IMG_5001 明治32年(1899年)当時の武蔵野八景は何だったか? 武蔵境駅の開設10周年を記念してつくられた石碑に刻まれていた。
 



 石碑は、武蔵境駅南口にある杵築大社の境内にある。明治22年に武蔵野村が誕生し、同時に武蔵境駅が開業。その10周年を祝おうと村をあげて祝賀行事を行い作成されたものだという。
 これまでにこの石碑があることに気がつかなかったが、先日、地元の歴史研究家の方からこの石碑を武蔵野市の歴史的遺産にできないかとの話を伺い、知ることになったものだ。
「八景」とはある地域の優れた風景を選び、漢字四字の句で表現する様式のことで中国・北宋の時代にそのルーツはあり、「金沢八景」がよく知られている。

 石碑に刻まれている八景は下記だ。玉川上水や桜など境だからこその景色もあったのだろうなと想像できる。石碑には、賛同者の名前が裏面に刻まれ、八景の下には漢詩も一緒に刻まれている。当時の境地域の情景や生活環境も描写しており歴史的な資料にもなると研究家の方は話されていたが、残念ながら私には知識はないので、内容は分からない。資料をいただいているので、何かの機会に紹介できればと思う。
 
 武蔵野市教育委員会でもこの石碑の調査をしており、石碑の由来などの確実な資料がどの程度あるかで、市の文化財にするかは判断されるとしていた。
 
 市の文化財になるかは今後としても、まだまだ知らない文化財や歴史が残っているのは確かだ。このようなものの再調査や、以前から提案している文化財とまではならなくとも、市民が貴重なものだと指定する「武蔵野市民遺産」のような制度ができないか、とも石碑を前にして思った。
 
 石碑は、杵築大社の「富士山」のわきにたたずんでいる。訪れてください。
 
 ※漢字は現代で使われているものに変換したが、あっているかは分からない。参考まで

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武蔵野八景

 富峰雪霽 (ふほうせっせい・富士山)
 玉川構渠 (たまがわこうきょ・玉川上水)
 小金井櫻 (こがねいのはな)
 武蔵野雪 (むさしののゆき)
 武蔵野月 (むさしののつき)
 武蔵野旭 (むさしののあさひ)
 境驛鉄道 (さかいえきのてつどう)
 境驛公園 (さかいえきのこうえん)

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