午後のポエジア

2025年10月26日

豊平館 2025.10.13

菅原未榮氏自作「追悼 新川和江さん」、”私を束ねないで”をベースに新川と(菅原氏の旧姓)本川で挟んだのとのことでした。
池田光良氏はシンボルスカ詩集『瞬間(Chwila)』から作品「瞬間」の語彙である地質学用語の使用は、卓上地といわれる平野部にカルパチア造山帯という隆起部の、これをポーランドの歴史と絡めた内容になっているとの指摘、そして日本語での作品紹介。次いでシャレック・レタナ氏が同じく作品「瞬間」をポーランド語で朗読された。
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新入会の風野中氏が、朗読したのは更科源蔵作品の「国境」である、大地は繋がっているものなのにどうしてここに、手を出させないよう、行ってはいけないような”国境”があるのか、両方から近寄ることを拒絶し、父か母のどちらか一方の血だけを選ばせようとするのか。
ムラサキ紫音氏は、花崎皋平作品「天と地と人と」からのスピリチュアル、超越すべき垂直という方向、呼吸することでの空気振動、風という無主の自由、さらに石牟礼道子の著作「苦海浄土 わが水俣病」からの引用で想像力を動員して山や草という自然の大きさ、そうした哲学の言葉を選び出す。
小笠原正明氏は、宮沢賢治作品「永訣の朝」にでてくる”あめゆじゅとてちてけんじゃ”は一般的に”雨雪を取って来てちょうだい”と言う意味で捕らえられているが、正確な現地の方言とは言い難いとされる―そうしたお話をしていただいた。
ポーランドの詩人マリア・パヴリコフスカ=ヤスノジェフスカ(1891-1945)の没後80年、短めの詩作品を佐藤三姉妹が挑戦する。まずはレミリアちゃんは作品「バラ」、トゲがその象徴でもある薔薇を優しい声で、ポーランド語と日本語の両方の美の証人としてうたう。エステラちゃん「花となって」であるが、オレーヤージュ・シルヴィア氏に背もたれしつつ、一緒に花が咲くまで少し時間をかけて咲かせた。朗読予定のミリアムちゃんは会場を逃げ回っていたので、代わって佐藤圭史氏が「あい」を朗読し完結させる、後日・ホラ去年はさぁ~といわれるかな(笑)。
そしてアントーニ・スウォニムスキ(1895-1976)の生誕130年とのことで作品「あわれ」が紹介された。日本語を村田譲、ポーランド語でジェプカ・ラファウの両氏が、1節ごと交互に読む試みである。日本語ではたった三文字の言葉であるが、国によっての感情であるとか異なるものとしての実感がある。
その後に村田譲は一枚の切符を取り出し(今は交通系カードですが、北海道の田舎路線では使えません)自作の「駅名標」を声にした。
ギターを抱えて数井バルバラ氏が登壇する、チェスワフ・ニェメン「ワルシャワの夢」の弾き語り、ポーランドでは割りとポピュラーな曲とのことです。二曲目のヴィルキ「エリ、ラマ、サバクタニ」はキリストが処刑される際に天に向かって述べた言葉とされ「わが神よ、なぜわたしをお見捨てになるのですか」との嘆きとされ、一人で叫ぶものはもういないのだ、と。
ポエジアの最後は、ジェプカ氏によるポーランドクイズでの締めくくりです。主催は北海道ポーランド文化協会。


