2008年08月31日

<01>限りなく透明に近いブルー

この作品を読み返したのは正直10年ぶりか20年ぶりだが、恐ろしいことにまったく古さを感じなかった。何しろ今から30年以上前に書かれた小説なのだから、そこに描かれた風俗に時代的なものを感じる部分はもちろんある。だが、文学作品として見たとき、村上龍の作品にあるべきもの、僕が村上龍の作品の核心だと思っているものは既にすべてそこにあり、そしてそれは現在に至るまでいささかもブレたり変わったりしていないのだ。

それはひとことで言えば肉体性、身体性であり単位あたりの文章にぶち込まれた圧倒的な熱量である。僕たちは「痛い」と感じるとき、言語を経由することなく一瞬にして身体的に「痛み」を認知する。村上龍はそれと同じことを言語で、文章で達成しようとするのだ。村上龍は単位あたりの文章に圧倒的な熱量と情報をぶち込むことで、神経細胞の伝達速度を超えようとするのだ。それが村上龍の優れた作品を読むとぐったり疲れる理由だ。

それはこの作品で既に完全にひとつの完成形に達している。村上龍のデビュー作であるこの作品では過剰なセックスとドラッグ、暴力の描写が議論を呼んだが、村上龍の方法が上記のようなものである限り、それが過剰であることはむしろ当然なのだし、それがセックス、ドラッグ、暴力といった優れて身体的なモメントに関するものであることもまた必然なのだ。この作品しか書かなくても村上龍は文学史に残っただろう。決定的な作品。

(1976年発表 講談社文庫 ★★★★☆)


going_underground at 11:56│Comments(2)TrackBack(0)書評 

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この記事へのコメント

1. Posted by リリー   2011年04月27日 22:49
5 衝撃的な作品でした。
ここまで目茶苦茶な事が書かれているのにこんなに純粋で輝きに満ちた作品を読んだ事はなかったです。
2. Posted by Silverboy   2011年05月03日 18:42
いつもコメント有難うございます。書きっぱなしでメンテしてなかったので全然見てませんでした。新しい作品もレビューしたのでよければご覧ください。

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