むさしのジャンボリーに指導者として参加してきた。薪でご飯を炊くということが実は大切で、子どもの大人も、もっと体験しておくべきじゃないと思った二泊三日だった。

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■武蔵野特有の事業

 むさしのジャンボリーは、昭和47年(1972年)から続く事業で小学校区に住む小学4〜6年生を対象に武蔵野市の野外活動施設がある長野県川上村で自然体験をする事業だ。主催は、青少年問題協議会の小学校単位にある地区委員会。同様の事業は児童館、公民館、子ども会や教育委員会が主催する例はあるが、地域団体が行う例は聞いたことがなく、いわば武蔵野市独自の事業とも言える。

 子どもを引率するのは、地域の大人と小中学校の教師が中心で、中高校生がサブリーダーとして参加するのも特徴といえる。
 小学校で体験し、中高校生でサブリーダー、大人になって指導者として参加する人もいて、ながい時間で俯瞰してみるとこうして地域ができていくんだなぁ、と感慨深い。私は、20年弱、何回参加したか覚えていないが、毎回、自然のなかでの子どもと一緒に過ごすことの楽しさを味あわさせていただいている。


■食事で一日が終わる

 さて、このジャンボリーだが、自然体験とは言うものの、その大半の時間は食事づくりだ。その中身は、薪を割り、火をおこし、ご飯をたき、夜はカレーかトン汁を作り、川上村特産のレタスを中心としてサラダをつくるというもの。朝はサラダと味噌汁、ご飯といったきわめてシンプルな食事だ。

 シンプルな食事でも"自然"というふりかけがあるので美味しいのだが、このことよりも、火を起こせるかが重要なポイントとなっている。薪に火が付き、いかに燃え上がるかどうかで調理時間が変わり、はやくご飯を食べることができるかどうかを大きく左右するからだ。

 私の子どもの頃は、自宅の風呂が薪風呂だったこともあり小学生から薪割りには慣れていた。大人になってもテントを持ち放浪しながら焚火で煮炊きをすることが多く、仕事でキャンプ入門の本を書いていたこともあり焚火で煮炊きすることは、いわば通常業務でもあった(自称:タキビストです)ので、なんで火がつけられないのだろうとジャンボリーに関わった当初は思ってしまった。

 しかしよく考えれば、家では火をつけることはスイッチを押すことだから、マッチを使うことさえない。薪を割ること、新聞紙にマッチで火をつけることもなく、生の火に出会うのはジャンボリーが初体験なのがほとんどのようだ。
 その状況で薪割りや火おこしで格闘している姿はなんとも微笑ましく、次第に慣れていく姿が頼もしく思えている。


■体験が大切

 じつはこの姿、大人も同じだ。子どもだけでなく大人も生の火に出会うことは日常的にないためか、火付けに苦労している姿は少なくない。考えてみれば、キャンプに行ったとしても煮炊きには便利なバーナーを使う。BBQは炭火だし、便利な着火剤やトーチがあるので苦労なく着火ができる。焚火をするとしても、同様に便利な道具があるので、新聞紙での着火に苦労するのだろうなと思ってしまった。

 火をつけることは、慣れれば大した話ではない。近頃では防災キャンプというジャンルができ、大災害時に火をつけらえるようにするプログラムも開発されている。そのような事業も必要とは思うが、まずは、このようなところで、経験していくことが、いざ、という場合に役立つだろうな、と思えてならない。やはり、何事も体験が大切なのだ。

 時には便利を捨てて、時間を使う不便さを楽しむことが必要。それが人として力になる。とサウナのような東京から夜になるとフリースを着ても寒くなる山のなかで少しだけ大それた感想を持った。