邑上守正市長が3期12年の任期を終え、10月5日に市役所で退任セレモニーが行われた。

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邑上市長とは、市長になる前の学童クラブ父母会の関係でも活動をともにさせていただいた(学童協)。
 当時は、今では考えられないかもしれないが、学童クラブがあそべえ(全児童対策事業)に収斂される、あるいは廃止されるのではないか、そういう危機感を多くの学童クラブ保護者が持っていた時期だ。
 特に、学校の週5日制が始まり、土曜に授業がないのだから放課後対策事業(※)である学童クラブはやる必要がないと土曜日の閉所を強行し、保護者への説明会では、説明会は説明するための会、市民からの意見は聞かない、市が決めたことには従ってもらうといった発言をする職員がいたり、居住の自由がありますから、気に入らないなら市から出ていってもらっても構わない、といった発言もあったりと、今から思えば笑い話のような世界だったが、それが現実の市政だったのだ。
 
 さらに、前市長時代は中学校給食をやらないとしていた時代だった。障がいを持った子どもが学童クラブに入れず、理由も説明しないことなど他にもいろいろなエピソードはあるが、私を含めて、邑上市長の誕生を多くの市民が喜んだのは今でも強く印象に残っている。

 これらの改善は行われ、市民参加の機会は増え、情報公開も進んだ。議会答弁も丁寧になり、逆に丁寧過ぎて答弁が長過ぎるのではないかなと思えてしまうほどだった。この流れはさらに進めるべきだ。
 議会では邑上市政しか知らない議員が26人中17人と“多数派”となっており、当時のことを知る議員は少数派だ。市民にも知らない人は多いのだろう。時の流れを改めて感じてしまう。
 
 他にも語りたいことはあるが、12年間の尽力に感謝を申し上げたい。退任直後には、赤いちゃんちゃんこを着る年齢となるそうだが、今後もさらに御活躍されることを願っている。





※学童クラブは、児童福祉法で「放課後対策事業」とされているため。この名称が使われたのは、児童館との違いを示すために用いたもの(当時の国会答弁より)