空中庭園な日々

「空への軌跡」別館 ―― 北海道の詩誌を中心に & 気になるニュース

安いチョコの危険な罠

 チョコレートに含まれるカカオポリフェノールは、体を老化させる活性酸素を抑える働きがあることが知られ、生活習慣病に有効であるといわれています。
 実際に、カカオポリフェノールはコレステロール値の改善、血圧低下、血管内皮機能の改善、心疾患リスクの低減、インスリン抵抗性の改善など、多くの健康効果が確認されています。
(中略) しかし、気をつけなければならないのは、すべてのチョコレートが健康によいとはいえないという実態があることです。
 チョコレートは、主にカカオと砂糖からつくられますが、カカオは非常に高価なため、板チョコ1枚を100円前後で販売するのは困難です。つまり、安いチョコレートは、カカオの代わりに別の原料を使っているのです。
 実際に、コンビニエンスストアで売られているチョコレートの原材料を確認してみましょう。
 ・商品A:植物性油脂、砂糖、低脂肪ココアバター、ホエイパウダー(乳製品)、ココアバター、レシチン(大豆由来)
 ・商品B:砂糖、カカオマス、全粉乳、ココアバター、植物油脂、乳化剤(大豆由来)、香料
 A、Bいずれにも、「植物性油脂」が使われています。原材料欄には含有量の多い順に表記されるため、Aでは植物性油脂がもっとも多く使われていることになります。
 ブラックチョコなどの苦味が強い商品を除いて、一般的なチョコレートは砂糖の含有量は30〜40%程度です。したがって、それよりも前に植物性油脂が表記されている場合、40%を超えていると考えられます。つまり、商品Aは植物性油脂と砂糖だけで7割を超えているのです。
 油と砂糖の塊を食べて健康に良いはずはありません。毎日食べ続ければ、肌荒れや内臓疾患、免疫力の低下を招く恐れがあります。(後略)

http://biz-journal.jp/2016/08/post_16278.html
Business Journal (2016.8.12号)(←出典

植物性油脂は「狂った脂肪」「悪魔の油」といわれるトランス脂肪酸を含んでいるとのことである。

国民投票の問題点

欧州で流行する「国民投票」には問題がある、政治不信が根強いままでは悪用される危険も・・・との内容で!
●「独裁者や扇動政治家の手法」
 国民投票は国民の声を直接、政治の場に届ける「直接民主主義」の代表例である。しかしハンガリーのオルバン首相の事例や米国のトランプ旋風と同様に、ポピュリズムにつながるケースも多い。
 英国のチャーチル首相は1945年、戦時の連立政権を継続するかについて国民投票の実施を呼びかけた。当時、労働党のアトリー党首は、「国民投票は独裁者や扇動政治家のやり方で、英国にはふさわしくない」と反論したが、今振り返れば、彼の主張は正しかった。
 英国は75年にも国民投票で、EUの前身である欧州経済共同体(EEC)残留を決めた。議会制民主主義下でも国民投票はこうして活用されることがあったが、独裁者にうまく利用される傾向にあるのも事実である。
 ナチス・ドイツのヒトラーは38年、オーストリア侵攻後に同国の国民投票でドイツによる併合の是非を問うた。しかし実際、国民には否定の権利がなかった。独裁者は国民を代表しているふりだけでなく、自分自身が国民そのものだと勘違いしている。だからこそ国民投票での支持に執着する傾向が強いのだ。
 今国民投票が流行している背景には、国民が代議士に不信感を抱いている事情がある。民主主義国家では本来、国民が国の課題について十分な知識や勉強する時間がないため、代わりに判断してくれる候補者を選ぶ。しかし国民投票になると、国民は専門知識に疎いまま直感で判断してしまう。その結果、扇動政治家に操られてしまうのだ。
 英国でのEU離脱をめぐる議論も、実はほとんどが感情的な対立にすぎない。英国がいかに偉大な国だったかなどという、本末転倒な議論が平気で行われている。
 英国の有権者の多くは欧州委員会や欧州理事会の役割についてほとんど知らないまま、英国がEUにとどまれば移民が押し寄せるなどと不安視しているのだ。キャメロン首相が嫌いなどという理由でEU離脱を選ぶ英国民も今後増えるかもしれない。
 英国だけではない。オランダとフランスでも、2005年の国民投票で欧州憲法条約が否決された際、条文を読んだ人はほとんどいなかった。有権者が直感で判断してしまうのは共通の傾向といえる。
●ポピュリスト台頭に歯止めを
 多くの国民が代議士への不信、政治エリートへの不満を抱えてしまうのも無理はない。しかし、それを根拠に国民投票に臨むのであれば、本末転倒だ。本質的な論点とは無関係だからである。
 国民投票の結果がもたらす影響は甚大だ。たとえば英国がEUを離脱すれば、英国だけでなくほかの欧州諸国にとっても壊滅的な結果をもたらす可能性がある。ハンガリーが難民危機への協力を拒めば、追随する国が出てくるかもしれない。
 こうした悲劇に陥る可能性が生じている根本的な原因は、現状の政治への根強い不信感だ。政治への信頼回復がなければ、権力はポピュリストたちの手に渡ってしまうだろう。

