空中庭園な日々

「空への軌跡」別館 ―― 北海道の詩誌を中心に & 気になるニュース

『小樽詩話会』no.599

小樽詩話会『小樽詩話会』
発行者:十和田梓恭子(小樽市)

中筋智絵作品「十六夜」。さて、”じゅうろくや”か”いざよい”か。まあ、ためらいの”いざよい”の方が私の好みかな。とにかく一歩が重いのだ。そういう街灯の付かなかった日の(雰囲気のある)明日へのいつも通り。
下田修一作品「さすらいのノラ(つかめない手)」。ノラは野良猫であるようで、ならば出会いはいつでもあって、いつあるのかも分からなくて。チビとはそれっきり、ノラはバッタをカリントウ代わりにしているようで。色んな生き方を見て、自分を見て。
本田初美作品「秋日和」。最後の退院、ということはその後に来るときはずっと病室のベットということであろう。自宅で亡くなりたいと希望しつつ、介護の手が間に合わない長寿の人生を望んだのは自分たち自身だ。若い看護人の人生を踏みつぶしても大丈夫と見向きもせず、その報いが圧し掛かかってきたってことだ。矢でも鉄砲でも撃てるうちが花なんて(もちろんそんなコトは書かれてないですけど)な。
おのさとし作品「ゲル」。ボクの原形質の内のミトコンドリア、そういうプログラム。神経という電気的プラスマイナス、生きている実感は科学の奇妙な内側へと置き換わる。実感とは、終末とは、グル状のウゴク・ウゴカナイが分かり易くはある。

台湾人の歴史観

<コラム>なぜ台湾人は中国に反感を覚え、日本に親しみを持つのか、その歴史を探る・・・とのことで、全文を・・・
 2016年5月20日、台湾独立を標榜する民進党、蔡英文氏の総統就任式が行われた。前回8年前の民進党・陳水扁政権では少数与党ということで法案審議等苦労を強いられたが、今回は議会でも民進党が単独過半数を獲得、正に民進党の天下となった。民進党員やその支持者にとっては感無量なるものがあろう。
 1949年、毛沢東率いる中国共産党との戦いに敗れた蒋介石国民党軍は、日本が太平洋戦争で敗れ、統治領有権を放棄し空白となった台湾に逃げ込んだ。当時の国民党軍の姿は、将校級は別として、いかにも敗残兵というに相応しく、その身なりや質、教養等において50年余りの日本統治によりある程度の文化、生活レベルに達していた台湾の人々を驚かせたという。
 水道の蛇口をひねるだけで水が出てくることに驚き、感動した兵士達は金物屋に殺到。水道の蛇口を買い求めては家の壁という壁にそれを突っ込み、蛇口の栓をひねり水が出て来ないことにクレームを付けた、という始末。中国本土の貧しい農村から徴兵された無学の若者にとって当時の台湾の高文化度は驚きの連続であったといえよう。軍の規律統制も十分ではなく、略奪等犯罪行為は日常茶飯事となり、台湾の人々の反感を買ったのは言うまでもない。勿論、日本統治に反発を覚える台湾の人々もかなりいたと思われるが、この頃の国民党よりマシ、と感じたという。1970年代でも、素養の悪い若者は「日本教育を受けていないからねぇ」等と言われたものである。
 蒋介石は戒厳令を出し、徴兵制を敷き、“大陸反攻”を唱えた。「明日から日本語禁止…、と言われたって我々は中国語なんて解らん。九州の人に明日から日本語禁止、中国語で喋れ!なんて言ったら九州の人はどう思うか!」。当時の数多くの年配台湾人の感情である。
 台湾人新兵で“大陸反攻”を目指すも、「我々の故郷は台湾で、何故わざわざ大陸に攻め入らねばならないのだ…」と軍の士気は上がらず、下手に武器弾薬を持たせると、どちらに向けて撃ち出すかわからぬというわけで、国民党軍幹部は頭を痛めたという。第一、浙江訛りの強い蒋介石の演説は、軍幹部でも余りよく解らなかった、という話もあった。かくて、蒋介石の“大陸反攻”は実現できなかった、という。
 蒋介石と共に大陸から台湾に来た人々は「外地人(外省人)」、それ以前からの台湾居住者は「本地人(本省人)」、そして山間部に多く住む高砂族等少数民族の人々を「山地人」と区別されることがあるが、長きにわたり日本人の台湾山間部行きは制限され「入山許可証」等特別許可の取得が義務付けられていた。少数民族といっても種族は多く、当時彼ら種族間の共通語は日本語であった為、国民党政権は日本人と「山地人」の接触、謀議を恐れ、日本人の台湾山間部行きを制限したと言われる。
 蒋介石及びその子息の蒋経国時代の台湾での国民党は、中国共産党(中共党)とは全く相容れず「共匪」と呼び敵対していたが、今では国民党と言えば中共党との融和を目指し、中共党に反発するのはむしろ民進党と言われる様になった。以前ならば、国民党の支持者の多くは外省人及びその子孫、一方民進党は本省人が多く、比較的解りやすい支持構成であったが、現在の台湾では、外省人をも含め「私は中国人ではなく台湾人」と言う様になり、支持層の区別がつかなくなっている。時代の流れであろうか。今の台湾の政情を見て蒋介石はどう思うであろうか。

