2012年01月08日

画像が好き

 時代や年代で好きなものや趣向が違うようです。
 僕らの父親の年代は、兎に角「時計」が好きでした。それに「山高帽」も好きでしたね。時計は腕時計が一般的になる前の「懐中時計」も。竜頭を回してねじを巻くんです。ところが、時代が変わって、一生ものの時計、なんて、一部の好事家はともかく、いまごろはあまりもてはやされません。
 僕らは、やっぱり写真です。日光写真に始まって、針穴写真、なんかで遊んでましたが1951年、スタート35カメラが店頭に出るようになって画期的なカメラ時代がはじまったのです。2年後たしか500円だったかな・・中学生になってはじめて購入、フィルムはボルダ版。うれしがって撮りまくってました。
 そんなこんなで、今も、そのクセが抜けず、何かあったら写真に撮らねば気が落ち着きません。
 今日も、伊丹ローラースケートリンクで、昔、懐かしい仲間と偶然の再会!
 「足止めてすみませんね、記念写真撮りませんか?」てな具合で、居合わせたインラインスケートインストラクターのPさんに「お願いします!」とシャッターを預けて「ハイ、パチリ」、仲間に入れてもらいました。
2012伊丹で

 今どきの皆さんは、さほど写真に執着がないのかもわかりませんが、僕らは、一時代前の人が時計に拘ったように、写真に執着がありますね。お金のある人は「写真機」にご執着ですがね。僕の場合は「画像」です。てなわけでゲットしたのがこの「集合写真」です。こころよくシャッター切ってくださったPさん、有り難うございました。






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2012年01月06日

初乗り

DSC00002DSC00004 今日はローラースケートの「2012年初乗り」です。
 リンクは4日からオープンでしたが、この日は吹雪いたり、時雨れたりで、意気地なく断念しました。まあ、野暮用も重なっていましたので・・・5日も行けず、初出勤?は本日。伊丹市下河原の国道気温電光表示盤は10℃、風もないし絶好のスケート日和。
 みっちりiPodシャッフルで聴きながら「バイカーズ・シャッフル」を練習しました。
 ゴーイング・マイ・ウェイ・アト・マイ・ペース・・・師匠ユキ・ヤストコさんの賀状の言葉を実践しました。ハイ・・。

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2012年01月01日

ア・ディスタンス=淡交

 平成24年、西暦2012年の幕開けです。
 今年こそ、「安寧」な一年であることを祈りたいですね。
 夕暮れ時に、西北の窓を開けると、ナ、ナント、電線にムクドリの群れが! 
 画面はさらに続きますが、私の画像編集ソフトの貼り合わせで2枚が限界です。 
 この写真で感心するのは 、ムクドリが申し合わせたように「ア・ディスタンス」を守って横並びを完成させていることです。絶妙の「間合い」をとって、
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お互いのプライバシーを守っているように見えます。少し間合いがあるな、と窺える隙間には、たちまち後釜がサッと間髪を入れず入ってきます。
 人の世の中でも、やはり、この「ア・ディスタンス」は重要です。一見メチャ仲良しに見えても、近づきすぎて、お互いのお付き合いの中味が「濃く」なると、いつの間にか、仲違いしたりする、なんてことを見たり聞いたりしませんか。そうです、君子の交わりは淡きこと水の如し、なんて箴言がありますよね。 君子というのは、まあ、立派な男子、というくらいの意味ですが、このムクドリの絶妙のア・ディスタンスは、まさに「淡きこと水の如し」の実践編です。
 新年早々、空飛ぶムクドリに教わる・・・謙虚で日々送りなさいよ、という天からの警句かもしれません。皆様のご多幸をお祈りします。

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2011年12月31日

MICHELIN二つ星

喜太八 かれこれ30年前から、ご親交をいただいております大阪・岸和田市のフグ料理の老舗「喜太八」さんがこのほど2012年度MICHELIN(ミシュラン)の二つ星店に選ばれました。
 「カーネーション人気」と「二つ星指定」で、さぞかしオイソガ氏だろうな、と、先日、年末のこの忙しい時期にどうかと思いましたが、電話で「喜太八」店主の北濱喜一さんにお祝いを申し上げましたところ、話は話を呼んで、気が気でないのはこちら・・・・。やっぱり、忙しさは、倍増以上らしい!
 1928年生まれの北濱さん、来年(といってももう秒読みですが・・・)は辰年で7回目の年男、僕とはきっちり一回り上、と判って、何でそんなにお元気なのでしょうかね?やっぱり、店主、板長、ふぐ博物館館長のひとり三役、否、岸和田だんじりの解説者としての横顔もあり、ひとり何役??それだけのパワーは、ガッツ精神ぷらすフグのコラーゲン、諸々のアミノ酸の効用かな・・・。いやいや、げすの勘ぐりはやめておきましょう。
 ともあれ、あと3時間ほどで、新年、という年末のこの時期に、朗報で締めくくれるのは嬉しい限りです。二つ星には届かなくても、小野の道風の描く青がえるみたいに、目標に向かってジャンプし続けることにしましょうか。
 2月のブログに訪問記<ふぐ博物館ほか>があります。
 皆様、よきご越年を!
 




