さて、『3区またいでサンキュー!大人のよくばり散歩道』の後半です(前回記事リンク)。今回の記事では、前半最後に訪れた泉岳寺をでたところからスタートします。この辺りは意外とお寺や神社があるのですが、行ったことないところばかりでした。今回訪れることができた寺社もごく一部なので、これから少しずつ訪問することができたらいいなと思います。

(駅からハイキングパンフレットより引用、コース概要)
駅からハイキング開催期間(平成30年2月23日(金)~3月4日(日))
所要時間:2時間30分(施設での見学時間等を含む)
歩行距離:約10km
訪れた日:3月3日(土)
では、スタートです、今日も宜しくお願いします!
▶2.坂が入り組む先には聖地巡礼の先駆け麻布 氷川神社へ
▶3.あとは坂道を下って有栖川宮公園・広尾経由ゴールの恵比寿へ♪
▶4.コース概要(google mapを使って)

前回の記事でも書きましたが、この辺は坂が多いんですよね。買い物の際も電動自転車が便利すぎます。そして個人的にはドコモのシェアバイクにお世話になっています(*´ω`)ただ、この辺は港区の端っこのほうなので充電されていない自転車もあるのでお借りになる際はご注意を~。
さて、泉岳寺の目の前の通りを再び白金高輪方面へと進みます。その際に使うのが伊皿子(いさらご)坂。不思議な音の名前ですが、それはこの坂の由来に大きく関係します。
1600年ごろ、来日した明人が帰化して当時の外国人の呼称であった「エ(イ)ビス」から自らを「伊皿子(いびす)」と名乗り、これがこのあたりの町名になったとされます。そして、この地にある坂ということで伊皿子坂と呼ばれるようになったそうです。なお、この方のお墓は高輪の正源寺にあります。全くの余談なのですが、正源寺のご住職さんとその奥様が運営されているブログ(リンク)が、何ともほのぼのとしていてついつい観ちゃうんです(*´ω`)地域情報や季節の花についてもシェアされているので興味ある方はぜひ♪

(魚籃坂の名前の由来となっている魚籃寺)
さて、壮大に話が脇にそれてしまいましたが、この坂を登り切って再び下っていくのが魚籃坂です。バス停の名前にもなっていて何となく聞かれた方も多いかもしれません。この坂のちょうど中腹くらいにある魚籃寺がその由来となっています。ウォーキングコースなどにも選定されることが多く、それをきっかけにお詣りする方も多いお寺だと思います。
ただ、この日はこのルートではないんです。本音を言うとここを通って古川橋のほうへ行っちゃっても良いと思うのですが、違うルートへと向かいます。途中にはお団子が人気ですぐ売り切れてしまう松島屋と、有名なあのとらやと同名だけど、まったく資本関係のなかった虎屋の建物(*´ω`)。もうだいぶ前から営業はしていないのですが、変わった風貌の建物も相まって未だに見学に来られる方がたまにいらっしゃるようです。


ちなみに帰ってからふと思い出したのですが、この道沿い、虎屋の隣に高輪皇族邸がありましたね。テレビでへぇーと思ってみていたのですが、そのときは近くだなぁとスルーしていたのですが、まさか駅ハイで前を通るなんて、、、。前を通ったときはこの辺にある豪邸か、企業の保有施設かと思っていました。今度、写真撮りに行こうかなぁ(*´ω`)(めっちゃ、ミーハーです。ごめんなさい><)

さて、気分をとりなおして進みます。ルートをすすみ、ちょっとずれるのですが、脇にはこの一帯が旧細川家の下屋敷の一部、そして赤穂浪士事件の重要な場所だったことを示す『大石良雄外十六人忠烈の跡』という記念碑があります(下のgoogle mapには記しておきます)。

(門から覗き見ることのできる敷地、過去の面影はあまりみることができません)
元禄15(1702)年12月14日夜から15日にかけて起こった赤穂事件の吉良邸討ち入り後、江戸幕府は事の重大さと注目度から、討ち入りに入った赤穂浪士らを4藩に分割してお預けとしました。
当時の江戸幕府老中稲葉丹後守から、赤穂浪士らのお預けの命を受けた藩主細川綱利は大目付仙石伯耆守(ほうきのかみ)久尚の屋敷に総勢875人の藩士と駕籠を送り、大石内蔵助他16名の引き渡しを受けたといわれます。大部隊を送った理由は、単に藩の威信を示すためではなく、当時吉良家への討ち入りを知り、兵を集めていた上杉家の襲撃を警戒してのものでした。ちなみに上杉家当主の綱憲は討ち入りを受けた吉良上野介義央の実子の長男です。
細川家は大藩の威厳と見識を以て赤穂浪士滞在中非常に優遇したとされています。翌元禄16年2月4日大石内蔵助らが切腹の申し渡し受けると、「切腹仰せつけられ候段有り難き仕合に存じ奉り候」と礼を述べたといいます。切腹の場所は大書院舞台側、大書院上の間の前提で、背後に池を負った位置だったそうです。