http://www.recordchina.co.jp/a139116.html
Record china:2016年5月21日(土) 13時0分(←出典

『RIVIERE』149

RIVIERE『RIVIERE』
発行:横田英子(堺市)

正岡洋夫作品「ヤクシカ」。タイトルは屋久島の鹿のことであるそうだ。今は増えすぎた鹿を共存の形として罠や銃で捕獲するのだ、そして土産物屋に並ぶのだ。が、”共存”といいつつ人間は増えても殺さないというのは誰の決めたハンデなのだろう。しかしこの島は確かに神秘的でもう一度行きたいものだ。
蘆野つづみ作品「けじめ」。自殺に失敗し続けているじいさんの独り言から始まるのだが、どうも次回は駅ホームに飛び込むらしい。しかしね、死ぬなら一人で死ねよ!と言いたくはなる。しかも、その場所がないということが問題なのだ。”けじめの美学”を笑うつもりもないのだが、実に面倒な管理社会であることだ。
内田縁作品「ヤマボウシ」。みそ汁の中の茄子がキュッとして、亡くなった母親にキュッとされたこととダブルことは分らないでもないが、タイトルはヤマボウシ(山法師)だ。花言葉は「友情」で、トゲのある真っ赤な実をつけ、果肉は濃い黄色でマンゴーのような甘み、シャリシャリとした食感でジャムなどにするらしい。そこにかあちゃんがいるのか?ううむ、北海道には咲いていないようで、雰囲気が分からないなぁ。
永井ますみエッセイ「台湾へ2」。旅行記というものはなかなか面白いのだ。行ったことのない所でも、その地域の温かみなどが伝わったりする。しかし、台湾って中国のすぐ横でありながら無文字の時代が長くあったのだろう、伝わることは少ない。地政学的に注目されてからの歴史がメインな気がする。

