入居者の死亡は通常の出来事として忘れ去られていく

越山さんの死亡は嘱託医によって病死とされ、高齢で寝たきり、意思疎通もできない状態であったため、家族はとくに不信感を抱くこともなく納得したとのことであった。
内藤さんには施設長と看護部長から形ばかりの聞き取りはあったが、とくに注意もなく老人ホームで起きる通常の出来事として処理された。
内藤さんのこれまでの勤務ぶりや当日の怠慢は職員間でかなり批判があったが、トップはそれらを知ってか知らずかなんのお咎めもなく、職員間の不満は大きかった。
しかし、一部の職員に不満はくすぶっているとはいえ、日々の業務に終われ流れ作業をこなすのに精いっぱいの職員にとって入居者の死は特段珍しくもなく、いつしか忘れ去られて行った。

内藤さんも表面上は何事もない様子であった。

角田さんただ一人がいつまでも気に病んでおり、元気がなかった。
ユリは、角田さんから当日の詳細を聞いていたし、内藤さんが夜勤相手によってはとことん仕事をせず、ステーションのパソコンの前から動こうとしないことも知った。角田さんがもっとも重宝がっていた夜勤相手は角田さんだった。

気がやさしく面倒見のいい角田さんは、入居者のことが気になりよく見回りをしていたし、同僚や後輩に対しても威張ったところはまったくなく、人当たりがとてもよかった。内藤さんにとっては便利なことこのうえない存在であった。角田さんが見回りや利用者対応に追われている間、角田さんの行為を自分の行為としてしっかり記録に残し、介護職員を苦しめている書類作成も角田さんとの夜勤時には済ませていた。
角田さんは夜勤時に記録ができず、いつも日勤者が来てから居残って記録を書いていた。

ユリは憤りを感じつつも、諦めかんやどうでもいいといった投げやりな気持ちに苛まれていた。日々の業務をルーチンとしてこなしながら、それでも罪悪感はつきまとい、なんとかしたいのにどうしたらいいのかわからない、なにもできないといった焦燥感が日々募っていった。

とうとう入居者が亡くなる

ユリが遅番で出勤すると、管理室でユニットリーダーの松岡さんが同じくユニットリーダーである足利さんと言い争っていた。足利さんは殺気立っており、尋常ではない勢いで松岡さんを責めたてていた。

出勤してきたユリに向かって足利さんは昨晩起きた事故について一気に説明した。

内藤さんが夜勤当番であった昨夜、ユリのユニットの入居者の越山さんが亡くなっていた。原因は不明tということである。ペアを組む別のユニットの夜勤者が見回りに行ったときにはすでに息をしておらず、すぐに当番看護師と看護部長を呼んだ。看護師と看護部長が着くとすぐに嘱託医を呼び死亡が確認され、家族に連絡を取った。ユリが出勤したときにはすでに越山さんは家族に引き取られ、居室はからっぽであった。

内藤さんとペアを組んでいた夜勤者は足利さんのユニットメンバーである角田さんだった。角田さんは以前ユリのユニットにヘルプで入ったときに、内藤さんがパーキンソン病で体がうまく動かない利用者さんを機械のように扱っているのを見て半分泣きながらそのひどさをユリに訴えてきたことがあった。

角田さんはまだ居残っていて、管理室横の休憩室にいた。角田さんは入居者が亡くなったことで動揺し、オロオロしていた。内藤さんがまったく見回りに行かず管理室でパソコンに向かったままなので、見回りはもっぱら角田さんが担当していた。亡くなった越山さんの部屋に入った時、越山さんの口内は泡状の白い痰があふれるほどの状態だったそうだ。角田さんは慌てて吸痰を行ったが、そのときすでに越山さんは亡くなっていたのである。

