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なぜ、ゴールは永平寺なのか?

なんで原爆が落ちてもいない新潟から福井までの行脚なのか。
そもそも、なぜ、行脚をするのか。

出発地、ゴール、距離、きっとなんでも良かった。

偶然、8月9日(ナガサキ被爆の日)、永平寺で上映会があった。

だから永平寺まで歩くことにした。


GATEを観た後、頭は、「自分にも何かできることはないか」と、めまぐるしく回転していたが、身体が、感じていたことは至ってシンプル。

「歩きたい。」

映画を観た後に湧き起こる衝動は百万の言葉をもっても言い尽くせない。

感動に、情動に、言葉が追いつかない。

だから、歩く。

知識が無くても、宗教が無くても、力が無くても、誰にでも出来る「祈り」。

それが、僕たちの行脚だ。

僕たちの行脚は誰にでも参加してもらえる。

様々な理由で、歩くことが出来ない人でも、僕たちのことを知って、応援する気持ちを持ってくれたら、祈ってくれたなら、それは行脚に参加したことと同義となる。

行脚の本質とは祈りなのだから。

僕たちは自分たちの足跡が平和へと続いていると信じて、ただ歩く。

大人でも、子供でも、お年寄りでも、外国人でも、障害を持っていても、仕事が無くっても、背が低くても、どんな人生を送ってきた人でもいい。

一人でも多くの友と、この道を歩みたい。



300キロのドラマは、あなたの登場を、待っています。



たにぐち ひろゆき (新潟青年協力隊)


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