2018年11月11日

連鎖する伝道

ヨハネ17:21 それは、父よ、あなたがわたしにおられ、わたしがあなたにいるように、彼らがみな一つとなるためです。また、彼らもわたしたちにおるようになるためです。そのことによって、あなたがわたしを遣わされたことを、世が信じるためなのです。:22 またわたしは、あなたがわたしに下さった栄光を、彼らに与えました。それは、わたしたちが一つであるように、彼らも一つであるためです。:23 わたしは彼らにおり、あなたはわたしにおられます。それは、彼らが全うされて一つとなるためです。それは、あなたがわたしを遣わされたことと、あなたがわたしを愛されたように彼らをも愛されたこととを、この世が知るためです。

ヨハネ17章は、キリストの天の父への祈りですが、その祈りが、私たちの伝道の前提となっています。キリストの父なる神への祈りが、私たちの伝道の動力、前提となっています。
ヨハネ17:21−23を読むと、究極の伝道は、天の父がキリストを世に遣わされたことを信じることと、そのように信じた者を、天の父がキリストを愛されるように愛されていることを知ることでした。
伝道は、人に、単一なるキリストを信じていただくことではなく、父なる神との関係性で信じていただくことであり、また、信じて終わりではなく、信じた人が天の父とキリストから実際に愛されていることを知り、互いに愛し合い、成長し、キリストから遣わされ、遣わされた人々が父とキリストから愛されていることを世が知るところまで導くことです。
だからこそ、伝道は、上手に語る、上手に導くでは足らず、伝道する側が、天の父とキリストのように互いに愛し合い、天の父とキリストのように一つとなることが求められるのです。

1・天の父がキリストを世に遣わされた事を世が信じる
天の父が世を愛されていることを信じる
天の父がキリストを信頼しておられることを信じる
天の父がキリストを愛しておられることを信じる

2・キリストを信じた人が、天の父から愛されていることを知る

3・キリストを信じた者がキリストから世に遣わされる続きを読む

godaniel129 at 05:00|PermalinkComments(0) 宣教 | ヨハネ福音書

2018年11月03日

神の子の姿

1ヨハネ3:1 私たちが神の子どもと呼ばれるために、──事実、いま私たちは神の子どもです──御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。世が私たちを知らないのは、御父を知らないからです。:2 愛する者たち。私たちは、今すでに神の子どもです。後の状態はまだ明らかにされていません。しかし、キリストが現れたなら、私たちはキリストに似た者となることがわかっています。なぜならそのとき、私たちはキリストのありのままの姿を見るからです。:3 キリストに対するこの望みをいだく者はみな、キリストが清くあられるように、自分を清くします。:4 罪を犯している者はみな、不法を行っているのです。罪とは律法に逆らうことなのです。:5 キリストが現れたのは罪を取り除くためであったことを、あなたがたは知っています。キリストには何の罪もありません。:6 だれでもキリストのうちにとどまる者は、罪を犯しません。罪を犯す者はだれも、キリストを見てもいないし、知ってもいないのです。

ヨハネは福音書を、読者がイエス様を信じ、永遠のいのちをいただくために書き、この手紙を、イエス様を信じた読者が永遠のいのちを持っていることをわからせるために書きました。クリスチャン自身が、神の子とはどう言う者かを知ることは重要だと思います。その認識が、そのまま宣教に反映されると思います。クリスチャンの自己評価が低かったら、「イエス様を信じでも大したことありませんよ。」表明しながら伝道することになると思います。また、自己評価が低いということは、私たちを愛しておられる神の愛の認識が低いということでもあります。
最近、私たち日本人は、絶大なる神の愛に対する認識が低いような気がしています。私は、経済的理由で、アルバイトをしていますが、天の父が私をアルバイトにつかせておられるのは、神の愛を知らしめるためであると改めて思わされています。

1・神の子の将来

2・神の子の現在

3・神の子のその後





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godaniel129 at 22:07|PermalinkComments(1) 救いの確信 | 1ヨハネ書