http://toyokeizai.net/articles/-/110586
東洋経済 ONLINE 2016年06月25日 (←出典

 総論賛成、各論反対はよくあることだ。が、国民投票は内容によっては「○×」の二択で判断できる問題か・という視点が抜けるものなのだ。英国は、残留か離脱かという単純化で失敗したわけで、そんな簡単な内容ではなかったということだ。

『ONL』第144・145号

ONL『ONL』
発行:山本衛(高知県)

144号より。文月奈津作為品「予報」。全15行の短詩であり、内容も珍しいものではないのだ。そうであって、ここに方言を使うこと。それは生活の実感が沸いてくるということ。日常の言葉の強さをシンプルに感じられる。
山本衛作品「バキューム」。大陸と海洋という地球の循環を巡って、繰り返される攻防。陸の汚物を川で流しだし、しかし海もまたその汚れを波にして返すわけだ。そうであっても生きているものは死を巡って、もっと大きく循環しあうものであるわけだ。
145号、大森ちさと作品「境界線」。合歓の花を「行っていいか」と聞かれるあなたの言葉にさて、どう答えたのであろうか。山の向こうに何があるというのだろう―と思う主人公には分らないのだ。向こう側がこちらと同じだとしか思えない主人公との間に確実な溝がある。
森崎昭生作品「同時代―懐炉に涙」。懐炉なんて、いつの時代のものだろう。カイロならまだ、分るのであるけれど。いずれにせよ、出会いというものも、擦れ違うことをもカウントするのかどうかが問題である。そして書く側の人間としては、読むことに触れていないように思えてしまうことに違和感を感じるのです。

詩・仲間『ZERO』no.36

ZERO詩・仲間『ZERO』
発行所:綾部方「ZERO」の会(千歳市)

森れい作品「四川 しせん迷走」。冒頭にくちなしが表れる。しかし口無しなので、語ることができない。祖からの連なりを経て、さて、魚族が登場するのだが、多分食事のことだ。が、日本に由来するならその道は海であり、そうした暗示かもしれない。何せ海を挟んだ四川の料理、その辛さ故の引っ掛けでの”口無し”かもしれない。花言葉は「優雅」「洗練」「清潔」であり、「私は幸せ」ともある。言葉でかき回しておきながら、なお味でも引っ掻き回すハラかもしっれない。北京ダックならぬ四川ダックも有名とのこと。あばけない腹を晒させて、ワタシハドコノヒトデスカ…と、のたまうのは、食うことにおいては国境も人種もないということなのであろうか、ね。
綾部清隆作品「ことばを紡ぐ」。さて一連目、闇。二連目も闇。どこまで暗いのかはよく分らないものだが。しかしその闇に沈みこまない限りに、豊かさは保証されないというのも、分かった気になるのも自分が年を重ねたからだ。であって、それが嬉しいかは別問題。しかし同時に書こうとする意志は、確かに闇に由来する。明るく幼稚で幸せなのは、恋文だけなのかもしれないが。どちらかと言えば、書き方教室に来たみたいな内容ではある。語り掛けられているのは誰であろうか。

