大船渡01
 議会運営委員会の視察として、岩手県大船渡市議会にも伺い、議長、議会運営委員会委員長から東日本大震災当時の様子やその後の、議会、議員の対応。そして、現在進められている復興計画への議会の関わりについて伺った。
■□大船渡市議会□■


 視察では行政側から被災概要をまず伺った。

 被害状況は市のサイトでまとまられているが、以前にあったチリ沖地震と同じ程度と市民が考えていたことに課題があったとのことだった。高台からは津波が見えるが、平地では分からない。津波に向かって歩く人が見えたほどだったという反省点もあるとされていた。また、大船渡市での状況で特徴といえるのは、避難所は公園などの他に小中学校の校庭を使用したが、授業を考えると体育館は避難所にしたが教室を使わなかったこと。太平洋セメントの施設があったため瓦礫の焼却が可能となり他市に比べると進んでいることがある。遺体への対応は、一時期だけ他自治体の施設を借りたが、市内に二箇所の施設で火葬対応ができた。復興計画は議会の議決対象にしており、市民参加による計画づくりが特徴だとされていた。

大船渡02 また、実際の避難所運営について自らも被災者であった市の職員から概要を伺った。
 避難所への対応は、町ごとに本部を設けた。本部長となったので役所には出所せず運営にあたったのだそうだ。これまで、チリ地震を教訓に防災訓練を行い、19年の南三陸地震で地域防災計画の見直しもしているが、公民館など想定していた以外の避難所に避難した人も多かったとされていた。避難所への職員配置は、当初指定を想定していた避難所でも大船渡地区だけが配置できただけで、他は被災者が自治会を作るなど運営のスタイルはまちまちだった。避難所で有効だったのは、被災者に住所や名前をノートに記載してもらったことで、このノートによって数が分かり支援物資の配付に役立ったとされていた。
 指定避難所以外に避難せざるを得なかったことで、備蓄している備品や食糧がなく本部から届くことも当初はなかった。電話が使えなかったので家族の安否は分からないままでの避難となってしまった。その一方で、ガスはプロパンなのでほとんどで使用ができたのは幸いだった。当初は、地域婦人会が炊き出しなどをしたが、全員に行き届くまではできず、高齢者、こどもには1個として、大人は半分にしたり三分の一で配布していたという。
 そして、たいへんな想いをした職員は多くいた、そのことは庁内では分からないことだったとされていた。

 これらの話を伺うと、 想定されていた場所以外の避難がありうること、その時の食料や備蓄物資をどうするか。災害対策本部となる連絡をどうするかが大きな課題になるのだと思う。

 この話後で議会の対応状況について、佐藤丈夫議長、船野章議会運営委員会委員長より話を伺った。概要を簡単にまとめ参考のために次に記すが、あくまでも川名が聞き取った範囲でのもの。詳細を知りたい場合は、やはり現地へ行き体感をして考える必要があると思う。





●震災時の議会運営 
 震災時は、一般質問の最中ですぐに停電となったことから直ちに延会。議員は自宅に戻ったが、5人の議員が自宅流出や破損の被害を受けていた。当初の議員の動きはそれぞれの地元地域、勤務団体で復興作業にあたることになった。
 議会としては、北里大学のキャンパスが市内にあるが、震災により今後5年間授業をしないと決定したことから、早期の授業再開を求める要望や防波堤が全壊したことから早期開始を求める要望、市内にある太平洋セメントへ支援要望、5月臨時会で議員の報酬の10%カットを一年間行うことなどを決めた。 

 議会運営は、2月25日から3月22日までが会期だったが、震災により一般質問は中止。最終日に23年度予算と22年度補正予算を審議し可決させて閉会。5月10日に臨時議会を開催し会派ごとに質問時間を割り当て、通常よりも時間を短縮しての質問し、早めに閉会するようにした。

 震災後には、復興にむけた地区懇談会が始まり、議員は地元の会に出席。議員発議で災害復興対策特別委員会を設置し4つの部会を設け部ごとに情報収集関係団体との意見交換を実施。8月に市へ第一次提言を行い、現在(11月1日現在)は、第二次提言をまとめている最中とされていた。

 また、復興計画を議会の議決事件に加える条例改正を議員発議で行い10月31日に全会一致で可決。同時に、議員発議で速やかに市民と議会へ内容などを公表するよう付帯決議も行った。復興計画策定委員会の策定委員に4人の議員が入っている。
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●震災対応の課題

 震災での課題は、当初、携帯や固定電話が使えない 情報伝達は遮断され、道路の遮断に加えガソリンが入らないため移動が困難になった。これらは防災計画に反映したい。
 仮設住宅は、小中学校の校庭に設置したが授業への影響がある。また、親が仕事をなくしたことなど社会状況へのストレスが子どもにもあったことが考えなくてはならない。高齢者も避難所に入ると孤独感を感じてストレスになっている。不便だが共同生活にはなかったことでこれも課題とされていた。