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2024年09月08日

札幌市資料館 研修室 2024.8.18

「ワルシャワ。灰の中から蘇る不死鳥」展の開催中に行われた。”語り継ぐ言葉としての、戦争、崩壊、復興、平和”を。
第1部は日本人による朗読です。まず登壇したのは林祥史氏、ズビグニェフ・ヘルベルト作品「おばあちゃん Babcia」。お婆ちゃんの膝の上、世界のすべてのことを話してくれるけれど、自分の話はしないそれは大量虐殺のことアルメニアのことは、話をしない、呪詛と忌憚を除いた言葉のザラザラの底辺。今年はヘルベルトの生誕百年とのこと。
次いでムラサキ紫音氏は、米倉斉加年作品「おとなになれなかった弟たちへ」を。疎開を考えて親戚に情報を仕入れに行くと、いきなり”食べ物はない”と追い返されてしまう。ようやくみつけた田舎の暮らしだが赤ん坊ヒロユキのミルクがない。時々お母に黙って舐めていた甘いミルク、ヒロユキのたった一つの食事がない。体が弱り病院へ、綿に水を含ませてもらっただけで栄養失調で息を引き取った。遺体を背負う母は、体が爆弾でバラバラにならなくて良かったと。入院中に用意されたお棺は小さくて膝を曲げて入れる、ああ大きくなっていたんだと。
村田譲氏は竹内浩三作品を紹介。映画監督になりたかったが兵員不足で大学を強制的に卒業させられ、フイリピンで23歳で戦死した。作品「冬に死す」「日本が見えない」「ぼくもいくさに征くのだけれど」、書きなぐられた6行の叫び「詩(うた)をやめはしない」、そして作品「骨のうたう」―戦死やあわれ とおい異国で ひょんと死ぬるや 国のため大君のためと 骨は誉れ高く勲章をもらうけれど 骨を愛する人はなし 骨は粉になり なんにもなしになった―(部分抜粋)。最後に成りたかった自分の老後を作品「宇治橋」を渡る。
建部奈津子氏は、自ら朝鮮に流れ着きシベリア抑留を体験した神馬文男作品を取り上げる。「知ってるかい」、「抑留体験で綴る短歌」では、炭塵にダモイと指で書きまくり。”ダモイ”とは家に帰るという意味のロシア語。
菅原未榮氏自作詩「幻野 一升瓶と蜜柑箱」。蝦夷開拓期一人も欠くことなく子どもを育て正月を迎え、戦争に負けて爺の危篤の時に一人欠いてしまった。
堀きよ美氏が大平数子作品「慟哭」をとりあげる。逝った人は帰らない、生き残った人はどうするといい、何を分かればいいというのか。風を世界を旅するならば、未だ待っていると伝えておくれ。正義とは剣ではなく愛であると伝えておくれ―と。
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第2部はポーランド人による朗読の時間。シルヴィア・オレーヤージュ氏がアンナ・シフィルチンスカ作品「バリケードを作りながら」。銃火に恐れ、人々は恐れ、少年が倒れ、恐れの下にバリケードを作る。自分が太陽となれる今。
次いで佐藤レミリア氏が、シフィルチンスカの画像を負いながら、ちいさいけれどはっきりとした声をだす。
ラファウ・ジェプカ氏はタデウシュ・ルジェーヴィチ作品「生きていたものが死んでいった」。死体に卵を産み付ける蠅、死の直前の父のは唇と目と、体が肥大し始める。林檎を売っているサルチャの近くのゲートが炸裂する、林檎が潰れ母が死ぬ。ゲットーに林檎を運ぶものも欲しがるものもいなくなった。
レナタ・シャレック氏がチェスワフ・ミウォシュ作品「カンポ・ディ・フィオーリ」。この広場でジョルダーノ・ブルーノは火焙りとなり人々は酒場へと移動する。思い出すのは壁の向こうのゲットーに砲弾が、炎に踊る女の子を笑う群衆はワルシャワでもローマでも変わらない。孤独に死するものへの詩人の言葉が反逆を煽る。