ファミレス店員の嫌いな客

 業種によって迷惑客の基準はさまざまだが、その理由は年代によっても変わってくる。果たして若者、オッサン、年寄りのうち、嫌われるのはどの年代なのか? 店員たちの本音に迫った。
◆ファミレス・・・ ドリンクバーだけで長時間居座る若い客が目立つファミレス。だが、実は店員にとって彼らはそれほど迷惑な存在ではないという。大手ファミレスチェーンで店長を務める男性はこう話す。
「大した利益にならないのは事実ですが、ドリンクバーをやっている時点でそれは織り込み済み。極端に騒いだりしないかぎり、まったく気になりません」
 また、ママ会やおばさんグループなども長時間居座り続けそうなイメージが強いが……。
「話し声はうるさいけど、夜まで居座るわけじゃないし、若者よりもカネは落としてくれるから、店側からすると迷惑には感じません」
 むしろ、タチが悪いのは金払いのいい年配の男性だ。
「集団で来るジジイは本当に最悪です。真っ昼間から酒を飲んで騒いだり、バイトの女のコに絡んだりするのは日常茶飯事。高級レストランでもないのに、些細なことで『責任者を呼べ!』と怒鳴り始める客も多いです」
 さらに、別のファミレスチェーン店員も「カネを払えば何をしてもいいと勘違いしている」と憤る。
「閉店間際に入ってきて酒を注文し、『カネは払うんだし、本社に知り合いがいるんだからいいだろ』とワケのわからないことを言って居座ろうとするジジイ4人組は最悪だった。酔っぱらって『お前なんか簡単にクビにしてやるぞ!』と怒鳴られ、結局閉店後3時間以上付き合うはめになりました」
 傍若無人な振る舞いは、晩節を汚しているだけということに気がついてほしいものだ。

★ファミレス店員の嫌いな客は【年寄り】“カネさえ払えばOK”の姿勢で最悪の評判に
 ※主に若者(29歳以下)、オッサン(30〜59歳)、年寄り(60歳以上)で分けていますが、あくまでも各業種店員による迷惑客の「外見から推測される年齢」に基づいた声になっています。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160731-01156193-sspa-soci
週刊SPA! 7月31日(日)16時20分配信 (←出典)

『小樽詩話会』no.595

otaru『小樽詩話会』
発行者:十和田梓恭子(小樽市)

鈴木たかし作品「待つ」。第二次世界大戦の赤紙、玉音放送、それらは不幸を巻き込んでいき、そしてすべては終わった。少なくとも時間は過ぎ去った。しかしまた新たな国土を守るための、過剰な法律が制定されそうだ・との不安。残すべきものは残し、伝えるべきものは、はっきりと伝える勤めがあるのではないか・という強いメッセージ。となると、このタイトルはやや不釣り合いな感じが…私的にはするのですが。
長屋のり子作品「おたるはるか 滴滴詩録(I)」。深緑の魔法の場、十歳の私・となると、これはなかなか対抗しづらい。どんな類の術であるかが不明であるから、読者は身を委ねるしかないだろう。ドバイの孫娘、亡き夫と母の声。私と私の分身だけが眠らないなかに、今の夫。六月の森の指先。雫はどこまで伝い落ちるのか。
北さち子作品「朝の会話」。一読すると日記みたいで、私的には苦手な作品である。そうであっての最終連の”君は生活詩人だからね、/家事をちゃんとしなきゃ”というフレーズには思わず、頷くのだ。
川畑和嗣作品「Iキャバレー」。タイトルだけで読んでみようと思うのは、きっと男だろう。今や絶滅危惧種指定のキャバレーである。何度行ったことがあるかというと、そんなに回数はないのだが、おおらかな猥雑な明るさを感じてしまう。自分の年代というものを感じるということだ。それを気持ち悪いという人も当然にいるだろう。だが、何に祈るのかといえば、大地を耕す手に勝るものなどないのだ。細っこい華奢なパソコンを叩く指よ。

