2013年08月29日

23年ぶりのゼミ合宿 ―我が恩師、渡邊欣雄先生

大学を卒業してもう20年以上も立つというのに、恩師の文化人類学者である渡邊欣雄先生との交流が再燃していて、この夏には先生の長野県小諸にある別荘で23年ぶりのゼミ合宿にも参加させていただいた。

9596977119_595dfced93渡邊先生といえば沖縄や東アジア、特に風水研究で著名な研究者。日本文化人類学会会長もつとめられた大先生である。不思議なくらい先生に教わった講義の内容、研究室での雑談、宴会での話など今でも鮮明に覚えていることが数多いことに驚かされる。

23年前にも小諸で渡邊ゼミの合宿が実施されて私も参加した。当時、文化人類学という学問の魅力にも猛烈に魅了されていましたが、バンド活動に熱を入れていた頃だったのでゼミ合宿にも当然のようにギターを持参して参加した。すると渡邊先生に「お前は学問を舐めてんのか!」と一喝されましたが、ゼミ合宿の初日の夜は宴会モードだったので、ギターを弾きながら宴会を盛り上げたことが想い出されます。渡邊先生の長い大学教員生活の中で、ゼミ合宿にギターを持ってきた輩は、私以来、現れていないそうです。

そして今回、23年ぶりにゼミ合宿同窓会のような形で小諸にお招きいただきまして、ギターを持参しようかどうか悩んでおりました。前日に、沖縄をテーマにした「我自由丸」という曲を練習した様子をRecoodというiPhoneアプリで撮影していました。一緒に参加する大学の先輩に「この曲を歌おうと思うんで すが、ギター持っていっていいでしょうかね?」と尋ねてみましたが、皆賛同してくれまして背中を押していただき、アコスティック・ギター、Gibson J-45を持参しての小諸合宿参加となりました。



先生の別荘に着くなり、初対面の奥様から「これなに?」と背負ったギターケースを指差して尋ねられたので「ギターです。沖縄の曲を練習してきました。」と恐る恐る言うと「それは、楽しみ!」と大歓迎のご様子で安心しました。

9599747886_c2812592cb夕食は、屋外でバーベキュー。とうもろこしなど地元の新鮮な野菜をふんだんにたらふくご馳走になり、かりん酒、ブランデーに漬けた梅酒などもいただいて、ほろ酔い気分の頃に私のライブコーナーがスタート。

遠藤ミチロウさんが作った沖縄をテーマにした「我自由丸」という曲を演奏。この曲だけでも先生に聴いていただけたらと思っていたのですが「もっと演れ!」とのありがたいお言葉。結局、16曲もぶっ続けで歌わせていただきました。

しかも一曲一曲、しっかりと歌詞を聴いていただいて感想を聞かせていただけたのは、たいへん貴重な経験で新たな発見も数多くありました。後半は私が手書きした歌詞とコードが書かれたノートの中からのリクエスト大会になりました。

卒業してから20年以上も立つというのに、このように恩師と交流が持てるのは本当に幸せなことだと思います。自分のフィールドで精一杯頑張っていこうという英気を養うことができました。







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2013年08月04日

「オシムの言葉」を読み終えて

写真941137_682874458394812_875597915_n「オシムの言葉」(木村元彦 著 集英社文庫)読了。映画「アンダーグラウンド」からの刺激でユーゴの現代史、そして著者である木村元彦氏への興味から読了にいたった。

映画「アンダーグラウンド」予告編

木村元彦さんに興味をもったのは、映画「かぞくのくに」の公開記念トークイベントで監督のヤン・ヨンヒさん、
ジャーナリストの烏賀陽弘道さんと鼎談している様子をユーストリームで視聴したのがきっかけでした。映画「アンダーグラウンド」も話題に出されていた。「『アンダーグランド』を観ないで映画が好きなんていっちゃだめ!」とヤン ヨンヒ監督は絶賛している。

「かぞくのくに」公開記念トークイベント
ヤン ヨンヒ×木村元彦×烏賀陽弘道


ニュース番組でもスポーツコーナーになるとチャンネルを替えるほどJリーグにもワールドカップにもまるで関心がない私ですが本著作は「サッカー本」の範疇をはるかに越えている。村上龍が「最優秀の上に“超”をつけたいくらいの傑作ノンフィクションだ」と絶賛したのも頷ける。