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2023年10月22日

札幌市豊平館 2023.10.15

北海道ポーランド文化協会主催の朗読会「午後のポエジア」第12回。
最初は音楽の時間で、安藤むつみ氏による記念演奏会の報告、そして北浦由花里氏のショパンはどこか聞き覚えのあるピアノ演奏。
さて、朗読の口火を切ったのは菅原未榮氏で自作の「本川」で、念仏を唱え、婆が代わってやればよかったと骨箱を前に愚痴めいて、昭和22年の樺太周り航路。
そして小篠真琴詩集『へいたんな丘に立ち』の紹介で、作品「アラスカ団地」という北海道の冬の厳しさを例えた名称の、その団地が取り壊される。作品「支える」では、震える木の枝を支えていこうと、決意であるのか。この二篇を初参加の赤木道子氏が柔らかなBGMに乗せて声にする。さらに作者である小篠本人が登壇し「へいたんな丘に立ち」未来を見渡せるだろうか・と喉の奥にある思いを朗読する。
氏間多伊子氏による『カティンの森のヤニナ』(小林文乃・著)の紹介。第二次大戦中に32歳の誕生日に殺された一人の女性パイロットのこと、誰が彼女を殺したのか。
ヴィスワヴァ・シンボルスカ作品「終わりと始まり」、誰かが勝手に始めたものを誰かが後始末しなくてはいけない、といってもカメラマンは別の戦場に向かっている、しかし誰かが行う、退屈した連中はあくびする。この日本語訳を帯広の村田雄穂氏が。続けてポーランド語でラファウ・ジェプカ(Rafa・Rzepka)氏がのべるには、哲学なんだけれど皮肉な言い回しなのですと教えてくれる。
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小休憩をはさみ、ソマイア・ラミシュ氏発行の日本語版抵抗詩『詩の檻はない』の話となる。ラミシュ氏がオランダに亡命した経緯や書籍化のこと。日本語作品と英語作品だけなのだけれど、英語を翻訳したのは安藤厚会長である。
そして、ソマイア・ラミシュ作「世界のどの地域も夜」の英語での朗読を林祥史氏が、ムラサキ紫音氏は日本語訳で、私は泣いています、私たちのタイムラインでは死、郵便が来ない、誰も訪ねてこない、しかし生き返るのだ…女性、生活、自由。
編集を担当した柴田望氏の作品「OK」をムラサキ紫音氏が声にする。この表紙は何故に海なのか…海は日本の国境だからこれでいい、と。
同詩集に参加した村田譲氏作品「歌う小石」、ここに自由はあるけれど、違和感があるのは何故だろうと、ふたつ小石を拾う。
終盤に来道中の鎌田東二氏が石笛とほら貝、そしてギターを奏でる。また、ジェプカ氏のポーランドクイズが大好評でありました。


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2022年07月23日

札幌エルプラザ 2022.7.3

開会に先立ち元駐日大使のRodowicz(ロドヴィッチ)氏よりメッセージ。
第1部はポーランドのミツキェヴィチ作品『祖霊祭』ヴィリニュス篇第二部の朗読劇。祖霊といわれるとお盆のことかと思うが、しかしスラブ地域信仰に対してキリスト教が緩やかに取り込み、霊を天の国に導くために酒や食べ物を用意する宴。しかし台本には4種類の霊が出現し、いずれも祖霊ではない。なもんで、”亡霊”を祖霊の手前である”死霊”と捕らえてみると、成る程、迷える霊であり、悪しき霊であることが分かる。
役柄にコロスとあるのだが、古代ギリシア劇の合唱隊のこと。歌ミサとして考えると、歌は祈りである。ただ今回の配役では村咲紫音氏一人で担うので、合唱にならない。なかなか難しいことになった。
老人・声・木菟の複数役を落語家の林家とんでん平氏が声色を変えながら演じる。天使役の氏間多伊子氏は衣替えして、その後の娘役のシルヴィア・オレーヤージュ氏と交互に声を出し合う。亡霊役は骸骨の衣装でラファウ・ジェプカ氏。大鴉・鳥たちのコロスを菅原未榮氏が演じた。
ラストの連れ出される喪服の女と亡霊に注目し、独立しての演技として取り上げることに。祭司役は村田譲が務めたが、本来であれば祭司が亡霊を導くのだろうが、この喪服の女は亡霊を祭る子孫かなにかであるのだろうか、ミツキェヴィチのストーリーは重複性の高いものなのかもしれないと思ったり。
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第2部「希求・日本」。霜田千代麿氏が「ジェラゾヴァ・ヴォーラの空」など若松丈太郎作品三篇を独特の響きで部屋に広げる。菅原未榮氏は自作詩「アムールへ」の大地を披露する。氏間多伊子氏は、太宰治作品「待つ」を時代背景に合わせた服装で登場した。
第3部「希求・ポーランド」。佐藤レミリアちゃんが、ユリアン・トゥヴィム作品「メガネ」を読む、さてさてメガネはどこにある? 思った通りのところですよ(笑)。ミハウ・マズル氏の読んだユリアン・トゥヴィム作品「平凡な人へ」は、かなり政治批判的な内容を含んでいる。
レナタ・シャレック氏がズザンナ・ギンチャンカ作品「私の何もかもが死ぬわけではない」を紹介する、部屋に残ったものと自分の通夜と。ラファウ・ジェプカ氏がマリア・コノプニツカ作品「お騒がせのステファン君」を、野獣と戦っていたと思えばどうもホラ吹き? お騒がせのボーヤ。いずれも日本語字幕が用意されていて、助かりました。
その後「Dzieje hymnu polskiego ポーランド国歌の歴史」をビデオ鑑賞。「ドンブロフスキのマズルカ」は、第3次分割によってポーランドが領土を失い、1797年にドンブロフスキ将軍がイタリアで率いた亡命ポーランド人部隊の軍歌として作詞されたもの。ナポレオンと手を組み、北イタリアでイタリア・ポーランド軍団を編成・指揮し、1807年にワルシャワ公国として復活するのだ。であるので自国以外の人物名が出てくるちょっと変わった国歌であり、興味深い。