赤穂浪士についてはいくつもの小説や映画で描かれいて知っているつもりではありましたが、実際に現地に訪れ、自分で調べてみると面白いものでした。さて、そんな下屋敷を左手に見ながら暫し歩くと見えるのが、次の目的である⑦旧細川邸のシイです。

港区のホームページによると樹齢400年を越えると書かれてあります。ただし、他のホームページでは300年以上と書かれていたりして、確かなものがありません。確かなことはこの木は先に述べたように赤穂浪士が切腹を言い渡された細川家下屋敷の敷地内にあったこと。そして江戸時代から明治、大正、昭和、平成といった時代にわたって私たちの生活をずっと見守っていたということなんでしょう。何となく、そういうことを考えるとセンチメンタルになってしまいます、、、、が旅は続きます~。
で、ここでびっくりしたことが。。。普段使っている図書館の裏側にたどり着いたんです!えっと思いました。というか最寄りの図書館周辺でも知らないことが多いんだなと思った瞬間でもあり、・・・('◇')ゞ。
そう、シイの木の裏は高輪コミュニティぷらざがあります。図書館や会議室等がはいっていて何かと便利です。地域の発表会等もよく行われている場所でもあったりします。飲食店も入っているのでここで休憩もありなのかもしれませんねぇ(*´ω`)

高輪コミュニティぷらざをスルーして、急な下りの道(魚籃坂以上の坂かな)をすぎると魚籃坂下、メゾンカイザー本店や白金珈琲がある交差点、目の前を横に走るのは桜田通りです。私たちはまっすぐと進み、古川橋のほうへ進みます。


(この辺、写真を撮っていなかったので前の駅ハイから(リンク))
橋を渡るとだんだんと白金や高輪を離れ、麻布へ近づいている感じがするんですよね~。実際、個の古川を渡ったところで、この通りは麻布通りと呼ばれるようになります(この名称の付与は2014年と、最近のものであまり馴染んでいるかは微妙ですが‥)。それと同時に中規模のビルとマンションがずーっと道路わきを固めるイメージだったりします。

二の橋周辺まで至ると、さすがに左右色んな所に大使館を見るようになります。大使館が多い港区ならではの光景ですね。まぁ、とはいえ、大使館なんてビザ等が必要なければ普段はあまり関わりないんですが。
ということで仙台坂から入って少し麻布方面に進むと⑧麻布山善福寺があります。

(このお寺さんは後ろのマンションとのツーショットで移ることが多いですね(*´ω`))
前半に訪れたイギリス公使館があった東禅寺と同様、ここにもアメリカ公使館があり、当時公使をしていたハリスが居を構えていました。中央にはその記念碑もたてられています。

当時利用していた宿館は水戸浪士により焼き討ちにあい、現存していません。またその後一時期使われていたという本堂も残念ながら戦災で焼失しており、その当時の様子は窺うことができないのが残念なことです。

ちなみに墓地には親鸞聖人が当時を訪れた際に、持っていた杖を地にさしたところ、枝葉が繁茂したと伝えられるいちょうの木があります。この木は樹齢750年以上といわれます。そう考えると、さっきのシイの木の大先輩にあたります。

そしてあまり有名ではありませんが、このお寺の墓地に福沢諭吉先生も眠っていらっしゃいます。現在も多くの人が訪れるようで、沢山の献花と線香が備えられていました。私たちも手前の販売所で線香を購入してお詣りしておきました。
御朱印は、奥の麻布山会館の中の寺務所受付でお願いすると対応して頂けます。

