2024年09月08日
札幌市資料館 研修室 2024.8.18
「ワルシャワ。灰の中から蘇る不死鳥」展の開催中に行われた。”語り継ぐ言葉としての、戦争、崩壊、復興、平和”を。
第1部は日本人による朗読です。まず登壇したのは林祥史氏、ズビグニェフ・ヘルベルト作品「おばあちゃん Babcia」。お婆ちゃんの膝の上、世界のすべてのことを話してくれるけれど、自分の話はしないそれは大量虐殺のことアルメニアのことは、話をしない、呪詛と忌憚を除いた言葉のザラザラの底辺。今年はヘルベルトの生誕百年とのこと。
第1部は日本人による朗読です。まず登壇したのは林祥史氏、ズビグニェフ・ヘルベルト作品「おばあちゃん Babcia」。お婆ちゃんの膝の上、世界のすべてのことを話してくれるけれど、自分の話はしないそれは大量虐殺のことアルメニアのことは、話をしない、呪詛と忌憚を除いた言葉のザラザラの底辺。今年はヘルベルトの生誕百年とのこと。
次いでムラサキ紫音氏は、米倉斉加年作品「おとなになれなかった弟たちへ」を。疎開を考えて親戚に情報を仕入れに行くと、いきなり”食べ物はない”と追い返されてしまう。ようやくみつけた田舎の暮らしだが赤ん坊ヒロユキのミルクがない。時々お母に黙って舐めていた甘いミルク、ヒロユキのたった一つの食事がない。体が弱り病院へ、綿に水を含ませてもらっただけで栄養失調で息を引き取った。遺体を背負う母は、体が爆弾でバラバラにならなくて良かったと。入院中に用意されたお棺は小さくて膝を曲げて入れる、ああ大きくなっていたんだと。
村田譲氏は竹内浩三作品を紹介。映画監督になりたかったが兵員不足で大学を強制的に卒業させられ、フイリピンで23歳で戦死した。作品「冬に死す」「日本が見えない」「ぼくもいくさに征くのだけれど」、書きなぐられた6行の叫び「詩(うた)をやめはしない」、そして作品「骨のうたう」―戦死やあわれ とおい異国で ひょんと死ぬるや 国のため大君のためと 骨は誉れ高く勲章をもらうけれど 骨を愛する人はなし 骨は粉になり なんにもなしになった―(部分抜粋)。最後に成りたかった自分の老後を作品「宇治橋」を渡る。
建部奈津子氏は、自ら朝鮮に流れ着きシベリア抑留を体験した神馬文男作品を取り上げる。「知ってるかい」、「抑留体験で綴る短歌」では、炭塵にダモイと指で書きまくり。”ダモイ”とは家に帰るという意味のロシア語。
菅原未榮氏自作詩「幻野 一升瓶と蜜柑箱」。蝦夷開拓期一人も欠くことなく子どもを育て正月を迎え、戦争に負けて爺の危篤の時に一人欠いてしまった。
堀きよ美氏が大平数子作品「慟哭」をとりあげる。逝った人は帰らない、生き残った人はどうするといい、何を分かればいいというのか。風を世界を旅するならば、未だ待っていると伝えておくれ。正義とは剣ではなく愛であると伝えておくれ―と。


第2部はポーランド人による朗読の時間。シルヴィア・オレーヤージュ氏がアンナ・シフィルチンスカ作品「バリケードを作りながら」。銃火に恐れ、人々は恐れ、少年が倒れ、恐れの下にバリケードを作る。自分が太陽となれる今。
次いで佐藤レミリア氏が、シフィルチンスカの画像を負いながら、ちいさいけれどはっきりとした声をだす。
次いで佐藤レミリア氏が、シフィルチンスカの画像を負いながら、ちいさいけれどはっきりとした声をだす。
ラファウ・ジェプカ氏はタデウシュ・ルジェーヴィチ作品「生きていたものが死んでいった」。死体に卵を産み付ける蠅、死の直前の父のは唇と目と、体が肥大し始める。林檎を売っているサルチャの近くのゲートが炸裂する、林檎が潰れ母が死ぬ。ゲットーに林檎を運ぶものも欲しがるものもいなくなった。
レナタ・シャレック氏がチェスワフ・ミウォシュ作品「カンポ・ディ・フィオーリ」。この広場でジョルダーノ・ブルーノは火焙りとなり人々は酒場へと移動する。思い出すのは壁の向こうのゲットーに砲弾が、炎に踊る女の子を笑う群衆はワルシャワでもローマでも変わらない。孤独に死するものへの詩人の言葉が反逆を煽る。
