シンプル生命の詩

いつから人は分離を体験し、いつから人はその違いに思い悩むのでしょう?初めからそんなものは無かった。人の文明は幻想の中にある。誰も何も独占することなど出来はしないのに、あーだこーだと理屈をつける。彼此の間の法華経の非二元の詩。ただ無限なる「今ここ」のために。

思考概念というものは
多かれ少なかれ自意識過剰だ

自分というその私は普段は

一人ひとりの些細なところにまで
不寛容なチェックを入れてはいない

しかし自分という分離を感じている時には
その私は

一つ一つがチェックされていると思う

認められたいという欲求の表裏が
過剰な自意識となる

時としてそれが反転する時

特定の対象に対して
必要以上に褒めたり
必要以上にこき下ろしたりする

本当は誰のせいでもない

マインドのおしゃべりがやらかしているのだ

それが同じであることを
受容できないということが

不信を生み広げ
互いに疑い合い

ついには人類は戦争をも起こすのである

寛容のためにはだから

マインドのおしゃべりに気づく事

その技術が必要であり

非二元が世界平和への道であるというのは
まさにそういうことなのだ

非二元は愛なのである

その解放は光の体感である

それはあまりにも非二元のエネルギーなのである

元の初めは透明だから
見えているけど
色で見ていない

そこは光だ

決めつけられた思考概念の
自我機能には色しかない

現代人の多くは
癒着により自己機能に色がついている

自我の合成着色自己機能
不自然非天然だ

色を見てしまうと
透明の思考が分からない

色は境目を自分で決めない

自我機能が色を切り取って
区別をする

意識が制限され対境との二者関係になる

一方から一方を見るという固定的視座だ

色境を眼根で受けて眼識で経験する

その工程に透明は分離していない

見ている経験これ自体が
透明に気づいている意識でもある

見ている色に色をつけずに見る

色から離れれば所有者がいない

色は見られるのみで
見ている自分ではない

透明には距離も時間も無い

透明と透明とは同時で一つである

一つであるという一つではなく
二つであり二つでないという一つである

あなたが今見ているこれである

あなたが今見ていると思って
これをこれとして見ている

これをこれとして見なければ
あなたとこれは無い

あなたが見ていない全てのところには
あなたとそれは無い

あなたがあなたの透明に気づけば
結局はこれしかない

あなたの声も香も味も触も法も
気づけば透明である

あなたと言える透明でないものは
何一つない

あなたの本当の自性は透明である

あなたの透明は何であるのか

これこのままの実相である

直ちに在り直ちに無い
有にも非ず無にも非ず

色の視座
透明の視座
有無に非ずの視座

色も声も香も味も触も法も
生死に非ずの光と開く

不思議一心

考と無考と不動と動と

このページのトップヘ