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2011年12月25日

最高気温7℃

26Dec'11伊丹0126Dec'11伊丹03 午後1時から、野暮用続きでちょっとサボっていましたローラースケート場に出かけてみました。
 ミニバイクの受ける風の冷たいこと!国道171号線伊丹市大河原の気温の電光掲示板はきっちり7℃、風がさらに体感温度を引き下げます。
 スケート場は、冬休みの喧噪を思い描いていた予想に反して「がら空き」です。最近は「子供は風の子」っていわないのでしょうかね。 df3850be
 スケート場のサザンカが真っ赤で、こころなしか暖かい感じがしました。季節の移り変わりと共に花も楽しめるスケートリンク、もっと風の子がやってきて、賑わってほしいものです。 
 いかにも寒そうにしているところを、ハイパチリ、撮っていただきました。
 gobyの近況ポートレート、ご笑覧下されば幸い。

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辰年の魚(創作)
魚名に遊ぶ
■現代釣魚文化研究所提供■
 Weedy Sea Dragon・・・直訳しますと「草海龍」です。オーストラリア南岸からタスマニア島にかけての海草の多い海域に住む魚です。日本近海に住むタツノオトシゴの仲間、というか、まあ、親戚のようなもので、最大46センチにも育つと言いますから、堂々たる存在感があります。日本のタツノオトシゴに比べると質量で遙かに優り、より今年2012年(平成24年)の「干支の魚」に相応しいと思いましたので、迷わず選びました。  海草の間を、悠然と漂い、優雅そうに暮らすこの魚は、「龍」にしては温和しすぎる感じではありますが、平和という視点では何とも象徴的に感じました。平和に暮らす、今年がその元年でありますように!
月別アーカイブ
魚名に遊ぶ・ルリハタ
巡査パッチ
 明治時代の巡査さんの制服は紺地で、ズボンにはアクセントに黄金色の線が一本縦についていたそうです。このため、漁業の町、和歌山市・雑賀崎ではその色と模様から「ルリハタ」を「ジュンサパッチ(巡査パッチ)」と呼んでいました。
 明治は百年の昔、そのような方言名は、地元でもとっくに廃れたようですが、兵庫県警白バイ隊員の紺色ズボンには、今も1本のゴールドストライプが生きています。
 平成の海でも紺地に金色線を染め抜いた美しいルリハタが釣れることがたまにあります。ただ、粘液に毒があるため、敬遠されがちですがルリハタが釣れたら、僕は「お役目、ご苦労様!」と敬礼するでしょう。
魚名に遊ぶ・ヒゲダイ
ヒゲダイ  先日、「トルコ軍艦遭難追悼式典」が南紀・串本大島樫野崎の慰霊碑で執り行われたというTVニュースを見ていて、思い出しました。  もう40年も前のことになりますがある磯釣りクラブの大物釣り師が樫野崎で「ヒゲダイ」の大物80センチ級を釣り上げ、魚拓にして部屋に飾っていたことを…。  立派なヒゲですね、と驚く私に、その大物釣り師は「土地の古老たちはこの魚のヒゲを見て、昔(明治23年=1890年)、軍艦の遭難事故で亡くなったトルコの軍人さんの生まれ変わりや、と言うのです」と…。  このユニークな顔付きのヒゲダイ、昭和40年代ころは、しばしば磯釣りで大物が釣り上げられてましたが、最近はほとんど大物を釣った話を聞きません。いまや水族館の魚になってしまったのでしょうか。
魚名に遊ぶ・カナガシラ
gidayu3 その昔、日本全国津々浦々、人々の暮らしが古典芸能と密接なつながりがあったことが、魚名の地方名からうかがうことが出来ます。ある時愛媛・松山でキス釣りの船を出したとき、水深50メートルほどの、キスにしては深場のポイントで、真っ赤なカナガシラの良型が釣れました。  「これは!立派な“義太夫語り”じゃありませんか」と、素っ頓狂な声を上げた釣友のSさん、郷里の鹿児島ではこの魚をギダユウガタリと、言っていたそうです。現在、誰もそんな呼び方をする人はいないそうですが、たしかに、浄瑠璃を語る人の、熱演で顔が真っ赤になっている有り様が想像できますね。  往時は浄瑠璃が辺鄙な漁村のそこかしこで生活に密着した娯楽であったことがうかがえます。そんな伝統の古典芸能ゆかりの魚名が廃れて行くのは、浄瑠璃が庶民のものではなくなった証しでしょうか。
魚名に遊ぶ・狂言袴
kyougen ある日南紀の波止で手のひら大の「カゴカキダイ」を釣りました。横の老釣り師が「それ、ここらでキョウゲンバカマ、いうんよ、食べたらあんがいウマイで」と。な~るほど、狂言袴、とは、言い得て妙。この魚の縞模様から狂言師の身につける「袴」のストライプ模様を連想したもので古典芸能が、紀州の漁村にも根強く浸透していた時代の名残でしょうか。  一方標準和名のカゴカキダイの名は、職業病から来ています。えっ職業病?と思わず声を上げた方もおられるのでは…。そう、昔の交通手段に欠かせないのが「籠(カゴ)」です。このカゴを前後2人で担ぐわけですが、この担ぎ手を「籠舁(かごかき)」と呼びました。れっきとした職業です。籠の重い「心棒」を肩に乗せるため、かごかきさんの肩は筋肉が発達して盛り上がります。この魚も肩から、グイッと肉が盛り上がるのでカゴカキダイの名が付いたのです。「狂言袴」にしても「籠舁鯛」にしても、魚名に庶民の生活や文化の歴史が刻まれている、ということですね。
魚名に遊ぶ・カツオ
titleカツオ  カツオは、昔、大量に獲れ、産地では少ない貴重な米を補う重要な「糧(かて)」の魚とされてきました。だから「カテウオ」が変化して「カテオ」に。さらに変化して「カツオ」になった、という語源の説があります。南紀では初ガツオの頃の魚を特にモチガツオといいます。脂が乗って“もちもち”している、という意味でしょうが、このモチは「餅」を連想させます。九州方面ではダイバンと呼びます。これも「ご飯の代わり」=「代飯」と考えると、すっきりしませんか。  そんな思いを巡らせながら、初ガツオ、いっただきま~す…。