2018年10月28日

Hさんの決心

マタイ1:18 イエス・キリストの誕生は次のようであった。その母マリヤはヨセフの妻と決まっていたが、ふたりがまだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重になったことがわかった。:19 夫のヨセフは正しい人であって、彼女をさらし者にはしたくなかったので、内密に去らせようと決めた。:20 彼がこのことを思い巡らしていたとき、主の使いが夢に現われて言った。「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。:21 マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」:22 このすべての出来事は、主が預言者を通して言われた事が成就するためであった。:23 「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。):24 ヨセフは眠りからさめ、主の使いに命じられたとおりにして、その妻を迎え入れ、:25 そして、子どもが生まれるまで彼女を知ることがなく、その子どもの名をイエスとつけた。
創世記46:3 すると仰せられた。「わたしは神、あなたの父の神である。エジプトに下ることを恐れるな。わたしはそこで、あなたを大いなる国民にするから。」

今朝の礼拝において、主が強く示して下さったのがこのメッセージです。金曜日の夜から、土曜日の夕方に掛けてパソコンが起動しなくなり、パソコンがないとメッセージの準備ができない私は、その間メッセージの準備ができませんでした。実は、別のメッセージを考えていたのですが、今朝のメッセージが示されたと同時に、パソコンが起動したのです。

1・預言の成就

2・Hさんの決心

3・私たちへの主の預言の成就

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godaniel129 at 05:00|PermalinkComments(1) 宣教 | マタイ福音書

2018年10月21日

家族の救い(3)

使徒16:20 そして、ふたりを長官たちの前に引き出してこう言った。「この者たちはユダヤ人でありまして、私たちの町をかき乱し、:21 ローマ人である私たちが、採用も実行もしてはならない風習を宣伝しております。」:22 群衆もふたりに反対して立ったので、長官たちは、ふたりの着物をはいでむちで打つように命じ、:23 何度もむちで打たせてから、ふたりを牢に入れて、看守には厳重に番をするように命じた。:24 この命令を受けた看守は、ふたりを奥の牢に入れ、足に足かせを掛けた。:25 真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、ほかの囚人たちも聞き入っていた。:26 ところが突然、大地震が起こって、獄舎の土台が揺れ動き、たちまちとびらが全部あいて、みなの鎖が解けてしまった。:27 目をさました看守は、見ると、牢のとびらがあいているので、囚人たちが逃げてしまったものと思い、剣を抜いて自殺しようとした。:28 そこでパウロは大声で、「自害してはいけない。私たちはみなここにいる」と叫んだ。:29 看守はあかりを取り、駆け込んで来て、パウロとシラスとの前に震えながらひれ伏した。:30 そして、ふたりを外に連れ出して「先生がた。救われるためには、何をしなければなりませんか」と言った。:31 ふたりは、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」と言った。:32 そして、彼とその家の者全部に主のことばを語った。:33 看守は、その夜、時を移さず、ふたりを引き取り、その打ち傷を洗った。そして、そのあとですぐ、彼とその家の者全部がバプテスマを受けた。:34 それから、ふたりをその家に案内して、食事のもてなしをし、全家族そろって神を信じたことを心から喜んだ。

家族が救われることは、多くの方にとって切実な願いです。私も、家族、特に両親妹の救いを祈ってきましたが、私の場合、両親が救われると言うことは、思ってもみないことでした。私は、両親が望まない牧師の道を行きました。両親から見ても、私など、牧師などとても務まらないだろうし、何より行ってほしくない道でした。そのことがわかっているはずの母教会の牧師先生は、私が牧師の道へ行くのを止めませんでした。両親は、教会、牧師への不信感、キリスト教の疑念を強く持ちました。両親にとってイエス様を信じてクリスチャンになることは、とんでもないことでした。私も、時には、伝道しようとしたときもありましたが、ことごとく退けられ、余りそれをすると親子関係がぎくしゃくするので、伝道することもあきらめてしまいました。
私などは、すごいうっかり者で、保育園の大金を失い、何年か後に見つける失態で、両親を東京の伝道会に連れて行く事が出来ました。そのことは、「山口より聖書を読んで」のブログの「家族の救い」2011.511のメッセージでも書いていますが、それがきっかけとなり、両親は救われました。全ては主のあわれみでした。
状況からして自分の家族が救われることはあり得ないと思っておられる方もいると思います。しかし、そうではないことを知っていただきたいのです。むしろ、ある日突然、家族がイエス様を信じたいと言ったとき、慌てたり、家族の信仰を否定しないようにしましょう。