それにしても「サッカー」というスポーツは多くの世界で熱心に愛されていることも実感した。アルゼンチン出身のチェ・ゲバラが南アメリカを貧乏旅行している間にもサッカーの助っ人選手やコーチで食いつないでいたエピソードも想い出した。


ユーゴスラビアの内戦時は、自分は大学生だった。文化人類学のゼミで「想像の共同体」(ベネディクト・アンダーソン)をテキストにナショナリズムの起源について考察し、「民族」という言葉が絶望的なほどにネガティブな呪われた言葉のように感じたのを想い出す。「内戦」というがまさに「隣人殺し」。サラエボオリンピックからわずか8年で会場だった屋外競技場が共同墓地に変貌した写真も衝撃的であった。

取材中、露骨な民族差別の現場に遭遇した際の記述も印象的。「大勢の中で、ひとりしかいない他民族に対して恫喝していい気になる、他民族を侮辱することで愛国心を誇示しようとする日本でもよく見かけるポピュリストだった。どんな民族でも最低の奴はいる。」

タイトル通り、「オシムの言葉」は、至言、金言ばかり。サッカーでのみ通用する「言葉」ではなく、幅広く、マネジメント、人生に通じるものばかり。片っ端からエバーノートに入力しましたが一部をご紹介します。

 
「言葉は極めて重要だ。そして銃器のように危険でもある。」
「新聞記者は戦争を始めることもできる。」
「ユーゴの戦争だってそこから始まった部分がある」
「ミスをして叱っても使い続けること。選手は、試合に出続けていかないと成長しない」
「常に考えているのは選手の『勝ちたい』という強い気持ちを目覚めさせることなんだ」
「サッカーをすれば民族間に横たわる憎悪が断ち切れると言い切れるほど、世界を舐めてはいない」
「モチベーションを上げるためには、選手が自分たちで物事を考えようとするのを助けてやること」

今日という日に読了できたことに運命を感じました。




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2013年06月06日

映画監督 ヤン ヨンヒさんとの邂逅

映画監督のヤン ヨンヒさんの存在を初めて知ったのは、ホームレスの方々に仕事を提供し自立を応援する事業である「ビッグイシュー」という雑誌を神保町の交差点で購入した際にヤン ヨンヒ監督の記事が掲載されていて心を鷲掴みにされたのがきっかけだった。猛烈に全身に衝撃が走ったのを覚えている。ツイッターでヤン ヨンヒ監督をフォローするとすぐにフォロ—バックしていただいた。その後、月刊「サイゾー」のタブー特集でもヤン ヨンヒ監督の二作目のドキュメンタリー作品である「愛しきソナ」が紹介されていたので、吸い込まれるように映画館に足を運んだ。映画「愛しきソナ」を鑑賞後にすぐに感想をダイレクトメッセージで送った。すぐに返信をいただいた。その頃には、ヤン ヨンヒ監督は、後に国内外の賞を数多く受賞することになる映画「かぞくのくに」のシナリオに取り組んでいた様子だった。

最近、ヤン ヨンヒ監督とそもそもどのようなメッセージをやりとりしていたのかと思ってツイッターのダイレクトメッセージやフェイスブックのメッセージを掘り起こしてみたら、ヤン ヨンヒ監督のドキュメンタリー作品である「ディア・ピョンヤン」や著作「ディア・ピョンヤン」、「北朝鮮で兄は死んだ」などの著作を読了した後の感想を自分が号泣しながら送っていたことが思い出された。この人は、どれだけ自分の体内にある「涙」という体液を放出させる人なんだと思っていた。もし、ヤン ヨンヒ監督とリアルでお会いできたとしても自分は、号泣してしまうのではないかと思っていた。

yy初のフィクション映画「かぞくのくに」では、試写会にご招待いただき「なにしろ初フィクション、暖かい目で観てやって下さいませ」と控えめなメッセージが届きましたが、「かぞくのくに」はアカデミー賞の外国語映画賞の日本代表として出品されたり、ベルリン映画祭(国際アートシアター連盟賞)、読売文学賞(戯曲・シナリオ部門)、ブルーリボン賞、毎日映画コンクール、日本映画批評家大賞と受賞が続いた。あっという間に、手の届かないような巨匠になってしまったのかと思っていた矢先に、会食が実現。実際にお会いした瞬間は、感極まって涙があふれるのかと思ったが、ヤン ヨンヒ監督の底抜けに明るいキャラクターのおかげで楽しい宴となりました。

