2018年08月13日

北海道大学学術交流会館 2018.7.29

ブロニスワフ・ピウスツキ没後百年記念の講演と映画と朗読の集い~ポーランド、サハリン、北海道~である。全体は三部構成である。挨拶に立ったのはポーランド広報文化センターのマリア・ジュラフスカ氏、そしてピウスツキの孫である木村和保氏らであった。
第一部は講演の部。井上紘一北海道大学名誉教授による「ブロニスワフ・ピウスツキの生涯と仕事」。学生時代に非合法活動で皇帝暗殺を疑われ、15年の刑を受けてサハリンへと流される。その幼年期からの一生を写真付きで紹介する。
IMG_5159
講師が佐々木史郎国立民族博物館名誉教授に変わり「ピウツスキが収集したアイヌ衣文化」との内容。羽織っている着物の文様から話は始まる。衣装のベースが白なのはテタラペというイラクサ素材で、カラフトアイヌの特徴だ(ちなみに北海道であればオヒョウを用いるため黄土色がベース)、そしてエリと肩のひょろ長いハート型文様での編み込み技術。赤、青と色の幅が広い。ピウスツキの衣装は現地、東海岸のコタン(村)で作られた可能性が高く、であればどれだけ彼が愛されていたのとの証明のようなものだと、一枚の肖像画からの推察である。ジグソーパズルのような面白さを感じた。
三人目の講師は、北海道大学大学院の新井藤子氏で「ピウツスキが日本に残したイメージ~明治から現在まで」というもの。生存中の明治期に直接会っている人たちに共通している印象は、優しく、柔らかい言葉遣い、人類学者としての地位である。それが大正期になるとヨーロッパでの見方として革命家の側面が強調されがちとなるが、そうではないだろうという話。昭和期にはそれまで兄と弟とで混同していた業績の確認のし直し。70年代から再度研究の対象となり、平成期に文献の整合性を見直すことになったとのこと。時間と評価の話であるが、説明がなかなか広告っぽかった。
第二部、記録映画はヴァルデマル・チェホフスキ監督「ブロニスワフ、ピウスツキ~流刑囚、民族学者、英雄~」2016年の作。国家分断という少数者の悲哀を知るゆえのアイヌへの愛情。一旦帰国したヨーロッパから戻れない理由としての、日露によるサハリン分割。妻の生活地がサハリン南側であったためロシアのスパイを疑われると入国しての戻りようがない。しかし当時、最も謎めいた民族であったアイヌの研究者でありながら、大学を出ていないことで尊敬もされなかった。死後百年の年月の長さがようやく評価を変え、アイヌ民族を知る契機を作り上げたのだ。全く、文化の保護とは何であろう。(続く)


コメントする

名前
URL
 
  絵文字