人生の最後を家族と一緒に自宅で迎えることと、病院で向かえること。どちらが幸せな人生だと思いますか? と問われたらどう返答しますか? 人生の最後を“文化”として支える「在宅ホスピスケア」について考えてみた。


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 北杜市で「在宅ホスピスボランティア入門講座」があり、元聖路加看護大学教授で元在宅ホスピス協会会長の川越博美さんから「在宅ホスピスボランティア」について、在宅ホスピス医で医療法人社団パリアン(墨田区)理事長の医師、川越厚さんから「在宅ホスピスケア」の意義について伺った。

 この講座は、地域看護センターやグループホームを運営している一般社団法人だんだんが主催したもの。北杜市周辺で「在宅ホスピスケア」を地域ボランティアと一緒に始めたい考え、開催されたものだった。


■死を受入れる医療

 川越厚医師は、ホスピスケアとは“死を受入れる医療、ケアのこと。医療は治療することが目的であるため死を受入れられない。死が避けられないとなった場合に、「しんどい生き方」を続けるのではなく、最後は幸福だったと思いながら迎えるようにすること。そのためには、最後を自分の意思で決めることが必要で、病院で迎えるよりも自宅で、家族に看取られながら迎えるように環境を整えるべき。死は普通のこととして考えたほうがいい、と話されていた。

 確かに医療の進化でガンをはじめさまざまな病気が克服されつつあるが、それでも、医療には限界がある。死が不可避となった場合のどのように最後を迎えるかは誰でもが考えておかなくてはならいのだろう。医療費の問題もあり、社会としても考えなくてはならない大きな課題だ。


■緩和ケアとホスピスケア、在宅ホスピスケア

 とはいえ、在宅で最後を迎えたいと思っても、苦痛が続くのでは受入れられないだろう。そのために、「緩和ケア」がある。何かの重い病気となった場合に、初回の治療から治癒、最後までを対象にして苦しみを少なくしていくものだ。

「ホスピスケア」は、「緩和ケア」に含まれるが、治癒や延命の可能性がなくなり死が不可避となった場合に患者に対して肉体的、精神的なケアを行う。さらに残された家族に対してのケアも行うものだ。そして、その「ホスピスケア」を在宅で行うのが「在宅ホスピスケア」となる。

 日本ではガンが死因の第一位で90%強の方々が病院で最後を迎えている。在宅で迎える人は約6%でしかない。苦痛がないのであれば在宅でと思う人は多いと思うのだが、病院で最後を迎える人が多い理由には、「在宅ホスピスケア」が知られていないことが背景にあるという(日本在宅ホスピス協会HPより)。

 このことに加えて、対応できる医療機関が少ないことも背景にはあると考えられる。増やすには、医療報酬のさじ加減が重要になるのだろうが、その前に多くの人が、人としての最後の幸福をどのように考えるか決まるように思えてならない。


■ボランティアの重要性

 講座では、現役で訪問看護も行っている川越博美さんから、「在宅ホスピスケア」を支えるボランティアについてのお話も伺った。

「在宅ホスピスケア」では、苦痛を和らげるなどの医療的な対応だけでなく、ケアチームとしてボランティアの存在が欠かせない。患者だけでなく家族、遺族の支援も含めて気持ちを理解しながら心理的な支援を行うもので、社会とつながっていることを患者が実感することになり、さらにボランティアに参加している人たちどうしも社会とつながることになる重要な役割を持っている。専門職からの見方ではなく、普通の人、患者側の視点にたってのサポートにも役立つとされていた。

 そう聞くと簡単にはできない、無償のボランティアでいいのかと思ってしまうが、やることは、お茶を飲みながら話をすることや、洗濯物をたたむだけでもいい。最も求められているのは、「ただ傍らに居る」だけでいいのだそうだ。実際にボランティアと多く関わった患者ほど、ホスピスケアへの満足度が高いとのデータもあり、患者にもボランティアにも今を大切に生きることへの学びが生まれるという。


■社会であり、文化であり、まちづくりでもあり
 
 そして、ホスピス活動は、医学や看護という分野で考えるのではなく日本のより温かい社会にする、よりよい文化にする仕事でもある。死に逝く人をいかに温かく見守ることができるかは、日本の社会や文化を評価する尺度にもなる。

 今後は、在宅で尊厳を持って安心して暮らせるケアを広めたい。望めば家で最後を迎えることが当たり前の地域をつくりたい。そのためには、専門家や行政の力だけでは足りない。地域の住民とともに、家で死ねるまちづくりが必要です、と話を結んだ。

 人としての幸せを感じるかどうかは最後に決まるという。超高齢化社会へ突入している今だからこそ、政策として、まちづくりとして、人として考えなくてはならない重要な問題だ。最後をどのように迎えるか、誰もが考えなくてはならない。

【参考】
一般社団法人 だんだん会
医療法人社団パリアン