「家族」というどんな時代、どんな民族でも世界共通の普遍的なテーマをモチーフに描いたこの「かぞくのくに」が世界中で絶賛されていることに、心底納得した。

ツイッター、フェイスブックといった新しいメディアがなければ、ヤン ヨンヒ監督とリアルでお会いすることなど叶わなかったと思う。



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2013年04月14日

空手の縁 人生の宝物は「出会い」

533424_643835602298698_2069018589_n昨晩は、フェイスブック上のグループ「オールドルーキー友の会」の初顔合わせの宴が行われました。

新しいことに挑戦して新人として頑張っている人で、竹原ピストルの歌「オールドルーキー」にしびれた人の会。なぜか全員が空手家。

「オールドルーキー」の歌詞のこの部分が猛烈に心に刺さっております。

何度でも立ち止まって また何度でも走り始めればいい

「必要なのは走り続けることじゃない 走り始め続けることだ


熱く熱く人生、空手について語る。

たとえ初対面でも旧知の仲のように会話が成立するのは、空手の縁があるから。

出会うべき人とは必ず出会えるもの。

人生の一番の宝物は、出会いであると実感した一日でした。

532213_558885447466678_2063201316_n宴のラストは、場所を移動して、昨日結成したばかりの池田ピストルズが「オールドルーキー」を演奏。

人様の前で演奏するのは15年ぶりだったので不安、緊張、そしてワクワクで朝4時半に目覚めてしまった私でした。

今日も「走り始め続けよう」と決意いたしました。押忍!


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2012年12月31日

大晦日に記す「広島と私」

2012年も終わりを告げようとしている。久しぶりのブログ更新だがフェイスブックでは書き足りない衝動にかられているのは12月に入ってからの広島との御縁の深さを書きとめておきたかったから。

新国際道連盟 芦原会館の創始者である芦原英幸先生は、広島の佐伯郡能美町(現 江田島市)出身。偶然にも私が入会したのは広島支部の方とネット上でやりとりがきっかけだった。

今年の12月13日に「放送と通信の連携などに関わる講演会」という講演会に呼んでいただいて初めて広島市を訪れた。講演の冒頭で小学1年から中学2年まで北海道にある北広島町(現在 北広島市)という広島の方が開拓した地域で育ったこと、当時の広島東洋カープの古葉監督、阿南コーチ(後に監督就任)が我々の同級生で創設した野球チーム「カープジュニア」に指導に来てくれたことをお話したら大受けで歓声があがるほどだった。掴みはオッケーでした。

会話をかわすタクシーの運転手さんなど広島のおじさんたちが「広島もけっこう寒いけんのう」とやわらかな広島弁を話すのを耳にしてみんな芦原英幸先生みたいだなあと親近感を抱いた。

425664_575810902434502_564500631_n広島に一泊して翌朝、徒歩で平和記念公園に向かった。偶然にも広島出張数日前に中島みゆきの「ファイト!」を熱唱する竹原ピストルの歌声を聴いて、この曲が収録されているアルバム「BOY」を購入して新幹線の中でも繰り返し聴いていた。「ファイト!」は広島弁で歌われている曲である。

平和記念公園ではまず原爆ドームの前に立ちつくした。BGMは「BOY」の中の「女の子」という曲。これは、平和記念公園を訪れた竹原ピストルが原爆ドームをモチーフにした曲である。原爆ドームがまるで空を見上げて、もの思いに耽る女の子のように思えたという。ちなみに竹原ピストルは高校大学とボクシング部で道都大学では主将。全国大会にも出場したという。道都大学は私が育った北広島市にある。

溢れてくる涙をハンカチで拭いながら、原爆死没者慰霊碑で手を合わせ、広島平和記念資料館、国立広島原爆死没者追悼平和記念館と回った。
広島平和記念資料館で一番印象的だったのは「希望」というテーマの展示だった。原爆によって絶望的な焼け野原だった広島市は75年は草木も生えないと言われていたのに見事な復興を果たした。市民一人ひとりの、そして人間というものがもつ底力、逞しさを猛烈に感じ入り、まさに「希望」というイメージが胸に刻まれた。

12月25日には「はだしのゲン」の作者である中沢啓治さんの訃報をネットで知る。小学校に全巻揃っていて読んだのを記憶している。映画も公開されていた。 hontoで「はだしのゲン」全巻をダウンロードしていっきにiPadで読んだ。この12月は本当に不思議と広島と御縁のある月だった。何かを暗示しているのかもしれないと感じざるを得ない。しっかりと自分自身に刻んでおきたい。



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2012年11月10日

神田神保町で「電子書籍」を!