白杖で音を立てる理由

 新聞の投書欄に寄せられた視覚障害者が使う「白杖(はくじょう)」に関する投稿が、ネット上で話題になっています。点字ブロックを白杖でたたきながら歩いていた女性が、年配の男性から「うるさい」と怒鳴りつけられた様子について書かれています。点字ブロックをたたいて音を出すのには、どんな理由があるのでしょうか? 社会福祉法人「日本盲人会連合」に話を聞きました。
◎ツイッターで話題に
 話題になっているのは、先月中旬に投稿されたツイートです。2年前に朝日新聞の声欄に掲載された紙面を写した画像が添付されています。
 紙面には以下のように書かれています。
 ◇ ◇ ◇
 「うるさいよ!」
 8月のある日、埼玉県内のJR駅コンコースで、年配の男性が振り向きざま、白杖で点字ブロックをたたきながら歩く40代くらいの女性を怒鳴りつけた。女性は体を震わせながら「すみません」と謝り、杖で点字ブロックをなでるようにして歩き出した。
 障害者のリハビリ施設に勤める妻によれば「視覚に障害を持つ人は周りに自分の存在を知ってもらうため、白杖で点字ブロックをたたいて音を出すようにしている」とのことだ。なるほど、そうすればスマホの画面に夢中の人も気づく可能性が高くなる。だが、杖でたたいて歩く理由を知っている人はどれくらいいるだろう。もっと理解してもらうように働きかけるのも大切ではないだろうか。
 たとえば、白杖、点字ブロックの意味や杖で音を出す理由などを説明したポスターを張ったり、パンフレットを配ったりしてはどうか。CMや新聞、雑誌で紹介してもらえば、周知の輪はなお広がるだろう。それには費用がかかるので、政府・行政にも力添えをお願いしたい。一日も早く、白杖を持つ人が気兼ねなく外出できる国になるよう切望する。
 ◇ ◇ ◇
 このつぶやきに対し、「健常者の方の理解が広がることを願っています」「怒鳴った方も知ってたら大声出さなくても済んだかもしれない」といった声が寄せられ、リツイートは1万8千を超えています。
◎日本盲人会連合に聞きました
 日本盲人会連合のホームページによると、白杖を携帯する目的は以下の3点とあります。
 1.安全性の確保
 2.情報の入手
 3.視覚障害者としてのシンボル
 白杖を使って音を出すことで、周りに自分の存在を知ってもらうという使い方は実際にされているのでしょうか? 自身も全盲で、日本盲人会連合組織部長の藤井貢さんは「訓練で学ぶ主要な使い方ではありませんが、人混みの中など周りに気づかれにくい状況では、多くの人がそのように使っています」と話します。
 音を出すことには、自分の存在を知らせるためだけでなく、その反響音で周囲の状況を確認する目的もあるそうです。
 また、最近では歩きスマホなどで前を十分に確認せずに歩いている人が増えているため、あえて白杖を使って音を出すケースも増えているといいます。
 「音をたてるなと言われると、歩いている視覚障害者はとても恐怖を感じます。必要があってやっていることなので、理解していただきたいと思います」と藤井さんは話します。
◎白杖SOSシグナルを知っていますか?
 日本盲人会連合では「白杖SOSシグナル」運動の普及啓発もしています。白杖を頭上50cm程度に掲げてSOSのシグナルを示している視覚に障害のある人を見かけたら、進んで声をかけて支援しようという内容です。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160809-00000004-withnews-sci
withnews 8月12日(金)7時0分配信 (←出典)

『詩邦人』20

詩邦人『詩邦人』
編集・発行:三村美代子(室蘭市)

安部誠文作品「蛤」。ううん、考えてみれば室蘭も海の街だし、と思っていたが、筆者は北九州市在住である。なんでまた、ハマグリであろうかとは思うのだが。生きづらいという観点から見ると、目もない分貝の方が難しいかもしれない。最終連の姿は、せめてもの出会いがあったことを考えるならば良いモノなのか・とは思いつつ。
今回の課題は「毒」であるが、わざわざ20周年の特集タイトルがこういうテーマを選択することが面白い。そのなかから、中村喜代子作品「梅ひとつ」。梅を漬けるということで、毒としたのかというと違うようだ。”食欲・怒り・愚痴”という三毒を梅は断つのだそうだ、ふ〜ん。全然信用してませんけどね(笑)。最終行の”便り”が季節なのか、親の手順なのか、届け物なのかが、ちょいと不明ですが。そのまま梅酒にしたくなるんですが…ダメ?でしょうか。 
三村美代子作品「一度」。その一は言葉遊びであろう。で、その二と分かれるのだが、いずれも”一度”がキーではある。しかし毒喰らわば皿までというのは、さてどうしましょうねぇ〜、一度食べなさいってかぁ。まあ、室蘭焼き鳥定食食べてきましたよ、ハイ。
今回の表紙の写真は洋物、イタリアである。

