2008年10月16日

<11>イビサ

これは、破滅的なストーリーである、と村上龍はあとがきに書いている。確かに主人公のマチコは東京からパリ、コートダジュール、タンジール、マラケシュ、マドリッドからバルセロナへと旅を続ける中で加速度的に精神を崩壊させ、最後は四肢を切断されて地中海に浮かぶイビサへたどり着く。だが、その一方でマチコはそうした精神や肉体の変容と引き換えに覚醒し、自分の輪郭を獲得して神の如き存在へと自らを昇華させるのだ。

幽霊との交感や言語波によるコミュニケーションなど、半ばオカルトや神秘主義に近いマテリアルを扱いながら、この小説はキワモノに堕することのない緊張感を最後まで持続して行く。それはマチコが自分の精神を解放し、外部を受け入れて行く一方で異形のリアリティを認知して行くプロセスが圧倒的な密度で描きこまれているからである。その文脈ではモナコのカジノで幽霊と出会ったとしてももはや滑稽なことは何一つない。

マチコは自分と向かいあったのだと村上龍は言う。今、「自分探し」と称して外国に出て行く者はたくさんいる。だが、自分は所詮自分の中にしかない。この小説はまるでロードムービーのように視線をさまよわせながら、しかしその旅は実際には自分の中に際限なく分け入って行く旅なのだ。ケミカルでフィジカルな意識への圧力を通じて自分を細分化すること。ドラッグとセックスが本作に欠かせないのもそうやって理解され得るだろう。

(1992年発表 講談社文庫 ★★★★)




going_underground at 23:43│Comments(0)TrackBack(0)書評 

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