IMG_5856 大西一史熊本市長から熊本地震で行政がどのように対応したのか、現実の話を伺った。今回は二回目。

■避難所はみんなで助け合うしかない
 
 避難所については、ほとんどの場所で高齢者や障がい者の受入れ体制はないと思ったほうがよいと話されていた。福祉避難所の想定はあったが、福祉避難所になる予定の施設が被災してしまい、入所者のケアさえもできない状況で、受け入れまでできず開設ができなかったからだという。机上の倫理での計画は、実際には意味をなさないとなる。

 そして、避難所運営は誰がやるのかはすごく難しいとされていた。

 行政職員だけではなかなか大変。地域のネットワーク、自治会がちゃんとしているとことは、勝手に機能する。それがないところは、いつまでたっても、何もしない、出来ない状況だったとされていた。

 市職員は他に仕事が多いため、避難所の配置人員が不足してしまった。そのため被災者ニーズの把握が不足してしまうことや、配置が固定できず毎日くるくる変わるから、引継ぎもできなくなり職員は主体性をもって動けない状況になってしまった。避難所の運営は難しいと大西市長は反省点を述べていた。
 このことから、今後は避難所の運営や支援は、他の自治体やNPOの人たちにまわしてもらうことも考えたほうがいいと話されていた。

 例えば、自衛隊の派遣や多くの自治体からの派遣があり、「札幌市」とか他自治体のビブスをつけてやってくると市民は「自分たちも頑張らなきゃな」となる。ところが、「熊本市」と書かれた人が入ってくると、食料や運営への不満が噴出してしまったからだという。
 外部の応援と被災自治体職員の役割分担を考える必要があるとの指摘だ。確かに不満はたまる。そのはけ口が市職員になってしまっては職員のモチベーションにも大きく影響するだろう。特に震災時という非日常であれば、なおさらだ。東日本大震災でも、職員が避難所運営をすることは難しいとの話を伺っており、このような事例は武蔵野市だけではなく、ほかも自治体でも参考になる事例だろう。

 職員任せではなく、避難者が自ら避難所の自治を作り出すことが求められることになる。みんなで助け合う意識を、普段から市民が持っているかも問われるのかもしれない。
 大西市長は、市民力とは自助のこと。市民の一人一人が震災にあったときに対応できる力があるかどうかが大震災では問われる。行政は当初は何もできない。水一本さえ配れない。行政も無力感を感じるが、一定程度(5日目ぐらい)からして行政の力が出てくると実感した。

 それまでの5日間は、市民力と地域力でなんとか乗り切れるようやるしかないとも伺った。武蔵野市の計画でも再考が必要なようだ。

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■他自治体からの支援のありがたみ

 大西市長は、延べ4万人以上(自衛隊や緊急消防など入れると、延べ何十万人)を派遣いただいているが、人的支援のネットワークは非常に助かった。とくに熊本市が協定を結んでいた指定都市市長会(政令指定都市の市長会)は、20の大きな基礎自治体の集まりだから、オンデマンドで必要な人材がどんどん来ていただけた。仙台市や神戸市など災害を経験した人などの派遣もしていただいているので大変ありがたかった。
 この首長同士のネットワークは大きい。急を要する場合には、役所で積み上げても動かない。トップが「いいから、やれ!」と言って、ばーんとやらないとだめだという。多くの自治体で参考になりそうだ。


■役所の体質

 役所ならでは対応についても非常に興味深いものがあった。それは、役所は極めてまじめなので、例えば、物資が届いたときに、熊本市の職員が「これは熊本市に届いたものなので、益城町には渡せません」などと言ってしまったことが噂となり広がってしまい。そのクレーム対応でさらに労力が裂かれることになった。

 そのため「いいから配れ!」。「誰でもいいから、盗人でもいいから配れ」と指示をした。大災害時には支援物資を盗む人は、とうぜん出てくる。トラックでやってきて、物資をいっぱい運んでいこうとする人も実際にいた。このような不正行為に行政職員は黙っていられないので、渡してはだめと思うから押し問答で1時間以上かかることもあった。
 一方で避難所に必要だから本当に運ぼうとしている人もいる。見た目には、どちらが盗人か人がボランティアか分からない。タトゥーが入っていても一生懸命やってくれるボランティアがいるし、ぴしっとした恰好だけど盗人もいた。わけが分からない状態だった。

 だから、第一原則として「パニックにさえならなければ何をやってもいい。早くしろ」。「パニックに現場がならないように。争奪戦にならないように。そこはちゃんとしなさい」と伝えた。でも、なかなか最後までうまくいかなかったとされていた。これは他の自治体でも考えなくてはならないことだ。生真面目を否定できないが、何が最も優先すべきか。それを現場職員の責任にせず、トップが責任を持って裁量を任せることが必要となることだ。東日本大震災でも同様のことを聞いているので、実際に起きた場合にできるかも想定しておくべきだろう。