韓国人の価値観

○なぜ接待文化はかくも浸透したか? 韓国人に根付く「3つの価値観」
(前略) 3つの価値観の弊害とは、事大主義、「恨(ハン)の文化」、過剰な競争社会の弊害である。事大主義とは、「小が大に事(つか)える」という意味である。弱小の勢力は強大な勢力に寄り添い、倣い、随って、事(つか)えるという行動規範で、語源は『孟子』の「以小事大」である。転じて「自らの主義、定見がなく、自主性を欠き、より強大な勢力に寄り添うことで、自分の存立を維持する術」を指す。朝鮮半島の伝統的な外交政策は、「半島国家の宿命的な世界観で、中国に事(つか)える朝貢関係を維持、存続」(宮家邦彦・外交政策研究所代表)させてきた事大主義の典型例である。
 韓国の「恨(ハン)の文化」とは、西欧の「罪の文化」や日本の「恥の文化」と同様、韓国社会で歴史的に培われてきた精神風土であり、思考方式を象徴する概念である。古くは「支配や抑圧の歴史の中で内に秘めてきた苦難や絶望、憤怒や悲哀、嫉妬や羨望などが入り混じった複雑な感情、感覚とものの見方・考え方」とされ、最近は「厳しい上下社会からの解放願望や上位への憧れ、さらには恨(ハン)を晴らす」など、より積極的な概念へと広がってきている。
 そして過剰な競争社会については、韓国の場合、小・中・高・大から就活に至るまで、いわば一流の名門コースに乗れるかどうかで人生の明暗が分かれ、生涯賃金の落差を広げ、貧富の格差も決定付けることになる。このため、韓国人は幼少から受験戦争の戦線に立ち、進学の都度、熾烈な競争に晒される。それは、ひとえに就活に勝ち残り、10大財閥へ就職を決定づけるためである。
 韓国経済の10大財閥への依存度は異常な高さで、10大財閥の売上額はGDP(国内総生産)の75%を占め、若者たちは10大財閥を目指して殺到する。首尾よく就職できれば、生涯を安泰に暮らせる幸福へのパスポートを手にすることになるからである。韓国経済はすでに先進国の仲間入りをしたとはいえ、多くの国民の暮らしぶりは貧しく、50%以上の家計は借金暮らしである実態を、統計が示唆している。(後略)

http://diamond.jp/articles/-/106198
DIAMOND online 韓国大混乱、密告ありの接待規制法で悪習は浄化されるか(←出典)

詩誌『蒐』6号

蒐詩誌『蒐』
発行:蒐の会(札幌市)

本庄英雄作品「馬あぶ」。私は”馬あぶ”というものを知らないのだが、巨大なあぶということのようだ。まあ、あまり嬉しくはなさそうだ。続いては大スズメバチでこっちは危険な感じである。そうであって生き物という面では同じなわけだが、最後の部分に書かれているのだが、目障りだから殺してしまえ・という感覚をよろしくない!と筆者は思っているようだ。が、割とこれは人間の本性な気がすると奇妙な納得をしてしまう私ではあるのだ。
坂本孝一作品「しずくの回廊」。一連目の川は三途の川であるようだ。そのような場所から始まって、通常の河川へと移り、泥で閉じられようとする目へと視点は移り、植物の根の持つ強さへと変遷するのである。生命の回帰ということを考えるのであれば、確かに”水”で表すのが、最も我々に身近な形式であるに違いない。
また本庄氏がエッセイ「追悼・小柴節子〜風すさぶ岩場に立っていた〜」で、今年の二月に亡くなられた同人であった小柴節子氏がへの言葉を掲載している。今は倶知安のご両親の傍らに眠っているらしいとのことである。ご冥福を。

