あれは確か1980年代の終わりごろ。
ハワイに旅行に行ったときのことだ。
レンタカーを借りていた僕は朝、アラモアナ方面に波乗りに出掛けた。
快晴の青空のもと沖には白波が立っている。今日はいい波だ。
混雑のないハワイの波を2時間ほど楽しんで海から上がる。
波乗り後の軽い疲労感はいつも心地良い。
荷物を積み込むと、KQMQをONにして車を発進させた。
少し走ると、海岸にほど近いとある広場の一角に
1軒のスポーツ店があるのを見かけた。
そこでちょっとのぞいてみることにした。
店に入って適当に商品を眺めていると、箱の上に置かれていた赤い
スニーカーに目が留まった。レザー製で見たこともないメーカーだ。
赤いボディに白いラインが入っている。デザインがとてもクラシックで
古き良き時代のアメリカのスニーカー然としていてすぐに気に入った。
値段は確かセールで40ドルくらいだったような気がする。どうも
最後の1足らしかった。実はそのときお金の持ち合わせがなかったのだ。
しかし気に入ったスニーカーの前を去りがたくじっと眺めていたら、
オーナーらしい50代くらいの白人の男性が話しかけて来て、事情を
説明すると、「後でお金持ってくるまで取っといてあげるよ」と言う。
そうさせてもらうことにして店を出た。
その日は戻ってから色々と忙しく、気が付くと時計の針は18時を
回っていた。ヤバい。店は18時半に閉まる。
財布を掴み車に飛び乗って店に向かった。
ワイキキの町は夕暮れに包まれていた。
町に明かりが付き始める中、何とか店は閉まらずにいてくれた。
手押しのドアを開けて店に入ると、奥にいた店主がこちらを見た。
そして、ゆっくり近づいてきた。
「遅くなりました。あのスニーカー下さい!」
40ドルを渡すと、店主は10ドルを返してきた。
???
「40ドルって書いてありますよ」というと、店主が言った。
「君は後でお金を持ってくるという約束を守った。
それは大切なことだ。だからこれは君のそのハートへのお返しだ」
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結局その赤いスニーカーは新品のまま1年ほど家に置かれたのち、
サイズがきついということでフリーマーケットに出され、誰かの
ものとなった。
あれから随分経つ。あれからハワイには行っていない。
でも今でもたまに思い出す。
アラモアナ沖の白い波と、あの赤いスニーカーと、
そしてあのスポーツ店の店主の言葉を。