 そして、最後は物資が余る。食料は賞味期限がきれているものはいっぱいあるから、捨てざるを得ない。これも仕方ない。過去の震災でも繰り返されていることだ。水と食料がいるのは、最初の数日間。で、あとは政府がプッシュ型でどうにかやってくれるのが一番早いとわかった。
 逆に言えば、自治体からの支援は、食料とかよりも、人とお金の支援が一番ありがたい。言いにくいけど、率直に言って、金と人というのが現実的だと本音を話されていた。支援する側としても考えたい。


■これからの支援

 これからの支援できることは何かを伺った。大西市長は下記が必要だとされていた。

▼職員の派遣
 一番お願いしたいのは、各自治体から一人でも多く職員を派遣してもらうこと。しかも、専門職。これは直接、担当課に連絡して欲しい。熊本県を通さなくてもいい。総務省でまとめてとか、市議会議長会でまとめてとか言われるが直接が一番早い。

▼思索に来て欲しい
 何回も視察で来ていただき、さらに、それぞれの皆さんが他の人も連れてきて欲しい。何度でも話しはする。会派や仲の良い議員グループでもいい。今持っているノウハウを全自治体にぜひ吸収してほしい。そうでないと被災した意味がない。これだけ犠牲がでて、お金もかけて復興しないとならない。熊本がその復興のノウハウの塊だ。あたたかいうちに来て欲しい。

▼復興イベントを
 義援金もありがたいが、各地で復興イベントもやってもらいたい。熊本に来るには飛行機代がかかり大変だろうから規模は大きくなくてもいいのでやってもらいたい。相談などは、東京事務所を通せばいい。


■災害時のネット活用

 ほかにも多くの話を伺ったが、私が注目したのはSNSとインターネットの活用だった。

 例えば水道の復旧が最も早く必要だと話されていたが、市内各地で水道管の寸断や被害が3千数百箇所も出てしまうと市の職員ですべてを見回ることはできない。当初は、破損している箇所が分からない状況となってしまった。
IMG_5866 そこで市長からツイッターで「漏水箇所を教えてください」と投稿し、リツイートを見て水道局の職員を派遣して対応したのだそうだ。最後は、メールで「住所と写真つきで送ってください」とやったことでさらに対応を早めることができたと話されていた。

 市役所への電話では、他にもたくさんかかるため、担当課につながるどころから市役所へさえつながらないこともある。職員は超多忙なため電話に出ていることもできないと考えれば、市民からSNSに一度投稿してもらえれば、対応できる時間に投稿をさかのぼって確認できるので作業が効率化できることになる。さらに市役所のサーバーを使わないため、市役所のサーバーへの負担が増えることや何か不具合が起きたとしても対応できるメリットがあることになる。

 また、急遽ボランティアが必要になったさい、ツイッターで募集したところ約1000人集まったこともあったという。

 ツイッターではなくface bookなら位置情報も入れられるので、さらにメリットがあるのではないだろうか。平常時から道路など担当課でSNSの対応を提案しているが、この事例を聞くと災害時だからこそ役に立つことが分かった。コストはかからないので早急な開設が必要だ。

 市役所が情報を得る手段としてだけでなく、連絡手段としても役立ったとの話も伺った。 地震が起きて、最初に連絡がとれた首長は熊谷千葉市長だったそうで、夜中の4時頃にメールで「何か必要なものありませんか?」と連絡が入り、「何十万本でもいいので、水がほしい」と連絡したところすぐに対応してもらえたのだそうだ。

 日頃からの関係が必要なこともあるだろうが、連絡することが多く電話に出られない状況を考えるとメールのほうが用件を伝えやすく時間も気にしないですむメリットがある。それに、場所はどこでもできる。そう考えていくと、メールでもいいが、端末を選ばず、サーバーの要領も気にしないですむツイッターのダイレクトメールやface bookのメッセージがより災害時に活用できると思えた。市役所のサーバーがダウンしても、携帯電話やスマホをなくしたり壊したりしても対応できる。パソコンのように大きな機材を持たずにスマートフォンだけで対応ができるからだ。災害時の対応策として考えてみたい。


■復興

 最後に今後の復興に向けてやるべきことについて伺った。
 第一に「避難者の生活再建、インフラ等の機能回復」、
 第二に「復興のシンボルとなる熊本城、市民病院の再建」、
 第三に「市民力、地域力、行政力を結集し、安全・安心な熊本の再生と創造」。
 この三つの方針で復興計画をこれからつくりたいと話されていた。

 道は長く、簡単には進まないと思うが、何らかの支援を続けていきたい。そして、この震災の経験を今後に活かさなくてはならない。



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