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2021年11月13日

ドラマシアターども 2021.9下旬

札幌エルプラザで10月31日の開催された「第10回午後のポエジア」であるのだけれど、直接に多くの人が集まるのはよろしくなかろうということで、動画鑑賞会となった。それでその動画の収録が各地で行われることとなったのだ。そのひとつに参加です。
10月下旬、江別のどもに集まったのは、霜田千代麿、菅原みえ子、熊谷敬子、村田譲の各氏。
まずは霜田千代麿氏、ドアを開けて真っ暗なスタジオに入ってくる。椅子に座り、ズビグニェフ・ヘルベルト作品「我思う氏(パン・コギト)の終末論的予感」を腰を曲げ鞄から取り出す。そしてゆっくりと声を出し始める。我思う、パン・コギトの生涯においてどれほど多くの奇跡、輝きと転落・・・永遠を待つのかしかし、ない、ない、ない。彼は流刑の身の皇帝か。ない、ない、ない、思い出も何もない。忘却の道を進むために、天国行きのための選考委員会は正常でありつづけ、が我思う、パン・コギトは抵抗する。飢餓を、棘を、地上の尖った角度を、波の鞭を、感じ続け見つめる痛みの感覚。天国の勤務に不向きなものがいると誰が信じるであろうか! その絶叫を鞄に閉じ込めて立ち上がる。
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次いで菅原みえ子氏も、ズビグニェフ・ヘルベルト作品の3篇を声にする。まずは立ったままで作品「母とその息子」森のはずれ、母子の絆は固かった、しかし母が死んだとき。作品「母」巻いた毛糸が転がる、彼はもつれた姿で山を登り辿り着こうとする。甘い膝の玉座を目指して。差し伸べた手は闇の中に。それから椅子に腰かけ直して作品「おばあちゃん」を読み始める。長いドレスを着て、その膝の上に腰かける。全世界のことを話しかける。しかし彼女は出身のことは話さない、アルメニアの虐殺のこと、は。
村田譲 & 熊谷敬子組はアダム・ミツキェヴィチの叙事詩『パン・タデウシュ』を選択する。そのなかより、第三の書「大人のおふざけ」。さて、タデゥシュは、もっともですと言って話し始める。雲の形の自由さをポーランドに例えるが、穏やかな鳥の姿は、馬となり、船団ともなるのだ。その例えは誰の何に対応するものであろうか。そして伯爵とテリメーナの作り上げた愛と裏切りと。そこに鳴り響く鐘。終末の、それとも単にメシの時間を知らせるだけなのか。今回の作品は映画化されており、当然に日本語訳がある。だが、その訳が嫌いだということで、英語版からの私家訳なのです、まさに”おふざけ?”イエイエ大まじめです、WWW。
収録を担当したのは、田中茂と熊谷敬子の両氏である。


