最近、お腹や健康が気になり、ゆっくり食事をするようになりました。

ゆっくりと食べると、時間の感覚も広がり、味覚も良いのか満腹になります。そのように食べていると、昔、ご飯の食べ方、箸の持ち方、魚の食べ方で育ちが分かる等、親の教育を思い出しました。

そういえば、父親は、僕の友人でも食事の仕方が悪いと、叱りつけました。恥ずかしくて仕方が無かったのですが。僕もご飯を残したり、食べ方が悪いとぶん殴られ。テレビを見ながら食事をすることも、物心つくまでは駄目でした。父親の親友も会社経営をしていましたが、一様に食事には厳しかった。

当時は、全く持って不条理で仕方が無かったのですが、当時の父親の年齢になってくると、理解できるし、食事の有り難味というのは職業柄なのか、立場上痛感します。

仕事柄、多くの経営者の方にお会いしたり、会食をするのですが、相手のペースに合わせて食事を進められる人や、注文のとり方、お店の選び方など、食事のマナーは人格ですね。

昔、お爺さんが亡くなった時に、質素な食事っと(ケチだなっと)呟くと、親戚のおじさんに怒られました。その時は、”質素”でなぜ怒られるのかわからなかったのですが、特に田舎では、葬式やお通夜等は、肉や魚などを出すモノではなかったのですね。

会話や折衝と同時に、他の”生きた”行為を見せるというのは、その人の生き様や生活感、ペースが醸し出されるようです。

ということで、食事をゆっくりと食べるだけで、いろいろ考えるのでした。
これも 食育 でしょうか。