 災害時の対応としては、電気がなかったため発電機が各地区に準備が必要だろう。泥棒が横行し夜のパトロールをしたこともあった。二階建て家屋で一階だけが津波被害となったようなケースでは避難して隙に二階が物色されていたこともあった。女性はひとつの袋に貴重品を入れていることが多いのでの丸ごともって行かれたり、現金だけが盗まれることが多かった。
 災害時要援護者の避難支援については、地震後、一軒一軒逃げるように伝えたが逃げない人も多かった。
 国会議員が押しかけてくるのは迷惑。市が対応しなくてはならない。そっとしておくこと。お金のことを考えてほしい、何を考えているのかとの意見もあった。

 今後の当面の課題は、住宅対策。高台に移転する候補地の選定は行っているが浸水した土地の買い上げを国からは明らかになっていない。移転費用にしたい人がほとんどであるため先行きが見通せなくなっている。大船渡市としての大課題は、中心市街地が被災してしまっていること。跡地利用をどのようにするかを含めて検討しなくてはならない。


●震災時の議会の課題

 震災直後は議員との連絡が取れず、交通網が遮断されているなか議長と議会事務局長がそれぞれの家を回り対応した。事務局長は役所へ泊り込みが続くことになった。議会の召集ができないことになり、連絡網が必要だろう。
 議会としての対応は、正直なところ、どうすればいいか困った。議会への苦情は多かった。例えば、避難所に議員が来ないなどだ。実際には行っているのだが、気がつかなかったのかもしれない。何をやっているかとの苦情もあった。

 議会として大きな課題は、災害策本部に議会が入っていないこと。議員は 避難所で世話をしていても何もいえない。地域の要望を伝えるだけとなった。災害対策会議が終わったら資料をもらうようにしてたが、議会が入るのが本来の姿ではないか。対策本部へ入らないと、どのような動きが見えない。立場ごとに特性はあるが、情報共有するため必要ではないか。現在、そのように市に申し入れているが返答はきていない。

 反省点とすれば、議会のシュミレーションができていなかったこと。議員が何ができるのか。計画に盛り込むものを持ち合わせていなかった。いざ有事の場合、何をするか。行政とのパイプ役は選挙のときだけじゃないかとも言われた。今後は教訓を活かし、避難所運営や災害対策、防災計画へ盛り込むことが必要だろう。

 市は災害復興計画を策定しているが、議会は議決事件に加えた。市は部門計画なのでと断られたが、あえて加えたものだ。また、復興計画などを国へ提出して国からお金が来る仕組みなのに情報が市民に伝わっていない課題があり決議もつけている。
 復興計画と総合計画の位置づけは、復興計画は基本構想に基づく計画となるが、議決事件にしないと行政だけで実施することになることから行ったもの。委員に議員が入るため、二重関与になるが細かい調整はこれからだ。

 特別委員会の設置はもっと早くと思ったが、二の足を踏んでしまった。もっと早くがよかったかもしれない。
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【視点】
 これらの話を伺うと、大災害時に議会がどのように動くべきかを明確にしておく必要があると思う。ただでさえ、必要ないと言われてしまうことの多い議会であるからこそ、考えなくてはならないはずだ。
 どこの議会でも同じだと思うが、特に災害対策本部との関係性がポイントになると思う。対策会議で発言することはせずとも情報を共有できるように最低でも考えておくべきだと思う。
 また、災害起きたとき、議会はじゃまだったという首長の意見をどこかで聞いたことがあるが、一方で議長が常に議会にいたことで相談ができて助かったという首長の話もある。専決処分で補正予算を決めなくてはならにようなとき、議長に相談して理解してもらうことでやりやすかったとの内容だった。議長や常任委員会委員長、あるいは全議員が災害時にどのようなことをすべきか、どこにいるべきかも考える必要があると思う。当然だが、避難所へ自らの支援者を優先させろというようなことを言い出す議員もいるそうだが、全住民のためにを考えるためにだ。

 貴重な体験を現地で伺えた視察だった。今後、武蔵野市議会の議会運営に反映させていきたい。


写真は上から
・未だに満潮時には市街地に海水が上がってきている大船渡市の旧中心地。地盤沈下をどうするかも大きな課題

・大船渡駅があった方向を望む

・チリ沖地震での津波の高さが記されていた。この高さをはるかに超えたた津波だったことも考えさせられる(23mとの報道もある)。

・宿泊したのは、津波被害があったホテル。復興支援者が泊まる場所がないため早期に再開していた。このホテルは二階まで津波被害にあっている


【参考】
大船渡市 東日本大震災

大震災時の議会、議員の役割(1)【視察報告】 遠野市から