(スタンプ形式のものではありますが、歴史的な流れもよくわかるものになっていますね)
▶目次にもどる


お寺の前の雑式通りをまっすぐいくと⑨麻布十番商店街です。中心街は一の橋のほうで、このルートだとだいぶ奥のほうという感じです。この中央にある麻布十番広場(パティオ十番)を中心に広がる空間はいつみても良いもんですね。道路の文様や連なる木々をみると欧米にきたかのような雰囲気があります。
人によってはここで麻布十番を堪能して地下鉄で帰るのもありだと思います。駅ハイはゴール地点での受付がないのでその辺は自由に組み替えればよいと個人的には思っているんです(*´ω`)
さて、私たちは広場のある道を登ります。大黒坂といって、、、、名前からもわかる通り、坂です。この辺は本当にアップダウンの激しい土地なんです。そのため、この辺は電動自転車かタクシーを利用しないとつらいものがあります~><



この辺は企業の研修施設や飲食施設も多くあって、夜はタクシーが多く行き交ったりしています。もちろん、マンションや私邸も豪華なものが多いです(*´ω`) ちなみにこの交差点へ通じるすべての坂に名前がついています。今通ってきた道が大黒坂、奥は暗闇坂、そして左手に少し進むと一本松坂。写真にはみえませんが、暗闇坂と一本松坂の間の道が狸坂です。初めてこの地をタクシーで訪れた時は下の暗闇坂からあがってきたのですが、若干酔いそうでした(笑)。坂名からもわかる通り、昔の麻布地域は多くの森が生い茂っていたため、このような名前が付いたとされています。

ちなみに一本松坂の由来となった一本松はすでにありません。現存する松は上継がれたものです(*´ω`)
ということで一本松坂を進むと左手にあるのが⑩麻布 氷川神社です。

知る人ぞ知る麻布 氷川神社(*´ω`) そうです、セーラームーンにでてくるとある美少女戦士が巫女さんをされていた神社のモデルになっているそうです。まぁ、そんなことは知らんという方がもしかしたらほとんどかもしれませんね(笑)。ただ未だにそういう想いを抱いて訪れる方もたまにいらっしゃるそうです。

早速今日の駅ハイを無事に終えられるよう参拝します。

隣のお稲荷さん、小さな祠となっていますが、江戸時代の松平陸奥守仙台藩主下屋敷にお祀りしていたのがはじまりで、その後麻布竹谷町でお守りをし、昭和初期に麻布氷川神社へと遷座して祀られているものです。こちらにもご挨拶を。
で、参拝記念に御朱印をお願いしました。で、気づいたのですが、当日はひな祭りでした(*´ω`)御朱印の脇にも記念のスタンプが押されていました。

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麻布氷川神社の前の道を進むと先ほど麻布通りから入った仙台坂の上へと到着します。さっきもありましたが、駅からハイキングやウォーキングイベントでよくありがちな迂回路です(*´ω`) なのでここも麻布はスキップして広尾・恵比寿って方は仙台坂をまっすぐ進むのもありだと思います♪さっきも言いましたが、その辺はご自分の好みで~。まぁ、その場合でも坂は避けられません><。
ちなみにちらっと映っていますが、ここは坂下も坂上も警察官が常にいらっしゃいます。というのも坂の真ん中あたりに駐日韓国大使館があるからです(理由になっているような、なっていないような・・・まぁ、そういうわけでお察しください)。この前を歩くときは何となく緊張しちゃいます(笑)。ただ、挨拶すると気持ちよく返してくれるし、人によっては挨拶を先んじてしてくれます、こういうことってなんだかうれしいですよね。そしてめっちゃ治安は良いです♪

さて、仙台坂上の反対側は麻布野球場です。おっ、ここにも警察の方がうつっている~。本当すごいですね。でこの脇道、いずれのほうからも有栖川公園には入ることができます。今回は順当に左側からいきます。


ちなみに一番手前のほうから入ると都立広尾図書館へとたどり着きます。ここも休憩スペースが1階と一番上の階にあります。飲食もできるのですが、売店の時間が限られていたりするので、まぁ、お休みするくらいというかんじでしょうか。

有栖川公園の広場は子供たちに人気。春と秋はよく遊んでいる子を見かけます。こういうのをみると都心でもちゃんと子供たちは外で遊んでますよ~と声を大にして叫びたくなります。奥行きのある公園で上のほうが広場になっていますが、下は池を中心に斜面をいかした庭園風な公園となっています。



そしてこの公園を抜けてしばしにぎやかなほうへ歩くと広尾商店街へといたります。もう時間帯としては16時少し手前。散歩通りを中心にいろんな楽しいお店がありますよね~。

個人的には入り口にありSAWAMURAでパンをお土産にしたりすることが多いかも♪ただ、この辺は色んなところにパン屋が隠れていたりするのでどこのパンにするかの楽しみもあるかも~。気になった方は下のタブで広尾駅をクリックしてみてください。筆不精で全部は乗せられていませんが、一部の雰囲気はおわかりいただけるかと・・。

