがのちに思わぬ事態を呼ぶ──。

監督・脚本は、主にイギリスで活動するマーティン・マクドナー。劇作家でもある彼は、ローレンス・オリヴィエ賞最優秀作品賞にノミネートされたことがある実力派だが、第８１回アカデミー賞では『ヒットマンズ・レクイエム』が脚本賞にもノミネートされている。そんなマクドナーが撮りたい作品は、ユーモアがある悲劇だという。ところが、実際に感じたのは「驚き」だった。だが、それはまた後で。

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フランシス・マクドーマンド

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2014-02-05

ところで、フランシス・マクドーマンドと言えば、第６９回（１９９６年）アカデミー賞で主演女優賞を獲得した『ファーゴ』（監督：ジョエル・コーエン）だという人が多いだろう。ミネソタ州ミネアポリスの小さな町ファーゴで起きた殺人事件を捜査する、妊娠中の女性警察署長を演じた彼女は、ダイアン・キートンやクリスティン・スコット・トーマスを抑えて見事オスカー像を手にした。
今回彼女が演じたのは、警察署長ではなく、警察署長を批判するいち犯罪被害者の遺族である。レイプされた上に、焼かれるという悲惨な殺され方をした娘の無念を晴らすべく一人立ち上がった彼女がしたのは、自らが捜査を行うのではなく、なんと警察への批判。しかも批判された署長が実は真犯人でした、なんてことはなく、癌によって余命いくばくもない事件に対して真面目に向き合う人格者だった。彼女は当初、町中の人から同情の目が向けられたものの、この一件で非難が集中することになるが、それでも警察への批判の手を緩めない。彼女の精神力の強さは、まさしくフランシス・マクドーマンドそのものと言っていい。

この役について聞かれたマクドーマンドは、彼女自身が直接マーティン・マクドナー監督に売り込んだという。しかも殺された娘の祖母役で。これは現在６０歳の彼女が、１０代の娘の母親役は不自然だということで忖度したものだが、それでも監督は彼女の母親役を譲らなかったという。そこに夫ジョエル・コーエンの勧めもあってこの役に臨んだのだとか。そんな彼女が役を演じる上で意識したのは、「ジョン・ウェインの姿勢の取り方」。マカロニ・ウェスタンに登場する謎多き男役は、実にミルドレッド・ヘイズ役を語る上で的を射ている。今回もメリル・ストリープや、サリー・ホーキンス、シアーシャ・ローナン、マーゴット・ロビーと強敵揃いだが、もしかしたら２度目のオスカー獲得もあり得るのではないか。
そして、ウディ・ハレルソンとサム・ロックウェルの演技について触れないわけにはいくまい。この二人は札付きのチンピラ役をやらせたらピカイチだが、今回は人格者の警察署長と、レイシストの警察官役を好演している。そこでアカデミー賞の行方は、となると悩ましいところだが、個人的にはウディ・ハレルソンを推したい。

さて、この物語だが、これがものすごくよくできている。とにかくまったく先が読めないのだ。映画を観ながらいつもは先を予想立てていくが、そのことごとく裏切られているのである。その一つがウェルビー署長が誠実な人格者だったということ。そしてミルドレッドの行いが、必ずしも善ではなかったということ。なんと彼女はこのあと、ある法を犯す暴挙に出るのだ。しかもその後の急展開ぶりと言ったら……。「事実は小説より奇なり」と言うが、このドラマのほうがよっぽど事実よりも奇なりだ。それも違和感なく。本当の世の中とは、そんなものなのかもしれない。
ときどき挿し込まれる軽口も、実にウィットが効いていて物語を盛り上げる。特にミルドレッドがスリッパを使って一人で人形劇を演じるシーン。これがミルドレッドの人格を的確に表しているのかもしれない。

予想としては、主演女優賞、助演男優賞（ウディ・ハレルソン）、脚本賞と言ったところだろうか。１３部門にノミネートされた『シェイプ・オブ・ウォーター』がやっぱり本命となるが……。答え合わせは本時間の２０１８年３月５日に。