1・家族の救いは主の約束

2・どのように信じるか

3・家族の使命、主からのご計画を信じる


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godaniel129 at 05:00|PermalinkComments(0) 信仰 | 使徒行伝

2018年10月14日

いのちの木とかなう願い

箴言13:12 望みを得ることが長びくときは、心を悩ます、願いがかなうときは、命の木を得たようだ。(口語訳)

色々な状況があり、ある夜、山口福音教会のチャーチスクールの教室で、電気を付けないで、スマホの聖書で、箴言を聞いていました。そして、上記の箴言13:12を聞いたとき、次男のことを主が語られたと思いました。せきそんの次男が7回目の教職のチャレンジで不合格の通知が最近来ていたのでした。親として、どう受け止めたら良いのかと思っていました。

1・聖書の訳に納得がいかない

2・願いをかなえるいのちの木とは

3・知恵をいただき、確かなものにしたい


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godaniel129 at 05:00|PermalinkComments(0) 知恵 | 箴言

2018年10月07日

友だちを作る

ルカ16:1 イエスは、弟子たちにも、こういう話をされた。「ある金持ちにひとりの管理人がいた。この管理人が主人の財産を乱費している、という訴えが出された。:2 主人は、彼を呼んで言った。『おまえについてこんなことを聞いたが、何ということをしてくれたのだ。もう管理を任せておくことはできないから、会計の報告を出しなさい。』:3 管理人は心の中で言った。『主人にこの管理の仕事を取り上げられるが、さてどうしよう。土を掘るには力がないし、物ごいをするのは恥ずかしいし。:4 ああ、わかった。こうしよう。こうしておけば、いつ管理の仕事をやめさせられても、人がその家に私を迎えてくれるだろう。』:5 そこで彼は、主人の債務者たちをひとりひとり呼んで、まず最初の者に、『私の主人に、いくら借りがありますか』と言うと、:6 その人は、『油百バテ』と言った。すると彼は、『さあ、あなたの証文だ。すぐにすわって五十と書きなさい』と言った。:7 それから、別の人に、『さて、あなたは、いくら借りがありますか』と言うと、『小麦百コル』と言った。彼は、『さあ、あなたの証文だ。八十と書きなさい』と言った。:8 この世の子らは、自分たちの世のことについては、光の子らよりも抜けめがないものなので、主人は、不正な管理人がこうも抜けめなくやったのをほめた。:9 そこで、わたしはあなたがたに言いますが、不正の富で、自分のために友をつくりなさい。そうしておけば、富がなくなったとき、彼らはあなたがたを、永遠の住まいに迎えるのです。

この一週間の私のトピックは、「瀬知行を支える会」の郵便振替口座の名義変更でした。知行が、結婚の際、名字を変えたので、振替口座の名義が「瀬知行を支える会」ではおかしいということで、「小手川知行・裕美を支える会」にしました。会長の小林先生には、大内郵便局の窓口まで来ていただき、免許証を提示して、規則に著名して捺印し提出していただきました。結局、私は窓口に1時間半いました。そして、そのことに平行して、支える会の役員に、裕美さんの派遣教会・練馬グレースチャペルの横田牧師、宣教地の教会の責任者ガムチャイ宣教師、JCMNの津倉兄が、支える会に関わって下さるようになり、役員をお願いしました。これで、支える会は、会長小林牧師、副会長横田牧師、ガムチャイ、津倉さん、私と派遣教会の牧師、宣教地の宣教師、包括団体の責任者と言った方々がそれぞれの立場で協力していただくというバランスの良い体制になりました。そして、5人が確認したことは、これからもコミュニケーションをしっかり取って行こうと言うことでした。知行たちが結婚し、必要経費も上がることに不安がないわけではありませんが、関係が宣教を進めていくというセオリーに合致して良いことになったと思っています。今朝は、宣教においても、全ての生活においても友を作る事の大切さを学びます。

