2008年09月03日

<02>海の向こうで戦争が始まる

今にして思えばこれは村上龍のキャリアの中でもかなり異色の観念小説であり実験小説である。もちろん、純粋な身体感覚を文章に詰めこまれたエネルギーの総量で凌駕するという方法論はデビュー作と変わらないし変わりようもないが、ここでは一切の具体性は剥ぎ取られ、どこの国でもない海岸で、どこにもあり得ない架空の町を幻視するカップルのビジョンだけが物語を強引にドライブして行く。この時期にしか書かれ得ない作品だ。

だが、一方でこの作品は異常に具体的でリアルだ。村上龍は執拗に醜悪で酸鼻な世界の細部に入りこんで行く。もはや物語の全体性は放棄され、目を背けたくなるような、体力のない時なら思わず本を置いてしまいたくなるようなシーンが、これでもかというくらい細かく書きこまれて行く。そのスピードが僕たちの思考のスピードを超えるとき、僕たちは村上龍が突きつける文学の暴力性や肉体性と、仮借なく対峙させられるのである。

この作品で描かれる戦争は実のところ戦争ですらない。そこではだれかが何かのためにだれかと戦うのではなく、それはただ苛立ちが沸点を超えたときにわき上がる歓喜のような暴力衝動が見境なくまき散らかされているだけに過ぎない。味方も敵もなく、ただ殺しまくるだけの「戦争」。コカインを打ちながらそれを海の向こうからただ眺めるだけの「僕」。圧倒的な非現実感が村上龍の資質を逆に純粋に抽出してしまった初期の傑作。

(1977年発表 講談社文庫 ★★★★)


going_underground at 23:49│Comments(0)TrackBack(0)書評 

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