(最近いろんなところで見かけるようになったkodamaも~)

(お箸専門店やナッツ専門店等の専門店も意外とおおいんです。)

祥雲寺までくると少し落ち着きますが、この辺でも油断できないのが広尾です。船橋屋やmelting in the mouth、CANVAS TOKYOなどが続きます。まぁ、この辺はゆっくり散策してきにいったスポットでお昼やお茶を~♪きっと満足いく週末になります。

で、明治通りを渋谷橋のほうへむかうのですが、恵比寿駅までは気持ちよい街路樹をほんの少し歩くだけです。

途中にもぼちぼちお店があって、あきることはないでしょう。また、少しルートからは外れますがが、渋谷川をこえて違う道を歩いてみるのもよいかもしれません。道路沿いに恵比寿駅のatreがみえるので間違えることはないとおもいます。

ということで今回もお付き合いいただきましてありがとうございました。次のまとめでこの旅も終了です。
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(google mapへのリンク。このgoogle map内では面白そうなお店もピンでチェックしましたのでご覧になってみてください♪)
(前半オレンジ色の箇所、実際に歩いた距離)
【距離】約6km
【所要時間】2時間くらい(今回はあまり買い物せず~。近所なので寺社見学中心でした)
【アップダウン】高輪・麻布いずれもアップダウンあります。ただ、広尾あたりは平坦。
【感想】麻布・広尾は本当に近いのでこういう商店街をまたにかけた楽しみ方もありだと思います。しかも途中には都立図書館がある有栖川公園。周りにもカフェや美術館があり、色んな楽しみ方ができる地域です。こういう誘導が私のサイトでもできたらいいなとおもうばかり。勉強になった旅でした~♪
あっ、最後に下のクリック頂けると今後の励みになりますm(__)m 引き続きみなさんが求めているポイント等についても募集しています(切なるお願いですw)!

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(駅からハイキングパンフレットより引用、コース概要)
駅からハイキング開催期間(平成30年2月23日(金)~3月4日(日))
所要時間:2時間30分(施設での見学時間等を含む)
歩行距離:約10km
訪れた日:3月3日(土)
では、スタートです、今日も宜しくお願いします!
■目次
▶1.赤穂浪士に別れを告げ、麻布へ▶2.坂が入り組む先には聖地巡礼の先駆け麻布 氷川神社へ
▶3.あとは坂道を下って有栖川宮公園・広尾経由ゴールの恵比寿へ♪
▶4.コース概要(google mapを使って)
■1.赤穂浪士に別れを告げ、麻布へ

前回の記事でも書きましたが、この辺は坂が多いんですよね。買い物の際も電動自転車が便利すぎます。そして個人的にはドコモのシェアバイクにお世話になっています(*´ω`)ただ、この辺は港区の端っこのほうなので充電されていない自転車もあるのでお借りになる際はご注意を~。
さて、泉岳寺の目の前の通りを再び白金高輪方面へと進みます。その際に使うのが伊皿子(いさらご)坂。不思議な音の名前ですが、それはこの坂の由来に大きく関係します。
1600年ごろ、来日した明人が帰化して当時の外国人の呼称であった「エ(イ)ビス」から自らを「伊皿子(いびす)」と名乗り、これがこのあたりの町名になったとされます。そして、この地にある坂ということで伊皿子坂と呼ばれるようになったそうです。なお、この方のお墓は高輪の正源寺にあります。全くの余談なのですが、正源寺のご住職さんとその奥様が運営されているブログ(リンク)が、何ともほのぼのとしていてついつい観ちゃうんです(*´ω`)地域情報や季節の花についてもシェアされているので興味ある方はぜひ♪

(魚籃坂の名前の由来となっている魚籃寺)
さて、壮大に話が脇にそれてしまいましたが、この坂を登り切って再び下っていくのが魚籃坂です。バス停の名前にもなっていて何となく聞かれた方も多いかもしれません。この坂のちょうど中腹くらいにある魚籃寺がその由来となっています。ウォーキングコースなどにも選定されることが多く、それをきっかけにお詣りする方も多いお寺だと思います。
ただ、この日はこのルートではないんです。本音を言うとここを通って古川橋のほうへ行っちゃっても良いと思うのですが、違うルートへと向かいます。途中にはお団子が人気ですぐ売り切れてしまう松島屋と、有名なあのとらやと同名だけど、まったく資本関係のなかった虎屋の建物(*´ω`)。もうだいぶ前から営業はしていないのですが、変わった風貌の建物も相まって未だに見学に来られる方がたまにいらっしゃるようです。


