2018年02月03日

札幌自由学校「遊」2018.1.27

~土曜の午後のひととき、詩の魅力に触れてみよう~の第2回目。
今回の内容は、嘉藤師穂子氏と森れい氏による土橋芳美・著「痛みのペンリウク」朗読である。
まずは珍しくも(花崎皋平氏の)序文から「…アイヌ史上の過去から現在にいたる深刻な出来事の語り伝えとして、またアイヌ文学史上における叙事詩として、特別な意義を持つ作品です」との朗読である。
それは北海道大学による研究と称して墓を暴いてのアイヌ人骨の収集。そして遺族によるその返還要求に関する経緯が書かれている。しかし未だに北大はその人骨を、研究として使いながら、身元不明のものとして返還を拒否しているのである。
であるからこの本文は、”なぜ泣く/わが子孫の/芳美よ”から始まる。遺骨を土に戻したいということを拒絶するやるせなさの言葉から始まる。筆者は、北大の不実さに怒り、そのときペンリウクが降りて来たのだという。
”ビラトリ1号”とモノ扱いの名付けをし、研究資料としながら身元不明という北大。今でこそ、体面をおもんばかり「納骨堂」と名付けているが、それまでは「標本保存庫」であったのだ。その状況を、天の声としてのペンリウクがある意味冷静に自分の記憶として経過を述べる。
そうでありつつ、未だに研究者の自由に出入りする納骨堂というものが札幌の中心にはあり、その数は千を上回るということを告発していくのだ。IMG_4110
朗読構成としては、ムックリという楽器でこれから始まるアイヌの人の思いを伝え、序文を挟むことで、筆者の一方的な感情部分を沈めつつ聴衆に告知する。
そして二人での朗読という形式。嘉藤氏の声質というのは、柔らかく丸みを帯びていて、実に物語を聴くには最高である。であるからペンリウクの言葉には非常に対応し易い気はする。そうでありながら、怒りとしての表現には甘い感じがしてしまうのだ。ここに森氏の強い声が非常にマッチする。森氏の声は、アルト系の重みのある声質であることで、内面の腹からの怒りというイメージを伝える。このコラボレーションは最高の出来であろう。全篇朗読、約一時間が長いとは思えなかったのも、このメリハリがあればこそと思われる。
その後に森氏は「密約・さくら」、嘉藤氏は「カムイチェプ」と自作詩を声にしたのである。



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