米軍を撤退させても

トランプが米軍を撤退させても日本の防衛に穴は開かない
(前略)
○自暴自棄になった相手に抑止力は通用しない
 もしトランプ氏が言うように米軍が撤退しても、純粋、あるいは狭義、の日本の防衛に大穴があくことはないが、攻撃能力を示して相手に攻撃をさせない「抑止」はどうなるか、も考えねばならない。
 だが抑止戦略は相手が「反撃を受けるから攻撃は見合わせよう」と考える理性的判断力を持つことを前提としている。冷戦時の米ソ間では「相手も自殺行為はすまい」との最少限度の信頼感はあったから、相互核抑止が成り立った。北朝鮮が崩壊の渕に立ち、指導者が「死なばもろとも、ある物は使ってしまえ」と自暴自棄の心境になれば抑止は効果がない。
 仮に第2次朝鮮戦争が起き、通常戦力が衰弱した北朝鮮が核ミサイルを発射するなら、まず韓国軍と在韓米軍の指揮中枢や基地、補給拠点10数個所、次いで朝鮮半島に出動する在日米軍の基地やグアム島の基地を狙う公算が大きい。もし米軍が日本から撤退していれば、限られた数の核弾頭(当面は10数発)を横須賀、横田、佐世保、三沢、岩国、嘉手納などに向ける意味はなくなる。
 もしトランプ氏が米軍を撤退させれば日本にとっては
(1)沖縄の基地問題は解消する
(2)政府は年間6000億円近い経費分担を免れる
(3)北朝鮮の核の脅威は減少する
 というメリットが生じるだろう。
(中略)
 だがその海軍は他のすべての国の海軍が束になっても勝負にならない程の絶対的優勢だ。米国は将来も世界的制海権を保持し、戦略的には島国である米本国の安全と国際的発言力を確保しようとするだろう。西大平洋で制海権を保つには、横須賀、佐世保の2港および空母の入港中に艦載機が使う岩国飛行場は不可欠だ。ハワイ、グアムは背後に工場地帯がなく、艦船の整備、修理能力に乏しい。
 米海軍にとり、中国海軍は地上基地戦闘機の行動半径(約1000km)から出れば処理容易な標的でしかなく、対潜水艦作戦能力も無きに等しい。世界最大の貿易国である中国はインド洋、太平洋の長大な通商航路を米海軍に対抗して守ることはまず将来も不可能で、経済が拡大し、海外の資源と市場に依存すればするほど、世界的制海権を握る米国とは協調する他ない形勢だ。(後略)

http://diamond.jp/articles/-/108204
DIAMOND online 2016年11月17日(←出典

『小樽詩話会』NO.598

小樽詩話会『小樽詩話会』
発行者:十和田梓恭子(小樽市)

萩原貢作品「無聊の記(海辺の食堂で)」。午後三時の情景が描かれているのだが、そこにはあの世からの男が同席する。かと言って気持ち悪いわけではない、いつかどこかで出会い、もしくは自分が知らないだけで随分と前からここに小石のように居続けているものたち。酒を酌み交わしながらの優しい時間。
北さち子作品「匂い、あれこれ」。鼻が利くというのはひとつの遺伝ということらしい。タバコの匂いってそんなにきついのかな。都市の匂いも独特なのか。まあ、そのなかでも自分の伴侶の匂いが好きだというのは、いいことじゃないか。
中筋智恵作品「浮かべる」。見えなくなった過去の記憶の情景を思い浮かべる、という話だ。蛍光灯というのも、なかなか時代の表現にまでなってしまったようだ。そのなかでも音で繋がっている記憶というものは、生きている呼吸に繋がるなら、閉じることはないさ。
長屋のり子「○△ ○△」。どういうタイトルなのかが、ちょっと分からないのであるが、10歳の頃の記憶から辿りついたものらしい。分るのは青い少女の若さなんだが、年を経た赤い色合いもいいと思うよ。どちらもあなたという内に含まれていることが分かるから、であるからとても明るい。

北方領土返還の意味合い

(前略) 現在、1956年の日ソ共同宣言をベースに日ロがまとまるという観測が強まっている。歯舞諸島・色丹島の二島返還か、あるいは択捉・国後両島を含めた四島返還かが交渉の焦点だ。また日ロ間の経済協力強化で返還交渉が前進するという観測もある。だが、この過程で重要なファクターが日米関係であることが忘れられている。
 日米安全保障条約第5条は「日本国の施政の下にある領域における、(日米の)いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する」となっている。すなわち、日本の施政が及ぶすべての領域で、日米は共同で防衛に当たるということだ。
○歯舞・色丹が返還されたら?
 現在の歯舞・色丹には日本の施政が及んでいない。だから、米軍が展開する場所ではない。返還されれば、日本の施政が及ぶことになり、日米安保条約上、米軍が展開できるようになる。こうした場合、ロシアのプーチン大統領は素直に北方領土を日本に引き渡すだろうか。
 仮に安倍晋三首相が歯舞・色丹を非武装地帯化・非軍事化することを一方的に宣言するとしよう。そうなると、ここに日米安保条約の適用除外、いわば空白地域ができることになってしまう。「日本のどこでも守る」と米国が言っても、「いや、ここはいいです」と日本が言わざるをえないことになる。「だったら尖閣諸島は守らなくてもいいのか」と米国は言うだろう。そして、「中国との関係を考えると、われわれは尖閣諸島を守りたくない」という事態もありうるのだ。
 安全保障を日米同盟によって担保しているという日本の戦後レジームが、ここで崩れてしまう。「戦後レジームからの脱却」をうたってきた安倍首相は、日ロ関係を通じて無意識的にそこから脱却してしまうように動いているのだ。
 首相はじめ官邸はかなりロシアに前のめりだが、日米関係の最大のカギはロシアなのだ。日本を取り巻いてきた地政学的な環境が、ロシアとの関係強化で大変化を起こすという構図を誰も見ていない。北方領土に関する日ロ交渉は、「二島か、四島か」といった次元ではなく、「日ロ提携か、日米同盟か」という重大な選択の問題だ。(後略)