ちなみに帰ってからふと思い出したのですが、この道沿い、虎屋の隣に高輪皇族邸がありましたね。テレビでへぇーと思ってみていたのですが、そのときは近くだなぁとスルーしていたのですが、まさか駅ハイで前を通るなんて、、、。前を通ったときはこの辺にある豪邸か、企業の保有施設かと思っていました。今度、写真撮りに行こうかなぁ(*´ω`)(めっちゃ、ミーハーです。ごめんなさい><)

さて、気分をとりなおして進みます。ルートをすすみ、ちょっとずれるのですが、脇にはこの一帯が旧細川家の下屋敷の一部、そして赤穂浪士事件の重要な場所だったことを示す『大石良雄外十六人忠烈の跡』という記念碑があります(下のgoogle mapには記しておきます)。

(門から覗き見ることのできる敷地、過去の面影はあまりみることができません)
元禄15(1702)年12月14日夜から15日にかけて起こった赤穂事件の吉良邸討ち入り後、江戸幕府は事の重大さと注目度から、討ち入りに入った赤穂浪士らを4藩に分割してお預けとしました。
当時の江戸幕府老中稲葉丹後守から、赤穂浪士らのお預けの命を受けた藩主細川綱利は大目付仙石伯耆守(ほうきのかみ)久尚の屋敷に総勢875人の藩士と駕籠を送り、大石内蔵助他16名の引き渡しを受けたといわれます。大部隊を送った理由は、単に藩の威信を示すためではなく、当時吉良家への討ち入りを知り、兵を集めていた上杉家の襲撃を警戒してのものでした。ちなみに上杉家当主の綱憲は討ち入りを受けた吉良上野介義央の実子の長男です。
細川家は大藩の威厳と見識を以て赤穂浪士滞在中非常に優遇したとされています。翌元禄16年2月4日大石内蔵助らが切腹の申し渡し受けると、「切腹仰せつけられ候段有り難き仕合に存じ奉り候」と礼を述べたといいます。切腹の場所は大書院舞台側、大書院上の間の前提で、背後に池を負った位置だったそうです。

赤穂浪士についてはいくつもの小説や映画で描かれいて知っているつもりではありましたが、実際に現地に訪れ、自分で調べてみると面白いものでした。さて、そんな下屋敷を左手に見ながら暫し歩くと見えるのが、次の目的である⑦旧細川邸のシイです。

港区のホームページによると樹齢400年を越えると書かれてあります。ただし、他のホームページでは300年以上と書かれていたりして、確かなものがありません。確かなことはこの木は先に述べたように赤穂浪士が切腹を言い渡された細川家下屋敷の敷地内にあったこと。そして江戸時代から明治、大正、昭和、平成といった時代にわたって私たちの生活をずっと見守っていたということなんでしょう。何となく、そういうことを考えるとセンチメンタルになってしまいます、、、、が旅は続きます~。
で、ここでびっくりしたことが。。。普段使っている図書館の裏側にたどり着いたんです!えっと思いました。というか最寄りの図書館周辺でも知らないことが多いんだなと思った瞬間でもあり、・・・('◇')ゞ。
そう、シイの木の裏は高輪コミュニティぷらざがあります。図書館や会議室等がはいっていて何かと便利です。地域の発表会等もよく行われている場所でもあったりします。飲食店も入っているのでここで休憩もありなのかもしれませんねぇ(*´ω`)

高輪コミュニティぷらざをスルーして、急な下りの道(魚籃坂以上の坂かな)をすぎると魚籃坂下、メゾンカイザー本店や白金珈琲がある交差点、目の前を横に走るのは桜田通りです。私たちはまっすぐと進み、古川橋のほうへ進みます。


(この辺、写真を撮っていなかったので前の駅ハイから(リンク))
橋を渡るとだんだんと白金や高輪を離れ、麻布へ近づいている感じがするんですよね~。実際、個の古川を渡ったところで、この通りは麻布通りと呼ばれるようになります(この名称の付与は2014年と、最近のものであまり馴染んでいるかは微妙ですが‥)。それと同時に中規模のビルとマンションがずーっと道路わきを固めるイメージだったりします。