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2019年06月09日

北海道大学クラーク会館 2019.6.1

日本・ポーランド国交樹立100年記念でテーマ「私のポーランド」。
第1部。熊谷敬子氏がポーランドの絵本を紹介しながら『お月さまってどんな味』を手に、象だのシマウマだのを背に乗せ高く高く月に向かい、最後にネズミがひと口くわえて欠けさせる。池に住む魚はここにもうひとつあるのにと笑う。
尾形芳秀氏は日本美術技術博物館(通称マンガ館)で発刊した『ブロニスワフ・ピウスツキ』の漫画のことなどを紹介する。
次いでポーランド語と日本語を対訳で楽しもうと、ミハウ・マズル&菅原みえ子氏によるユリウシュ・スウォヴァツキ作品「頌歌」。骨しか残っていないのだ、神よ、巡礼者の身で自分の白骨を見る、私の虚無。
レナータ・シャクレ&氏間多伊子氏によるヴィスワヴァ・シンボルスカ作品「可能性」。映画が好き、猫が、ディケンズが、自分が、ここに書かないもっと多くのモノが好き、いつまでと期限を切らないで、存在するために。
エヴァ・コヴァルスカ&松山愛羅氏はズビグニェフ・ヘルベルト作品「想像力という小箱」。壁を叩き人形を、口笛を吹き小川を、咳払いをして遊び道具のサイコロを投げる、目を閉じて何が見える…愛羅氏の良く通る声で。同じくヘルベルト作品からバルバラ数井&松山莞太氏は「事物たち」の不変であることあたかも人間を支える様な姿、「母とその息子」のふたりぼっちの世界、の二篇を披露した。
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チェスワフ・ミウォシュ作品を紹介したのは村田譲氏で、まず「私の忠実な言葉よ」、さらに「鳥たちの王国」での一枚の羽根への。
ユリアン・トゥヴィム作品「一、二、三 Raz、Dwa、Trzy」ではシルヴィア・オレーヤージュ&佐藤レミリア氏だが、最年少者の登場に大拍手であるが、本人は緊張しまくったようで歌を忘れたかな? でも民族服姿が可愛かったのでOKです。同じくトゥヴィム作品「蒸気機関車 Lokomotywa」を選んだのはラファウ・ジュプカ氏であるが、翻訳なしで全然大丈夫、ホントに汽車が好きな人に言葉なんて関係ないですね、まんまオノマトペで走ってました、大受けです。
長屋のり子氏は自作「ショパンと私」。ジャズ喫茶に入り浸る、音楽はショパン、革命のエチュード、ピアニストの打鍵、私の内側に滑り込む革命、夜の透明が入り込み声をあげて泣く私、生き生きとした感情が深部にショパン、カノンが好き。
第2部は音楽を中心とした構成である。徳田貴子氏がポーランドと日本の音楽を比較しながら語り、首相で音楽家であったパデレフスキ作品を電子ピアノを奏でる。坂田朋優氏はキラール作品「ポロネーズ」であるが、踊るときは年配者からペアで誘うものらしい。熊谷敬子氏はアダム・ミツキェヴィチ詩「祈り(リトアニアよ、お前は…)」を声にし、ギターを抱えて進み出たバルバラ数井氏はミツキェヴィチ詩の「不確実性」を。その後にスライドショーとなり、ポーランドの花を季節に合わせて、またポーランドの知られていない町の紹介があったが、チェルムナの聖バルトロメイ教会の骸骨礼拝堂に驚いた。また、おおきなかぶ(ポーランド版)の劇に参加した。
霜田千代麿氏が飛び入りということで、宮沢賢治作品「薤露青(かいろせい)」を斉藤征義さんの写真を背景に。薤はらっきょう、露はつゆで、青葉のちいさな露であり”人のはかない運命”にたとえる。青く、友人に捧げるために小さなトランクを開けるのだ。
終了後にその会場で交流会が開かれたのである。


