2017年06月03日

ドラマシアターども 2017.5.27

北海道ポーランド文化協会第80回例会は、ブロニスワフ・ピウスツキ没後100年記念として、〈詩劇〉ピウスツキ~ポーランド・サハリン 愛と死~が取り上げられた。サハリン島に流刑となりながら、人類学者として樺太アイヌ民族の研究をしたその一生を、詩で追いかける試みである。原作に尾形芳秀、演出は斉藤征義、舞台監督に霜田千代麿の各氏。
(01・平和の時代)の冒頭はポーランド民謡「シュワ・ジェヴェチカ ”森へ行きましょう”」のやわらかな歌で飾られる。(02・ポーランド分割)ショパンは1831年のワルシャワ蜂起失敗の報に触れ、作曲した革命のエチュードが鍵盤の上に叩かれる。(03・サハリン島―流刑地へ)、(04・ポーランドからサハリン島へ流刑)ムックリの演奏とともに、ロシア皇帝アレクサンドルⅢ世暗殺未遂事件に巻き込まれ、大学在学中のピウスツキはシベリアへと流刑となる段。
(05・ピウスツキを陰で支える人びと)アレクサンドル・セルゲーヴィチ・プーシキン「シベリア」、ピウスツキは流刑地である樺太で識字学校を開き、アイヌ研究は欧州でも認められ、妻となる女性とも出会った。(06・モスクワ―シベリア経由でサハリン島へ)アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ「シベリアの旅」部分が読まれた。(07・流刑地に大きな変化が、日露戦争勃発1905)日本へも訪れているのだが、アイヌメノコのシンキンチョウを妻として子ども二人との暮らしを一時的に捨てても離れる決心をする。
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(08・ピウスツキ謎の死)弟のユゼフ・ピウスツキは独立運動を主催しており、その応援に兄として欧州に向かう。愛妻に必ず戻るからと言い残して。しかし1918年5月に投身自殺とも言われる謎の死を遂げる。ギョーム・アポリネール「ミラボー橋」、この章はシルヴィア・マリア・オレーヤージェ氏がポーランド語で声を立てる。(09・ポーランドが123年振りに独立へ)弟のユゼフ・ピウスツキが初代元首となった。(10・ポーランド念願の独立をはたす)ポーランド国家「ドンブロスキのマズルカ」の歌。弟ユゼフから、別れて29年目に夫の16年前の死が、待ち続け盲目となっていた妻に伝えられる。
(11・エンディング)長屋のり子氏による自作詩「盲いたシンキンチョウの恋唄」神と伴にある私たちのもとへ来てくれた貴方、ここに住みたいと言ってくれた貴方、私はここにいて貴方と抱きあったほとばしる精気、その場所その時間その温もりを聖なるものとして天に捧げる声は―トンコリによる哀切のリズムに刻まれる。
朗読には、園部真幸、小林暁子、尾形芳秀、熊谷敬子、大島龍、菅原みえ子、松山敏、シルビア・オレヤージュ、霜田千代麿、長屋のり子の各氏が参加。なかでもシルビア・オレヤージュ氏の朗読は(言葉など分らなくても)その力強い立ち姿、大地に足をしっかりと根差し圧巻であった。また長屋氏だけが、ブロニスワフ・ピウスツキの略歴的な部分に限定されてしまう中で、そうではない女の視点―大義などいらない―との或いはアイヌの人々の心情とでもいうべき言葉が表現されていた。
第2部として、交流会が行われたが人数が多すぎて一部屋で納まりきらず、詩の朗読などが行われなかったのが残念ではあったが…。共催にポーランド広報文化センター。



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この記事へのコメント

1. Posted by 安藤厚(北海道ポーランド文化協会)   2017年06月08日 10:18
詳細なご紹介をありがとうございます。
事後、プログラム・写真・長屋のり子さんの詩などを整理して上記サイトにアップしました。
よろしくお願いします。

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