二の橋周辺まで至ると、さすがに左右色んな所に大使館を見るようになります。大使館が多い港区ならではの光景ですね。まぁ、とはいえ、大使館なんてビザ等が必要なければ普段はあまり関わりないんですが。
ということで仙台坂から入って少し麻布方面に進むと⑧麻布山善福寺があります。

(このお寺さんは後ろのマンションとのツーショットで移ることが多いですね(*´ω`))
前半に訪れたイギリス公使館があった東禅寺と同様、ここにもアメリカ公使館があり、当時公使をしていたハリスが居を構えていました。中央にはその記念碑もたてられています。

当時利用していた宿館は水戸浪士により焼き討ちにあい、現存していません。またその後一時期使われていたという本堂も残念ながら戦災で焼失しており、その当時の様子は窺うことができないのが残念なことです。

ちなみに墓地には親鸞聖人が当時を訪れた際に、持っていた杖を地にさしたところ、枝葉が繁茂したと伝えられるいちょうの木があります。この木は樹齢750年以上といわれます。そう考えると、さっきのシイの木の大先輩にあたります。

そしてあまり有名ではありませんが、このお寺の墓地に福沢諭吉先生も眠っていらっしゃいます。現在も多くの人が訪れるようで、沢山の献花と線香が備えられていました。私たちも手前の販売所で線香を購入してお詣りしておきました。
御朱印は、奥の麻布山会館の中の寺務所受付でお願いすると対応して頂けます。

(スタンプ形式のものではありますが、歴史的な流れもよくわかるものになっていますね)
■麻布山善福寺
山号:麻布山
宗派:浄土真宗本願寺派
本尊:阿弥陀如来
住所:東京都港区元麻布一丁目6番21号
由緒:平安時代の天長元年(824)に唐から帰国した弘法大師によって真言宗を広めるために高野山を模して開山。都内では浅草寺に次ぐ古い寺院です。その後鎌倉時代に親鸞聖人がお寺を訪れ、了海上人と法談しました。了海上人は親鸞聖人の高徳に感銘を受け、浄土真宗に宗旨を改め、上中興開山となりました。文永年間には亀山天皇の勅願時となったり、江戸時代には三大徳川家光が甲吉豊後守に命じて当時の建築の粋を集めて当寺の本堂を建立し寄進しています。安政の時代になると、ハリス等にアメリカ合衆国公使館として使用されました。本堂は空襲後再建され、現在のものは2008年に大改修を加えられたものです。
公式サイト:http://www.azabu-san.or.jp/
山号:麻布山
宗派:浄土真宗本願寺派
本尊:阿弥陀如来
住所:東京都港区元麻布一丁目6番21号
由緒:平安時代の天長元年(824)に唐から帰国した弘法大師によって真言宗を広めるために高野山を模して開山。都内では浅草寺に次ぐ古い寺院です。その後鎌倉時代に親鸞聖人がお寺を訪れ、了海上人と法談しました。了海上人は親鸞聖人の高徳に感銘を受け、浄土真宗に宗旨を改め、上中興開山となりました。文永年間には亀山天皇の勅願時となったり、江戸時代には三大徳川家光が甲吉豊後守に命じて当時の建築の粋を集めて当寺の本堂を建立し寄進しています。安政の時代になると、ハリス等にアメリカ合衆国公使館として使用されました。本堂は空襲後再建され、現在のものは2008年に大改修を加えられたものです。
公式サイト:http://www.azabu-san.or.jp/
■2.坂が入り組む先には聖地巡礼の先駆け麻布 氷川神社へ


お寺の前の雑式通りをまっすぐいくと⑨麻布十番商店街です。中心街は一の橋のほうで、このルートだとだいぶ奥のほうという感じです。この中央にある麻布十番広場(パティオ十番)を中心に広がる空間はいつみても良いもんですね。道路の文様や連なる木々をみると欧米にきたかのような雰囲気があります。
人によってはここで麻布十番を堪能して地下鉄で帰るのもありだと思います。駅ハイはゴール地点での受付がないのでその辺は自由に組み替えればよいと個人的には思っているんです(*´ω`)
■麻布十番商店街
住所:〒108-8477 東京都港区麻布十番1丁目から4丁目
公式サイト:http://www.azabujuban.or.jp/
住所:〒108-8477 東京都港区麻布十番1丁目から4丁目
公式サイト:http://www.azabujuban.or.jp/
さて、私たちは広場のある道を登ります。大黒坂といって、、、、名前からもわかる通り、坂です。この辺は本当にアップダウンの激しい土地なんです。そのため、この辺は電動自転車かタクシーを利用しないとつらいものがあります~><