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2018年06月02日

ドラマシアターども 2018.5.26

北海道ポーランド文化協会の主催による同会は2部構成である。
第1部は「もう一人の宮沢賢治~風と光にのって」と題し、舞台の後方には列車のボックス席を模した椅子を配して、宮沢賢治作品もしくは賢治のための自作詩の朗読である。まず暗い舞台を進み出るのは霜田千代麿氏、春と修羅の「序」。連ねる明滅、保ち続ける影と光、その通りの心象風景のスケッチから始まりを告げるのだ。
次いで小林暁子、松山敏の二氏による「風の又三郎」。みんながガヤガヤとするなかを交互に読みあげる。又三郎が何かをするたびに風が吹くのだと、絵本の画面がスクリーンに映し出る、風の神だ。それからそれから、あとはどうだい、それから、よその町に行ってしまうまで。
再登壇した霜田氏が跪く。トランクのなかからひろいあげるのは「無声慟哭」、昔の映像と今の自分との重ね合わせ、映像の中と外に響きあう。ああ、そんなにかなしく眼をそらしてはいけない、と。
「オホーツク挽歌」から菅原みえ子氏が選び出した「噴火湾(ノクターン)」、天の音楽、噴火湾の黎明のあかりを、トシが隠されているかもしれないその寂しさを、ピアノの音に紛れさせながら妹を思う。
柴田望氏は「集合写真」という自作詩を舞台上に写し出してくる。カメラのあった時代の眼差しを。してはいけないことを繰り返し、自分というものの言いたいことを言う、その釣り合いのなか。
「よだかの星」を村咲紫音氏が淡々と声という音にする、自分の居場所などありはしないとの思いに、ふと松山敏氏のサックスの野太い、ときとして激しい音が、星を望む願いをゆっくりと燃え上がらせながら舞台を横切っていく。
村田譲氏は「春と修羅」、春のなかでただ一人の修羅は、その場にただデクのように立ち上がり渦巻く命の捩れ、ZYPRESSEN・春のいちれつと声で描く。 
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「永訣の朝」、苦しい表情で今朝のことを、まるで語り継ぐように斉藤征義氏が吐き出していく。遠くに行ってしまう私の妹よ。―あめゆじゆとてちてけんじや―この雪の、うつくしい雪の、おまえが食べるふたわんの雪に、願う。 
長屋のり子氏は自作の「イーハトーブの軽便鉄道」を軽いタッチで、様々な賢治の足跡をピアノの譜面に載せているかのように、見かけた車窓の風景のように謳いあげていく。
霜田氏は「どっどどどっどど、どどうどどどうど」との掛け声のなか、一気に「風」という文字を吹き現わせ、墨の色を流すのだ。
第2部は「ポーランドの詩と音楽」である。まず最初は、2011年の東日本大震災のときのことをベースとして世界中の「こんにちは」「ありがとう」を紙芝居仕立てに表現する。
没後20年のポーランドの詩人、ズビグニェフ・ヘルベルト氏の「若いクジラの葬式」。鯨のぬいぐるみをまずは寝かしつけてから、ミハウ・マズル氏がポーランド語で、R・ジェプカの日本語訳を菅原みえ子氏が担当した。くろい砂糖壺のような谷間の小径、無限の砂、太陽の蝶結び、花束のリボン。グラスホッパーが泣く、逃げる白い酸素、喪の行進、もぎとられるメロン、さらば。
シルヴィア・オレーヤージュ氏は「ためらうニケ」をポーランド語と自身の日本語訳で披露する。灰色の道、若者たちの命の尽きるところの大地、ニケがキスしようとしても戦場から逃げようとはしない若者、明け方に目にしなければならぬものを知りながら。
「コギトさんの怪物」にラファウ・ジェプカ氏と村咲紫音氏が挑む。戦略の第一原則は敵を知ること。しかし怪物と言えど一緒に住めばいいという人々も出てきて。自分という存在の卑屈さ、それでも戦いたい、出てこいとの叫び。早くしなければ窒息がやってくる。
たどたどしく思えるリリアナ・コヴァルスカ氏の朗読「小石」である。が、ミコワイ・ジェプカ氏の日本語訳を聞くと、自分の境界を守る、熱気と冷たさと。飼いならすことのできない小石のじっと人間を見つめている姿と、拙さの語りとが、重なって見えた。
その後ポーランドの朗読者と観客が舞台に集まり「誰かに愛された」の大合唱、伴奏を安藤むつみ氏が担務。終了後にはワインと軽食による交流会となったのである。