536380_555576534457939_2113017468_n昭和35年から開催されている東京名物「神田古本まつり」。毎年50万人もの人が訪れる。今年は10月27日から11月3日まで開催された。

自分が所属している一般社団法人 電子出版制作・流通協議会は、電子出版市場を成長拡大させるために設立されました。
ところがまだまだ電子出版市場は紙の出版に比べて1割にも満たないのが現状。「電子書籍」を体験したことがある方はまだまだ少数派といえます。

私自身は、学生時代から紙の出版物がつくり出す出版文化の魔力に惹かれて印刷会社に入社したのですが、回り回って電子出版を牽引する立場となった。

とにかく「電子書籍」を「本好き」「活字中毒」の皆様に体験していただくことが普及への第一歩であると神田神保町にある「本と街の案内所」に「電子書籍体験」コーナーを神田古本まつりの期間中に開設させてもらった。その8日間の所感は「マガジン航」に神田古本まつりで「電子書籍」体験を!というタイトルで寄稿させていただきました。

思った以上に来場者の皆様の反応は、良好だった。
「これなら紙に近い」「文字の大きさも変更できて便利だ」「家が本で溢れているので、一定量でも電子化できれば助かる」という声が大半でした。

とにかく試してもらうことが何よりも大事なんだと実感いたしました。

またツイッターやフェイスブックでこれでもか!というくらいに告知したためか、仕事での仲間はもちろんのこと、空手、武道、格闘技を通じた仲間たちが大勢足を運んでくれて感激しました。

妻に言われたが、休日も返上してこのイベントに取り組んだが不思議とエネルギーがみなぎってくるようであった。とにかく直接、来場者の方の声をお聞きすること自体が楽しかったのであった。

なんでもそうだが「やらされている」と思うと苦痛になるものだが、自分で追い求めていくと自分の内奥からエネルギーが湧いてくる。そんな人生の定石を噛み締めた8日間だった。



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2012年10月23日

「渡邊欣雄先生との宴」人類学を学ぶ意義

watanabekai2文化人類学者の渡邊欣雄先生は、大学時代の恩師である。グーグルで「渡邊欣雄」と入れて検索すると2009年2月28日にアップした「渡邊欣雄先生最終講義」という私のブログが4番目にヒットすることを渡邊先生ご自身から教えていただいて驚きました。

渡邊先生は「宴」「風水」をテーマとした研究で著名であり、日本文化人類学会 会長など諸学会の役員も歴任された大先生である。著作も数多く、「風水思想と東アジア」などは中国語版(台湾)、韓国語版も出版されている。私が在学中にも多くの留学生が渡邊先生目当てで日本へ来日していた。

東京都立大学(首都大学東京)を退任された後は、中部大学に移られたが今年になって国学院大学へ。今年の7月に教え子たちが集まり、八王子の沖縄料理屋で久しぶりにお会いして大いに盛上がった。

今回は、拡大版「渡邊会」として多くの教え子たちが集まった。大学院を出て研究者の道に進んだものやフリーライター、自分のように会社員になったものなど多様な集まりであったが皆、人類学を学んだことに誇りを持っているのが感じられた。懐かしい想い出話に加えて、自分の人生の歩みを確認させてくれるありがたい宴となった。

以下は渡邊先生の言葉です。

人類学をやってきた人間の強みは、質の違いを記述出来る事」

人類学の魅力を自分なりに解釈してみると異文化研究という自分とは「異質」なものを研究しながらも人類として根源的、普遍的なものに迫れることにあると今でも感じている。

電子出版やメディアの仕事に関わる上でも重要な視点であると実感しています。





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2012年04月12日

映画「かぞくのくに」で考える新旧メディア

映画監督ヤン・ヨンヒさんの存在を知ったのは、雑誌の記事だった。ちょうど二作目のドキュメンタリー映画「愛しきソナ」の公開前に「サイゾー」「ビッグイシュー」に掲載されていたインタビュー記事だった。