この辺は企業の研修施設や飲食施設も多くあって、夜はタクシーが多く行き交ったりしています。もちろん、マンションや私邸も豪華なものが多いです(*´ω`) ちなみにこの交差点へ通じるすべての坂に名前がついています。今通ってきた道が大黒坂、奥は暗闇坂、そして左手に少し進むと一本松坂。写真にはみえませんが、暗闇坂と一本松坂の間の道が狸坂です。初めてこの地をタクシーで訪れた時は下の暗闇坂からあがってきたのですが、若干酔いそうでした(笑)。坂名からもわかる通り、昔の麻布地域は多くの森が生い茂っていたため、このような名前が付いたとされています。

ちなみに一本松坂の由来となった一本松はすでにありません。現存する松は上継がれたものです(*´ω`)
ということで一本松坂を進むと左手にあるのが⑩麻布 氷川神社です。

知る人ぞ知る麻布 氷川神社(*´ω`) そうです、セーラームーンにでてくるとある美少女戦士が巫女さんをされていた神社のモデルになっているそうです。まぁ、そんなことは知らんという方がもしかしたらほとんどかもしれませんね(笑)。ただ未だにそういう想いを抱いて訪れる方もたまにいらっしゃるそうです。

早速今日の駅ハイを無事に終えられるよう参拝します。

隣のお稲荷さん、小さな祠となっていますが、江戸時代の松平陸奥守仙台藩主下屋敷にお祀りしていたのがはじまりで、その後麻布竹谷町でお守りをし、昭和初期に麻布氷川神社へと遷座して祀られているものです。こちらにもご挨拶を。
で、参拝記念に御朱印をお願いしました。で、気づいたのですが、当日はひな祭りでした(*´ω`)御朱印の脇にも記念のスタンプが押されていました。

■麻布 氷川神社
住所:東京都港区元麻布1-4-23
祭神:素盞鳴尊(すさのおのみこと)日本武尊(やまとたけるのみこと)
由緒:天慶5年、鎌倉幕府の源氏将軍や足利将軍の武家政権を築いた清和源氏の祖にあたる源経基が平将門の乱閉廷のため、東征した際、武蔵国豊島郡谷盛浅布冠の松(現・麻布一本松の地)に創祀・創建したといいます。他方、文明年間に太田道灌が勧請したという説もあります。その後、1659年、創建地が増上寺の所領となったことから当地へ遷座しました。江戸時代には、江戸七氷川に数えられ、栄えたようです。麻布 氷川神社は『美少女戦士セーラームーン』でセーラーマーズ・火野レイが巫女をしている火川神社のモデルとされたため、放送当時は聖地巡礼の場所として多くのファンが訪れたそう。
公式サイト:http://www.azabuhikawa.or.jp/
住所:東京都港区元麻布1-4-23
祭神:素盞鳴尊(すさのおのみこと)日本武尊(やまとたけるのみこと)
由緒:天慶5年、鎌倉幕府の源氏将軍や足利将軍の武家政権を築いた清和源氏の祖にあたる源経基が平将門の乱閉廷のため、東征した際、武蔵国豊島郡谷盛浅布冠の松(現・麻布一本松の地)に創祀・創建したといいます。他方、文明年間に太田道灌が勧請したという説もあります。その後、1659年、創建地が増上寺の所領となったことから当地へ遷座しました。江戸時代には、江戸七氷川に数えられ、栄えたようです。麻布 氷川神社は『美少女戦士セーラームーン』でセーラーマーズ・火野レイが巫女をしている火川神社のモデルとされたため、放送当時は聖地巡礼の場所として多くのファンが訪れたそう。
公式サイト:http://www.azabuhikawa.or.jp/
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■3.あとは坂道を下って有栖川宮公園・広尾経由ゴールの恵比寿へ♪

麻布氷川神社の前の道を進むと先ほど麻布通りから入った仙台坂の上へと到着します。さっきもありましたが、駅からハイキングやウォーキングイベントでよくありがちな迂回路です(*´ω`) なのでここも麻布はスキップして広尾・恵比寿って方は仙台坂をまっすぐ進むのもありだと思います♪さっきも言いましたが、その辺はご自分の好みで~。まぁ、その場合でも坂は避けられません><。
ちなみにちらっと映っていますが、ここは坂下も坂上も警察官が常にいらっしゃいます。というのも坂の真ん中あたりに駐日韓国大使館があるからです(理由になっているような、なっていないような・・・まぁ、そういうわけでお察しください)。この前を歩くときは何となく緊張しちゃいます(笑)。ただ、挨拶すると気持ちよく返してくれるし、人によっては挨拶を先んじてしてくれます、こういうことってなんだかうれしいですよね。そしてめっちゃ治安は良いです♪

