金曜日は、弊社デザイナーのN君と朝まで飲み歩いていました。卒業できたのが嬉しくて、宇宙の話から、いろいろ何でも薀蓄を朝まで話してました。(笑)

ルンルンしているのですが、ちょっと重要なんで、まとめておこうと。

 

今、社内では大きく2つのラインが動いておりまして、人数が少ないなか、大変なのですが、ボクの立場としては上の階層の視点で見ています。

幸い、パッケージソフトの販売まで担える背景があるので、市場分析からコンセプトデザインまで非常に重視をしています。弊社の場合、既存の事業を維持する、保持することではなく、新規の事業を、破壊的に、大胆に進めるわけですから、逆に慎重かつ経験的な自信が必要な事でもあります。

多くの市場においては、

開拓 → 模倣 → 展開 → 混沌 と 進んでいきまして、この業界もスーファミ、PSと同じ道を歩んでいます。顕著に分かる過渡期は、DSですよね。

 ビジネス的なスタイルが確立する それは、市場分析に追従していくスタイルは、緩やかに変化をしていかないと陳腐化する危険があります。過去の成功もリスク要因。変化を問われるわけです。

アングロアメリカ的な、効率化、最適化したマニュアル的な経営は、90年代以降主流になってきて、ゲームビジネスも同様です。しかしながら、グローバリズムが加速する中、民族性や地域性という点では、差異が希薄化することとなり、つまり、我々ではなくても、良いじゃないか、ということになりますし、既にその状況になっています。よって、コンテンツにおいては、開発を行うということの、別の主軸を置かないと我々は生きていけない、と思ってます。

量的拡大 → 質的拡大ということでもあります。MBA的な志向も維持や保持、効率化には有用ですけど、我々って、何が強みですか? って言うことですね。

そして、部分的に時間的に最適化、効率化を行ったとしても、全体的に、あるいは長期的に最悪になったりする。組織で最適化して、目的を達成しても、会社全体、あるいは業界にとって悪だったりする。

それは、小さな目的合理性、つまり旨く生き抜こうという、利己的な意識が強くなり、全体、パブリックを見る精神を失うということ。ということで、商品のコンセプトを決めるのはなかなか重要なんです。

さて、ここまで言って何が言いたいかというと・・・

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070308-00000003-imp-sci

SONY STYLE ソニーらしい製品、なんて昔散々いわれたのですが、内部が分かるだけに、とうとうここまで来たかと。ソニーらしさって何でしょうか。(笑)

任天堂とソニーの違いって、ここだと思うんです。

 

ちょっと話がそれて、もっと、広義にみれば、ゲームだけでなくて、今の日本の駄目駄目っさって、このアメリカに侵略されちゃった感があります。何でも、モノの例えに、『アメリカではこの考えは通用しない、とか、日本だけの習慣だ』とか行って、欧米を絶対視することがありますよね。

これはおかしい。

飲み話で出たのですが、そもそも人間って、動物って、不確実な環境で存在して、いてその上層階層って、まだまだ分からないことの方が多いわけです。我々の根源は何だか分からないんですから。しかしながら、過去の人間の知徳で社会整備して、それをフラットにしているわけです。(アフリカ等の地域格差はありますけどね。)経済概論でいえば、生産と消費で、何らかの持っている財を提供しあうわけです。

それに安住して、その安住が当たり前として、右往左往したくないなと。

そもそも、不確実なんですからね。何だか分からないわけです。だから、我々の強み、理念、哲学って何なのかを学びなおす必要がある。これが、大学生活だったのだと思うのですが。

故に、良いことも、悪いことも、パワーのある人、あるいはパワーを持って伝える際には、この高次元の理念を持って、連帯感で進めていく。

企業など、部分最適のだけの為に、営業成績を上げろ とか、契約を決めろって、こんなことをやっているから、メンタル入っちゃうわけです。いじめも同様ですね。

 

ミーハーですが、

白洲次郎

新渡戸稲造―世界平和につくした教育者