そして「愛しきソナ」を新宿K's cinemaで観た後にツイッターで感想をつぶやくとヤン・ヨンヒ監督ご本人から返信をいただいた。その後、前作の「ディア・ピョンヤン」をDVDで鑑賞。著作「ディア・ピョンヤン」「北朝鮮で兄(オッパ)は死んだ」も読了。その頃はフェイスブックでも「友達」になっていただいていた。

写真初めてのフィクション映画「かぞくのくに」についても早くから情報を入手していた。

日本公開前に「かぞくのくに」はベルリン国際映画祭 国際アートシアター連盟賞を受賞。
パリ映画祭インターナショナル・コンペティション部門に正式招待と海外での高評価が先攻していた。

そして本日「かぞくのくに」のマスコミ試写会に潜入させていただいた。
安藤サクラ(奥田瑛二さんの次女)演じるリエにヨンヒさんの魂が憑依していたのを感じた。

これまでのドキュメンタリー2作と着実に繋がっていつつもフィクション映画だとより抽象性が高まるからか、いろんな想像が働いた。

もっとも強く感じたのは日本のサラリーマン社会にも「北朝鮮」は存在すること。そして 歴史的、通時的に普遍な家族の絆という人間の根源的なテーマを扱っているのだから、これは世界中に伝わるはずだと納得。宮崎美子さんのオモニ(母)役も溢れんばかりの 母性を感じた。「息もできない」主演・監督のヤン・イクチュンの荒々しいエネルギーを押し殺した存在感も印象的だった。

ヤン・ヨンヒ監督とのコミュニケーションを振り返ってみると「雑誌の記事」→「ツイッター」→「フェイスブック」→「映画館」→「フェイスブック」→「ツイッター」という新旧のメディアが交錯、反復しながら熱いメッセージのやりとりが生まれているのは本当に面白い現象。

映画監督とダイレクトにコミュニケーションするような日がくるようになるとは10代や20代の頃の自分には想像もできなかった世界。世の中は面白くなっている。



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2012年03月30日

護身としての空手の意義

護身としての空手・・・。

自分が1998年に芦原空手に入門して以来、抱いていた現代に生きる社会人にとっての空手の意義とは、まさにこの護身としてのコンセプトであった。

自分自身の身を守るため、また自分が大切に思っている親族を守るために、理不尽な火の粉、暴力がふりかかった際に最低限な対処ができる「術」があれば現代社会においても武道が生きる道が見えるような気がしていた。

自分自身が漠然と感じていたのは、護身としての空手を考えた場合、ロー キック(カッティングキック)と下段突きがポイントになるような気がして、一人きりのエレベーターの中や就寝前のエクササイズに集中的に練っている今日この頃。練り込むとどんなに寝不足でも疲れていても全身が活性化されてエネルギーがみなぎってくるから不思議なんです。

結論

空手のある人生に感謝&押忍!





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2012年01月31日

「実戦!ケンカ空手家烈伝」を読む

からてお恥ずかしい話ですが昨年末の健康診断の結果、中性脂肪でひっかかりまして薬を服用するようになっておりました。読書する際にもスポーツクラブのエアロバイクを利用したり、通勤や外出の際にも極力階段を利用したり、日々の空手の自主稽古も多めにした。極めつけは妻の有難き恐怖政治然とした食事制限によって平均一週間1キロと順調に減量にも成功。血液検査の結果も良好だったので服用している薬も半減した。

親しくさせていただいている巨椋修さんのデビュー小説「実戦!ケンカ空手家烈伝」(福昌堂)を読みました。本部朝基、小西康裕、澤山勝、山田辰雄という実在する創世記の空手家について書かれているがフィクション、小説であり、史実にないエピソードや人物も登場する。あとがきにあるように巨椋さん自身が書く楽しさで溢れているのが伝わってくる。躍動する文体が織りなすリズムが心地いい。

巨椋さんは、漫画家であったり、映画
監督であったり、格闘技道場を主宰していたりする多才な方ですが、是非とも空手小説をまた書いて欲しいと思います。

以下の二つのセミナーやります。

2012年2月10日

デジタル化がもたらす市場拡大の展望
出版印刷を切り開く「クロスメディア」と「アクセシビリティ」

2012年3月13日
電子出版が放送・通信に与える変革とは



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