ユリは入居者の死亡にショックを受けている角田さんを労わりながらも、詳細を知りたく、つい矢継ぎ早に質問をしたが、角田さんは言葉少なに昨夜のことを語っただけである。

勤務に入り、昨夜の介護記録を読むと、越山さんの死亡に関してはすべて内藤さんが書いていた。見回りをしたのも、越山さんが亡くなっているのを発見したのも、その後の責任者への連絡などもすべて角田さんがやっているはずなのに、それがすべて内藤さんの行った行為として書かれていた。




我が世の春を謳歌するムチャぶり介護職員

内藤さんのひどい仕事ぶりは当然介護部長や施設長にまで届いていたが、多少の注意を受ける程度で放置されていた。人手が足りず、経験者で資格を保有している職員は貴重な存在と思われていたのだろう。内藤さんは疫病神のように他の職員から嫌われ恐れられながらも、我が世の春を謳歌していた。ケアプランの作成など書き仕事があるときは、他の職員にユニットを任せっきりにしてパソコンに向かっていたり、友人の海外挙式に出席すると言って1週間の有給休暇を取ったり、気の弱い20代の職員に副職でやっているマルチ商品を売りつけたり、やりたい放題であった。ユリは内藤さんに腹が立つよりもむしろ介護部長や施設長に対して深い絶望と怒りを覚えた。
 強気の職員に対してはなすがまま、されるがままでいながら、自分からは体調不良なども訴えられないような気の弱い職員に対してはどこまでも居丈高な態度を貫く法人に対し、侮蔑感しかなかった。
 ユリは内藤さんを疫病神と見てかかわらないようにはしていたが、同じユニットである以上そのおそるべきムチャぶりは看過できず、強い口調で抗議することもあった。内藤さんは、稚拙ながらも処世術を身に付けており、口うるさい職員に対しては柔軟な姿勢を見せた。しかし、相手が変わるとまるで子どものように態度を変えた。
 施設トップが見て見ぬフリをしているなか、内藤さんに面と向かってものが言える職員などいなく、その分陰口は凄まじい内容に発展していった。

生活能力

最初のうち、職員間での内藤さんの評判はすこぶるよかった。委員会などでのあいさつも、ユーモアを交えた上手な自己ピーアールが効き、排他性の強い施設のなかで、すんなりと受け入れられた。
 しかし、内藤さんのメッキがはがれるのは思いのほか早かった。内藤さんは、50代のおじさんよりも家事能力というか、生活能力が劣っていた。20代の男性職員にも劣るほどだった。粗雑さや乱雑さが度を超していた。ユリには、次々と耳にする報告内容がにわかには信じられなかった。
 洗濯機が使えない、掃除機を使わせたら壊してしまった、炊飯器に直接米を入れてしまったなど、一人暮らしと聞いているが、どうやって暮らしているのかと思うようなことばかりだった。あるとき、濡れた洗濯物が隙間なくぎっしり干されているのを見て、ユリはてっきり50代の男性職員深田さんの仕業だと思い注意した、。深田さんは片手を顔の前でぶんぶん振り、「とんでもない。私ではありませんよ。いくらなんでも私はこんなことしませんよ。」と言い、声をひそめて「内藤さんですよ…」と訴えた。
 内藤さんは食事や排せつの介助も非常に乱暴で、利用者さんからの苦情も相次いだ。食事介助を見ていたある利用者さんが「あれじゃあんまりやわ。ヨシさんだって人間ですよ。穴に物を放り込むみたいにどんどん食べ物を詰め込んで、ひどすぎますよ」と泣いて訴えてきた。隣のユニットに勤務する職員からも乱暴で見ていられない、危険だという訴えがあった。パーキンソン症候群で排泄時便座になかなか座れない利用者さんがおり、ヘルプで入った隣のユニットの職員が声がけしながら苦労して座らせようとしているのをみた内藤さんが「急所押さえれば簡単ですよ」と言って、利用者さんの脚の裏側に膝蹴りを入れたと言うのだ。反射でその利用者さんはガクッと後ろに倒れこみ無事便器に座ったそうだ。「あんまりですよ。いくらなんでもひどすぎます。タローさんは機械じゃありませんよ」その職員は半泣きになっていた。内藤さんのムチャぶりは常軌を逸していた。
 しかし、一方で内藤さんはごくたまに面会に来る家族からのウケは非常によかった。初めて面会に来た遠くに住む娘だという人がユリに興奮気味にこう語ったことがある。「内藤さんって方素晴らしい介護士さんですね。『私たちは利用者さんのお世話をしてるんじゃなくて、お世話をさせていただいているんです。ありがたいことです』って言うんですよ。こんなこと言う介護士さん初めてですよ。私びっくりしました。感動しましたよ」
ユリは「恐れ入ります。ありがとうございます」となんとかこたえたものの、不快な気持ちが強く、内藤さんへの嫌悪がいっきょに深まった。

