1月15日に小中一貫教育校について意見交換会があった。教育委員会が現状課題を解決したいとの熱意は分かったが、実際の小中学生の思いなど他の視点も必要ではないだろうか。

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 この日は、武蔵野市教育委員会の検討委員会で検討が進められている施設一体型小中一貫教育校について、現段階で検討している内容について説明が行われたのち、2つのテーブルに分かれて参加者と教育委員会事務局職員(市の教育部職員。以下、職員)が意見交換を行った。


■教育を良くしたいとの思いは一緒

 意見交換をしていて強く印象に残ったのは、現状問題に対して参加者も職員も解決したいとの思いは同じということだ。例えば、教師の多忙、教職員数の少なさ。小中を通じて子どもを見守れる体制にしたいといったことだ。

 この日だけではないが、これまでも参加者から現状で大きな課題がないのだから小中一貫にしなくてもいい。そのかわり少人数や教職員を増やすべきではないか。そうしたほうが教員の多忙化対策にもなるとの意見が出されていた。

 この意見について、意見交換をしていくと職員も同じ思いだったことが分かってきた。しかし、少人数学級や教職員の加配は国や都が行うもので自治体の規模が小さい武蔵野市の場合には簡単にはできない。だから、現状では問題はないが、今後の未来を見据えて小中一貫校でこの課題や他にもある課題を解決していきたいのだとの考えが示されていた。
 目標は同じだが、武蔵野市としてできることを考えての小中一貫というわけだ。


■小中一貫校はメリット多い。しかし…

 具体的な例で考えてみると、以下の課題、願いが現状ではある。 

・小中9年間を通じて子ども見守ってほしい
・自治会のない武蔵野市のコミュニティは小学校単位でできているため、この地域を崩してほしくない。
・地域に密接にかかわれる地域担当職員を配置したい。
・スクールソーシャルワーカーなど教科担任ではない職員を加配して子どもに対応してほしい。
・今後の人口減少や税収不足を考えると、小中学校の維持管理費を抑える必要がある。
・今後、建て替えを小中合わせて18校となると大幅な財源が必要になる、などだ。


 これらの課題に対して施設一体型小中一環校にすると下記のメリットがあるという。

・小中の職員室がひとつになるので、小中の教職員が連携しやすくなる。
・小学校に中学校を併設することで小学校単位のコミュニティは残される。
・小中18校から小学校に統合することで学校数が12校になり維持管理費などで年間約1憶1000万円が削減できる。
・小中一貫にすると(中学校のクラス数が増えるので)教職員数が64名増える(教員は38+中一ギャップ加配2名=40名)。
・18校の建て替えよりも12校の建て替えなのでコストが下がるなどだ。

コスト
教師数

▲上はランニングスト。下は教職員が増えるとした資料




 つまり、小中一環校にすると、教職員数が増えることで教師の多忙化が薄まり、子どもを見守る体制が増える。建て替えや管理費を削減した分、教職員を増やすことも可能となり教育環境が良くなるという理屈だ。そう考えるとメリットばかりが多いように思えてしまい、選択肢として十分検討しても良いと思えてしまう。


 しかし、12校で割り返すとどうなるか。維持管理コストは1校当たり1000万円弱。ひとりの職員を雇用できるかどうかの額だ(嘱託や非正規なら2名は可能)。増える教員も1校あたりにすれば、3人強だ(40÷12)。一学年に一人は増えない。増えたほうが良いとは思うが、効果はどうなのかと思ってしまった。

 職員が現状課題を解決したい。そのために、今は問題がなくとも将来を見越して小中一貫校にしたい。教育環境や子どもの成長への環境をもっと良くしたいとの熱意は十分感じている。これは評価すべきことだろう。


■子どもたちはどう思っているか

 この日の議論やこれまでの流れを考えてみて思うのは、当事者がどう考えているかだ。

 小学6年生の児童が中学生にいてもらいたいと思っているのか?
 中学3年生は、小学生が一緒にいたほうが学校生活はもっと良くなると思っているのか? の視点だ。


 私自身の経験や私の子ども、その友人を見ていて思うのは、小学校から中学校に上がるときに、確かに不安はあったと思う。しかし、それよりも新たな生活や異なる環境への期待が大きかったのではないだろうか。


■成長期に逆境は必要ないのか

 子どもの成長を考えてみると、ライオンがわが子を谷に落とすまでは必要ないとしても、ゆりかごのような優しい環境で育つよりもある程度の逆境を乗り越えて育つほうが、大人となった場合の応用力が養い、人間的にも魅力が増すのではないかと思う。

 子ども一人ひとりで違うので誰にでも、とは言わないが、公教育としてどこまで優しくするのか。本当に必要なのかが問われているのかも、と思ってしまった。

 ある若者が(20歳近く)、中一ギャップがなくなると高校でのギャップがより深くなってしまう。高校生活が嫌になると義務教育ではないので退学につながってしまう。この高一クライシスのほうが問題ですよ、と話していたことも思い出した。

 また、武蔵野市の教育には、小学4年で最大8日間、中学1年で5日間、農山村に宿泊して都会にはない自然体験などを行うセカンドスクールがあったり、日本にはない自然体験ができるロシア・ハバロスクへの派遣事業があったりするなど都会の優しい生活を離れる体験事業が行われているが、このような事業との整合性はどうなのか? とも思えてしまう。


■もう一度、そもそもで考えてみると

 教師の多忙化、子どもと向き合う時間を増やしたいとの願いは職員も参加者も議会も同じだ。
となれば、本来は国や都の制度を変えていくことが、そもそもは必要ではないのか。地域住民との連携で多忙化を薄める工夫も必要ではないか。そもそも今の教育で良いのか。教育委員会、職員任せで良いのか。やれることはもっとあるのではないか。
施設に頼らずできることを市民や議会と考えることこそが、今求められているのではないか。

 そのうえで、教育環境をよくするには、施設一体型小中一貫教育校だけなのか。もう一度、考えるべきではないか。と思えてしまった説明会だった。




 画像の資料は、市議会文教委員会に提出された行政報告資料より

 ※写真はイメージ