1・関係が宣教
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godaniel129 at 05:00|PermalinkComments(0) 人間関係 | ルカ福音書

2018年09月30日

私たちの国籍は天国にある

ピリピ3:20 けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。:21 キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。

1・天国市民生活の始まり

2・天国生活とは

3・天国生活の見本


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godaniel129 at 05:00|PermalinkComments(0) 天国 | ピリピ書

2018年09月23日

みことばを聞いて協議する

2歴代20:12 私たちの神よ。あなたは彼らをさばいてくださらないのですか。私たちに立ち向かって来たこのおびただしい大軍に当たる力は、私たちにはありません。私たちとしては、どうすればよいかわかりません。ただ、あなたに私たちの目を注ぐのみです。」:13 ユダの人々は全員【主】の前に立っていた。彼らの幼子たち、妻たち、子どもたちも共にいた。:14 ときに、【主】の霊が集団の中で、アサフ族の出のレビ人ヤハジエルの上に臨んだ。彼はマタヌヤの子エイエルの子ベナヤの子ゼカリヤの子である。:15 彼は言った。「ユダのすべての人々とエルサレムの住民およびヨシャパテ王よ。よく聞きなさい。【主】はあなたがたにこう仰せられます。『あなたがたはこのおびただしい大軍のゆえに恐れてはならない。気落ちしてはならない。この戦いはあなたがたの戦いではなく、神の戦いであるから。:16 あす、彼らのところに攻め下れ。見よ。彼らはツィツの上り道から上って来る。あなたがたはエルエルの荒野の前の谷のはずれで、彼らに会う。:17 この戦いではあなたがたが戦うのではない。しっかり立って動かずにいよ。あなたがたとともにいる【主】の救いを見よ。ユダおよびエルサレムよ。恐れてはならない。気落ちしてはならない。あす、彼らに向かって出陣せよ。【主】はあなたがたとともにいる。』」:18 それで、ヨシャパテは地にひれ伏した。ユダのすべての人々とエルサレムの住民も【主】の前にひれ伏して【主】を礼拝し、:19 ケハテ族、コラ族のレビ人たちが立ち上がり、大声を張り上げてイスラエルの神、【主】を賛美した。:20 こうして、彼らは翌朝早く、テコアの荒野へ出陣した。出陣のとき、ヨシャパテは立ち上がって言った。「ユダおよびエルサレムの住民よ。私の言うことを聞きなさい。あなたがたの神、【主】を信じ、忠誠を示しなさい。その預言者を信じ、勝利を得なさい。」:21 それから、彼は民と相談し、【主】に向かって歌う者たち、聖なる飾り物を着けて賛美する者たちを任命した。彼らが武装した者の前に出て行って、こう歌うためであった。「【主】に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。」:22 彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めたとき、【主】は伏兵を設けて、ユダに攻めて来たアモン人、モアブ人、セイル山の人々を襲わせたので、彼らは打ち負かされた。:23 アモン人とモアブ人はセイル山の住民に立ち向かい、これを聖絶し、根絶やしにしたが、セイルの住民を全滅させると、互いに力を出して滅ぼし合った。