初心者歓迎バイトの裏側

(前略) 「初心者歓迎」――。この言葉の裏には、もう1つの意味が込められている。
 コンビニオーナーにとって、経験者を雇うのはあまり気が進まない。経験者を雇うとトレーニング期間が短く済むので、即戦力になる。しかし、無垢なバイトに“不都合な情報”を与えることがあるのだ。
 経験者はよくこんなことを言う。「前で働いていた○○店は、もっと楽だった」と。「コンビニの仕事はかなりキツい」ことは、多くの人が知っているかもしれないが、人は経験から学ぶことが多い。例えば、新人が「ここのバイトは忙しいなあ。でも、仕事というのはどこも同じようなもの」と思っているところに、経験者から「この店は、厳しいよ」といったことを聞くと、新人が辞めていく。コンビニのアルバイトは「1年未満」に辞めることが多いのだが、その理由として「学年が変わるから」「学校を卒業するから」を挙げる人が多い。しかし、実態は「いろいろなことを知ったから」辞めていくケースが後を絶たないのだ。
 「初心者歓迎」――。勘の鋭い読者なら、もうお分かりだろう。この言葉の裏には「経験者は歓迎しない」という意味が含まれているのだ。
 また、この「初心者歓迎」という雇用体系には、大きな問題がある。今、さかんに叫ばれている「人材の使い捨て」そのものだからだ。
 コンビニで何年も働いているのに、時給がほとんど変わらない……という人は多い。時給だけがすべてとは言わないが、筆者は、あらゆる面で“格差”が必要だと思っている。「接客」というのは、誰にでもできることではない。というより、ある一定のレベルを越えるのが難しいのだ。そうした高いレベルの仕事ができる人に、何らかのフィードバックを考えていかなければいけない。
 コンビニ業界には「接客はできて当たり前」といった感覚があるので、この常識を覆すことは難しい。「コンビニにそんなサービスは求めていない」という人がいることも認識しているが、接客は利益を生んでいる。その利益を独占することは、「罪」だと思っている。
 コンビニは、今も拡大している。「初心者歓迎」の下、短期間で世代交代を繰り返すことで進化してきた。しかし、これからは人材の使い捨てのような雇用体系では成り立っていかないだろう。
「初心者歓迎」ではなく、「経験者大歓迎」――。これからのコンビニに、必要なフレーズだ。

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1407/17/news011.html
ITmediaビジネス 2014年07月17日 08時00分 更新 (←出典)

『石原武全詩集』

石原武全詩集『石原武全詩集』
石原武・著(土曜美術出版販売)2016.8.3.

1967年の第一詩集『軍港』から十の詩集篇、未刊詩篇、訳詩篇などに校歌までの作品群であれば、成る程全作品集ということになるのであろう。しかも贅沢にと言っていいのか、自作詩はすべて一段組みで読みやすい(その分ページ数はかさむのだけれど)。
しかし冒頭の作品が「黒人兵」というところに、時代が表れている。次いで「給油島」であるが、戦争というモノの終了後も、そもそも何を求めての一個人であろう。食って飲んで抱いてという一番基本的な部分からは、はずれることなどできないのだろう。
英語にノンセンス・バース「ポケットサイズのベット」では、色んなサイズがあるなかで潜水艦のベットは折り畳み式、どんな形式にするのかは、命令次第・というところが恐ろしい。
アメリカ・レズビアン詩集、それぞれの作者が1940年生まれが多いようだが、まあ、20世紀の後半でも同性愛というのは認められていない。イギリスでも第二次大戦の英雄で、暗号解析機で有名なアラン・チューリングが同性愛で逮捕されてその後青酸毒で自殺している時代である。その声を上げているのがすごいことだろう。
校歌であるが、やはり”友”と”未来”は、はずせそうにないようだ。制約があるのは楽しく、そして難しいね。