http://toyokeizai.net/articles/-/144316
東洋経済 online 11月10日 (←出典)

『恵庭市民文藝』42

恵庭市民文芸『恵庭市民文藝』
発行:村上利雄(恵庭市)

市民文芸であるがこのエリアでは小説とかエッセイが盛んなようだ。今回は特集として「私のふるさと」を掲載している。薄井運吉作品「恵庭の秋田県人会」によると、恵み野の花一杯運動というのは、秋田県人会の広めたものであったとのことだ。なかなか昔のことというのは分らないものであるから、自分しか知らないコトを書いてもらうことで教えてもらえるというのは大変いいことである。
さて詩作品としては三名が載せている。藤森芳郎作品「ヨサコイ・ソーラン祭り」。恵庭ではとにかく夏というとヨサコイである。北の漁場の漁師の掛け声、ソーランが響き渡る。その賑々しさと、踊り手たちが目指すアンダーフォーティ大賞という目的への威勢の良い状況が、この町にはある。
森美華作品「夫婦団子」。炬燵のなかでの夫婦のまったりとした時間というものがあるのなら、それは確かに冬の寒さの中での温かみというものであろうか。テーブルに蜜柑か団子なのかはその家の好みであろうけれど、団子とお茶の組合せの方が年老いた二人感は出る気もしてくる。
村田譲作品「養老行」。岐阜県「孝子物語り」で有名な養老の滝のあるところまで。名古屋の熱田神宮近くの金山からの電車旅だが、どこまでも列車というものは半分眠りながら行くものだし、帰りにも同じ風景の車窓を望みながら、なにか違ったものを見つめている。そんな時間を200行ほどでの行き来のこと。もちろんこの朗読を聞くのならゆらゆら居眠りしながらがいいのだ。

詩集2016『湿原』

湿原詩集2016『湿原』
福島瑞穂・著(木雫舎)2016.10.20

作品「湿原」。ここにはどこの場所の湿原であるのかは書かれていない。北海道の釧路湿原などは有名であるが、実のところは、私も湿原というものをはっきりと知っているわけではない。そうであってオフェリヤの配置は適切なのであろうか。通常の河川ではいけないのかの判断がつかないのだ。近そうでありながら遠い距離。
作品「渦巻いている」。山の峰からの零れていく雫の集まりが、やがては河川を作り出していく。それは大きき大きくなってついには渦となり、その青さは空をも飲み込んでいくのであろうか。
作品「見知らぬ薔薇」。通夜のこと、見知らぬ愛が咲く。それはたぶんいまここに眠る人へであろうか。どれだけの時間の共有の末に見いだされるというのであろう。そしてそこに憎しみではなく愛を見うるのであるか。
作品「よみがえる」。生死の交錯というものはありうるのか。それは甦りと言っていいものなのかは、私には分からないのであるが、地球という小さな共有の場所において、死は生のために存在することに違いはないであろう。

