2010年11月

2010年11月26日

<37>歌うクジラ

22世紀、最下層の島「新出島」を出て最上層の指導者ヨシマツを探すよう運命づけられた少年タナカアキラの冒険譚。村上龍が夢想する、国民が完全に階層化された理想社会のイメージは刺激的だ。自動的に経済が成長することがもはや約束されず、むしろ少しずつ縮小、衰退して行く社会で、僕たちは何を手がかりにして生きて行けばよいのかという疑問を真剣に突き詰めて行ったときに、得られる答えのひとつがこの物語だと言っていい。

だが、それよりここでは村上龍が繰り出してくる活劇のスペクタクルや、登場するガジェットやアイテム、エピソードのディテールの集積を楽しむべきだ。なぜなら、村上龍がここで執拗に繰り返すメッセージは、どんな環境にあっても、生き延びるということは結局のところ具体的で即物的な営みなのだということに尽きるのだから。痛み、吐き気、傷、流れる血といった生身へのインパクトを受け止めることなしに生きることはできない。

そういう肉体的な題材をすごいスピード感で描ききる筆力は健在。どんな場所でも人はおそらく生きて行くのだろうが、命の値段がどこでも等価だという幻想を捨て去るところから始まる物語は痛快だ。実際にこの本を手に取る平均的日本人のほとんどは、この物語では華麗にスルーされる中間層に属するのだろうし、結局のところ村上龍は、そんな僕たちに、オマエらいったいどうやって生き延びるつもりなんだと指を突きつけているのだ。

(2010年発表 講談社 ★★★★)



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