2011年06月07日

[Days]短くなった人生

こんばんは、ちくピンです。何となく思ったことを表題にしてみました。

もしあの原発が大爆発したら、東京にいる自分も、新潟にいる家族も被曝するなー。
そうしたら、今は大丈夫かもしれないけど、あと数年もしたら死ぬだろうなー。
生きていたとしたら、そこに希望はあるか?
少なくとも東日本には住めないだろうし、西日本、もしくは海外に行った所で汚物扱いされるのが関の山でしょう。
そんな世界を生きていくのならば、自分は死を選ぶと思う。

連日の原発事故の方向性を見ていたら、そんな風に思いました。あれほどの規模の事故が何事もないまま終わる訳ないだろうし、政府や東電が発表していないだけで、すでに半径○○kmの人達は相当量の被曝をしているのかもしれません。よく枝野さんが言う「ただちに影響を与えるものではない」という発言の通り、今は目に見えた症状は出ていませんが、10年後の人口はどうなるのでしょうか?


まぁこう思うと絶望的な内容の日記にしか見えないのですが、僕個人としては、この事故は「残された時間を精一杯楽しもう」という、残りの人生をどのように過ごすかを考えさせてくれる良い機会だったと捉えたいのです。
とりあえず自分は残りの時間、なるべくサボらないように生きることにします。それは仕事であれ、趣味であれ。サボらず常に全力でやることにしよう。本来ならば恐らく30年ぐらいあったであろう時間が、事故の経過によっては10年、最悪ならばこれを書いた数日後ぐらいまで減らされてしまう。終わりの日に後悔しないために、今のうちから全力で頑張ろう、と思ったのでした。

go_sho_ha_death at 23:33│Comments(0)TrackBack(0)

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