日本三大焼き鳥

○北海道室蘭市 (豚肉、玉ねぎ、洋がらし)・・・北海道三大焼き鳥参照
○埼玉県東松山市 (豚のカシラ肉にみそだれ)
 メインは豚のカシラ肉(豚の頭部とくにこめかみ、ほほ、あご等の肉の総称)。弾力のある独自の歯ごたえと濃厚な味が特長。このかしら肉と長ねぎとを刺して塩焼きにし、好みで「みそだれ」をハケで付けて食べるのが一般的とのこと。他のメニューもやはり豚(内臓系)が多い。
 サイズは通常の焼き鳥より大ぶりで、みそだれは、白みそをベースに、ニンニク、唐辛子など10種類以上の香辛料をブレンドして作られているそうです。(後略)
○愛媛県今治市 (鉄板焼鳥、とりかわ)
 (前略) 鳥、それも「皮」が人気のようです。鳥皮は豚肉がメインの室蘭でも人気のある定番メニューです。では、何の変哲も無い焼鳥なのかというとそれが大違いのようです。
 今治のやきとりは鉄板で焼くというから驚きます。厚い鉄板の上に串に刺した鶏肉などを置き、上からアイロンのようなもので押さえて焼くというのです。正直愕然としました。
 まず最初に「とりかわ」を食べるのが今治流だそうです。しかし、とりかわと言っても皮だけでなく身が付いています。しかもなんと串に刺さっていません。小さく刻まれた皮付きの鳥肉を鉄板で焼いてタレでいただく。そしてお口直しのキャベツを食べる。

http://www13.plala.or.jp/toriyasu/yaki1.htm (←出典

『錨地』NO.66

錨地『錨地』NO.66
発行:錨地詩会(苫小牧市)

中津淳子作品「たずね人の時間」。幼い記憶の中にラジオの尋ね人というのがあったとの出だし。ううむ、時代が違うとなかなか同調するのは難しい。確かに新聞などでは尋ね人欄というのは、何となくだが記憶にあるのだが、ラジオねぇ。いつどのように放送されるか分らないというのはどんなものかな。それでもラジオを聴く人が随分といたということなのだろう。だが、最終連での不安定さは、その土地から逃げ出した人の話でもあろう。なかなか見つかりそうには思えない。
入谷寿一作品「山独活料理」。料理の仕方が延々と書かれているなと思ったら、後半ではそのことを逆手にとって”土にまみれた事実そのままの詩ではないか”とくる、この辺り。書き方というものは、どのように説明しようとも書かれた作品が全てであり、言い訳はいらない・というバージョン。好き嫌いがありそうな感じはありそうですが…。
宮脇惇子エッセイ「絵本『はいくないきもの』」。赤ちゃん絵本シリーズとのこと。5・7・5の俳句的な文章を谷川俊太郎が書き、それに合わせたイラストを皆川明で構成されているとのことだ。しかもその俳句は擬音的なイメージのものであり、まさに赤ん坊を対象とした言葉遊びであるとのこと。ただ、筆者の思いは文が最初か、絵が先かについての考察であり、この辺りは朗読会の楽器とのコラボレーションの問題でもある。