今朝のメッセージは、S教会のT牧師が開かれた聖書からです。T牧師は、コーチングセミナーにて、この箇所を開かれ、21節で、「どうしてヨシャパテ王は、民と相談したのか?」と言う質問をされました。そのことを考えることによって、色々教えらました。ヨシャパテ王は、絶体絶命の状況の中で、「主が共におられ、主が勝利して下さる。」と言う預言をうけ、立ち上がってユダの民に、:20「あなたがたの神、【主】を信じ、忠誠を示しなさい。その預言者を信じ、勝利を得なさい。」と語ったあと、民と相談したのです。

1・ヨシャパテは戦略を協議した

2・私たちも戦略を練るべき

3・具体的にメッセージの実践を協議しよう

4・補足


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godaniel129 at 05:00|PermalinkComments(0) 宣教 | 2歴代記

2018年09月16日

三男の結婚

ローマ8:28 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。:29 なぜなら、神は、あらかじめ知っておられる人々を、御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたからです。それは、御子が多くの兄弟たちの中で長子となられるためです。:30 神はあらかじめ定めた人々をさらに召し、召した人々をさらに義と認め、義と認めた人々にはさらに栄光をお与えになりました。

ローマ8:28は、よくメッセージしますが、関連する29,30節は、今まで余り触れませんでした。天の父が全てを良きにされると言う事は、全てを幸せにするというイメージが私にはありましたが、29,30節を読むと、神を信じ、神のご計画に沿って召された人々をキリストの形(エイコーノス)にする、栄光に輝かせる(ドクサゾー)という事であることがわかります。
私たちは、土の器であり、神に変質することはありませんが、福音を携えることによって神のイメージを伝えることは出来ると思います。発言を通し、生活を通し、福音を伝え、神のイメージを醸し出すことが、人の究極の目的ではないでしょうか。(ガラテヤ4:19)神は、私たちと共に働かれて、全てを持って、単に私たちを幸せにするだけではなく、私たちの究極の目的に私たちを導いて下さるのです。

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godaniel129 at 05:00|PermalinkComments(0) こどもとの関係 | ローマ書

2018年09月09日

見えないものに

2コリント4:16 ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。:17 今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。:18 私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。5:1 私たちの住まいである地上の幕屋がこわれても、神の下さる建物があることを、私たちは知っています。それは、人の手によらない、天にある永遠の家です。:2 私たちはこの幕屋にあってうめき、この天から与えられる住まいを着たいと望んでいます。:3 それを着たなら、私たちは裸の状態になることはないからです。:4 確かにこの幕屋の中にいる間は、私たちは重荷を負って、うめいています。それは、この幕屋を脱ぎたいと思うからでなく、かえって天からの住まいを着たいからです。そのことによって、死ぬべきものがいのちにのまれてしまうためにです。:5 私たちをこのことにかなう者としてくださった方は神です。神は、その保証として御霊を下さいました。:6 そういうわけで、私たちはいつも心強いのです。ただし、私たちが肉体にいる間は、主から離れているということも知っています。:7 確かに、私たちは見るところによってではなく、信仰によって歩んでいます。:8 私たちはいつも心強いのです。そして、むしろ肉体を離れて、主のみもとにいるほうがよいと思っています。:9 そういうわけで、肉体の中にあろうと、肉体を離れていようと、私たちの念願とするところは、主に喜ばれることです。:10 なぜなら、私たちはみな、キリストのさばきの座に現れて、善であれ悪であれ、各自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けることになるからです。

昨日、家内も次男も車を使う用事があって、車が使えず、小郡の結婚式場には鉄道で行きました。私にとっては、ちょっとした不便さ。しかし、そこには、新しい発見があり、結果的には楽しいものでした。鉄道に揺られながら、ちょっとした不便さでも、深刻な悲しい出来事でも、見えないことがら、わからないことがらにこそ重要な意味があり、大切な真理があると思いました。

1・見えないものに目を注ぐ

2・住まいを着る

3・天の父への信頼で心強い

4・主に喜ばれること

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godaniel129 at 05:00|PermalinkComments(0) 天国 | 2コリント書
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