暴飲暴食のお盆? さて…

●暴飲暴食した翌日の体重の中身は? ・・・ (前略)そのまま何もせず暴食を続けていれば当然、それらは脂肪となって体に定着してしまいますが、1日かけてしっかりリセットすれば、体重は2〜3日で簡単に元に戻すことができます。食べたものが脂肪として定着してしまう前にきちんと対策を打ちましょう。
●暴飲暴食した翌日の朝食がリセットには最も重要 ・・・ 食べ過ぎた・飲みすぎた翌日は胃もたれで食欲が低下しているので、リセットをかける日は、ダイエットの基本である1日3食にこだわらずに、空腹を感じるまでしっかり待ちましょう。
 空腹感がないのであれば朝食は抜いても問題ありませんが、代謝を下げないためにしっかり水分補給をします。体内の水分が不足していると血流が悪くなり老廃物はうまく体外に排出されず、また、新鮮な酸素を体の隅々まで運ぶことができないので脂肪燃焼を妨げてしまうからです。
 特に、寝起きは睡眠中に汗をかいている分体内の水分が枯渇しています。起きたら、まずはコップ1杯の水を飲み、食事をするまでの間にもこまめに水分補給をしましょう。
●暴飲暴食をした翌日の昼食と夕食 ・・・ (前略)効果的な食事法が、低カロリーなのに量をたくさん食べられるボリュメトリクスダイエット(=エネルギー密度の低い食品を摂取する)です。
(中略) 本来は、エネルギー密度はエネルギーとなる糖質・脂質・タンパク質の含有量で決定しますが、難しく考えずに、単純に、・低脂質 ・水分量が多いという点で判断すれば十分です。糖質・タンパク質よりもカロリーの高い脂質はエネルギー密度が高いので、水分量だけに着目するのではなく、低脂質のものを選ぶことも重要です。(後略)

http://allabout.co.jp/gm/gc/389486/
All About Beauty「暴飲暴食をなかったことにする裏技」(←出典

まあ、夏バテのタイプもいることであろうけれどもね。ビールは飲むでしょ? つまみもね、わははははは!

『イリプス』no.19

イリプス『イリプス』
編集:イリプス編集部(奈良県)

八重洋一郎作品「詩表現自戒十戒 ―守られたことのない―」。まあ、自戒となっている分、書き手である自分としても、色々と思うことが多い。特に「七・カンヅメになった現実を食べてはならない。たとえ中毒のおそれありと言えども、生の現実を喰らうべし。」というのは、当然なのだけれど、難しいことではある。また、附の三に”筆記は手書き!”云々とある。やや、古い感じもしないではないが、言わんとするところはPCの前で寝そべって書けると思うなということだ。歩くべきとは思います。
高橋秀明作品「長男の斧」。長男35歳、それでも親というものは、親であることを求められるのか。なんだか、その辺りに窮屈さを感じてしまうのだ。通夜の日に突然壁に斧を振るうなら、だれでも驚くだろう。しかしワタシは親としてのキョウイクの至らなさを感じている。ああ、面倒なことだ。壁に斧なら文句言うな!という気がする。
2016年3月に札幌で開催された、第三回北海道横超忌の北川透講演会の内容をまとめたものが掲載されている。それぞれのまとめとしては、村田栄一との出会い・詩人の戦争責任・〈権力〉または〈力〉・ニーチェと吉本思想・ランボー「空腹」の歓び・世界図書館と『言語美』の理論・〈自己表出〉と〈指示表出〉の概念、とされている。また当日配布された資料7点も載っている。

『RIVIERE』147

RIVIERE
発行:横田英子(堺市)

山下俊子作品「月夜に」。うわあ、不安だろうね。そして期待というものはほぼ大体の場合裏切られるのだ。認知症というのはこのところ、本当に社会問題化しており、なおも家庭の問題にもなっている。しかし小説であれば、もっと不幸の方向で話を進めるといいのだろうが・・・。さて、詩はどんな方向で受け止めるのか。ママという方向ではないわけだろうし、ねぇ。
石村勇二作品「二〇一六年五月下旬」。一読すると、現在の71歳という状況を報告している感じである。それでつぐないということであるならば、そのようにするべきなんだろう。だが、そうであるならばこれは詩といえるのかが、分からない気はする。当然のように、それを知りつつの方向であるのだろう。分りづらいのは実のところ、エッセイが同時に掲載されているということ。読み手としては面白くも、迷うのではないだろうか・と思いつつ。
鈴木一成作品「寄せ集めて」。一見、俳句かなと思う。でありつつ、さらりとした感じは、いいかな〜と思える。そこのけ、一茶に組み立てるのが面白いのだ。
永井ますみエッセイ「江津へ行こう」。万葉集という古からの言葉の思いを、このところの詩作品にも反映させている気がする永井氏であるが、江津の歌人のことを色々と取り上げている。ところで大阪からは七時間というのは、遠いのか近いのか。北海道的には端っこギリで日帰りは無理です、ハイ!