仮想・第2次朝鮮戦争

(前略)――軍事衝突が起こるのでしょうか。
鈴置:予測は極めて難しい。米朝双方の今後の出方にかかっていますが、それが読めません。状況は1994年の「第1次核危機」と似てきました。
 北朝鮮は1993年3月にNPT(核拡散防止条約)からの脱退を宣言するなど、露骨に核開発を進めました。これに対し国連は経済制裁を決議し圧力をかけました。それと並行し、米国も北朝鮮との対話で活路を見いだそうとしました。
 しかし、北朝鮮の核武装にかける意思は固く、対話はこう着。米国では北の核施設への空爆論が公然と語られるようになったのです。ビル・クリントン(Bill Clinton)政権は「第2次朝鮮戦争」も覚悟しました。
 現在、国防長官を務めるカーター(Ashton Carter)氏は1994年当時、ペリー(William Perry)国防長官の下で国防次官補を務めていました。2人は1999年に共著『Preventive Defense』を出版しましたが、以下のように回顧しています(218ページ)
 ・もし戦争が起きれば朝鮮半島を恐ろしいまでに破壊し尽くしただろう。ソウルは軍事境界線に近く、ダレス国際空港とワシントンDCの距離ほどもない。人口が密集したこの都市には砲弾の雨が降り注いだはずだ。数10万人の市民が殺され、100万人単位の難民が南北朝鮮で発生したに違いない。
 ・韓国には3万7000人の米軍兵士が駐留しており、それ以外にも多くの政府職員や10万人を超える米国市民が住み、働いていた。彼らにもまた、被害が及んだであろう。
 ・非戦闘員を非難させる計画もあった。だが砲弾の雨の下、多くの米国人もソウル市民と同じ運命をたどることが容易に想像できた。
(中略)
鈴置:結局、1994年6月にカーター(Jimmy Carter)元大統領が訪朝し、半ば引退していた金日成(キム・イルソン)主席と会談。
 両者の間で妥協が成立し、辛うじて戦争は回避されました。この妥協を基に同年10月、米朝は「枠組み合意」に至りました。北の核開発は阻止できたかに見えました。
 しかし、同じ年の7月に金日成主席が死亡。後を継いだ金正日(キム・ジョンイル)総書記は密かに核開発を続けました。孫の金正恩委員長が核武装にメドを付け、米国への先制核攻撃を唱えるようになったのです。

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/226331/101900074/?P=4
日経ビジネスONLINE 悲惨な「第2次朝鮮戦争」(←出典

『詩め〜る旭川』第14集

詩め〜る旭川『詩め〜る旭川』
発行:旭川詩人クラブ

富田正一作品「味」。味覚というものは人それぞれで、どれがいいというものはない。そうであって、同居する人との関係が最終的には味を決めていくものであろう。失った妻という人の料理を思い出す。いないことでかみしめるもの、そして懐かしむ妻との時間の味。
沓澤章俊作品「ハードル」。何であろうとも褒められた思い出が、記憶を作っていくのであろう。教師なのか先輩なのか、そしてその後の社会という中でも思いは一緒であるのだろう。しかし現実のハードルは厳しい。常に褒められるということがない。大体足を引っ張るタイプが多いのだ。にしてもここのハードルに喜びを持ち込まないのは、これは筆者の思いであろうか。
東延江作品「買物公園=駅前から八条まで」。旭川の駅前にある買物公園という通りはその名の通りに、市民が買い物をするところなのであるが、ずっと旭川に住むと記憶の中の店が甦る。善しも悪しくも資本主義はお店を淘汰する。それがまるで自分の記憶をも淘汰される気になるのだろう。
立岩恵子エッセイ「真夏の夜の夢 否 現」。なんとも耳掻き棒そのまま耳に突き刺して鼓膜が破れるアクシデント。まあ、起こってしまったものは仕方ないが、しかしだからといってその怪我をも楽しみましょうとは…。私はできるかなぁ〜。

『現代生活語詩集2016』

現代生活語詩集2016
『現代生活語詩集2016 喜・怒・哀・楽』
編集:全国生活語詩の会、竹林館 2016.11.1

生活語の詩集であるが今年で10年を迎えるとのことだ。肉声を取り戻すという趣旨でのアンソロジー。
全体では、北海道から沖縄までの133名によるもの。そのうち北海道からは石井眞弓、笹原実穂子、菅原みえ子、原子修、村田譲、横平喜美子、渡辺宗子の七名が参加している。
他には東北、関東、北陸、中部、関西、中国、四国、九州、沖縄のエリアから様々な作品が載せられているが、何といっても関西がとにかくダントツでの参加である。まあ、気分が向いたページを開いては、この地域ではこんな言葉を使うのか、という驚きが詰まっている。また、肉声による朗読とのことで来年の4月頭に、大阪で集会が予定されている。
今号のタイトルのなかで”喜・怒・哀・楽”というのは感情の言葉であって、基本はそうしたアンソロジーであると、”おわりに”で、永井ますみ氏が述べている。
WORLD ALARM

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