5月14日に東京外語大で「原発と安全保障」と題した講演会が開催された。登壇者は、菅直人元総理と伊勢崎賢治東京外語大教授。福島原発事故で原発の脆弱性がテロリストにも分かってしまった。原発がある国は守れない。国防を考えれば原発は不要、が結論だった。


IMG_1728


 講演会は、菅元総理から福島原発事故当時の様子が語られ、原発は事故を起こさないとの前提であったため、対策が何も考えられていなかった。この事故により、原子炉を破壊するよりも、電源や冷却水を攻撃すればメルトダウンが起きてしまうことが分かってしまった。
 伊勢崎教授からは、5人程度の軽武装した部隊が攻撃すれば、電源や冷却水を破壊することは簡単。核弾頭で攻撃する以上の打撃を与えられるだろう。国は調査をしたらしいが結果はお蔵入り。国防上のリスクであることを知っているのに公表をしていないし、対策もできてないと指摘されていた。

 福島原発事故により安全性をより高めることが求められ、経済性からも原発のメリットはなくなってきている。全世界での風力発電による発電量が原発の発電量を超えたことを考えれば(参考:朝日新聞2015年12月29日 風力の発電能力、初めて原発抜く コスト減、普及後押し)、原発はもう負の遺産となっているということ。原発をなくすのは世界の潮流だろう。

 しかし、なぜなくせないのか、との問いかけに菅元総理は、原発を持つことは潜在的な核兵器を持つことになり、これが抑止力になると考えている人の力が強いことが考えられると発言していた。

 昨年8月、『参院平和安全法制特別委員会で横畠裕介内閣法制局長官が「憲法上、核兵器を保有してはならないということではない」と答弁した』ことや『岸信介首相は1957年5月7日、参院内閣委員会で現憲法下でも自衛のためなら核武装は可能との考えを初めて示した』ことなど現政府は可能との見解であり、原発と核兵器の関係性は否定できない状況だ(参考:毎日新聞2015年10月2日 戦後70年・核回廊を歩く 日本編/14 「核武装は可能」)。
 現実的にあり得ないとの見解もあるが、それは国内に限ったことだ。自衛隊の活動場所が、国内だけとは亡くなった現状で考えなおすと恐ろしいことが想像される。


 核兵器論は別としても、日本の原発を国同士の戦争だけでなく、テロリストからも守り切れるものではないだろう。経済性や環境面だけでなく、国防を考えれば、やはり原発は不要なのだ。