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2017年06月03日

ドラマシアターども 2017.5.27

北海道ポーランド文化協会第80回例会は、ブロニスワフ・ピウスツキ没後100年記念として、〈詩劇〉ピウスツキ~ポーランド・サハリン 愛と死~が取り上げられた。サハリン島に流刑となりながら、人類学者として樺太アイヌ民族の研究をしたその一生を、詩で追いかける試みである。原作に尾形芳秀、演出は斉藤征義、舞台監督に霜田千代麿の各氏。
(01・平和の時代)の冒頭はポーランド民謡「シュワ・ジェヴェチカ ”森へ行きましょう”」のやわらかな歌で飾られる。(02・ポーランド分割)ショパンは1831年のワルシャワ蜂起失敗の報に触れ、作曲した革命のエチュードが鍵盤の上に叩かれる。(03・サハリン島―流刑地へ)、(04・ポーランドからサハリン島へ流刑)ムックリの演奏とともに、ロシア皇帝アレクサンドルⅢ世暗殺未遂事件に巻き込まれ、大学在学中のピウスツキはシベリアへと流刑となる段。
(05・ピウスツキを陰で支える人びと)アレクサンドル・セルゲーヴィチ・プーシキン「シベリア」、ピウスツキは流刑地である樺太で識字学校を開き、アイヌ研究は欧州でも認められ、妻となる女性とも出会った。(06・モスクワ―シベリア経由でサハリン島へ)アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ「シベリアの旅」部分が読まれた。(07・流刑地に大きな変化が、日露戦争勃発1905)日本へも訪れているのだが、アイヌメノコのシンキンチョウを妻として子ども二人との暮らしを一時的に捨てても離れる決心をする。
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(08・ピウスツキ謎の死)弟のユゼフ・ピウスツキは独立運動を主催しており、その応援に兄として欧州に向かう。愛妻に必ず戻るからと言い残して。しかし1918年5月に投身自殺とも言われる謎の死を遂げる。ギョーム・アポリネール「ミラボー橋」、この章はシルヴィア・マリア・オレーヤージュ氏がポーランド語で声を立てる。(09・ポーランドが123年振りに独立へ)弟のユゼフ・ピウスツキが初代元首となった。(10・ポーランド念願の独立をはたす)ポーランド国家「ドンブロスキのマズルカ」の歌。弟ユゼフから、別れて29年目に夫の16年前の死が、待ち続け盲目となっていた妻に伝えられる。
(11・エンディング)長屋のり子氏による自作詩「盲いたシンキンチョウの恋唄」神と伴にある私たちのもとへ来てくれた貴方、ここに住みたいと言ってくれた貴方、私はここにいて貴方と抱きあったほとばしる精気、その場所その時間その温もりを聖なるものとして天に捧げる声は―トンコリによる哀切のリズムに刻まれる。
朗読には、園部真幸、小林暁子、尾形芳秀、熊谷敬子、大島龍、菅原みえ子、松山敏、シルビア・オレヤージュ、霜田千代麿、長屋のり子の各氏が参加。なかでもシルビア・オレヤージュ氏の朗読は(言葉など分らなくても)その力強い立ち姿、大地に足をしっかりと根差し圧巻であった。また長屋氏だけが、ブロニスワフ・ピウスツキの略歴的な部分に限定されてしまう中で、そうではない女の視点―大義などいらない―との或いはアイヌの人々の心情とでもいうべき言葉が表現されていた。
第2部として、交流会が行われたが人数が多すぎて一部屋で納まりきらず、詩の朗読などが行われなかったのが残念ではあったが…。共催にポーランド広報文化センター。



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