即戦力となる期待の新職員だが…

介護業界は離職率が他の業種に比べ、非常に高かったが、ユリの勤務する施設でも退職者は多かった。何人もの職員が短期間に相次いで辞めていくのである。ユニットケアは、少ない人数で馴染みの関係を作ることによって、利用者が家庭的な雰囲気のなかで、よい介護を受けられるというのが、セールスポイントなのだが、職員の離職による頻繁な持ち場の異動をみていると、かえって少人数であることがデメリットになっているような気がしてならなかった。ユリの担当するユニットも、影響を受けざるをえない。3年近く担当していた20代の女性職員が他のユニットに異動となり、かわりに新しく採用された30代の女性が担当となった。ユリは30代の女性と聞き、ホッとすると同時に淡い期待も抱いた。男性だから、あるいは若いから介護に向いていない、家事能力が低いとは必ずしもいえないのだが、どうしても偏見は拭えない。勤務がキツイせいか、ある程度経験があり即戦力となる人を期待してしまうのである。人を育てる余裕や育てるという意識そのものが介護現場には希薄であることにユリは気づいていた。罪悪感や焦る気持ちがありながらも、日々の業務に忙殺され、同化しつつあった。
ユリは新しい職員の勤務が待ち遠しかった。介護のことだけではなく、家事の段取りやレクリエーションについても、話し合って職場改善を目指せるかもしれないと思ったのである。なんといっても、その30代の女性は、国家資格である介護福祉士であるばかりか、障がい者施設に長年勤務していたのである。いやがうえにも期待はふくらむ。
 30代の女性介護士・内藤さんの第一印象は悪くなかった。はきはきとした物言い、きさくな雰囲気、明るい笑顔。期待は間違っていなかった。ユリは嬉しかった。まだ独身とのこと。子どものことで急に欠勤となることもなく、ちょうどいいかも、などと都合のよいことまで考えていた。
内藤さんは毎日大きなペットボトルのミネラルウォーターを持参し、頻繁に水分補給をしていた。業務に差し支えるというほどではなかったが、ずいぶん熱心な飲み方だなと思い、内藤さんにたずねてみた。「あ、これですか~?女の子って、1日に2リットルの水を飲まなきゃいけないんですよね~。お肌にいいんですよ」との返事であった。水分の重要性は、ユリもわかっていたし、美容法・健康法のひとつであることも知っていた。だが、内藤さんの「女の子」という言葉に違和感を覚えると同時に、やせすぎで肌の荒れが目立つ顔と水分の重要性を説くそのギャップにとまどいを感じた。30代前半は、ユリにとっては、女の子とは思えなかった。本来ならば10代までの女性のことをいうのだろうが、成熟期が遅れている現代では、未婚であればかろうじて20代なら女の子なのだろうという認識である。いくら独身でも30代で「女の子」はないだろうというのが、ユリの正直な感想であった。だが内藤さんはそんなユリの違和感には全く気付かない様子で、ユリから見れば10代20代の「女の子」のおしゃべりを嬉しそうに続けた。
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