熊本地震が発災してから6ヶ月。再び被災地を視察した。以前よりも復興が進んでいるとはいえ、まだまだの状態だった。地震があったことを忘れないで欲しいと現地の人に言われたことが心に突き刺さる。
 
IMG_4190
 
 
 視察は私が事務総長を務めている超党派の地方議員で構成するローカルマニフェスト推進地方議員連盟で行ったもの。10月27日に大西一史熊本市長と有浦隆熊本県危機管理防災企画監による被災時の行政対応と課題についての講演。熊本市議会、大分市議会が参加しての大災害時に議会がどのように行動すべきかを探るパネルディスカッションの研修会が行われ、二日目の28日に現地視察を行った。全国各地から約80名が参加した。
 
 現地視察は、6月にこの研修会の下調べもかねて伺った益城町と阿蘇大橋が崩落した南阿蘇町だった(研修会の内容は後日)。


IMG_4184

 
■復興はこれから

 益城町では最も被害の多かった中心部を訪れた。6月と比較すると空地が広がり瓦礫の処理は進んでいた。しかし、瓦礫は個人の資産との扱いになり、思い出の家財道具や品と探し出すことやリサイクルを進めることもあり、手作業で行うことが必要で一軒あたり2週間はかかるのだそうだ。
 そのため被害を受けた家屋や瓦礫をすぐ処理するわけにはいかず時間がかかっていた。家屋の被災状況についても、半壊なのか全壊なのかの判定に時間がかかることもある。事前の防災計画で、この時間がかかることがどれだけ想定されているか再確認が必要だろう。
 
 益城町では、避難所に伺い運営を担っていた吉村静代さんにも再会ができた。
 この避難所は、避難所内にコミュニティスペースを設けるなどで運営方法に注目が集まったところだ。現在は、避難所は閉鎖され自宅に戻れない人は災害復興住宅へと移っていた。前回のその後の話を伺うと、今回の参考になることが多く分かった。
 
 そのひとつは、避難所での役割分担だ。
 避難所の清掃などを誰がどのように起こっていくかが避難所運営の課題になるが、当初は市職員が行っていたが、職員には他にも仕事が山済みでもあることから避難所の住民で担うことになった。そのさい、その分担を避難者に分担して担当させるのではく、できる人ができる時にやっていくことが避難所運営を良くする秘訣でもあったと話されていた。
 
 なぜなら、避難している人であっても仕事があれば日中に避難所にはいない。家の片づけが必要な人もいる。そのような人に役目を振ってしまうと負担になってしまうこと。もし、やれないとなると、特定の人が役目をしないとなり避難所の雰囲気が悪くなってしまう。そのため、家でやっていたことを同じことをやれば良いと考えて、役目を振らずに運営をしていたのだそうだ。
 避難所開設から一ヶ月がたち、国の避難所運営を指導する担当者が来て、枠割を分担するよう指示されたが追い返してしまったそうだ。
 追い返すのは言葉の綾とは思うが、机上の論理と現実とは違う好例だろう。
 この方式は多くの自治体で考えてみる価値はある。参考にしたい。
 
 
IMG_4186



■仮設住宅でもコミュニティを続ける
 
 また、避難所運営でできあがったコミュニティを続ける手法も参考になった。
 
 これは避難所で一定のコミュニティができた場合、仮設住宅へ移るとコミュニティがリセットされてしまうが、仮設住宅へ移るさい、なるべく近いところへ同じ避難所の人たちが移るようにする手法のことだ。
 仮設住宅でまた最初からコミュニティをつくることがなく、住民の不安を解消することにもつながると話されていた。仮設住宅の希望者が多い場合は、抽選になるので避難所の人が全員同じ場所へ移ることはできないが、抽選に当たった人のなかから近くに住みたいという希望者を集めることで可能となったとされていた。
 
 本来であれば大震災は起きてほしくはないが、もしもの時には参考になる手法だ。



FullSizeRender
 
 
■阿蘇大橋

 テレビでも取り上げられて多くの人が知る崩落した阿蘇大橋の現場も訪れた。
 南阿蘇村の担当者の方に同行していただき、立ち入り禁止の区域内にも入らせて現場を見させていただいたが、あらため地震の恐ろしさを体感する場となっていた。もし、震災時のこの橋の上にいたらどうなるかと思うと答えが見つからない。
 
 南阿蘇村の現状を伺うと、崩落した阿蘇大橋は国道 号線の要所でもあるが、国道や橋を今後どうするかも決まっていない。復興はまだまだの状況だとされていた。
 
 市内から遠いこともありメディアは訪れることは少ないこともあり、実情が知られていないのだろう。訪れた時は大雨で霧が出てきたこともあり詳細を見ることはできなかったが片付いていない家屋が多く取り残されている状況だった。
 
 
■忘れてはならない

 東京では熊本地震の話題がメディアに出ることはなく、関心が薄まっているように思う。しかし、現地を訪れみると瓦礫処理は残されており、被災した自治体は復興計画がまとまりはじめ、これから本格的に動き出すタイミングだった。あり復興はこれからが正念場であることが分かる。
 
 熊本地震の発災から約半年。復興はこれからが正念場だ。

 被災地から遠い我々は、地震があったことを忘れてはならない。そして、震災での教訓をこれからに活かすべきだ。震災対策のノウハウが山ほどある。これを全国の自治体に持ち帰って活用してもらいたいと話していた大西市長の言葉が忘れられない。
 
 武蔵野市には、現地を見て防災計画の見直しをすべきとすでに提案している。早急に職員派遣だけでなく、調査をして計画に反映する行動が求められているのが今だ。

IMG_4189


 

写真は上から
・崩落した阿蘇大橋(視察時は雨天で霧があったので下のような写真となった。この写真は、視察のコーディネートをしてくださった服部香代熊本県山鹿市議に提供していただいた崩落時の写真
・(2点とも)瓦礫処理は、まだまだの益城町中心部
・切断されたかのような阿蘇大橋のたもと
・阿蘇大橋への現場は立ち入り禁止になっている



【参考】
避難所での参考例 〜熊本地震視察〜 益城町視察2


(続く)