さて、仙台坂上の反対側は麻布野球場です。おっ、ここにも警察の方がうつっている~。本当すごいですね。でこの脇道、いずれのほうからも有栖川公園には入ることができます。今回は順当に左側からいきます。


ちなみに一番手前のほうから入ると都立広尾図書館へとたどり着きます。ここも休憩スペースが1階と一番上の階にあります。飲食もできるのですが、売店の時間が限られていたりするので、まぁ、お休みするくらいというかんじでしょうか。

有栖川公園の広場は子供たちに人気。春と秋はよく遊んでいる子を見かけます。こういうのをみると都心でもちゃんと子供たちは外で遊んでますよ~と声を大にして叫びたくなります。奥行きのある公園で上のほうが広場になっていますが、下は池を中心に斜面をいかした庭園風な公園となっています。

■有栖川宮公園
住所:東京都港区南麻布5丁目7−29
公式サイト:http://www.arisugawa-park.jp/
住所:東京都港区南麻布5丁目7−29
公式サイト:http://www.arisugawa-park.jp/


そしてこの公園を抜けてしばしにぎやかなほうへ歩くと広尾商店街へといたります。もう時間帯としては16時少し手前。散歩通りを中心にいろんな楽しいお店がありますよね~。

個人的には入り口にありSAWAMURAでパンをお土産にしたりすることが多いかも♪ただ、この辺は色んなところにパン屋が隠れていたりするのでどこのパンにするかの楽しみもあるかも~。気になった方は下のタブで広尾駅をクリックしてみてください。筆不精で全部は乗せられていませんが、一部の雰囲気はおわかりいただけるかと・・。

(最近いろんなところで見かけるようになったkodamaも~)

(お箸専門店やナッツ専門店等の専門店も意外とおおいんです。)

祥雲寺までくると少し落ち着きますが、この辺でも油断できないのが広尾です。船橋屋やmelting in the mouth、CANVAS TOKYOなどが続きます。まぁ、この辺はゆっくり散策してきにいったスポットでお昼やお茶を~♪きっと満足いく週末になります。
■広尾商店街
住所:東京都渋谷区広尾5丁目周辺
概要:日比谷線広尾駅から祥雲寺までの広尾散歩通りを中心とした商店街。
公式サイト:http://www.hiroo.info/
住所:東京都渋谷区広尾5丁目周辺
概要:日比谷線広尾駅から祥雲寺までの広尾散歩通りを中心とした商店街。
公式サイト:http://www.hiroo.info/

で、明治通りを渋谷橋のほうへむかうのですが、恵比寿駅までは気持ちよい街路樹をほんの少し歩くだけです。

途中にもぼちぼちお店があって、あきることはないでしょう。また、少しルートからは外れますがが、渋谷川をこえて違う道を歩いてみるのもよいかもしれません。道路沿いに恵比寿駅のatreがみえるので間違えることはないとおもいます。

ということで今回もお付き合いいただきましてありがとうございました。次のまとめでこの旅も終了です。
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■4.コース概要(google mapを使って)
(google mapへのリンク。このgoogle map内では面白そうなお店もピンでチェックしましたのでご覧になってみてください♪)
(前半オレンジ色の箇所、実際に歩いた距離)
【距離】約6km
【所要時間】2時間くらい(今回はあまり買い物せず~。近所なので寺社見学中心でした)
【アップダウン】高輪・麻布いずれもアップダウンあります。ただ、広尾あたりは平坦。
【感想】麻布・広尾は本当に近いのでこういう商店街をまたにかけた楽しみ方もありだと思います。しかも途中には都立図書館がある有栖川公園。周りにもカフェや美術館があり、色んな楽しみ方ができる地域です。こういう誘導が私のサイトでもできたらいいなとおもうばかり。勉強になった旅でした~♪
■サイト情報
・港区観光協会:http://www.minato-kanko.com/
・港区観光協会twitter:@minato_tourism
・渋谷区観光協会:http://play-shibuya.com/
・渋谷区観光協会twitter:@playshibuya
・港区観光協会:http://www.minato-kanko.com/
・港区観光協会twitter:@minato_tourism
・渋谷区観光協会:http://play-shibuya.com/
・渋谷区観光協会twitter:@playshibuya
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