刑事訴訟法の改正 2016.05

「警察が何でもできる時代がやって来た」
 今年5月、ある県の警察本部の刑事は、国会で一つの法案が可決されたことを受けてこう語った。その法案とは、刑事司法改革関連法案。柱となるのは、刑事訴訟法の改正だ。2010年に発覚した大阪地方検察庁特捜部の証拠改ざん事件などを契機に、冤罪の温床とされた密室での取り調べや、「自白偏重」の捜査手法からの脱却を図ろうと、取り調べの録音・録画(可視化)が義務化された。
 だが、可視化によって供述が得られにくくなるとして反発していた法務省や警察など捜査機関側には、新たな“武器”が認められた。
 その一つが「司法取引」だ。振り込め詐欺などの組織犯罪や汚職などの経済事案が対象で、組織のトップや共犯者の犯罪を供述すれば不起訴にしてもらえたり、量刑を軽くしてもらえたりできるようになったのだ。
 そしてもう一つが、「通信傍受法」の改正だ。これまで対象だった銃器など4種類の犯罪に、複数犯による詐欺や窃盗など9種類を追加。通信事業者の立ち会いも不要となった。
 「可視化は捜査の足かせになり得るが、引き換えに手にしたものが大きく、実質的に“勝利”したようなものだ」と、この刑事は語る。
 こうした流れを、一部では「警察の焼け太りにつながる」と非難する声もある。だが、警察関係者は一様に「事件の多様化、複雑化に対応するためには、捜査手法も進化させる必要がある」と口をそろえる。
 確かに、今やスマートフォンやメールなどを使った犯罪は日常茶飯事だし、縁もゆかりもない者同士がSNSなどでつながり、組織的な犯罪に手を染めている。捜査現場では、そうした犯罪に対応するため、防犯カメラの映像解析や、インターネット、SNS上でのやりとりを分析するなど、新しい捜査手法が次々に求められている。(後略)

http://diamond.jp/articles/-/96392?utm_source=daily&utm_medium=email&utm_campaign=doleditor

『週刊ダイヤモンド』7月30日号の「警察〜もっと知りたい権力とお金」のCMなのだが、ドラマと刑事訴訟法は全く違うことを認識しないとね。

詩誌『饗宴』vol.76

饗宴『饗宴』
発行:林檎屋・瀬戸正昭(札幌市)

荒巻義雄作品「ボクシング」。副題に〈動詞〉を主体とする実験詩、とある。成る程、体を使うスポーツ系の表現としてはわかる気はする。ところでボクシング自体を知らないもので、例えば野球のラジオ放送とどの位違うものなんだろうかが、実は分らないのですが・・・。
塩田涼子作品「春までは―」。夏の時期に”春”というのが、なんとなく時節モノとするなら考えてしまうが、一行ごとに行を開けるというのは、ゆったり感としてはアリだなと思えるのです。
木村淳子作品「歩く」。第二連目の”私たちはいつも一緒だ。この人ごみの中でも離れ離れにならないのだから。”との一文が、好きだ。当たり前が当たり前でなくなる日が来るわけで、それは年齢が書かせる唯一のもの。その曲がり角をしっかりと書き表しているということだ。
吉村伊紅美作品「魚篇 鰯」。ううむ、現代の政治的な話題からの作品なのだろうか。どうもシリーズで書かれるもののなかなので。その意味ではシリーズというのも制約の一形態ということなのだろう。
瀬戸正昭連載エッセイ「林檎屋主人日録・36」。終了したと思っていたのだが再開とのことだ。2016.1.1から4.30までのこと。
WORLD ALARM

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